ホロコースト生き延びた建築家の半生描く『ブルータリスト』移民の両親持つエイドリアン・ブロディが語る
アカデミー賞®10部門ノミネート!エイドリアン・ブロディが語る『ブルータリスト』
アカデミー賞®最有力候補の一本と目されるブラディ・コーベット監督の215分の大作、『ブルータリスト』で見事ゴールデン・グローブ賞主演男優賞(ドラマ部門)を受賞し、『戦場のピアニスト』(2002年)以来2度目のアカデミー賞®を狙うエイドリアン・ブロディ。ホロコーストを生き延び、ハンガリーからアメリカに渡った不遇の天才建築家、ラースロー・トートに身も心もなりきり、渾身の演技を見せた彼に、この「運命的な役柄」について訊いた。
「移民の母が負った犠牲や過去との決別は、僕の一部でもある」
――本作の演技で、2度目のアカデミー賞®の呼び声も高いですが、本当に素晴らしい演技を見せて頂きました。この役はそもそも、あなた自身のご家族のバックグラウンドととても似通っていたと聞きましたが、まずその点について教えてください。
この脚本をもらって僕自身、驚いたこと、そしてただちに心を鷲深みにされたのが、まさにその点だった。というのも、僕の祖母と母は、主人公のラースロー同様に、1956年に起きたハンガリー動乱のときに国を離れ、アメリカに渡ってきたから。
母は自国で写真家として活動していたけれど、すべてを国に置いて、ニューヨークで再出発をしなければならなかった。英語も不十分で強い訛りがあり、外国人としてのハンディを背負っていた。そういう意味での犠牲、過去との決別、それらは家族の歴史として、僕の一部でもある。
そういう自分自身の旅を、このような映画をきっかけにして見直せること、移民としての経験やアメリカン・ドリームを達成することの複雑さを表現できることは、とても光栄だし、個人的にも意味のあることだった。
――そのような背景は、役を演じる上でどのように影響しましたか。
もちろん、すごく役に立ったよ。とくに母がクリエイティブな人間だったことで、そんな経験をしたアーティストが世界をどのように眺めるようになるのかを考えることは、建築家であるラースローを演じる上で大きなヒントになった。
「『戦場のピアニスト』は僕のなかに刻印された、血と肉のようなもの」
――あなたが最年少でアカデミー賞®主演男優賞に輝いた『戦場のピアニスト』では、ナチス占領下のポーランドで迫害を受けた実在のユダヤ人ピアニストを演じられました。もちろん物語や時代設定は異なりますし、ラースローはフィクショナルなキャラクターですが、ともに迫害を受けたユダヤ人アーティストという点ゆえに、以前の経験が今回役立ったと思えたことはありましたか。
『戦場のピアニスト』におけるリサーチや、ウワディスワフ・シュピルマンを演じた経験は、僕に多大なインパクトを及ぼしたよ。あれからもう20年以上経つけれど、それは何か僕のなかに刻印された、血と肉のようなものと言えるかもしれない。
そのことはラースローが生きてきた背景を考える上で、大きな価値があった。とくに苦痛や絶望、喪失といった経験が、アーティストをいかに導くか、そこからいかに創造的なパワーが生まれるのか、という点においてね。
シュピルマンが悲惨な体験をしたにも関わらず、クリエイティブであり続け、それが光をもたらすことについて学ぶことができたのは、ラースローを演じる上でも素晴らしいインスピレーションとなったよ。
――本作は映画自体が壮大で、コーベット監督ははっきりと、観客に映画館へ足を運んでもらうようにするために、それなりの付加価値が必要だと思ったと語っています。それにしても、このスケール感はただものではないと思いますが、あなたにとって彼はどんな監督でしょう。
