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「本を贈る日」にさんたつ編集部がおすすめする散歩本15選【編集部座談会】

さんたつ

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4月23日は「本を贈る日/サン・ジョルディの日」。その日に合わせ、「さんたつ編集部メンバーがそれぞれのおすすめ“散歩本”を紹介する企画をやりましょう!」、という1人の編集部員の思い付きで実施が決まったこの企画。はじめは1人1冊、ということでしたが、なかなか1冊に絞り切れず……結果、厳選して1人3冊ずつセレクトしてきました。この記事がきっかけで「本を贈る」瞬間が生まれたらこの上ない喜びです。文京区本郷の登録有形文化財『旅館 鳳明館 本館』に集い、おすすめ本について自由気ままに語り合ってみました!

さんたつ編集部 座談会参加メンバー

武田憲人……散歩の達人MOOK編集長。月刊『散歩の達人』創刊から編集部歴29年。散歩本ばかり読んでいた時期もあるが、周囲にそういう人がいなかったので、散歩本の話題で一度も盛り上がれず現在に至る。

渡邉恵……散歩も読書も、その街/場所/土地の歴史の層を感じられる瞬間が好き。池内紀さんの『散歩本を散歩する』(小社刊)の編集を担当して以来、読みたい散歩本が脳内にも家にもたまる一方なので、読書時間を確保するのが生活の目標。

白瀧綾夏……本を“贈る”というコンセプトをすっかり忘れ、ただただ自分の趣味(歴史)を押し付けるラインアップを用意してきた。あなたがいま歩いているその散歩道、歴史上の偉人も歩いていたんですよ、きっと。そう考えるとなんだかワクワクしませんか?

阿部修作……座談会の言い出しっぺ。幅広いジャンルを読みたいと思っている(願望)が、小説が特に好き。三宅香帆さんの『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』を読んで、誰もがたくさん本を読める社会になったらいいのに、と思う今日この頃。

小野晃平……『散歩の達人/さんたつ』の新人編集部員。音楽好きであまり本は読まなかったが、最近イヤホンを紛失し、それをきっかけに本を読むように。散歩は好きだが、“達人”とはどう在るべきか、日々模索している。

文豪たちにも愛されてきた『旅館 鳳明館 本館』。
座談会を行った「朝日の間」からは旧館が望める。

最初に散歩をした日本人は独歩?——国木田独歩『武蔵野』

阿部 今日はお集まりいただき、ありがとうございます! おすすめの散歩本としてその本を選んだ理由や、おすすめポイント、その本が好きな理由など、紹介してもらいたいです。ではまずは、武田さんから。

武田 1冊目は国木田独歩の『武蔵野』。2004年に月刊『散歩の達人』がリニューアルしたとき(2004年11月号、特集は「銀座発掘。」)に、思想家の吉本隆明にインタビューをした。その際に「日本で最初に散歩をしたのは国木田独歩だ」ということを吉本さんが話していたんです。

え~本当かな~?、と思いつつ話をきいてたんだけど、後々調べてみると、あながち間違いでもなかったというね。

たとえば、『武蔵野』にでてくる茶屋のおばあちゃんは、主人公が桜の季節じゃないのに散策していることを不思議がるんだけど、桜の季節だけ散策するのはむしろ違うと国木田独歩は言っている。散歩というのは、風景を愛でるものだけど、どういう風景がいいかを決めるのは自分で、そこに自我、つまり人間の内面があって、それは西洋でいうロマン主義につながる。紅葉の季節の武蔵野が素晴らしいことを、初めて言及したともいわれている。そんな風に武蔵野を舞台に西洋的散歩の本質を書いた名著ということです。

武田 さすがに真の意味で「最初に散歩したのは国木田独歩」ではないだろうと思いますが、「初めて日本語で書いたのは国木田独歩」なのかなと。

渡邉 私は以前、武蔵境の「独歩の森」と呼ばれる緑地の近くに住んでいたのですが、武田さんが今話していた茶屋があったと思われる場所の近くなんです。

当時は深く考えずにこれが“武蔵野”の風景なんだなあと思っていたのですが、たまたま『さんたつ』の連載「『水と歩く』を歩く」の第3回で著者のかつしかけいたさんが、写真家の大山顕さんのイベントで言及された「独歩は『武蔵野』を地理的な範囲としてではなく都市と非都市が衝突する場所を意味する言葉として使っていた」ということについて書いていて。「そうなんだ!」と思って読み返したところでした。

