【あんぱん】恋心を自覚したのぶ(今田美桜)...ラブストーリーの名手・中園ミホが描く「史実」を織り交ぜた巧妙な展開
毎日の生活にドキドキやわくわく、そしてホロリなど様々な感情を届けてくれるNHK連続テレビ小説(通称朝ドラ)。毎日が発見ネットではエンタメライターの田幸和歌子さんに、楽しみ方や豆知識を語っていただく連載をお届けしています。今週は「中園ミホが描く巧妙な展開」について。あなたはどのように観ましたか?
※本記事にはネタバレが含まれています。
朝ドラ『あんぱん』の第17週「あなたの二倍あなたを好き」は、ラブストーリーの名手・中園ミホ脚本の力が存分に発揮された週だった。
のぶ(今田美桜)が高知新報を退社し、東京へ旅立つ決意を固める展開から始まった。東海林(津田健次郎)は厳しい言葉をかけながらも「お前の志をへし折ろうとするやつもいる。そんなやつに絶対負けるなよ」と励ます。のぶは嵩(北村匠海)に「ほいたら先に東京に行って待ちゆうけんね」と告げて高知新報を去る。実はこの言葉も史実通りで、実際にやなせたかしに妻・暢は「あなたも後から来なさいよ。先に東京に行って待っているわ」と告げ、新聞社を辞め上京している。史実自体が、なんて現代的なヒロインであり、男女の関係性なんだろう。
のぶは史実通り他の相手(次郎)と結婚し、夫を戦争で亡くしている。そして、もう結婚はしないと同僚に語り、一人東京に行こうとしている。そんな中、嵩は戦時中にのぶに渡し、こんな贅沢なものはもらえないと突き返された赤いハンドバッグをもう一度渡そうと走ってのぶを訪ねるが、のぶはすでに東京に発っていた。まさか17週目で再び離れ離れになるとは思ってもみなかったが、ここでも嵩はのぶに思いを伝えられない。
上京したのぶは議員・薪鉄子(戸田恵子)の秘書として働き、戦災孤児の話を聞いて回る。孤児の保護方針ができても、それは基本的に親戚など個人が保護するという内容で、国は個人の努力に丸投げという。まるで民間の善意におんぶにだっこ状態の現在の「子ども食堂」の話を聞いているようだ。
鉄子の「政治は貧しい人恵まれない人にまず手を差し伸べんといかん」という言葉も、ガード下で子ども達に食と教育を与えている八木(妻夫木聡)の「子どもらには食べ物と同じくらい心の栄養が必要や」という言葉も、それをのぶから聞いた鉄子の「今日食べるものも大事やけんど、未来を考えることも政治やね」も、どれもこれも現在の政治の問題であり、多くの我々自身の無関心という問題でもある。
そして運命を変える大地震が発生する。1946年12月21日午前4時19分、震源は和歌山県南方でマグニチュード8.0、高知・和歌山を中心に1443人が死亡または行方不明となった実際の南海地震だ。東京にいるのぶは高知の家族を心配し、一人一人の名前をつぶやく。最後に口にしたのは「心配や......たっすいがやき。嵩......」だった。
嵩の身を案じ、心配で眠れなかったのぶ。しかし、ようやく連絡がついたときに嵩が寝ていたと聞いて怒りが爆発する。「何が『寝てたんだ』だで!こっちはね、この一週間、眠れちゃあせんがや!」「死ぬばあ心配して損した。一生寝よれ!」と土佐弁で怒鳴る。
第11週で嵩が幹部候補生試験を受けた際、徹夜で勉強して馬の不寝番で寝てしまった史実に続いて、地震のときに寝ていたのも史実通り。このあたりにやなせたかしの繊細さから計り知れない「図太さ」が見え、北村匠海は絶妙な塩梅で表現していると毎度唸らされる。
そして、この史実を、中園ミホはのぶが自身の気持ちに気づくきっかけに巧妙に結び付けた。失いかけてようやく嵩が自分にとってなくてはならない存在だと気づくのだ。
