尾崎豊「OH MY LITTLE GIRL」冬がはじまる夜に聴きたい、心温まるラブバラード
リレー連載【冬がはじまる夜に聴きたい、心温まるラブバラード】第一夜
OH MY LITTLE GIRL / 尾崎豊
作詞:尾崎豊
作曲:尾崎豊
編曲:西本明
発売:1994年1月21日
ドラマ「この世の果て」の主題歌になった「OH MY LITTLE GIRL」
この「OH MY LITTLE GIRL」は、1994年のフジテレビ系ドラマ『この世の果て』の主題歌採用がきっかけでシングルカットされ、尾崎豊の代表曲のひとつとなった。『この世の果て』は、稀代のヒットメーカー・野島伸司の脚本による、社会の暗部に斬り込んだ愛憎劇であり、救いのないドラマとして知られる。
このドラマと世界観が合致すると感じた野島自身が、「OH MY LITTLE GIRL」を主題歌に採用することを提案したという。その温かなメロディと尾崎豊の透き通った歌声は、暗闇に差す一筋の光のようでもある。この曲を聴くと、薄暮のイチョウ並木を歩くカップルの画が浮かび上がってくる。歌詞中にある “黄昏" は、ちょうど11月の終わり頃ではないだろうか。冷たく澄んだ空気と紅葉が日常を彩る冬のはじめ。人肌恋しくなる季節である。
純度の高いラブソングが戸惑いを生んだ
「OH MY LITTLE GIRL」は、元々 “セーラー服とリトルガール” というタイトルで、学校内の恋愛を歌った内容だったようだ。それが制作の過程で現在の形となり、デビューアルバム『十七歳の地図』(1983年)に収録された。このとき、歌手人生を二人三脚で歩んだプロデューサー・須藤晃は、“尾崎らしくない歌詞である” という理由から、この曲をあまり良く評価しなかったという。しかしながら、尾崎自身は非常に気に入っており、須藤に対して反発したという逸話が残っている。
確かに、繊細な恋人どうしが寄り添い歩くような情景を歌った歌詞は、アルバムのタイトル曲でもある「十七歳の地図」や「十五の夜」にみられる、鬱屈した感情をぶちまけるような荒々しさとは全く趣を異にするものである。当時、尾崎を取り巻く人々が彼に求めたものは、“悩める若者の代弁者” であり、「OH MY LITTLE GIRL」のような純度の高いラブソングが戸惑いを生んだのも当然だったのかもしれない。
尾崎豊は優れたボーカリスト
代表曲「卒業」(1985年)のように、激しく、メッセージ性の強い作品から、音楽的には “ロック” の文脈で語られることも多い尾崎豊だが、邦楽ではさだまさし、洋楽ではジャクソン・ブラウンといったところが彼のルーツである。「OH MY LITTLE GIRL」や「I LOVE YOU」の切なく優しい旋律は、彼が少年期より様々なジャンルの音楽に親しんでいたことの証左といえるだろう。
テレビから流れてきた「OH MY LITTLE GIRL」に、なんて綺麗なメロディだろうと心惹かれ、彼の曲を聴き漁った。もっとも私自身は、盗んだバイクで走りだしたり、窓ガラス壊して回ったりするキャラクターでは全くなく、むしろその対角に位置していたのだが、そうした彼のパブリック・イメージとは関係なく、曲そのものにどんどん魅了されていった。リカット時に流行っていたバンドサウンドやデジタルサウンドとは一線を画す、どこか郷愁を漂わせながら古臭さを感じない旋律やアレンジが、新鮮に思えたのだ。
また、尾崎豊といえば “魂の叫び” 的な、汗だくでシャウトしているイメージを持っている読者も多いかもしれない。その点、「OH MY LITTLE GIRL」は初期の尾崎にはめずらしい王道ラブバラードである。だからこそ改めて聴くと、その歌唱力の高さを実感するのである。本曲中、「♪片寄せ歩きながら いつまでも」の “い” で最高音域 “hiA” に触れる瞬間がある。当時のポップソングとしては高音域の部類に入るキーだ。それを地声でしっとりと、そして伸びやかに歌い上げていることからも、尾崎が優れたボーカリストであったことが窺える。
純粋に尾崎豊の歌詞に、旋律に、触れてみてほしい
デビューした1980年代の時代背景とも相まって、“十代のカリスマ” と祀り上げられ、また若くして亡くなったことが、そのイメージに拍車をかけ、未だ多くの人にとって、尾崎豊は刹那的な、一過性のムーブメントとして捉えられているように思う。しかしながら、実際の尾崎豊は、明るく人懐っこい好青年であったという。幼少期から音楽が好きで、ソニーのオーディションで自作曲「ダンスホール」を歌い、ちゃんと認められて世に出たのである。窓ガラスを壊したりもしないし、バイクも盗んではいない。
往々にして人間は、無意識のうちに “らしさ” を求めてしまう。尾崎豊は “尾崎らしく” あることによって、商業的成功を収めると同時に、彼の音楽に救われた人も多いわけだから、決して間違っていたとは思わない。しかし、今一度、固定されたフレームを取り払って、純粋に尾崎豊の歌詞に、旋律に、触れてみてほしい。カップリングの「ドーナツ・ショップ」もお薦めである。
【参考資料】
・尾崎豊『NOTES:僕を知らない僕 1981-1992』新潮社
・須藤晃『尾崎豊が伝えたかったこと』主婦と生活社