たとえば「亀井戸の金糸堀のあたりから木下川辺へかけて、水田と立木と茅屋とが趣をなしているぐあいは武蔵野の一領分である」だそうです。

武田 郊外と都市部の間が武蔵野、のようなニュアンスも多少あるだろうね。

武蔵野というと、一般的には武蔵野台地のことを指すイメージがあるけど、独歩は広く捉えていたんだね。下町のほうは「野」という感じがしないけど。当時は下町のほうが都会、山の手つまり武蔵野は人間が住むような場所じゃなかったという、前提の違いもある。

ちなみに、この本に収録されている「忘れえぬ人々」は風景の中に人間を配置して、さらにロマン主義的な名編、あと「源叔父」も泣けるいい話なんだけど、文語体だからそれがハードルになるかな。

『東京がわかる300冊!』の思い出と、資料性の高い『誰も知らなかった英国流ウォーキングの秘密』

武田 2冊目は、いまはもう買えないんですけど (笑)……2007年発売の散歩の達人MOOK『東京がわかる300冊!』で、私が編集を担当した一冊です。いろんな著名な方に出てもらって、「東京の本」を持ってきてもらい、それについて対談する、というような内容です。

嵐山光三郎さん、みうらじゅんさん、大槻ケンヂさん……当時は今ほど有名じゃなかった峯田和伸さんなんかも出てくれて。

この本は羽柴重文さんという外部編集者の方が自分の人脈を駆使して作ってくれた一冊で、その人が最近(2025年2月)亡くなったのもあって、今回持ってきました。

で、この本で、嵐山さんが「散歩は不倫の文化だ」と話していて。

阿部 どういうことですか……?

武田 「不倫するときに散歩するんだ」、みたいな意味なんだろうね、きっと。そうじゃなかったら俺は散歩しなかったんだ、という。言わんとするところはなんとなく分かるけど、本当にそうなのかな(笑)。ほかにもいろいろ、結構みんな暴論を吐いてます。篠山紀信が『散歩の達人』なんて、僕はこういう本は大嫌いなんです、って言っていたのもちょっとすごかった。

鈴木理生さんはこのとき初めてお会いしたけど、聞きしに勝る頑固おやじで……(笑)。でも最高だったなあ。

阿部 本を積み上げている表紙も目を引きますね。

武田 これは私の蔵書なんです。華道家の上野雄次さんが増上寺やとげぬき地蔵で積み上げて、写真家の中里和人さんが写真撮って………と、そんな懐かしい本の紹介でした。

武田 最後に、『誰も知らなかった英国流ウォーキングの秘密』を。

著者の市村操一さんはスポーツ心理学の教授の方で、この本は、基本的にはイギリスのフットパスについて書かれています。フットパスをずっと歩いていって、その魅力にハマったことをきっかけに、本の半分はフットパスについてで、もう半分は、日本人にとっての散歩・ウォーキングがどんな歴史をたどってきたかを著者なりに調べて書いていて。前半と後半で別のテーマで書いているなという感じがして、フットパスのほうは実際に行っていないと、読んでもよく分からないかもしれない。ただ、分けて読むとそれぞれによく調べられ、資料性の高い本です。

特に、「散歩と日本人」の歴史で書かれている内容が面白くて、『万葉集』あたりから始まって、西行や芭蕉の話が出てきたりして。

……フットパスもそうだけど、ドイツやウイーンの森とか、この本を読むと、ヨーロッパのほうが散歩文化が成熟・発達していることがよく分かる。そういう散歩道を歩いて、ルソーやワールズワース、ベートーベンがすごい仕事をした。散歩文化(≒ロマン主義)が輸入された時代を考えると、国木田独歩散歩最初説もそれなりに説得力があります。

二度とできない、自分の散歩を——『東東京区区』『大阪環状線 降りて歩いて飲んでみる』

渡邉 「本を贈る日におすすめ」なので手に入りやすさも意識しつつ、「マンガが好きな人」「エッセイが好きな人」「小説が好きな人」に贈ることをイメージして選びました。

阿部 すばらしい。

渡邉 マンガはいろいろ思い浮かびましたが、現在進行形のものとしてWebコミックメディア「路草(みちくさ)」で連載中の、かつしかけいたさんの『東東京区区(ひがしとうきょうまちまち)』です。かつしかさんは『散歩の達人/さんたつ』でも連載していただいていますが、ぜひこの一冊をおすすめしたいなと。

