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劇的な近代化の変貌を遂げていく中国に生きる男女の繰り返される出会いと別れ。現代中国を代表する映画監督・ジャ・ジャンクーの待望の新作『新世紀ロマンティクス』が問いかけてくるもの

コモレバWEB

劇的な近代化の変貌を遂げていく中国に生きる男女の繰り返される出会いと別れ。現代中国を代表する映画監督・ジャ・ジャンクーの待望の新作『新世紀ロマンティクス』が問いかけてくるもの

 日本は1990年代以降「失われた30年」と言われるように低迷を続けたが、それに反して中国は目覚ましい発展を遂げ、GDPは日本を押し退け世界第二位の経済大国にのし上がった。『新世紀ロマンティクス』は、そんな急激な変化を遂げる中国の地方都市、大同(ダートン)を舞台に、男女の20余年にわたる人間ドラマが描かれた作品だ。

 1970年生まれのジャ・ジャンク―監督は、2001年から大同を度々訪れ、その時々に使っていたカメラで撮影し、「百年に一度」という21世紀初頭から2022年の新型コロナウイルス感染症によるロックダウンが起きた年まで22年間を擁して誕生した作品だ。男女の出会いと別れがドキュメンタリーをみているような不思議な感覚に浸りながら、観終わったあと清々しいものを感じられた。

 
 大同という街は、北京から西へ約260㌔の中国北部、もともと炭鉱の街として有名だった。しかし新たな世紀を迎える頃、炭鉱産業はすっかり衰退し失業者だらけ。さしずめ日本なら1960年代の夕張炭鉱の景色だろうか。中国は、2001年にWTO(世界貿易機関)に加盟すると、世界との貿易が拡がり、2008年には夏季北京オリンピックも決定し、都市部は活気に満ちていた。けれども大同は取り残された街になってしまった。大同で、主人公のチャオ(チャオ・タオ)はキャンペーンガールをしている。恋人のビン(リー・チュウビン)は、彼女のマネージャーをし二人は青春を謳歌していたが、ビンは今の暮らしに飽き足らず、「落ち着いたら連絡する」というショートメッセージを残して、大同を去るのだった。

 5年後の2006年、チャオはビンを探して約1500㌔、15時間かけて古都・長江・奉節(フォンジエ)を訪れる。ここも近代化が進む中で、山峡ダムの建設により次々と建物が解体され、街は100万人を超える住民たちが移動で溢れかえっていた。電話も携帯メッセージも繋がらず、テレビ局の尋ね人のコーナーでビンの行方を探しだしたが、ビンには別の女性がいた。

 2022年、45歳になったチャオは大同に戻り、スーパーのレジ係をしていた。あたかも世界は新型コロナウイルス感染症の最中、大同もロックダウンされ街には人がいない。マスクをしてレジを打つチャオの前に、偶然ビンが現れる。ビンは年齢以上に老けて杖を突き、足を引きずりながら歩いていた。

 物思いにふけるチャオに近寄って来たのは、新型の接客ロボットである。この接客ロボットはいわゆるAIロボットだ。人間の表情を的確に読みとり、励ましたり喜ばせたりしようと、記憶された偉人たちの名言を発するのだ。チャオにかけられたのは、マザー・テレサの言葉だった。「痛みとなるまで愛するとそれ以上の痛みはない」というものだった。

 中国の進化をまざまざと見せつけるようなAIロボットを使った演出、そしてチャオとビンの繰り返される別れのシーンも忘れ難い。カンヌ、ベルリン、ヴェネチア、世界の三大映画祭の常連で、世界が新作を熱望するといわれているジャ・ジャンク―監督だが、観終わると名匠と言われる所以がわかるような気がした。

 それにしても、本作のテーマではないが、二つ折りのガラケーがスマートフォンになり、SFの世界だったAIロボットが出現し孤独な女性の話し相手になるという、22年前には監督自身も考え及ばなかったことだろう。さらに、コロナというウイルスで世界が一変するという予想外の出来事もあった。そんな変化の中で中国の若者がどう生きていたのかも、垣間見たようだ。

 チャオを演じたチャオ・タオは、監督の妻でもある。本作では9作目のタッグだという。劇中のチャオにはほとんど言葉による説明はないが、その表情でチャオの気持ちが伝わってくる。背筋を伸ばして明日に向かうチャオがたくましい。

 『新世紀ロマンティクス』
5月9日(金)より、Bunkamuraル・シネマ 渋谷宮下、新宿武蔵野館ほか全国順次公開
© 2024 X stream Pictures All rights reserved
監督:ジャ・ジャンクー
脚本:ジャ・ジャンクー、ワン・ジアファン
2024 /中国/中国語/1:1.85/111分/G
配給:ビターズ・エンド
◆公式ホームページ:www.bitters.co.jp/romantics/

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