「自己啓発本」にはかなり奥深いおもしろさがある?第7回、「自己」が社会性を帯びていく。
生きるため、はたらくための教科書のように使っている人もいるし、どことなく「俗流の哲学本」みたいに敬遠している人もいるのが「自己啓発本」。これについて語り合おうと、座談会が開かれました。
『嫌われる勇気』の古賀史健さん、『夢をかなえるゾウ』の水野敬也さん、『成りあがり』(矢沢永吉著)の取材・構成を担当した糸井重里。そして『14歳からの自己啓発』の著者である自己啓発本の研究者、尾崎俊介さん。にぎやかな、笑いの多い座談会になりました。第7回、『成りあがり』をまとめながら、矢沢永吉さんに影響を受けて自分がどんどん変わっていったという糸井。
水野
だけど自己啓発本って、僕からすると、普通に持てるものにするのがなによりのハードルで。
だから『夢をかなえるゾウ』のときはファニーなキャラクターを中心に据えて、タイトル自体もあまり見えないようにして。
本が売れたとき、女性誌の企画で、若い女性の鞄の中からiPodと『夢をかなえるゾウ』が出てきたとき、僕は泣いたんです。「やっと普通に持てるようになった‥‥」って。
尾崎
あぁ(笑)。
水野
だけど糸井さんが書かれた矢沢永吉さんの『成りあがり』とか、ナチュラルにかっこいい本じゃないですか。強いメッセージがありながらも自己啓発書然としてなくて、持っててなにも恥ずかしくなくて。
糸井
でも、いま言われてハッとしましたけど、そういえば僕、『成りあがり』を書く前は、ここに書いてあるようなことを、あんまり自分では言わないようにしてたんです。
古賀
へぇー。
糸井
当時、「夢中になってやる」とか言うのがちょっと恥ずかしいみたいなムードの時代に『成りあがり』って出たんですよね。「しらけ世代」という言い方もあったんですけど。
だけど本を作るにあたって、永ちゃんとずっと一緒に行動してたら、僕は面白くてしょうがないわけです。いろんな場面で永ちゃんが言う「そうだろ?」に、僕もひとつひとつ「そうだ!」ってなって、どんどん入れ込んで。本をまとめながら、僕はじわじわと自分の考えが変わっていくのがすごく愉快で。
だけどそういう力のあるものだから、インテリの人や新聞社の人たちは、この本が出たあと「ファシズムの危険を感じませんか」とか言ったんですよ。
古賀
ええー?
糸井
取材で「ここから新しい戦争の時代がはじまるような予感がするんですよね」って言われたの覚えてる。「あの熱狂を見てると、僕はヒトラーを思い出すんですよね」みたいな。
古賀
怖かったんですかね。
糸井
たぶん当時のインテリの人たちは、ひとりの言葉にみんながワーッと集まること自体が嫌だったのかなと思うんです。
だけど僕は「さすがにそれは違うだろう」と思って。逆にそんなふうに言われることでも、僕は自分の心がますますこっちに惹かれていって。
こういうことを肯定できるようになって、僕の人生は変わったんです。『成りあがり』というこの本に、作った僕がいちばん影響されているんです。
水野
はぁー。
糸井
だって、本のあとがきを本人じゃなくて俺が書いてるんだよ? その構造自体がおかしいじゃん。
尾崎
そうそう(笑)。
水野
でもいま聞きながら、僕は一方でおこがましい話を思ったんですけど。
そんなふうに矢沢永吉という人のメッセージに強い影響を受けながらも、糸井さんという人は「帰依できない人」じゃないですか?
糸井
そうですね。できない。
水野
つまり、そこで完全に帰依してたらもうゴールなわけで。そこまでいっちゃうと、それ以外の人の話はもう色あせて見えると思うんですよ。
だけど糸井さんは帰依できないから、『成りあがり』の後もずっと、ほんとにいろんな人の考えを面白がりながらここまで来てて。
糸井
そうですね。僕はいちいち面白いです。
水野
さっき浄土真宗の話がありましたけど、糸井さんはそれも完全には帰依してないというか、どこかで違う立ち位置を持ってる。
糸井
たぶん僕が帰依しない理由は「自分はその人じゃないから」ということかなと思いますね。
尾崎先生のこの本もそうですけど、いろんな思想を紐解きながら、そこをたどる自分の足跡がついていくわけです。それは自分と完全にイコールにはならなくて。僕はそういう居方のほうが面白いんです。
水野
ああ、なるほど。
糸井
とはいえ『成りあがり』って最後、「スポットライトが明るすぎて、ざーっといる観客の人たちの姿が見えないんだよ」で終わってるわけですけど。
あの「明るすぎて」みたいな終わり方って、言ってみれば、代筆のように書いている僕の表現ですよね。永ちゃんから聞いた話を僕が構成し直して、ああやってまとめてるわけですけど、喋っていた話そのままではないわけです。ただ、あんなふうに終わらせたお陰で、永ちゃんは明日からまた面白くやれるんです。
だから、帰依はしないけれども、そういうことはできる。僕は永ちゃんそのものではないけれども、いろんな話を聞いて、一緒に過ごしていたなかで、自分の思考が永ちゃんの分だけ増えて、代筆するみたいなことはできるんですね。
その意味では、「自己」というのが、個人としての自分だけじゃなくて、実はネットワーク、つながりまで含んでいるのが自分の考えかなって。
「古賀さん、ちょっと相談があるんだけど」って言ったときに、古賀さんの考えってもう僕の中にあるじゃないですか。そういう発想で。