渡邉 ざっくりと「下町」とくくられることも多い東東京エリアですが、この作品では、地元の目線で見るとひとくくりにできない多様な風景があることが丁寧に描かれています。

蒲田や戸越なども下町と呼ばれるときがありますが、「下町」という言葉は聞く人によって想像する範囲やイメージが違うので、難しいなといつも思います。

武田 難しいよね。定義によるというか。

渡邉 この作品では、たまたま出会った3人——足立区が地元でムスリムの大学生・サラ、立石でカフェを営むエチオピア人の両親のもとで育つ小学生のセラム、不登校の中学生・春太が、ルーツも年齢も“まちまち”だけど散歩仲間になれるのがとてもいいんです。1人の散歩ももちろんいいけれど、3人の視線が重なることでいろいろ見えてくるものもある。

他にも、マンガだからこそできる表現も多くて楽しいです。たとえば第3話で、戦後に小岩駅前の闇市が移転して用水路の上にできた「ベニスマーケット」があったことを話す場面では、その場所に立って想像することで、当時の風景が一瞬見えるような。

3人はそうやって散歩の中で街の歴史に出合っていくのですが、「昔がよかった」とならないところに共感していました。立石の再開発についても触れられていますが、「古き良き立石がなくなった」ではなく、変わっていく街の変化を受け止めている。そこに住んでる人もいますし、散歩者としても、変化したあとの街を見届けたい気持ちになるんですよね。

白瀧 このマンガは背景の描き込みもすごいですよね。

渡邉 かつしかさんが実際に歩いて取材して描いているので、緻密なだけでなく空気感にもリアリティがあります。

渡邉 2冊目は、スズキナオさんの『大阪環状線 降りて歩いて飲んでみる』です。まさに散歩本で、装丁もかわいくて、スケラッコさんのイラストやマンガも楽しいので、もし贈り物として自分がもらったらうれしいなと。

大阪環状線の各駅を、1駅ずつ降りて歩いて最後は飲んで……という散歩を1周全19駅分。『散歩の達人』でこういう企画をやりたかったな~!という思いもあるんですが、山手線でやってもこうはならないだろうな、とも。大阪だからこその良さがありますよね。

いろいろなお店に立ち寄っていますが、その「情報」を参考にしたいというよりは、「こういう散歩がしたい」という気持ちになる本です。

阿部 『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』も、読んでいると「こういうことしたいな」という気持ちになります。

渡邉 スズキさんのエッセイはどれも「こんな散歩を真似したい!」と思うようなエピソードばかりですが、同時に“同じ散歩は二度とできない、その時だけの散歩なんだ”という事実を突きつけられるようなところがあります。誰かの情報をなぞるのではなく、自分の散歩を大切にしなければ、と思い直すきっかけにもなるというか……。

『さんたつ』の小堺丸子さんの連載「住みたい街の隣も住みよい街だ」も、何があるかわからない駅で降りてみたら何があるのか?という面白さがあるので、ぜひこの本が気に入ったら読んでみていただきたいです!

食べて、歩いて、眠り、また歩く生活の中で——『未来散歩練習』

渡邉 3冊目に紹介したいのは、パク・ソルメさんの『未来散歩練習』。私自身は、まずタイトルに引かれて手に取りました。散歩好きな人には何か響くニュアンスがあると思うので、韓国文学をあまり読んだことがない小説好き・散歩好きの方への贈り物にどうかなと。

翻訳者の斎藤真理子さんは、『82年生まれ、キム・ジヨン』や、ハン・ガンさんのノーベル文学賞受賞作『別れを告げない』など話題作を多数翻訳されていますが、斎藤さん訳で、自分と同世代の韓国の作家さんというところでますます気になり読んだ一冊です。

渡邉 釜山に住むスミと、幼なじみのジョンスン、そして親戚のユンミお姉さんの物語。そして、ソウルに住み釜山に住みたいと思っている作家の「私」と、釜山で出会ったチェ・ミョンファンという60代の女性の物語。この作品は2つの物語が交互に展開していくのですが、その軸には、韓国で起きた2つの事件——光州事件と釜山アメリカ文化院放火事件があります。

