テノール歌手・西村悟インタビュー 傑作歌曲を演出&ダンスつきでオペラのように上演~オペラティックリート Vol.1 シューマン『詩人の恋』
伸びやかな歌声と恵まれた長駆で観客を魅了するテノール歌手の西村悟が、シューマン作曲の連作歌曲『詩人の恋』を、オペラのように視覚と聴覚の両方で楽しむ「オペラティックリート」として演出つきで上演。西村自身が長年温めてきたというこの企画の実現にあたり、作品や歌への想いや構想を語ってもらった。
歌曲の面白さをもっと伝えたい!
ーー「オペラティックリート Vol.1」としての今回の上演。どんなことを期していますか?
「オペラティックリート」とは僕が名付けたもので、演出つきの舞台版として歌曲を上演するものです。これまで、コンサートを依頼されてシューマンを提案しても、「オペラやミュージカルで」と返されることが多かったんです。こんなに素晴らしい曲をどうしてもっと取り上げてもらえないのかと考えた時、言葉がわからなくてもストーリーがだいたいわかるオペラと違って、(立って歌うだけの)歌曲にはやはりわかりづらさがある。そこをお客さんに「ドイツ語を勉強して来てください」と言うのは傲慢だし、かといってプログラムに歌詞を乗せると、皆さん手元を見てしまう。もし歌曲にあるドラマをお客様が目で見て感じてもらう趣向にできたら、登場人物の感情がダイレクトに伝わり、歌曲の面白さをもっと味わってもらえるのではないかと思ったんです。3年ほど前からずっと考えていて、機が熟した感がありますね。
ーーその「オペラティックリート」第一弾のメインプログラムに『詩人の恋』を選んだ理由を教えて下さい。
この『詩人の恋』に触れた時、「これはもうオペラだな」とビビッときて。「今こういうところにいる」「こういう気持ちできっと座っている」「ここに彼女がいる」……というふうに、ト書きがないのに全部目に浮かんだんですよ。もしかしたらシューマン自身も若干、オペラのような表現を意識していたのかもしれないと思いました。連作歌曲としてはこれまで、シューベルトの『水車小屋の娘』やベートーベン『遥かなる恋人に』なども歌いましたが、そうした特性を考えて、『詩人の恋』を第一回目に持ってくるべきだと判断しました。
ーー確かに、ひたすら恋のことを歌っているので、シンプルで、物語ラインを想像しやすいですよね。歌詞によれば詩人の恋は“美しい5月”に始まりますが、今回、その5月に演奏会を行うところにも思いを感じます。
ヨーロッパ人にとっては気候の良い5月って特別なんですよね。そこで恋が始まって、喜びがあり、恋に破れ、苦悩があり、憎しみが生まれ……。恋にまつわる内面の変化だけを少しずつ歌い、最終的にはその恋の苦悩を全て自分の中にしまい込んで生きていくのが、この歌曲の特長。人間は皆、何かしら苦悩し、完全にそれが消えないまま内に抱えて前に進んでいくわけですから、今の時代にも共感していただけるのではないでしょうか。それで、今回も5月に上演するのが絶対条件でした(笑)。
ーー今回は、『詩人の恋』の前に、同じシューマンの「アンナにⅡ」「5つのリートと歌」「4つの歌」を歌われます。
ここもこだわったんですよ! 『詩人の恋』は1840年に20曲作曲されて、その後シューマン自身が4曲削って4年後に出版しています。そして漏れた4曲は、この「5つのリートと歌」および「4つの歌」に2曲ずつ入っているんです。それを『詩人の恋』と一緒に歌うわけです。
ーーなるほど、西村さんのシューマン、そして『詩人の恋』の考察でもあるような演奏会ですね。
確かにシューマンやその妻で作曲家のクララの本などたくさん読んで、「ああ、だからこうなっているのか、なるほどなあ」と感じました。シューマン自身は「そんなに狂うんだ」と思うくらいの天才だから共感を抱くという感じではないのですが、音楽は僕に合っているように感じます。例えばシューベルトの歌曲には単語レベル、文レベルでメロディーがあるとするなら、シューマンはもっと一語の中にメロディがある感じが、ちょっとイタリア語に近い気がするんですよ。
一語一語、どう届けるか
ーー最初に西村さんが『詩人の恋』を歌ったのは2021年。そこからすぐに再度歌われ、その後も何度か上演されています。思い入れのある作品なのでしょうか?