「自己」というものをそんなふうに自分のネットワークまで広げて考えると、いろんな可能性が広がって、めちゃくちゃゆかいになるんですよ。
水野
それで言うと、僕はもともと「とにかく女の子を口説くんだ」「理想の女性と付き合うんだ」という思いで、最初の恋愛マニュアル本の教えを信じて、自分自身を啓発しながらやってきたわけです。
自分がイケメンじゃないのも全部受け入れて、「男は顔じゃねえ! 金稼ぐぞ」って(笑)。
だけど、娘が生まれたんです。すると僕にめっちゃ似てる娘がいて、顔がもう、瓜ふたつなんです。で、僕は自分の顔がまったく好きじゃないのに、なぜか「僕に似てて本当にかわいい」んですよ。こんな感情になるとはまったく思ってなかったけど、
糸井
いいですね。
水野
それで僕はいま「この子の顔をどうこう言うような社会なら、この子が14歳になるまでにぶっ潰したれ」と思ってて(笑)。絶対変なふうに言わせないように、彼女が大人になる前に、自分がめちゃくちゃ頑張って、この社会をできるだけ整えとこうと。なんだかそういう現象が起きていて。
だから僕は自己啓発の道をずっと歩いてきて、自分の幸せについて考えていたはずが、「自己」が拡張してきたことで、「社会」の話を考えるようになっているんです。
糸井
はぁー。だけどそういうことですよね。水野くんにとって娘の存在というのは、もう「自己」のうちで、娘分のでっぱりまで「自己」にしてるわけだから。
水野
そうなんです。
糸井
たとえば後輩とか友だちとかと一緒に飲んでいて、そいつが喧嘩に巻き込まれたときのほうが興奮するじゃないですか。ああいうのも全部「自己拡張」ですよね。
そんなふうに、自分とつながりがある人はもう「自己」の一部で‥‥みたいに発想していくと、「自己」が社会性を帯びていく。
そうやって考えていくと、「自己啓発」というのもまた広がりが出て、面白くなりますね。
水野
ただ、そんなふうに「自己拡張」をしていくと、これまで僕が書いてきた自己啓発本を好きだったような人たちからは、「いいね」がつかなくなるようなところはあって(笑)。
僕が子育てとか子どもの話をはじめると、拡張前の僕みたいな人たちは、「いやいや、もっと自己啓発らしい答えをくれ!」みたいな感じがあるんですよ。
古賀
ああー。
水野
まぁ、だけど「成熟する」ってきっと「アンチ未熟」ではないはずなんです。そういう人たちの考えを否定したり、彼らを置いていったりするんじゃなく、一緒に連れていってこそ、本当の成熟かなと。
だから、まだ全然うまくやれてなくて、反省ばかりですけど、「もっとモテたい」「自分が成功したい」みたいなところから僕の本を読みはじめた人たちにも、なにかうまく、そういう「社会」の話に興味を持ってもらうきっかけをつくれたらいいな、というのが、いまの僕の課題なんですよね。
(出典:ほぼ日刊イトイ新聞 「自己啓発本」には、かなり奥深いおもしろさがある。(7)「自己」が社会性を帯びていく。)
古賀史健(こが・ふみたけ)
株式会社バトンズ代表。1973年、福岡県生まれ。九州産業大学芸術学部卒。メガネ店勤務、出版社勤務を経て1998年に独立。著書に『嫌われる勇気』『幸せになる勇気』(岸見一郎共著、ダイヤモンド社)、『さみしい夜にはペンを持て』(ポプラ社)『取材・執筆・推敲 書く人の教科書』(ダイヤモンド社)、『古賀史健がまとめた糸井重里のこと。』(糸井重里共著、ほぼ日)、『20歳の自分に受けさせたい文章講義』(星海社新書)など。構成に『ぼくたちが選べなかったことを、選びなおすために。』(幡野広志著、ポプラ社)、『ミライの授業』(瀧本哲史著、講談社)、『ゼロ』(堀江貴文著、ダイヤモンド社)など多数。2014年、ビジネス書ライターの地位向上に大きく寄与したとして「ビジネス書大賞・審査員特別賞」受賞。編著書の累計は1600万部を数える。
水野敬也(みずの・けいや)
1976年、愛知県生まれ。慶応義塾大学経済学部卒。著書に『夢をかなえるゾウ』シリーズほか、『雨の日も、晴れ男』『顔ニモマケズ』『運命の恋をかなえるスタンダール』『四つ話のクローバー』、共著に『人生はニャンとかなる!』『最近、地球が暑くてクマってます。』『サラリーマン大喜利』『ウケる技術』など。また、画・鉄拳の絵本に『それでも僕は夢を見る』『あなたの物語』『もしも悩みがなかったら』、恋愛体育教師・水野愛也として『LOVE理論』『スパルタ婚活塾』、映像作品ではDVD『温厚な上司の怒らせ方』の企画・脚本、映画『イン・ザ・ヒーロー』の脚本など活動は多岐にわたる。
尾崎俊介(おざき・しゅんすけ)
1963年、神奈川県生まれ。慶應義塾大学大学院文学研究科英米文学専攻後期博士課程単位取得。現在は、愛知教育大学教授。専門はアメリカ文学・アメリカ文化。著書に、『14歳からの自己啓発』(トランスビュー)、『アメリカは自己啓発本でできている』(平凡社)、『ホールデンの肖像─ペーパーバックからみるアメリカの読書文化』(新宿書房)、『ハーレクイン・ロマンス』(平凡社新書)、『S先生のこと』(新宿書房、第61回日本エッセイスト・クラブ賞受賞)、『紙表紙の誘惑』(研究社)、『エピソード─アメリカ文学者 大橋吉之輔エッセイ集』(トランスビュー)など。