5人の女性が存在するそれぞれの時間から、過去となった出来事をどのようにとらえ、未来をどのように考えるかということを、こんな風に、散歩するテンポで、日々の生活の中に位置づけて描けるというのがまず衝撃でした。私は韓国語を今のところ全く読めませんが、この不思議な文体を原書で読んだらどんな感じだろう?と気になります。

作家の「私」はソウルと釜山を行き来しているのですが、この人がとにかくよく食べ、よく歩き、よく眠る。街を歩きながらいろいろなものを見ているんですけど、本当に、歩いている間や眠ろうとしているその時に考えていることが全部書いてある、というくらいのテンポなんです。でも、生活すること、その中で歴史について考えることは、そういうことなのだと思えました。

読者も、歴史上の事件であり、一人の人間に大きくかかわった事件のことについて考えながら、「釜山行ってみたいな」「ねじりドーナツおいしそう」「韓国の銭湯どんなところなのかな」みたいなことを同時に思い読み進めていく状態になります。

あと、最後まで読み終えてふと忘れかけていた冒頭に戻ると、「ああ、そうだったのか」という驚きがありました。「私も練習していたのか?」と。何を言ってるのか意味がわからないと思うのですが(笑)、これも小説ならではの体験だったなと、しばらくこの本のことが頭から離れませんでした。

韓国文学はもっと読んでみたいです。どなたか読んでいますか?

武田 ハン・ガンの『菜食主義者』を読んだ。きつかった。しばらく立ち直れないくらい。でもすらすら読めちゃうのがすごいんだよな。

剣豪×グルメ——『幕末武士の京都グルメ日記「伊庭八郎征西日記」を読む』

阿部 次が白瀧さんです。よろしくお願いします!

白瀧 はい。みなさん、伊庭八郎(いばはちろう)ってご存じですか?

渡邉 知ってますよ!

武田阿部小野 ?

白瀧 知ってますよね⁉  みなさんご存じで当然だと思うんですが(笑)、伊庭八郎は御徒町生まれの剣豪で、新撰組とほぼ同世代と認識していただければ大丈夫です。剣術道場の嫡男として生まれた人で、14代将軍の徳川家茂が京都へ向かった際、お付きとして同行しました。そのときの日記が「伊庭八郎征西日記」といいます。それを山村竜也さんが現代語訳した一冊が、今回紹介する『幕末武士の京都グルメ日記「伊庭八郎征西日記」を読む』です。

著者の山村さんは大河ドラマ『新選組!』『八重の桜』などの時代考証を担当したり、朝ドラ『あさが来た』に資料提供で携わっていたりもします。

この時代の京都は、新撰組をはじめとして物騒なイメージがあると思うんですけど、この日記はほぼ旅行記みたいな書かれ方で——上洛して初めて訪れたのは北野天満宮で、そこでだんごを食べて、そのあとは金閣寺に行って——というような、京都観光の記録がつらつらと書かれています。やがて池田屋事件があったりとか、侍の死体が発見されたりとか、そういう幕末の京都的な物騒な要素も挟みながら、赤貝7個食べておなか壊した、みたいな八郎が食を楽しんでいる話も入ってきます。うなぎと汁粉も好きみたいで、何回も出てくるんですよ。

日記が書かれた期間は1864年のわずか6カ月で、いろいろな出来事や、仕事、余暇の話を八郎にかなり近い目線で読むことができます。

京都散歩に誘(いざな)われる本ではないかもしれないですが、京都に行ったときに「そういえばこれ、伊庭八郎が食べてたな」とふと思い出す、そんな内容です。

ちなみに、伊庭八郎についてもう少し話すと、この日記の4年後に起きた鳥羽・伏見の戦いで旧幕府軍として戦い、だんだん北へ戦場を変えていって、箱根の戦いでは左腕を切り落とされてしまい——その状態でも函館戦争にも参加し、ついに日記から5年後に、胸に銃弾を受けて亡くなってしまいます。26歳でした。

渡邉 もしかして、いまの小野さんと同じ年くらいでは。

小野 僕、今26歳です……。

白瀧 小野さんが伊庭八郎だとしたら、今年の冬には……。

小野 そんな。

白瀧 それと、日記を書いてる5年後には死んじゃうのか、と思うとつらくて。こんなに楽しげにうなぎ食べてたのに……と。先が分かっているからこその切なさ。

勇ましく剣を振るった面もありつつ、京都に行って楽しんでいた面もあった、そんな彼のいろいろな顔を楽しんでもらえると思います。日記に出てきて今も残っている観光名所もあるので、京都へ行く際のお供にもおすすめです。