嵩のことが心配でならないのぶに、八木は「あいつは死にはしないよ。悪運が強いから」と語る。すぐに感情を爆発させるクセは、大人になって抑えられるようになってきたが、嵩にだけはなぜかできないとこぼすのぶに、八木はそっと笑う。
一方、嵩が自分の思いを伝えられないのは、のぶの亡き夫・次郎への遠慮に加え、「もう一人かなわない人」に戦死した弟・千尋(中沢元紀)の存在がある。勉強も運動に加え、嵩が弟に一番かなわないと思っていたのは「のぶちゃんを思う強い気持ち」だけだった。しかし、その弟はもうこの世にいない。「あいつを差し置いて気持ちを伝えられない」と嵩は自分の気持ちにフタをする。
そんな彼の心を動かしたのは、愛する豪(細田佳央太)を戦争で失った蘭子(河合優実)の言葉だった。元気のない嵩に手料理を振る舞う羽多子(江口のりこ)たちとの食事の席で、蘭子は語りかける。「戦争で死んだ人の思いを、うちらあは、受け継いでいかんといかんがやないですか?」「人を好きになる気持ちとか......そんなに好きな人に出会えたこととか......なかったことにして欲しゅうないがです」
思いは言葉にしないとなかったことになってしまうというのは、蘭子自身、豪が出征するときにのぶから背中を押された言葉だ。それがめぐりめぐって、遠回りの末に弱気で後ろ向きな嵩の背中を押すことになるとは。
嵩が描いた漫画も表紙ものぶそっくりで、のぶを好きなのは高知中が知っていると同僚に茶化されるほど。一方、のぶはのぶで、羽多子に、のぶの強いところだけでなく、弱いところや綻びまで全部わかってくれる人がそばにいてくれたらいいのにと言われると、「そんなお母ちゃんみたいな人おらんよ」と言うが、おそらくテレビの前の全視聴者が「おる、おる!」と嵩を思い浮かべてツッコんだはずだ。
そんな進展しない二人の関係は、ついに大きな一歩を踏み出す。
赤いハンドバッグを手に覚悟を決めて東京へ向かった嵩は、ガード下で子どもたちに囲まれているのぶの前に現れ、「今日はどうしても受け取ってほしくて...」とハンドバッグを差し出す。
長年の想いを込めて嵩は告白する。「どんなにおこられても僕はそのまんまののぶちゃんがどうしようもなく好きだから。これからもずっと僕はあなたを愛しています」
一方的に告白を終え、やり遂げた顔で返事も聞かず帰ろうとする嵩が、これ以上なく嵩だ。それに対し、「たっすいがーはいかん!」と声をかけるのぶも、本当にのぶらしい。が、振り返った嵩に向かって、のぶは「ひとりになってやっとわかった。嵩はなくてはならん人や」と言って駆け寄り、嵩に抱きつく。そして「好きや。嵩の2倍、嵩のこと好き」と答える。
この名シーンについて無粋なツッコミを1つ。この「2倍」は、嵩がのぶを思う気持ちの2倍なのか、それとも嵩が嵩自身を思う気持ちの2倍なのか。文脈的には前者だろうが、言葉だけをピックアップすると一瞬後者に聞こえてしまい、「嵩、自己肯定感低いもんな......小数点、いや、マイナスだよな。マイナスなら2倍にしたらマイナスが大きくなってしまうじゃないか」などと考えつつ、「のぶちゃんは算数苦手だったし」とも思った。
ともあれ、史実では高知新聞で出会った二人を史実と幼馴染設定に変え、史実通り他の相手との結婚と死別を経て、大地震で嵩が生死不明になることで自分の気持ちに気づくという、じれったく長い長い道のりを経て結ばれる展開は巧妙だ。史実を調べつつ、比べながら観るのも、この作品の楽しみ方かもしれない。
文/田幸和歌子