個店の覚悟。〜レジェンド店主のコラボにまつわるあれこれ〜【アメ横・玉美 編】
街の小さなセレクトショップとしてスタート、いまでは多くの服好きを惹きつけるレジェンドショップがある。資金、販売拠点という面において、大手セレクトショップよりも小規模な彼らがいかにして数々のコラボアイテムを生み出してきたのか。そこには彼らの血の滲むような努力と内に秘めた覚悟があった。
玉美/代表・相羽岳男さん|1955年、群馬県出身。東洋美術学校でグラフィックデザインを専攻し、その後「SJハイストン」の立ち上げに参画。アメ横の老舗「玉美」の親族と結婚し、40余年にわたり代表を務める
開発からお客様に届けるまですべてに携わる。それこそが我々の醍醐味です
アメ横のトラッドショップ「玉美」の創業は1950年。国内屈指の老舗にして、いまもなおトラッド好きの聖地として君臨する名店だ。少年時代から地元の「VAN高崎」へと足繁く通い、高校卒業後に東洋美術学校へと進んでグラフィックデザインを専攻した経歴を持つ相羽さんが玉美で働き始めたのは35歳の時だ。80年代半ばから90年代にかけての当時は、旧きよきアメカジが下火の時代であったのだという。
「ヨーロッパのデザイナーズブランドが台頭し始め、アメカジが勢いを失っているのを感じていました。さらに、『メイド・イン・USAカタログ』に載っているようなアメリカブランドが相次いで廃業や吸収合併した時代でもあり、そういったピュアな米国モノを求める方は古着店に流れていく傾向にあったと記憶しています」。
そのような状況のなか、小さくない危機感を感じていた相羽さんが乗り出した施策のひとつがコラボであった。最初に作ったコラボアイテムは『グレンフェル』とのツイードジャケット。生産数はトータルで1ダース(12着)だった。
「古着を除き、市場に“本物”がないと感じていました。私が来るまでの玉美は純粋なインポートショップで、ブランドとのコラボアイテムを作ったりはしていませんでした。そんななか、自分自身が本当に欲しいモノ、お客様に売りたいモノを作りたいと考えた時に行き着いたのが“コラボ”なんです。最初の〈グレンフェル〉のウィンドウペンのツイードジャケットは、ブランドが持つ余った生地を使って製作しました。生産数は少なかったものの、すぐに売れたので、少し自信になりましたね」。
その後は、『バラクータ』、『アルボー・マレー』、『シエラ デザインズ』、『バーンストーマー』など、国内外の様々なブランドとのコラボアイテムの製作に力を入れるようになっていく。旧きよきインポートショプの威厳や品格を保ちながらも流れゆく時代に適応するべくアップデートを続けてきた。そんな彼がコラボアイテムを製作する際のアイデアには独自の“デザイナー的視点”がある。
「元々グラフィックデザインを専攻していたこともあるのかもしれませんが、『このブランドとコラボしたい』という視点はあまりありません。どちらかというと、『往年のスターが着用していたあのジャケットが作りたい』だとか、アイデアが先行しています。実はいまでも実現できていないアイデアが溢れるほどあって(笑)。それをブランドの方だったり色々な方にぶつけながら、実現への道を探っていくという流れでコラボアイテムを開発しています」。
そして、個店のコラボアイテムの製作において重要であり、利点でもある点は、ほと走る情熱にあると相羽さんは説く。
「小さなお店ですので、人数も少ないですし、とにかく気持ち、情熱、エネルギーが大切。セレクトしているブランドとの関係性ももちろん大切ですが、GOサインを出してもらうためにまずはアイデアを出す。そうして実現したアイテムを携えて店頭に立ち、自ら接客してお客様にお届けし、喜んでもらう。これこそが我々の仕事の醍醐味だと思っています。いまの自分のテーマは、自分が若かりし頃に欲しかったモノを作ること。そして、それらを次世代に残していきたいという思いで取り組み続けています」。
現在、玉美で購入することのできる主なコラボアイテム。(左)「バーンストーマー」の[マリンパンツ]。80年代の型を復刻。2万1780円 (中左)「ジム」のノルディックセーター。ブリティッシュウールを採用。2万9900円 (中右)「アルボー・マレー」のプリントシャツ。よく見ると東京の地図柄。1万3980円 (右)「シエラ デザインズ」のジャケット。テーラードジャケットにマウンテンパーカのポケットが。2万7000円
【DATA】
玉美
東京都台東区上野6-4-12
TEL03-3831-7502
10:30~19:00 火曜定休