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朝ドラ『あんぱん』ロスの人に捧ぐ。のぶ、嵩と歩く昭和の銀座、新宿【朝ドラ妄想散歩】

さんたつ

3朝ドラあんぱん

連続テレビ小説『あんぱん』は、やなせたかし夫妻をモデルにした作品として、多くの視聴者の心をつかんだ。今田美桜が演じる、のぶの溌剌とした姿、北村匠海が体現した嵩(たかし)の純粋な創作への愚直な思いが、昭和という激動の時代を背景に丹念に描かれたドラマだった。物語の舞台となった場所を実際に歩いてみると、柳井夫妻が歩んだ道のりがより鮮明に浮かび上がってくる。ここでは、銀座と新宿という対照的な2つのエリアを、のぶ、嵩と共に歩いてみよう。

散歩中に聴きたいのがドラマ主題歌、RADWIMPS『賜物』だ。スピーディーで迫力のある展開が面白い楽曲だった。ぜひ見てほしいのがこの曲のオフィシャルミュージックビデオだ。ボーカル・野田洋次郎の楽曲への思いが伝わってくる、細やかな作り込みにときめく。そして、何より、短いオープニングでは流れなかった楽曲後半部分の美しさに驚くはずだ。

散歩を始める前に、『あんぱん』がどんな作品だったのかを振り返ってみよう。

物語は昭和初期、高知から始まる。「ハチキンおのぶ」こと朝田のぶ(今田美桜)は軍国少女として成長し学校の教師になる。幼なじみの柳井嵩(北村匠海)は出征し、中国で飢餓に追い込まれる。戦後、共に雑誌記者として働き、紆余曲折を経てついに結ばれた2人は、東京で慎ましく暮らすことに。のぶに支えられながらも漫画家としてなかなか大成できない嵩は、舞台美術やアニメのキャラクターデザイン、作詞などさまざまな仕事をこなしながら業界の人々と関わっていく。そして、名作『アンパンマン』が誕生して……。

ドラマ前半からしっかり描かれた、「文化の中心地」としての銀座

明治創業の老舗『木村屋總本店』。今も名物のあんぱん目当てに多くの客が押し寄せている。

銀座四丁目交差点から程近い場所にある銀座『木村屋總本店』。ここはあんぱんが誕生した、まさに聖地と呼ぶべき場所だ。同店のホームページにはこのような歴史が記載されている。

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明治7年:銀座4丁目に店舗完成

木村安兵衛が酒種あんぱんを考案、発売する。

 

明治8年:明治天皇の水戸家への行幸の折、侍従山岡鉄舟より酒種あんぱんが献上され、ご試食の栄を賜る。天皇のお気に召し、皇后は特に愛され、引続き上納の栄を賜る。(宮中御用商に加わる)

山岡鉄舟が「木村家」屋号の大看板を揮毫。

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あんぱんが、明治初期から存在していたとは驚いた。そして、誕生した翌年には早くも天皇に献上されている。瞬く間に“注目の味”となったことがわかる。朝ドラ『あんぱん』の中でもこの『木村屋總本店』をモデルにした店、「美村屋」が登場し話題になった。幼い嵩がここを訪れるシーンが印象的に描かれ、後年、北村匠海の演じた青年期の嵩の表情にも、この店への憧憬が込められているように感じられた。嵩を語る上で外せない場所である銀座、その象徴がこの店だった。

店の近くを通ると、焼きたてのあんぱんの甘い香りが鼻孔を刺激した。崇と同様、戦中に中国で死に追いやられるほどの飢餓体験をしたやなせたかし氏は、なぜ自身の漫画の主人公のモチーフに「あんぱん」を選んだのか。あんぱんという素朴な、けれど栄養満点の菓子ぱんは、昭和の時代、すでに日本人に身近な存在であり、誰からも愛されていたのだろう。

銀座『木村屋總本店』で購入したパン。昔ながらのやさしい味ながら、食べ飽きるということがない。

クリエイター柳井嵩の出発点となった『三越』

今もトレンドの最先端であり続ける、『銀座三越』。戦前からモダンな文化の発信地として親しまれてきた。『木村屋總本店』の目の前にある。

嵩がデザイナーとして勤めた「三星百貨店」は『銀座三越』がモデルとなっている。今に引き継がれる有名な包装紙「華ひらく」を作るシーンは史実に即して描かれ、面白かった。

『三越』は、日本で最も進歩的な百貨店。ここで働くということは、最先端のトレンドに触れることを意味しており、ドラマでも一流企業として描かれていた。嵩の母、登美子(松嶋菜々子)も嵩が「三星百貨店」で働くのを喜んでいたのも印象的だった。

それにしても一社員の何気ない仕事が今に引き継がれていることに驚く。今見ても包装紙の中できらめく、宣伝部・やなせ社員による「mitsukoshi」の筆記体は美しい。そして、氏のその後の作品にもつながる、どこかメルヘンな雰囲気もすでに漂わせている。彼の創作者としての原点の一つといえるだろう。

海外の人でにぎわう銀座。今も昔も多くの人が行き交う。

また、ドラマでは戦前の銀座も描かれていた。嵩が銀座の店で高知の実家に電話した際、のぶに説教されたシーンも忘れ難い。高知の片田舎と銀座の違い、そして軍国主義に染まった“愛国の鑑”と、そうでない者の温度差を見事に描いた、ドラマにおいても重要なシーンだった。

