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デジタルだから見えてくる 本当の江戸の浮世絵~ 牧野健太郎さん

TBSラジオ

ファッションデザイナー:コシノジュンコが、それぞれのジャンルのトップランナーをゲストに迎え、人と人の繋がりや、出会いと共感を発見する番組。

牧野健太郎さん

1956年生まれ。日本ユネスコ協会連盟個人会員、東横イン顧問。ボストン美術館とNHKプロモーションが共同制作した「浮世絵デジタル化プロジェクト」の日本側責任者。「浮世絵の伝道師」として、江戸の庶民生活や現代に通じる生き方を国内外で紹介しています。

出水:お二人は30年ほどのお付き合いだそうですね。

JK:長いね! 長いんだけど、最近浮世絵でまた近づいちゃった(^^)

牧野:江戸がコシノ先生に近づいてるんです(笑)

出水:浮世絵の専門家や研究家ではなく「伝道師」と名乗っているのはなぜ?

牧野:別に研究なんておこがましいことはやってません。とある偉い先生にもおっしゃっていただいたんですが、「牧野は世界で一番浮世絵を見てるな。俺たちは1枚見るのに1時間かかる。お前はぱかぱか、デジタルで見やがって」って(笑)

JK:私は新幹線のグリーン車で車内誌「ひととき」の見るのが好きで。あの連載、毎回おもしろくて!

牧野:ありがとうございます。あれも不思議なご縁で、8年8カ月続きました。

出水:実際に「ぶらり謎解き浮世絵さんぽ」という本にもなったんですよね。

牧野:連載が不定期で、全部見た人がいないということで、30点ほどを選んで軽い気持ちでまとめましたら、文字数が合わないから全部書き直せと(^^;)コシノ先生にもご推薦いただいて、ようやく1冊の本になりました。

出水:しかも今回デジタル化したことで、より細部まで見えるようになったんですよね。

牧野:本当に時代が助けてくれたというか、ありがたいです。デジタル化すると何がいいって、老眼にいい(笑) 浮世絵というのは版画です。絵師がいて、彫り師がいて、摺り師がいます。何人もの手を経て、本当に細かいところまで意図的に描いてます。それをデジタル化で読み取ると、「こいつ、こんなところまで描きやがって」というのが見えてきます。

JK:一番おもしろかったのは? 誰も知らない発見とか。

牧野:これは僕も自慢してるんですが、「東海道五十三次」は全部で55枚。たまたま寛政の前年が午年で、広重さんも時々馬を描くんですが、知立というところでも25頭描いて、その調子で最後の京都で1頭入れて、実はトータルで55頭。江戸の人でも1枚ずつ、全部集めて細かく1頭ずつ勘定する奴はいない。僕がたまたまデジタルで数えたら、お馬さんが55頭いた! 200年余り経って、「こいつ見っけやがったな!」・・・っていうのを楽しんでます(笑)

JK:本物はボストン美術館にあるんでしょ?

牧野:ボストン美術館は日本美術を10万点持っていると言われているんですが、そのうちの半分ぐらいが浮世絵版画と言われています。世界で一番美しい浮世絵を探そうというプロジェクトをやったとき、それはどこだ? ボストンにある謎のスポルティング・コレクションだ!と言うことになって・・・

出水:「謎の」?

牧野:100年前から誰も見たことがない。フランク・ロイド・ライトという帝国ホテルの設計士が集めて、売ったことまでは分かっている。そこから何がどう収められたかが分からない。

JK:それを見つけたのがスポルディングさん?

牧野:収めたのがスポルディングさん。彼がまた厳しい条件をつけたんですよ!「誰にも見せるな」「美術館から出すな」。そういう条件がついてるから、館長さえもちゃんと全部見たことがない。ボストン美術館は1回浮世絵をチェンジすると、それがどんな状態でも少なくとも5年ぐらいお休みします。ですから、1回出てくると次に出てくるのは早くて5年後。遅い場合は生涯見られないぐらい出てこない。

JK:えっ、じゃあプロジェクトは?

牧野:非常にありがたいことに、当時のマルコム・ロジャー館長さんが、「プロジェクトに協力しよう。なぜならこれは美術館から出していないし、写真だから実物を見ているわけじゃない」と。そのかわり100年間封印して、誰も見ないようにして眠ってもらう、という約束です。

JK:なるほど! でも当時の紙だから、外の光が当たると色があせますよね? どんどんダメになっちゃいますよね

牧野:おっしゃる通り。日本の和紙なので非常に上質なんですが、紫外線に弱い。湿気に弱い。曲がる。折れる。色が飛ぶ。じゃあどうしたらいいか? 見せずにしまおう。

JK:それでデジタルで写真に撮ったわけね。

牧野:ボストン美術館や世界中の大きな美術館は、浮世絵の研究もデジタルでやってます。どうしてもっていうときに裏返してみるとか、そういう作業はありますが。

出水:写真は1枚を短時間で撮るとか、そういう制約はあったんですか?

牧野:おもしろいのが、撮影担当はボストン美術館。解説担当は日本。ですから「がんばれよ~」「大丈夫、3年で撮る」と言って、3年どころか5年かかりましたから(笑)

JK:枚数はどのぐらいあるんですか?

牧野:はっきりしないんですが、当時は3万点、今は5万点と公表してますから、6万点ぐらいあるんじゃないですか?

JK:じゃあ本当はまだまだあるのね(笑)

牧野:もっとあると思います(笑) 一応、私は2万点~見ています。

JK:それってみんなの目に触れてます? だいたい知ってるところでも10か20ぐらいでしょう?

