副業を解禁する企業が押さえるべきリスク管理と社内ルールの整備について
「従業員から副業をしたいと言われたときは何をすべきか」「企業側にとってのリスクが分からない」このような課題はありませんか。働き方改革の推進によって、深刻化する人手不足を背景に「副業解禁」に踏み切る企業が増加しています。
副業解禁によって、従業員のスキルアップや満足度向上、優秀な人材の獲得といったメリットが期待されるでしょう。一方、情報漏洩、副業先での労災事故など、事前に企業が把握しなければならないこともあります。
この記事では、副業の容認により企業が直面するリスクや効果的な対策、実務上の注意点を詳しく解説します。副業を解禁し、従業員の成長と企業の発展を両立させるための準備をしておきましょう。
1. 副業容認が進む背景と、企業の対応の現状
働き方改革の推進により、副業に対する社会的な関心は高まりつつあります。従業員はスキルアップや収入増への期待、企業は従業員満足度の向上や多様な人材確保などのメリットがあるからです。
さらに、企業イメージの向上や、社員が副業で得た知見を活かすことによる今までにない新たな発見なども期待できます。とはいえ、情報漏洩を始めとしたリスクは拭いきれず、依然として副業禁止の企業が多いでしょう。
企業・従業員双方の課題を乗り越え、本格的な普及に至るにはまだ時間が必要といえます。
働き方改革・労働時間の多様化で「副業OK」は当たり前に
憲法では職業選択の自由が保障されているため、法律上は副業が禁止されていません。しかし、実態として、企業の就業規則によって禁止や許可制が定められているのが現状です。
なお、政府は副業・兼業を促進していますが、その背景には以下の目的があります。
自らが希望する働き方を見つける環境整備
多様な知見の融合によるイノベーション創出
都市部人材の地方還流による地方創生
社外での経験を通じた従業員のスキルアップ
所得増加による経済活性化
企業が副業を容認する場合、労働時間の管理や従業員の健康管理を徹底することが求められます。
厚労省の「モデル就業規則」も副業を容認へ
「モデル就業規則」の改定によって、企業における副業容認の流れは広まりつつあります。中でも、第11条の「許可なく他の会社等の業務に従事しないこと」は、事実上副業を禁止する規定が削除されたといえる大きなポイントです。
とはいえ、副業を無条件に認めるわけではなく、事前届出制を定めています。
さらに、以下の点に該当する場合、企業は禁止または制限することが可能です。
労務提供上の支障がある
企業秘密が漏洩する
会社の名誉や信用を損なう行為や、信頼関係を破壊する行為がある
競業により、企業の利益を害する
単に規定を変更するだけでなく、労使で十分に検討するなどしておきましょう。
副業制度を導入している企業は大手中心に拡大中
大手企業を中心に取り組みが行われていますが、具体的な企業の取り組みを見ていきましょう。
1.ロート製薬株式会社
「社外チャレンジワーク制度」を通じて、社外で得た多様なスキルや知見を本業に活かすことを奨励しています。
美容ライターや大学講師など業種や職種を問わず、個人のキャリア形成と企業の持続的な成長を両立させる点が特徴です。
2.株式会社ディー・エヌ・エー
副業制度の導入により「他社での挑戦を理由とした離職率の低下」という具体的な成果を得ています。
従業員の成長意欲を社外活動で満たし、エンゲージメント向上と人材定着に繋げた戦略的な取り組みです。
3.ソフトバンク株式会社
生産性向上を目指す「スマートワーク」の一環として副業・兼業を推進しています。
社外での副業以外に『SB流社内副業制度』を設け、所属部署以外の業務経験を通じて組織活性化と人材育成を図っている点が特徴です。
他にも、カゴメ、みずほ銀行、ANAホールディングスなど、多様な働き方を後押ししているため、副業導入を検討する上で参考になるでしょう。
2. 副業を容認した企業のリスクと対策
副業の容認は、従業員のスキルアップやモチベーション向上につながる可能性がある一方で、企業におけるリスクは増えるでしょう。例えば、競合他社で副業する場合、自社の機密情報やノウハウが流出する「情報漏洩」の危険性が高まります。
また、本業と副業の労働時間を通算する必要があるため、管理の煩雑化や健康問題、労災リスクには注意が必要です。さらに、副業によって疲労の蓄積や集中力の低下によって、本業のパフォーマンスに悪影響を及ぼす可能性があります。
副業によるリスクを十分に理解し、慎重な対応を行いましょう。
① 情報漏えいリスク(競合他社への就業など)
副業を認める際に企業が最も懸念すべきリスクの一つが、機密情報の漏洩です。従業員が本業によって得た営業情報や技術情報、顧客データなどが、副業先で漏れたり、悪用されたりする可能性は否定できません。
仮に、従業員が本業と同業種や競合関係にある企業で副業を行う場合、そのリスクはさらに高まります。例えば、自社で開発中の新製品情報が競合他社に伝われば、市場での優位性が失われるなどです。
また、顧客リストが流出すれば、個人情報保護法への抵触によって企業の信頼は失墜し、損害賠償問題に発展する場合もあります。企業は、就業規則での明確な禁止事項の設定や、情報セキュリティ対策の強化など、多層的な防御策を講じることが不可欠です。
② 労働時間管理の困難(過重労働や労災リスク)
副業を容認した場合、企業における従業員の労働時間管理は複雑化します。労働基準法第38条によって定められているように、企業は自社での労働時間に加え、副業先の労働時間も含めた全ての労働時間を管理する義務を負うからです。
例えば、通算した労働時間が法定労働時間を超過すると、企業は割増賃金を支払わなければなりません。また、時間外労働が36協定で定めた上限時間を超えないように管理することが必要です。