渡邉 大河ドラマもそうですが、歴史ものはその人の最期がいつやってくるのかが分かっているからこそ、そこに至るまではどうだったのか?とのめり込んでしまうところがありますね……。

描かれている場所に思いを馳せる——『旅のつばくろ』『天地明察』

白瀧 続いて2冊目は、沢木耕太郎の『旅のつばくろ』です。JR東日本の新幹線車内誌「トランヴェール」で元々連載していたもので、旅先での散策や出来事について書かれたエッセイです。これにも加賀前田家など歴史に関する話や「どこで何を食べた」というグルメの話が出てくるのですが、読んでいるだけでも「こういうところに行ってみたい」という気持ちを湧きたたせてくれる文章です。沢木さん自身が歩いている途中にどんなことを考えていたのかも細かく表現されているので、「同じものを見て同じ感想を持つのかな」なんて確かめたくなります。

まあまあの頻度で新幹線を使った旅行をしていたので、どこかしらで一度は読んだことのある文章なんです。でも、改めて読むことでそのときのことが思い出されたり、一度行った場所を再訪したくなったり……そういう気持ちにさせられるあたりに、さすが沢木さんだな、と。

武田 沢木耕太郎の、昔の本も読んだことある?

渡邉 読破できていませんが、やはり『深夜特急』ですね!あと、もっと後ですが『無名』が印象的でした。

白瀧 なんだっけ……海外について書かれたものは読んだ記憶があります。

阿部 自分は『テロルの決算』から入りました。

武田 『人の沙漠』、めちゃ面白かった。あと、『敗れざる者たち』、『馬車は走る』とか。

白瀧 3冊目は、『光圀伝』や『はなとゆめ』などでも知られる冲方丁(うぶかたとう)さんの歴史小説・『天地明察』です。この作者は、道や建物などを細かく描写していて、この小説の中でも、どこをどう歩いたか描かれていたり、主人公がどのような暮らしをしていたのか、日常を細かく描いていたり。読むと「ああ、この出来事があったのはこの場所か」と実際の場所と重ねられて、そういう意味で散歩本といえるのかなと。

武田 これは誰の話なの?

白瀧 安井算哲です。本業は囲碁の棋士で、天文暦学者として名を馳せます。

阿部 歴史小説は、描かれた場所が今も残っているケースもあれば、一方で全く違うものになっているところもあって、そうやってたどれるのは「散歩本」といえる気がします。

白瀧 今回、3冊に絞るのが大変で、万城目学さんの『鹿男あをによし』と和田竜さんの『のぼうの城』も紹介したかった……!この2人の作品も史跡や実在の地名がたくさん出てくるんですよ。映像化もしているので手に取りやすいと思います。

街や食べ物を思い浮かべながら読む——『台湾漫遊鉄道のふたり』

阿部 続いては僕が紹介します。1冊目は『台湾漫遊鉄道のふたり』です。

今日は歴史の話がたびたび出ていますが、本作の舞台は昭和13年頃の台湾で、若き日本人作家・青山千鶴子が講演や執筆取材のために台湾を訪れ、タイトルの通り、幹線鉄道である「台湾縦貫鉄道」を軸に、各地を「漫遊」する物語です。

白瀧 そういえば吉永陽一さんが、『さんたつ』で「台湾縦貫鉄道」について書いてました。

阿部 千鶴子は「妖怪」と周りから揶揄されるような食欲の持ち主で、おいしいものに目がない人です。食の興味関心のままに、仕事の合間に気になったグルメを食べに行きたいと口にするものの、最初に通訳含めたサポート役を務めていた男性があまり融通の利かないタイプで、千鶴子はだんだん不満を覚えていきます。

そんなこともあって代わりに手配されたのが4つ年下の台湾人・王千鶴。彼女は通訳はもちろん、食事の世話もぬかりなく、千鶴子を万全のサポートでアシストします。だんだん、美しく教養もある千鶴に千鶴子は引かれていって、あんまり素の部分を出さなかった千鶴も少しずつ打ち解けていきましたが、そんなふたりの関係が、当時の台湾の時代背景やふたりの生い立ちが絡んでいって……というようなストーリーです。そこまで重くなりすぎず、基本的にはテンポよく楽しめると思います。