牧野:がんばっても、2000枚見た人はいないですね。大きな展覧会でも、がんばって150~200点ぐらいですから、解説を全部読んだら1週間じゃ終わりません。

出水:では1枚1枚ご紹介いただきましょう! まずは広重さんの出世作と言われている「東海道五十三次之内 日本橋」。

JK:これって朝市じゃない? お魚とか大根とか肩にかけて、よいしょよいしょ、って。まな板とかあるんだけど、ここで捌くのかしら? お刺身とか?

牧野:実はこの絵は、日本橋の上を大名行列が来た朝の4時なんです。朝の4時に来たんで、一般庶民の魚屋さんは「こりゃ困った、今日のパレード長げえなあ」って言って、ちょっと横に寄っただけです。

JK:この後に大名行列が来るんですか?

牧野:後ろに並んでる眠そうなおじさんたちが大名行列の先頭です。木遣りをかかえてますね。「こちとら忙しいのに来やがって」という町衆は、今からご贔屓筋へ魚を持っていくところ。「このカツオどうだい?」と1匹売られても困るので、長屋の井戸の近くでまな板を出して、捌いて三枚におろして食べやすくして、きれいにさばいてくれて、「ほら、お皿持って来な」。ゴミは出ないし、包装紙は要らない。

出水:まるで実際に見てきたような話しぶりですね(笑) 市井の人々の暮らしぶりが伺えます。ジュンコさんが気になったのが「山くじら」という1枚。

JK:山にクジラですよ?! 山にクジラなんていますか?

牧野:山にクジラがいたんですよ! タイトルが「名所江戸百景びくにはし雪中」なんですが、場所は今でいうと有楽町の横、東京フォーラム。びくにはしというのが、今のJR鉄橋の下にあった比丘尼橋で、方角的には有楽町の駅を向いている。

JK:将来こうなるとは思ってなかったでしょうね(^^)

牧野:「山くじら」というのは今の猪鍋、ぼたん鍋です。ここは「ももんじ屋」、つまりお肉の専門店で、江戸時代はお肉は憚って食べてなかったんです。でも「俺は食べたくないんだけどさぁ、身体がちょっと調子悪いから、薬だと思って食べるよ」っていうんで、薬としてお肉を食べていた。そこにあった料理屋さん。ですから看板の横には「もみじ鍋」、こっちのほうには「さくら鍋」。

JK:そうか! モロお肉って言えないから、言い換えてたのね!

牧野:「俺は好きじゃないんだよ? 好きじゃないんだけど・・・」って言いながら食べにいかなきゃいけない(笑)

出水:当時の町並みが分かるのが、広重の名所江戸百景の「猿わか町夜の景」。

牧野:場所はどこだってぇと、浅草の浅草寺から、北東へ600mほどの芝居通り。一番奥の猿若町には中村座。勘九郎ちゃんの平成中村座の大元がここです。真ん中が市村座、手前が森田座。この2つあわせて「江戸三座」。この芝居通りの反対側に、芝居茶屋がずらっと並んでました。

出水:芝居を観た人がお茶屋さんに寄ったりするんですか?

牧野:それがちょっと違うんですけど、今でいう相撲茶屋。

JK:私もそっくりだと思った! お相撲観に行くと、 こういうのとそっくりの入り口になってます! お茶屋さんに行ってお弁当もらうの。

牧野:おんなじです。この絵でいうと、左手の芝居茶屋にまず呼ばれて入って、そこでお茶をもらってお菓子が出てどうたらこうたらやって、「そろそろ始まりますよ」っていうのが朝の6時。

出水:朝の6時から芝居ですか?!

牧野:ただし下手っこです(^^) 朝一番からずーっとやってて、3時4時ぐらいになるとちょっといいのが出てきて「そろそろ行くかいな」って行ったり来たりしている間に、「大看板が出る!」「なにぃ?!」ってんで行く。芝居もお相撲も同じで、一応日の出から日暮れまで。だから今でもお相撲興行は18時ジャストに終わります。簡単な理由です、太陽がないと証明がないから(笑)

出水:そうか、暗くなっちゃうと見えないからか! 月の影も描かれていて、世界の美術家たちも真似したところですよね?

牧野:いいところに気づいてくれました! 猿わか町 夜の景の一等のウリは、夜のボカシです! 点ボカシといって、上に横一線のぼかしがすーっと下がって、下の方にふわふわふわと雲のようなぼかしがあります。これが難しいんですよ! 版木には何も彫ってない。

JK:でも彫らないと分からないじゃないですか。

牧野:摺り師が「てめぇこの野郎」って言いながら、版木を濡らして、上からインクをちょちょっと置くんですよ。そうすると濡れてますからふわぁ~っとにじみますよね。にじんだいいところを、すっと吸い取る。ただし悲しいかな、おんなじことが2回できない。なかなかいいのができないってんで、「当てなしぼかし」。

出水:こういう細かいのが、デジタルで見えるようになったんですね!

牧野:見えるんですよ! よく「小指の先ほど」と言いますが、そんなもんじゃないほど細かいんです! 1mmに3本の線を入れる。

JK:1mmに3本?!?!

牧野:ただしそれをすぅ~っと彫っちゃいけない。彫り残すんです! 凸版ですから、両端を彫って真ん中を残さないといけない。ですから当時の彫り師の1等は19歳の青年です。体力と目! 名人はこんなことやりたくないですから(笑)

(TBSラジオ『コシノジュンコ MASACA』より抜粋)

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