初めて歌った時、連作歌曲の面白さにハマったんです。歌曲を歌うにあたっては、一語一語、どういう思いで書いているのか、この音楽はどうなっているのかを調べ、考えながら、一人の演奏家としてどういったものが出せるかに取り組みます。僕はもともと暗い性格というわけではないんですけれども(笑)、そうやって一人でコツコツと音楽と向き合い、緻密に創る作業が好きで。もちろんオペラにもそうしたデスクワークはあるけれど、現場に行くと指揮者、演出家、共演者の意向もあります。一方、歌曲では自分の思いをそのまま乗せることができるのが、とても自由だと感じましたし、歌っていて快感でした。
ーーその代わり、逃げ場もないと言いますか。
そうなんです。だから自分がやっていることが正しいのか正しくないのか、本番までは半信半疑なわけですが、そこで好評をいただけたことが自信にもなりましたね。また、オペラでは声のボリュームを鍛えてきたところがありますが、ピアノ1台とともに小空間で歌う『詩人の恋』では、もっと小さな声、繊細な音色が求められていたと感じ、次に歌った時にはさらに、お客様が耳を澄まして聴くくらいの音を使うということに重点を置いて取り組んでみました。
ーーここに描かれた世界観についてはどうお感じですか?
人間には誰でも多かれ少なかれそうだと思いますが、シューマンは自分に陰と陽の二面性が非常にあるということを知っていて、フロレスタンとオイゼビウスと命名して擬人化していました。この歌曲にもそれが鮮明に書かれています。だって、シューマンが書いたこの曲を書いた時、彼は恋人のクララと結婚する直前で、幸せの絶頂なんです。にもかかわらず、こういう失恋の曲を発表してしまった。ちょっとぶっ飛んでいますよね。だからこそ、ハイネの詩を読んだ時、ここまで自分の思いを代弁してくれてる詩があるのかと、きっと衝撃を受けて、曲を書き上げたのでしょう。ですから今回のチラシでもその二面性を表現しましたし、公演でもそのギャップというか、一人の人間がこうまで変わるのかということを表現したいですね。
ーーハイネといえばドイツを代表する詩人の一人。イタリアに留学されていた西村さんですが、ドイツ語にはどのような印象、感覚をお持ちでしょうか?
実は、学生時代やイタリア留学時代は、イタリア語が母音で歌う一方で、ドイツ語は子音と、あと単語の最後に「ッ」とか「クッ」とかそういう音があるところに、「喉を酷使してしまう、発声が崩れるのではないか」といった先入観を抱いていたんです。しかし2017年に、びわ湖ホールプロデュースオペラ『ラインの黄金』で(ドイツ語で歌う)ローゲ役をいただいて。狂言回しみたいな、メロディーだけでなく語りで聴かせる役だったので、1年以上かけて徹底的にディクション(発音)を学んで以来、ドイツ語に愛着が湧くようになって今に至ります。
ーー今回、そのドイツ語の字幕の翻訳も、西村さんが手掛けるとか。
舞台上の動きと連動した字幕にしたいので、幾つか候補を準備しています。敢えて直訳していないところ、あるいは違う言葉を当てはめるところもじつはあるんです。例えば「Zypresse」という単語があって、糸杉という植物の名前なのですが、僕はそれを死と訳しました。というのも、お葬式で糸杉の束を彼女がくれたという歌詞では、死をイメージさせるものとして糸杉が使われているんです。僕はそれが死を予感させるものだという芝居もするので、「死の束をくれた」という言い方にして。全てではないですが、ところどころ、そういう言葉選びをしていますね。
ピアノ、ダンスと共に紡ぐ恋の変遷
ーー今回はオペラ演出家の岩田達宗さんに演出を依頼しました。どのような演出になるのでしょう?