阿部 千鶴子と千鶴のふたりが台湾漫遊を楽しんでいる様子に引かれます。『未来散歩練習』と同様で、この本を読んで、めちゃめちゃ台湾に行きたくなりました。

食に目がない登場人物たちがメインなので、さまざまな台湾グルメが出てきて、どういう食材で作られているかという注記もあり、その点もいいです。

白瀧 おいしそうに食べてるシーンの描写があると、ひかれますよね。

阿部 フィクションではありますが、日本統治時代の台湾が舞台で、かつてのこの場所がどういう場所だったかうかがえる点もおすすめです。

運命的に出会う作中のふたりの姿に、自分と大切な誰かを重ねられるかと思い、渡す人のことを思ってこの本を贈ってもらえたら素敵なことだなと選びました。

ゆるくつながっていく——『高架線』『胃が合うふたり』

阿部 2冊目は滝口悠生さんの『高架線』です。ちなみに、『鉄道小説』(小社刊)には滝口さんの「反対方向行き」(第47回川端康成文学賞)が収録されていて、実は当社にゆかりのある作家のひとりですね。

渡邉 『鉄道小説』は社内有志のプロジェクトで作った本ですが、「反対方向行き」の担当編集は、『高架線』が滝口さんにお声がけしたいと思ったきっかけだと話していました。

阿部 『高架線』は、西武池袋線東長崎駅のアパート「かたばみ荘」が主な舞台。東長崎駅から江古田駅方面に5分ほどのところにある、という設定です。ここは破格の家賃3万円で住める代わりに、誰かが出ていくときに、次に住む人を探して大家さんに紹介しなければならない、というちょっと変わったアパート。その設定からして面白いな、と思います。

語り手がリレー形式で展開していくんですが、その構成がなんとも面白くて。

武田 (本を手に取って)確かに、面白そう。

阿部 語り手が順繰り展開していき、それぞれが抱えている秘密や生い立ち、青春時代が浮き彫りになっていき、いいものを読んだなと深い満足感を得ます。本作はそれぞれの「語り」がいい具合に作品に作用していると感じます。

また、東長崎をはじめ、秩父、馬込、池尻大橋など実際の駅名が出てきて、東京を描いている小説として実感が伴っていると感じます。読みながら、「あの辺かな」と想像しながら楽しめて。

登場人物のふたりが駅から「かたばみ荘」まで目白通りを歩きながら話すシーンが印象的だったり……失踪した人を秩父まで探しに行く、という道中もよくて。反対方向行きの電車に乗るところも含め、移動のシーンがいくつか印象的に描かれています。

世代を超えたつながりや、登場人物たちがゆるくつながっていく描かれ方がしみじみと良くて、贈る相手と「本を贈る・贈られる関係」でつながれていることに思いを馳せてもらえたら。

阿部 3冊目は、新井見枝香さんと千早茜さんによる往復エッセイ『胃が合うふたり』です。千早さんは2023年に『しろがねの葉』で直木賞を受賞していて、『男ともだち』も有名ですね。新井さんは三省堂書店などで勤務していたカリスマ書店員です。

この本は、「気が合う以上に胃が合う」ふたりによる往復エッセイで、新井さんが先に書き、それを受けて千早さんが執筆しています。同じ出来事について書いているはずなのに切り取り方がそれぞれで、ふたりのコントラストが楽しいです。

京都を巡ったり、両国のスーパー銭湯、福井の温泉が出てきたり、ストリップ観劇に行った話など、出来事が違う視点で描かれているだけでも面白いですが、この執筆期間中に双方の環境の変化もあって、「胃に不調をきたしたとき、ふたりは気が合うふたりでいられるのか」、など、人生の岐路について思いめぐらせる部分もあります。

個人的には、千早さんが京都から東京へ引っ越した時の話と、銀座にパフェを食べに行った話が大好きです。

『台湾漫遊鉄道のふたり』に近いですが、こんなふたりの距離感・空気感にあこがれていて、「このエッセイに出てくるこの〇〇、一緒に食べに行こう」みたいな誘い文句とともに、ぜひ贈ってほしいです。

散歩の視点を広げる——『路上観察学入門』

阿部 ラストは小野さん!

