「神田伯山の奥さん」と呼ばれて。古舘理沙さんが結婚後に抱いた違和感と、アイデンティティーのゆらぎ
結婚や出産を機に、自身の名前ではなく「〇〇の奥さん」や「〇〇ママ」などと呼ばれるようになり、モヤモヤしたことはありませんか。
今回お話を伺った古舘理沙さんも、人気講談師・神田伯山さんとの結婚後、同じ悩みを抱えたことがあるそう。「“呼ばれ方”によるモヤモヤとどう向き合ってきたか」お話を伺います。
「個人」の努力や歩みを認識してもらえない憤り
「周囲からの呼ばれ方にモヤモヤする」と過去のインタビューで語られていましたが、結婚前後でどのような変化があったのでしょう。
古舘理沙さん(以下、古舘):私は20代で古典芸能に惚れ込み、当時勤めていた会社を辞めて起業し、寄席演芸のプロデュースを生業としてきました。
しかし、伯山との結婚を機に、仕事の現場で「神田伯山さんの奥さん」と呼ばれることが増えて。結婚する前までは「自分の名前」で呼ばれることが当たり前でしたが、結婚した途端、同じ業界で同じように仕事をしているにもかかわらず「奥さん」という呼び名に変わったことに違和感を覚えました。
「神田伯山さんの奥さん」と呼ばれる度に「私にも名前、あるんだけどな......」とモヤモヤしますね。
それは......モヤモヤしますね。
古舘:現在は夫の所属事務所の経営とマネジメントを行っているのですが、プロデュースがうまくいき、講談師として脚光を浴びるようになってからは「奥さんの良いサポートがあってこそ」と言われることが増えました。
私はあくまでプロとしてやっているのに、自分の仕事の功績が「妻のサポート」という評価に変わってしまったんです。
「〇〇の奥さん」と呼ばれることが嫌というよりも、個人としてやってきたことが「妻」という役割に内包されてしまうのが嫌なのだと思います.....。
自分の努力や情熱が「夫を支える妻」の役割と捉えられてしまうのはモヤモヤしますね。
古舘:そうなんです。その最たる例が、「梨園の妻」だと思います。歌舞伎役者さんと結婚した女性は、夫の活躍の裏で日々たくさんの「仕事」をこなしています。
スケジュール管理、ご贔屓(ひいき)や知り合いへのチケット販売、年賀状の作成、お中元やお歳暮の手配、ご祝儀や給与の管理、公演仲間などの人間関係の把握、子どもの稽古の付き添いなど......。全方位に気を配りながら営業、経理、広報、全てを一手に引き受けている。
「妻の素晴らしいサポート」と世間的には評価されますが、実際には社長業にも匹敵するほど大変な仕事なんです。
大変な「仕事」を「妻なら、母親ならやって当然」と評価されがちなのは、家事や育児などにも通じるところがありそうです......。
古舘:そうだと思います。「◯◯の奥さん」と呼ばれることは、自分の努力や歩んできた道のりを「個人として認識してもらえない」ということですもんね。モヤモヤするのは当然なんじゃないでしょうか。
自分からさりげなく「希望する呼ばれ方」を伝える方法
「◯◯の奥さん」と呼ばれることへのモヤモヤを、古舘さんはどのように対処していますか?
古舘:私の場合は、会話の中でさりげなく「こう呼んでほしい」を伝えるようにしています。
例えば、仕事で「奥さん」と呼ばれたら「“奥さん”なんて気を使わなくていいですよ!古舘と呼んでください」と自分から伝えてみたり、カジュアルな場であれば自己紹介のときに「理沙と申します」とあえて下の名前で言ってみたり。
すると、勘のいい人であれば「この人は〇〇って呼ばれたいんだな」と分かってくれる場合があります。
さりげなくていい方法ですね!
古舘:「奥さんと呼ばれたくないです!名前で呼んでください!」とストレートに伝えるのはハードルが高いですよね。「嫌な理由をしっかり説明しなきゃ......」と思うと、自分にも負荷がかかりますし。
一方で、いつまでも「察してほしい」では伝わらない人がいるのも事実。自分に負荷をかけず、相手も受け入れやすい伝え方を見つけられるといいですよね......。
塩梅が難しいですよね......。
古舘:「“奥さん”って呼ぶの、最近は良くないみたいですよ〜!」と、伝聞口調で伝えてみるのはどうでしょう。「私」を主語にするのではなくて、「私も聞いた話ですけど」という伝聞のニュアンスを含むと伝えやすくなると思います。
「それ、セクハラですよ!」とビシッと言うのではなく「それ、セクハラらしいですよ!今は問題みたいですよ!」と遠回しに伝えるなど、いろんな場面に応用できるのでおすすめです。目上の方や取引先など、少し緊張する相手に対しては私もよくやっていますよ。
“面倒くさい人”と思われるくらいがちょうどいい
「いちいち何か言ってきて面倒くさい人」と思われてしまうんじゃないか、という不安から、笑ってごまかしてしまうような場面もありそうです......。
古舘:なるほど。私の場合はむしろ「面倒くさい人」と思われているくらいがちょうどいいと考えているんですよ。
こういう発信の場で「奥さんと呼ばれることにモヤモヤしている」とはっきり主張しておくことで「呼ばれ方を気にする人」というイメージをつくるようにしています。
そうすると確かに「あの人、面倒くさい人だな」って思われがちなんですけど、そのお陰かあまり相手から失礼なことを言われなくなりました。
「面倒くさいと思われるくらいがちょうどいい」。考えたこともありませんでした......!