この企画は僕のわがままコンサートなので、基本的に僕が考え、岩田さんにお付き合いいただいて、相談しながら創っていく形。一つ特徴的なものを挙げるなら、真っ白な箱を、ちょっと象徴的に様々な用途で使います。最初、詩人をシューマン自身にしようかとも思ったのですが、それだとお客様の想像に制約をかけてしまうのでやめました。衣装も昔風にはせず、架空の一人の男とした方が、人それぞれの思いに当てはめることができるかもしれないので。
ーー恋の描き方としては、現在進行形ですか? それとも最終曲にあるように過去の恋を棺に収めた人がすでにいて、そこから回想する形を採りますか?
昨日も稽古でその話になったんですが、まだ迷っています。ト書きがないですから、ヒントになるのは言葉と旋律だけ。その中から何を読み取って動きにしていくか。ピアニストの河原忠之さんにも登場人物になっていただく可能性も含めて、稽古場で岩田さんとディスカッションしながらあれこれ試して、どういう形が僕の表現に合っているかを見極めてもらう作業が、今はとても楽しいですね。
ーー河原さんのピアノにはどのような期待を?
歌のブレスを分かってくださる方なんですよ。我々はブレスがとにかく命だから、そこで例えば急かされるようなブレスになると大変なんですが、河原さんはもう歌を熟知されていて、どんな時でも寄り添ってくださるので歌いやすいです。河原さんが奏でてくれた音色で、またこちらの想像力ももう一段階アップするでしょうし、表現の選択肢が倍にも何乗にもなってくると思うので、今から楽しみです。
ーー共演するダンサーの細田琴音さんが、恋の相手を演じるのですか?
曲によって変わるんです。ティンカーベルのように僕の前に現れて、僕に見える時も見えない時もあるし、森の妖精になったり、あるいは愛した女性の象徴であったり……。振付を事前に決めず、僕の芝居を受けながら、様々に踊ってもらう予定です。
ーー恋を巡る思いが変わっていくこの曲。男を演じる西村さんとしては、どう変化をつけるのでしょうか?
人それぞれ感じ方は違っていていいのですが、僕は現時点では11曲目が一つのポイントになるのではないかと考えています。一人の男が娘に恋をしたけれど、その娘は別の男に失恋して、道で最初に出会った男とどこかへ行ってしまった、僕の心は張り裂けた、というようなことを歌う曲です。この曲はEs-Dur(変ホ長調)なんですよ。Es-Durでこういう悲しい表現があるのか、と新鮮で。
ーー確かに、明るい曲調で悲しい内容を歌われると、そのギャップで聴いていて心が引き裂かれるような感覚になることがありますよね。お話をうかがっていて、思いを存分に込めながらある種の自由度をもって曲と向き合っているようにお見受けします。様々な経験を積まれた今だからこそできることではないですか?
そうですね。今まで培った人脈をフルに活用させてもらって多様なスタッフの皆さんに集まっていただきましたし、芝居の面でも舞台を重ねる中、動き方や見え方のイメージがある程度蓄積されて、「こうしたら綺麗なんじゃないか」「こうすれば伝わるんじゃないか」という発想が出てくるようになったので、それを今、岩田さんに全部出しています(笑)。
ーー声に関してはいかがでしょう?
最近はどれだけ綺麗なピアニッシモを出すか、それをどう収めるか、といったところに魅力を感じるようになり、昔とは少し歌が変わってきたかなと思います。勿論大きな声、高い声も大事ですが、幅が広がったと言うか。その時の年齢や状態によって、自分が一番輝ける音楽に挑戦していくことはアーティストとして大切なことですし、今は歌曲が、身体的にも声も自分とマッチしているように感じています。
ーー新たな試み、「オペラティックリート」がどうスタートし、どのように続いていくのか楽しみです。
一応、Vol.3くらいまで考えています。歌曲に対する先入観なく「面白い」と受け入れてもらって、これがニュースタンダードになったら嬉しいですね。
取材・文:高橋彩子(舞台芸術ライター)