【パリ五輪開催記念】カナダ出身のセリーヌ・ディオンが開会式の大トリを飾ったのはなぜ?
リレー連載【パリ五輪開催記念】フランス関連音楽特集 vol.7
パリ五輪開会式、セリーヌ・ディオン復活の歌声は圧巻
世の中はパリ五輪で大騒ぎの様相(2024年8月10日現在)。コロナ禍を経て2大会ぶりのフルサイズ有観客開催ということで、前回東京五輪以上に盛り上がっているような気がする。新種目『ブレイキン』(ブレイクダンス)も大いに注目されているようだ。
ところで皆さんは、開会式をご覧になっただろうか。様々なサプライズが用意されていて、ひとつひとつが我々の目と耳を楽しませてくれたが、欧米音楽好きとしてはレディー・ガガとセリーヌ・ディオンの出演には、良い意味で度肝を抜かれた。ふたりとも堂々と次元の高い歌声を披露しており、一時代を築いたディーヴァと言われるだけある力量に、あらためて敬服してしまった。
特にセリーヌ・ディオン “復活” の歌声は圧巻のひとこと!聖火リレーの最後の点火によって浮き上がった巨大気球をバックに、ギミックなど使わずに真っすぐに歌い上げられた「愛の賛歌」(フランスの歌手、エディット・ピアフの持ち歌)の完璧なる歌声よ。少なくとも2020年代に地球上に生きる人類であるならば、必ずや耳にすべき歌声だと断言してもいいだろう。それほどこのセリーヌ・ディオンの絶唱は、万人の魂を揺さぶる限りなきパワーを宿していた。
カナダ出身のセリーヌがなぜパリ五輪に?
ところで、欧州フランスのパリで、なぜカナダ出身のセリーヌ? という疑問を抱かなかっただろうか。筆者も最初セリーヌ・ディオンの名を見たときに、うれしい復活に興奮したのも束の間、なぜ? とすかさず思ったのだった。
その理由は… これはセリーヌのファンの間では周知の事実かもしれないが、あまり一般的には知られていない。そもそも彼女の生まれ故郷はカナダ、もちろんカナダの公用語は主に英語である。ただし国民の2割がフランス語を公用語としており、それはほぼケベック州居住者によって占められている。そう、セリーヌはケベック出身者!彼女は生まれたときから日常会話をフランス語で話すフレンチ・スピーカーだったのだ。そもそもセリーヌは母国カナダで12歳でプロ歌手デビューしているが、世界デビューするまでに国内でリリースされた何枚かのアルバムは基本的にフランス語で歌われている。
我々の知るセリーヌは1991年の世界デビュー後の作品から。それらは当然英語で歌われているので、イメージ的に母語は英語だと思っていたのだが、実は彼女の母語はフランス語で、世界デビューにあたって英語を猛勉強したというエピソードがあるくらい。さらにセリーヌはフランス文化への深い愛に常々言及している。なので世界デビュー以前から、フランス語作品をもってして若き実力派シンガーの存在は知られていたということで、パリ五輪でのパフォーマンスは必然だったのだ。
出口の見えない活動休止からの復活
さらに、このパリ五輪でのパフォーマンスに感動の拍車をかけたのが “復活感” だ。1991年に世界初ヒット「哀しみのハートビート」(全米シングルチャート最高位4位)をリリースして以来、映画『美女と野獣』の主題歌、堂々の全米ナンバーワン「パワー・オブ・ラヴ」「ビコーズ・ユー・ラヴド・ミー」「アイム・ユア・エンジェル」、ご存じ映画『タイタニック』の主題歌にして世界的メガヒットとなった「マイ・ハート・ウィル・ゴー・オン」、そして葉加瀬太郎とのコラボで日本独自のヒット「トゥ・ラヴ・ユー・モア」(オリコンシングルチャート1位)等々、誰もが知るヒットソングを多数輩出して21世紀に入るころにはトップの歌姫のひとりとして世界に君臨していた。
2000年代初頭からのラスベガス『シーザーズ・パレス』公演では、ギネスが認めた前代未聞の公演数、動員数、そして収益の新記録を達成、2020年に入るころには全世界でのトータルセールスが2億5千万枚超となり、間違いなく現役で活躍する歌姫ではトップに位置する存在になっていた。しかし、2022年12月、自身の難病 “スティッフパーソン症候群” を公表、治療療養のためすべての音楽活動の中止を発表したのだ。
1999年に出産や家族との時間を大切にしたいという理由で一時期芸能活動から遠ざかっていたが(数年後にラスベガス公演で復帰)、今回は自身の難病という出口の見えない活動休止だったので、世界が不安と悲しみに暮れたのは言うまでもない。パリ五輪でのパフォーマンスはおよそ2年ぶりの公の場での歌声だったのだ。この突然の “復活劇” に世界のセリーヌファン、いや世界の音楽ファンはおおよそ歓待の気持ちで迎えていたのは間違いない。
パリ五輪でのセリーヌのパフォーマンスは「愛の賛歌」1曲のみだったが、この1曲だけで世界に復活感を植え付けるには十二分だった。そう、彼女の圧倒的な他を寄せ付けないような歌声の迫力・表現力は、以前より増していたのだから!筆舌に尽くしがたいとは、こういうことを言うのだろう。2024年というタイミングで世界が注目するフランスで開催されるオリンピックでのパフォーマンス… 様々な状況を鑑みれば、セリーヌ・ディオンという人選が最適だったのは、わかっていただけただろうか。復活劇という感動が加味されたこの歌声の迫力… 何度も言うが、これを見ずして、聴かずして、人間が持つ “歌声” のパワーを語るなかれ。
Information
セリーヌ・ディオン『アイ・アム・セリーヌ・ディオン』
感動のドキュメンタリー『アイ・アム セリーヌ・ディオン ~病との闘いの中で~』のPrime Video独占配信開始にあわせ、同作品のサウンドトラックにして最新ベストが 8/14 に発売!