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蓮根『&TAKANO PAIN』は妥協しない姿勢が支持される実力店。日常を非日常に変えるパンの“ひと手間”とは

さんたつ

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板橋区の蓮根にある『&TAKANO PAIN』は「日常に非日常を」をコンセプトに掲げるベーカリーだ。売られているパンは、どれもひと手間が加わっていて、食べれば「おっ」とうれしい声があがる。

&TAKANO PAIN(アンドタカノパン)

非日常が味わえるパン

『&TAKANO PAIN』があるのは駅近くにあるごく普通の商店街で、かまぼこ店や青果店など、日常使いの店が並んでいる。しかしシックな外観の店の中に入れば、そこはハード系やリッチ系を中心に多種多様なパンが並ぶきらびやかな世界。一方で店内の左側には作業場が隣接していて、オーナーチーフの高野隆一さんがパン生地をこねている姿がまる見え。華やかさと親しみやすさが混在した、ちょっと不思議な空間になっている。

外観はシックでシンプル。

並ぶパンの値付けは、商店街にあるパンとしては、ちょっと高め。たとえば明太フランスは462円と、普通のものより3割ぐらい高い。しかしこのパンが、値段など気にならないぐらいの出来なのだ。

ズラッと並ぶさまは壮観。
明太フランスはぜひリベイクして食べてほしい。

しっかり焼き上げられた外側の生地に比べ、中はふんわり。上部には明太クリームと一緒にチーズがのせられていて、明太の旨味にコクが加えられている。上下スライスされた内部にも明太クリームが入っているのだが、そこに合わせられているのはバジルオイルで、さらなる風味の変化が味わえる。明太とチーズ、加えてバジルとオイル。それらの混ざり具合が食べる部分でさまざまに変わり、食べるたびにワクワクが加速していく。はじっこの膨らんだ部分は純粋にパンを味わえ、それもまた楽しい。食べるだけで非日常を感じられる。462円、高いどころか安いとすら思えてくるのだ。

カリカリスイートポテト(中央)は秋冬の限定。

ひと手間が入ったパンはこれだけではない。たとえば秋冬限定のカリカリスイートポテト432円。パンの上にはサイコロ状のサツマイモに香ばしいカラメルが合わせられ、ほっくりしつつバリッとした食感が味わえる。生地の中にはさつまいもあんが入り、下の部分の生地にクルミが焼き込まれている。ねっとりとした甘さと香ばしいナッツの風味がまた楽しい。さらにはその奥にクリームチーズの酸味があり、食味を軽やかにしている。これまた手が込んだ、非日常的なおいしさなのだ。

自分たちが自然体で働くために

パンに加えられるひと手間について、オーナーの高野絵理さんは「こういうふうにやればおいしいよねとか、自然にやればそうなるよね、といった感じでやっているだけなんです。こいうことをはしょりたくなる気持ちはわかるんですけど、それよりも自分たちが納得いくパンを作っていったほうが、仕事の満足感も大きいと思うんです」と説明してくれた。よいパンを作るために妥協しないこと。それは『&TAKANO PAIN』にとって、ごく自然なことなのだ。

左はオーナーの高野絵理さん。右は従業員の外波加奈子さん。

正直、下町イメージの強い板橋区に『&TAKANO PAIN』は、ちょっと異色な感じがする。しかし、実際にはオープン以来、多くのパン好きの心を捉え、人気店となっている。それも店を経営する高野隆一さん絵理さん夫婦の、パンに対する強い思いがあったからだ。

パンは自分でとっても頼んでとってもらってもいい。

2人が出会ったのは、『ホテルメトロポリタン』に入っているベーカリーでのこと。夫の隆一さんは会社員からパン職人に転じ、さまざまなベーカリーで働いたあと、メトロポリタンにやってきた。妻の絵理さんも栄養士を経てレストランなどで働いたあとに、『ホテルメトロポリタン』に入社し、ベーカリーの店長に抜擢された。互いに中途採用同士ということもあって、早い時期から仲間意識のようなものがあったという。

食パンは4種類。こちらも看板商品。

仲間意識を持ったのは、2人の立場以外に、仕事に対する考え方も近かったからだ。ホテルという大きい組織の中では、どうしても個人の思いは通りにくい。もっとおいしいパンを作りたい、もっとホスピタリティあふれる接客をしたいと思っていても、すぐに実行できるわけではない。もっとシンプルに、自分たちが自然体で働けるよう、独立開業を考えるようになった。そして、2年ほどの物件探しを経て、2019年に『&TAKANO PAIN』をオープンさせたのだ。

値上げと同時にパンを大きくする心意気

パンのラインアップはオープン当初から、ハード系が中心。シニア層も多い郊外の住宅地で、なかなか攻めた姿勢に思える。それについて絵理さんは「とりあえず、自分たちの自信のあるものを作って出していこうと考えたんです。一回、食べてもらえば絶対においしいから、お客さまにはちゃんと食べ方とかを説明していけば大丈夫と、ラインアップに対しては心配はしていませんでした」と答える。その思いはしっかりと伝わり、オープン当初から大勢の人が店を訪れた。おいしいものは、誰がなんと言おうと、おいしいのである。

ハード系も焼き込みからタルティーヌまで幅広い。

多くのベーカリーは、近年の光熱費や原材料費の高騰に頭を悩ませている。値段を据え置きでパンを小さくする、パンはそのままで値段を上げる、その対策はさまざまだ。『&TAKANO PAIN』も値段を上げたのだが、それに合わせてパンを大きくしたというのだから、驚く。もちろん、損益をちゃんと考えてのことなのだろうが、その心意気に敬意を表したい。価格を上回るバリューがあれば、買う側もちゃんとついてきてくれるのだ。

サクサクでもっちり生地のパンオショコラ387円、クロワッサン340円もかなりの大きさ。

蓮根という街に、自然体のパンはしっかりと受け入れられた。絵理さんは今後の店について「街のコミュニティのようなところになって、細く長く続けていきたい」と語っていた。それはきっと店にとっても街にとっても、とても幸せなことだろう。

&TAKANO PAIN(アンドタカノパン)
住所:東京都板橋区蓮根2-30-8/営業時間:10:30~19:30(売り切れ次第終了)/定休日:月・火(水も休みの場合あり。要問い合わせ)/アクセス:地下鉄三田線蓮根駅から徒歩5分

取材・撮影・本文=本橋隆司

本橋隆司
大衆食ライター
1971年東京生まれの編集・ライター。立ち食いそば、町パンなど、戦後大衆食の研究、執筆を続けている。近著は原案・監修を務めたコミック『そばギャルとおじさん』(光文社)

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