たしかに彼の作品は今日、映画産業を牽引する重要なものと言える。僕は彼との仕事にとても心を動かされた。決して潤沢とは言えない制作環境のなかで、威風堂々として、観る者の心を動かさずにはいられない、人間的で複雑で奥深いものを作り上げた。それは刺激に満ち、その熱狂が人々に伝染するような類のもの。とても大胆で勇敢な監督だ。
彼が恐れを知らないとは思わない。でも情熱と勇気で彼はやりきった。そのことに感嘆する。そしてこの作品に関わったすべての俳優、スタッフたちが僕と同じような喜びを感じていると思う。これはブラディとモナ(・ファストヴォールド。コーベット監督のパートナーで本作の共同脚本家)にとって7年の歳月をかけた旅であり、僕自身も5年を捧げた。こうして誇らしげに感じられる結果に至って、とても嬉しい。
「ブルータリズムというものが、いかに戦争の影響を負っているか」
――ラースロー・トートの建築は「ブルータリズム」と呼ばれる様式ですが、本作の経験はあなたの建築に対する視点を変えるようなものになりましたか。
以前から建築とインテリア・デザインに興味はあったんだ。だから少しは知識があったけれど、ラースローを演じたことで、さらに建築に対して洞察力をもたらされた。たとえば、ブルータリズムというものがいかに戦争の影響を負っているか。打ちっぱなしのコンクリートの荒々しさ、巨大な壁、ミニマルなシンプルさといったものに、戦争の傷跡を彷彿とせずにはいられない。もちろんこの映画のなかでも、ラースローの負った痛みが、彼の建築様式のなかに表れていると思う。
――ラースローと彼のパトロンである著名な実業家ハリソン(ガイ・ピアース)の間柄はとても複雑です。この関係をあなたはどう解釈しますか。
ハリソンにとってラースローは、自分の権力や富をもってしても決して持ち得ないもの、「才能」に恵まれた人物であり、そこには愛と軽蔑と嫉妬が入り交じった複雑な感情がある。そしてハリソンはそんなラースローを所有したい、意のままにしたいという欲望があるんだ。
――ガイ・ピアースとの共演は初めてですが、いかがでしたか。
彼は素晴らしい俳優で、人間としても素晴らしい人だ。彼とのコラボレーションはとても刺激的だったし、映画のなかと同じように刺激的な会話をすることができた。彼がこの映画で果たした役割はとても大きい。そのことを祝福したい。とにかく共演するのはわくわくするような体験で、機会があったらぜひまた共演したいと思う。
「異なる人物を演じ、まったく違う旅を経験できる。そこにどっぷりと浸かりたい」
――あなたはこれまでとても多彩な役柄を演じてきましたが、個々の役柄から得られるものとは何でしょうか。
俳優の仕事の素晴らしい点は、まったく異なるキャラクターを演じられること。異なる時代、異なる物語、辛い話も美しい話も、それらを通してまったく違う旅を経験することができる。自分はそこにどっぷりと浸かりたい。それが自分自身を人間的にも文化的にも、とても豊かにさせてくれると思う。
――先ほども話が出ましたが、『戦場のピアニスト』から20年以上が経ったいま、再びこのような個人的な繋がりを感じる作品に巡り合ったことは運命的とも言えると思います。ご自身でキャリアを振り返り、どのような感慨を抱かれますか。
本当にとても恵まれているとしか言いようがない。20年以上のあいだ、俳優としのみならず、人間としても成長できて、すべての経験がいまの僕を作りあげている。これまで長い旅のなかでやってきたひとつひとつのことが糧となって、今回のようなとても複雑でニュアンスに満ちた物語を演じることができたのだと思うし、ブラディのたぐいまれなビジョンをサポートすることができた。
そして自分がティーンの頃にこの仕事を始めたときと同じ愛、同じ情熱、同じ好奇心を仕事に対して持ち続けていることに、感謝の念を抱くよ。
取材・文:佐藤久理子
『ブルータリスト』は2月21日(金)よりTOHOシネマズ 日比谷ほか全国ロードショー