古舘:失礼なことを言われると、その度に気持ちがすり減るじゃないですか。それを未然に防ぐために「この人には言い返されそう」という印象を抱かせておくのも一つの手段だと思います。
「意見を表明する」というと大袈裟かもしれませんが、SNSに「〇〇と呼んでもらえた方が親しみがあって嬉しいな」と投稿してみるくらいなら、気軽にできるかもしれません。
古舘:そうそう。例えば「LINEは下の名前で登録をしておく」とかでもいいと思うんです。
特定の相手に直接言う「以外」のやり方で自分のスタンスを示しておく。それで「めんどくさい人」と思われても、「失礼なことをされない」というメリットもあるので、あまり気にし過ぎなくても良いのかなと。
「どう呼ばれたいか」は話してみないと分からない
子どもが生まれた後は「◯◯(子どもの名前)のママ」と呼ばれることも増えますよね。その辺りのモヤモヤに関してはいかがでしょう。
古舘:私自身は、相手のことをなるべく名字や下の名前で呼ぶようにしています。
ただ、私の子どもが通っている幼稚園は、ママ友同士「下の名前」で呼び合うことが普通なので、そこに関してはあまりモヤモヤしたことがなくて......。
(編集A)いいですね! 私もママ友のことを「◯◯ちゃんママ」と呼ぶのをやめたいなと思っているのですが、呼び方を急に変えたら驚かれてしまうかなと躊躇(ちゅうちょ)してしまったり、そもそも相手の「下の名前」を知らなかったりして、なかなか踏み切れずにいます.....。
古舘:確かにいきなり「下の名前」で呼ばれると、一気に距離を縮めてきたと驚かれてしまうかもしれませんね。
そういうときは、「なんてお呼びしたらいいですか?」とストレートに聞いてみるのはどうでしょう。もしLINEの登録名に下の名前が書いてあったら「◯◯(下の名前)さん、今日はありがとうございました」とメッセージを送ってみてもいいと思います。
特に女性同士であれば「下の名前で呼ばれて嫌」という人は経験上あまり出会ったことはありません。
相手が「どう呼ばれたいか」は聞いてみないと分からないことではあるので、お互いがモヤモヤしないためにも、自然に、でもしっかりとコミュニケーションを取るのが良いと思います。
あまり考え過ぎず、率直に聞いた方が余計なモヤモヤを抱えずに済みそうですね!
古舘:ただ、私も全員にそういうコミュニケーションをとっているわけではないですよ。
「もっと仲良くなりたい」「この関係性を大切にしたい」と思う人には、自分の意思を伝えたり相手の気持ちを確認したりしていますが、何度言っても「◯◯の奥さん」と呼んでくる人に対しては、もうどう呼ばれても気にしないようにしています。
そこにエネルギーを割き続けるのはもったいないですから。
全員に分かってもらう必要はないということですね。
古舘:「〇〇の奥さん」「〇〇のママ」と呼ばれてモヤモヤしたときは、一度「この人とはどんな距離感でいたいだろう?」と見つめ直してみるのが良いかもしれません。コミュニケーションを図ってまで仲良くなりたい相手なのか、それともそこまでではない相手ないのか。
もし前者なのであれば、「この人はどう呼ばれたいかな?下の名前で呼んでも大丈夫かな?」と相手の気持ちを確認しながら、お互いに違和感や失礼のない呼び方にできたらいいですよね。
取材・文:貝津美里編集:はてな編集部
お話を伺った方:古舘理沙さん
冬夏代表取締役社長。1981年兵庫県生まれ。国際基督教大学卒業。リクルートにて営業職に半年勤めたのち転職。雑誌『VOGUE』『GQ』日本版の編集者などを経て、落語に魅せられ2010年に「寄席演芸興行 いたちや」を創業。現在は夫である講談師・神田伯山のマネジメントや、YouTubeチャンネル「神田伯山ティービィー」の制作・プロデュースなどを手がける。