仮に、管理を怠り、過重労働に陥ると、心身の健康を損なうリスクや本業における生産性の低下や労災につながる可能性も高まります。
③ 業務に支障が出た場合の評価・処分の難しさ
副業を行うことで、本業の業務遂行に支障が出る可能性も考慮しなければなりません。副業に時間やエネルギーを費やすと、十分な休息が取れずに慢性的な疲労蓄積につながるからです。
本業の勤務中に集中力が低下し、注意力が散漫になると、業務の質や生産性が落ちます。とはいえ、パフォーマンスの低下が見られた際に、原因の特定を客観的に判断することも難しいでしょう。
仮に、原因の特定ができないまま従業員の評価を下げたり、懲戒処分を行ったりすると、労使間のトラブルに発展する可能性があります。日頃から従業員の状況を注意深く観察し、業務に支障が出た場合の対応手順や評価基準を事前に明確にしておくことが重要です。
3. リスクを最小限に抑えるための社内ルール整備
副業を容認することで発生するリスクを抑えるには、社内ルールの整備が不可欠です。ルールが曖昧なまま副業を認めてしまうと、予期せぬトラブルが発生する可能性もあります。
そのため、就業規則の見直しを行っておきましょう。
例えば、規則に「副業の定義」などを定めておくことで、企業のスタンスを明確にできます。また、従業員に対して誓約書を求めることも有効な手段です。
ルールの明確化は、従業員側へのガイドラインとなるだけでなく、企業側のリスクコントロールや問題解決のための根拠ともなるでしょう。
就業規則で「副業の定義」「事前申請」「禁止業種」などを明文化
副業へのリスク管理において、就業規則に関連規定を明確に盛り込むことは極めて重要です。そのため、まずは「副業の定義」を具体的に定める必要があります。
例えば、単発のアルバイト、個人事業主としての活動など、どこまでの活動が副業に該当するのかを明確にしておくなどです。さらに「事前申請(届出)制」を導入することをおすすめします。
事前申請制を採用すると、労働者の職業選択の自由を尊重しつつ、企業が従業員の副業の内容などの実態把握ができます。
モデル就業規則を参考に「禁止または制限できる副業」の基準の明確化、既存の守秘義務に関する規定も明文化しておきましょう。
誓約書・副業申告書の提出でトラブル回避
就業規則による包括的なルールを設定した上で「誓約書」や「副業申告書」の提出を受けておきましょう。
副業申告書(届出書)には、以下の記載が必要です。
副業先の名称
所在地
業務内容
契約形態(雇用か業務委託か)
予定労働時間や日数、期間
また、就業規則の遵守を改めて確認させるとともに、競業避止義務や秘密保持義務の記載も重要です。さらに、必要な項目を個別に記載した上で、従業員の署名捺印を求めておきましょう。
なお、誓約書はコンプライアンス意識の向上、心理的な抑制効果、就業規則に基づく注意指導や懲戒処分も可能となります。
4. 税務・社会保険・労災など実務上の注意点
副業を容認する企業は、労務管理だけでなく、社会保険、労災保険といった実務面でも対応しなければなりません。法律で定められているだけでなく、対応を誤ると法令違反や追徴課税、従業員とのトラブルにつながる可能性があるからです。
例えば、副業先で従業員が労災事故に遭った場合、労災保険の給付手続きにおいて、本業の会社も賃金情報の提供などで協力するケースがあります。
また、社会保険については、本業と副業の双方で加入要件を満たす場合は「二重加入」となり、保険料の計算や納付方法が通常と異なります。
実務上のポイントを人事労務担当者が正確に理解し、適切な管理体制を整えるとともに、従業員に対しても必要な情報提供を行うことが重要です。
副業先での労災発生時の責任区分と実務対応
副業中に発生したケガや病気は、労災保険の給付対象となります。
2020年9月の労働者災害補償保険法の改正により、複数の事業所で働く労働者に対する労災保険給付の扱いが変わった点に注意しておきましょう。改正により、労災保険給付額を算定する際、原則として、被災した従業員が働いている全ての事業所の賃金額を合算しなければなりません。
万が一、自社の従業員が副業先、または自社で被災した場合、労災申請に必要な賃金情報などを、もう一方の事業所と連携して提出する必要が生じます。手続き自体は被災した従業員や被災した事業所が主に行いますが、賃金情報の正確な共有が不可欠となります。
副業が社会保険の二重適用になるケースへの備え
通常、社会保険は主たる勤務先で加入します。しかし、本業と副業の両方で以下の加入条件を満たすと、両方の事業所で社会保険に加入する「二重適用」の対象です。
主な条件は、週の所定労働時間および1ヶ月の所定労働日数が、常時雇用者の4分の3以上となる場合が該当します。
また、上記に満たない場合でも、従業員数51人以上の企業では以下の条件に注意しなければなりません。
週の所定労働時間が20時間以上
月額賃金が8.8万円以上
雇用期間が2ヶ月を超える見込み
学生でないこと
これら4つの項目を全て満たす場合も対象です。企業は従業員の副業状況を確認し、二重適用の場合は従業員に必要な手続きを案内しておきましょう。
まとめ
副業を容認することは、従業員の多様な働き方の支援や従業員のスキルアップ、ひいては優秀な人材の獲得・定着につながる可能性があります。一方で、情報漏洩や過重労働、本業への支障を伴うなどのリスクも考慮しておかなければなりません。
とはいえ、リスクを懸念して副業を全面的に禁止するのではなく、リスクを正しく認識し、適切な対策を講じることが重要です。そのため、就業規則で副業のルールを明確に定め、必要に応じて誓約書の提出を受けることで、トラブルを未然に防げます。
企業の健全な運営を守るため、バランスの取れた制度設計こそが、これからの時代に求められる人事戦略といえるでしょう。