小野 散歩の “達人”になることを意識したセレクトです。

阿部 入門編⁉

小野 そうですね、“散歩の新人”なので……。ちょうど “入門” がタイトルになっている本があります。それが1冊目、赤瀬川原平編『路上観察学入門』です。実はこの企画にあたって読んだ本で、散歩好きの友人が薦めてくれました  “超芸術トマソン” を提唱した赤瀬川氏や共著者たちとの対談に加えて、マンホール蓋の絵柄コレクション、近所の犬やウサギに勝手に餌をあげて観察、団地の窓から住人の生活を定点観察……など、やや際どいものも含めたフィールドワークのレポートがまとめられています。

読み始めの印象では難しい内容に思うんですが、全体的にはまじめにふざけているようなテイストで、散歩の視点を広げてくれるある意味の入門的な一冊になると思います。

ちなみにもともと “超芸術トマソン” の概念には関心があって、用をなさくなった無機的な構造物が、人々の都合や営み、つまり有機的な痕跡を感じさせてくるっていう、アンバランスな存在感が魅力的だなと思っています。

渡邉 柴崎友香さんの『遠くまで歩く』にもトマソンの話が出てきていました。こちらも散歩好きな方におすすめの一冊ですが、『散歩の達人』5月号「神田・神保町・御茶ノ水」特集ではこの本について柴崎さんにインタビューさせていただいたので、ぜひ読んでいただきたいです(宣伝)。

阿部 ちょうど僕も『遠くまで歩く』を読み始めたところです。

武田 ちなみに「トマソン」って、昔鳴り物入りで巨人に入団した助っ人外国人でトマソンという人がいて、期待されていたんだけど、ぜんぜん活躍できなくて(笑)。それで、「なんのためにいるの」みたいなことを言われて、そこから来てるんだよね。『タモリ倶楽部』で取り上げられて、一般的にも知られるようになった。

散歩の目的や意味とは?——『まち』『多摩川飲み下り』

小野 2冊目は小野寺文宜の小説『まち』です。尾瀬が有名な群馬県の片品村から東京に出てきたひとりの若者の日常を描いた作品です。

彼は、歩荷(ぼっか)を生業にしているおじいさんに東京に出るように諭され1人で上京するのですが、土地勘のない中でなんとなく自然が感じられそうだからと荒川沿い・平井のアパートに住み始めるんです。描いているのはそこで出会った人たちとの日常です。

小野 小説の中で起こる出来事にはそこまで起伏はないんです。ただ、主人公はおじいさんの影響もあって歩くことが好きで、この景色が流れる描写の細かさが印象的でした。亀戸や南砂町のほうまでを含めて、この辺りに土地勘がある人にとっても面白いかもしれません。「まち」を描いているのがいいな、と。

ちなみに私自身が多摩川沿いに住んでいることもあって、この本は川沿いの散歩や、川沿いの街に住むことへの共感も相まったチョイスでした。

——そしてこの流れで3冊目に紹介するのは、『多摩川飲み下り』です。この本は、奥多摩から川崎にかけて、多摩川沿いの街を飲み歩いていく……というエッセイです。

小野 読んでいると、これはやってみたいなー、と(笑)。ただお店を紹介するだけでなく、実際に歩いた街の様子、飲み屋で出会った人の話など、肩の力が抜けた書きぶりでレポートのようなテイストになっています。

印象的だったのは、本の最初のほうなんですけど——飲んでる途中で東日本大震災に遭う場面があるんです。帰れなくなって飲み屋で出会った人と近所の民宿に泊まることになるんですけど、実際に足を運んだ記録として楽しめる一冊だと思います。ちなみにその状況下でも著者の大竹さんは飲み続けていたんですけど。

武田 大竹さんは、「天性の飲み助」という感じがするね。絶対かなわない(笑)。

小野 「散歩」は目的のないもの、意味を持たないもの、というようなことだと、今回紹介した本を振り返ると再認識します。

「散歩」の意味、街の移り変わり、そこで生きた人たちの歴史——いろいろなことに思いを寄せた座談会。自由気ままに語り合ってみましたが、いかがだったでしょうか。新しい本との出合いのきっかけになればうれしいです。

気になる本はありましたか?

構成・撮影=さんたつ編集部

散歩の達人/さんたつ編集部
編集部
大人のための首都圏散策マガジン『散歩の達人』とWeb『さんたつ』の編集部。雑誌は1996年大塚生まれ。Webは2019年駿河台生まれ。年齢分布は20代~50代と幅広い。

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