あの頃の銀座はまさに日本の近代化を象徴する街。煉瓦造りの建物が立ち並び、モダンな文化が花開いていたこの場所で、嵩も、やなせ氏もアート感覚の基礎を培ったのだ。

現在も銀座は変わらず最先端の街だ。『三越』のほかにも大きな商業施設が並び、有名ブランドの店がそこかしこにある。今は海外観光客の姿もおなじみとなり、平日の昼間でもにぎやかだ。嵩青年のように、何かを街から感じたいという若者の姿も多い。久々に歩いてみると、改めてこの街が持つ引力の強さを感じた。

創作活動の拠点となった、新宿区片町を歩く

曙橋駅周辺の住宅地。新宿の喧騒からは想像できない静寂に包まれている。

次に訪れるのは新宿。やなせ夫妻は、長年新宿区に住んでいた。新宿というと、歌舞伎町や高層ビル群のイメージが強いが、曙橋に近い片町エリアは全く異なる顔を見せる。このエリアこそ、やなせ氏が自宅兼アトリエを構えていた場所だ。地下鉄新宿線の曙橋駅から程近く、駅名にもなっている曙橋陸橋の下に位置する。

ドラマでは詳しく言及されていなかったが、嵩とのぶ夫妻がマンションを建てた場所も新宿のこの辺りだったのではないだろうか。

この静かな住宅地を歩いていると、昭和の香りが色濃く残っていることに気づく。商店街には昔ながらの店が軒を連ね、新宿区とは思えない静けさと穏やかな雰囲気が漂っている。古い建物も多く、昭和の雰囲気が残る場所だ。物語前半は軍国少女で常に感情的だった「ハチキンおのぶ」も、ドラマ後半には、優しく穏やかな一面も描かれた。人情味あふれるあの人柄は、まさにこの片町で醸成されたのではないだろうか。

YANASE兎ビル 、無償の愛は『アンパンマン』だけではない

やなせたかし氏が所有していたという、YANASE兎ビル。

片町を歩いているとYANASE兎ビルという、やなせ氏の名前がついたビルをが見えてきた。この建物には、やなせ氏の人柄を象徴するエピソードが残っている。氏は、日本漫画家協会の会長を務めていた頃、このビルを協会事務所として提供していた。しかも、賃貸料を受け取ることがなかったというから驚きだ。

のぶが見せた、さりげない優しさや奉仕の心、「たっすいがー(高知弁で弱々しい)」ながら、いざという時に頼りになる嵩の姿は、実際のやなせ夫妻にも通じるものがあったはず。アンパンマンの「困っている人を助ける」精神は、やなせ夫妻の生き方そのものだったのだ。

片町エリアから徒歩10分ほどの距離にあるのが、丸ノ内線の四谷三丁目駅だ。『あんぱん』散歩をするなら、ぜひこちらも巡っておかねば。というのも、駅の近く、外苑東通り沿いに『やなせたかしの店 アンパンマンショップ』があるのだ。アンパンマングッズがずらり並ぶ店は多くの家族連れでにぎわっていて、アンパンマンの聖地になっている。

『新宿区立四谷図書館』が入る四谷区民センター。

また、ここまで来たら丸ノ内線新宿御苑駅方面にもう少し歩いて、四谷区民センターまで足を延ばすのもおすすめだ。同施設には新宿区立四谷図書館が入っている。ここには、やなせたかし氏の特設コーナーが設けられており『アンパンマン』ほか、さまざまな資料を手にとることができるのだ。やなせ氏は新宿の防犯マスコットキャラクター「新宿シンちゃん」、四谷地域センターのマスコットキャラクター「ハット君」と新宿区民に親しまれるキャラも生み出していて、新宿区の名誉区民でもあった。全国の子供たちからはもちろんのこと、新宿の地元民からも愛された人物だった。

のぶと嵩が体現した、温かなアンパンマンの世界

朝ドラ『あんぱん』は、単なる伝記ドラマを超えて、昭和という時代を生きた夫婦の愛の物語、当時の文化を振り返る作品として多くの人に記憶されるだろう。このドラマを支えたのは、のぶと嵩、そして2人を取り巻く人々のやさしさと愛情だ。そして、その背景には凄惨な戦争や悲しい別れがあったことも忘れてはならない。今、目の前にアンパンマンのポストカードがある。なんとやさしい絵だろう。でも、じっと見つめていると、なんだか寂しい気持ちになってしまうのはどうしてだろう。

この文章を書きながら調べものをしていて、ハッとすることがあった。アニメ『それいけ!アンパンマン』の放送が開始されたのは、1988年。筆者が幼稚園の頃にアニメ化された作品なのだ。以来、アンパンマンはずっと世界中の子供たちのヒーローであり続けているとは、とんでもないことだ。

思い起こせば、アニメになる前に幼稚園の教室でやなせ氏の絵本『アンパンマン』はよく見ていた。あの頃が懐かしく、愛おしくもあり、いろいろなことを思い出させられる作品だった。ドラマ放送中に一度は絵本を手に取らねばと思っていたが、叶わずじまい。あの温かくやさしい世界観に浸るべく、近く図書館に行かねばと思った。

文・写真=半澤則吉(朝ドラ評論家)

参考銀座『木村屋總本店』ホームページhttps://www.kimuraya-sohonten.co.jp/

半澤則吉
ライター
1983年福島県生まれ。ライター、朝ドラ批評家。町中華探検隊隊員。高校時代より音楽活動を続けており、40歳を迎えた今もライブハウス、野外フェスに足を向けることも多い。

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