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高倉健が主演した唯一の角川映画「野性の証明」薬師丸ひろ子は13歳で銀幕デビュー!

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1978年10月07日 角川映画「野性の証明」公開日

連載【ディスカバー日本映画・昭和の隠れた名作を再発見】vol.6 -「野性の証明」

角川映画の第3作となった「野性の証明」の広告戦略


いわゆる “映画体験” というものは、その作品自体を観ることのみにとどまらない。観た後に自分の中に残るものを咀嚼するのもその一部。そして観る前の体験、つまり “観たい!” と思わせるものに触れたことから、すべてが始まる。たとえば広告だったり、メディアによる紹介だったり。

広告という点で忘れられないのが、角川映画の第3作となった1978年の『野性の証明』だ。第2弾の『人間の証明』に続き、森村誠一のベストセラー小説を映画化したサスペンス。なにしろ、この映画には3つの大きな惹句(じゃっく)、すなわちキャッチコピーが付けられていた。それがテレビやラジオで執拗に繰り返されたのだから、当時を知る方ならひとつくらいは脳裏にこびりついているだろう。その3つとは、以下。

▶ ネバーギブアップ

▶ 男はタフでなければ生きられない。優しくなければ生きている資格がない

▶ お父さん、こわいよ。何か来るよ。大勢でお父さんを殺しに来るよ

撮影時のスタッフ間の合言葉だった “ネバーギブアップ”


当時小学6年生だった筆者は、この広告を何度も浴びた。テレビやラジオだと音声付きだから、印象も強まる。現在もそうだが、広告費が潤沢ならテレビにしてもラジオにしても数パターンの広告が作られる。いずれのパターンにも先に挙げたコピーが、ひとつないしふたつは盛り込まれていた。そして小学生の柔らかな脳に、それらがタトゥーのように刻まれていく。

とくに印象に残ったのは最初のふたつ。 “ネバーギブアップ” と “男はタフでなければ…” 。いずれも、この映画が内包している人間の “野性” を象徴しているのだが、それは映画を見てから悟ったこと。映画を見る前にこれらを耳にして残ったのは、なんだかかっこいい!という印象だ。

“ネバーギブアップ” は劇場パンフレットによると、撮影時のスタッフ間の合言葉になっていたという。もちろん、そんなことは小学生にはわからない。しかし、英語であることはわかる。その響きのかっこよさ。もうひとつの “男はタフでなければ…” のかっこよさについては字面どおりなので説明するまでもない。その元ネタがハードボイルド小説の大家レイモンド・チャンドラーが生んだ探偵フィリップ・マーロウの名言であることは、やはり当時の小学生には知る由もない。

陸上自衛隊特殊部隊の一員を演じる高倉健


『野性の証明』がどんな映画だったのかを、ここで簡単に振り返っておこう。陸上自衛隊が極秘裏に編成した特殊部隊の一員、味沢岳史(高倉健)は東北山中での演習中、禁じられていた民間人への遭遇という事態に直面する。これがきっかけとなり、その村で謎の虐殺事件が起こる。このとき味沢は心に傷を負い、自衛隊を辞めて村の近くの町に住みつくことにした。虐殺を唯一生き延びた13歳の少女、頼子を養子に迎えて過ごす日々は静かで穏やか。しかし、平穏は長くは続かない。極秘の特殊部隊の痕跡をすべて消したい権力者が、味沢の命を狙っていた。

この後、物語は頼子を連れての味沢のサバイバルに、虐殺事件の真相を解き明かすミステリーが絡み、スリルを加速させていく。どんどん身動きができなくなる状況の中で、味沢の “野性” が目覚めていく。これを体現したのが高倉健。当時の筆者でも名前を知っている映画スターだ。映画の中で初めて健さんを観たのはこのときだったが、やはり “なんだかかっこいい!” という印象が残った。

高倉健のカッコよさの本質とは?


この “かっこいい!” の本質を理解するには、少々時間がかかった。健さんの、それ以前の主演作をさかのぼって観ていくと、さまざまな気づきがある。前年に主演した『幸福の黄色いハンカチ』では不器用ながらも、すでにフィリップ・マーロウばりの名セリフを吐いている。それ以前の任侠映画のスターだったことも知ったが、これらは『野性の証明』と同様に、死地に向かう覚悟をクライマックスに置いていた。

しかし、本作が任侠映画と異なるのは味沢が、すなわち健さんが、タイトルどおり “野性” を発していたこと。任侠映画のメインの要素である “義理” は、そこにはない。人目についてはいけない山地での演習中の姿には、ただ生き延びる動物的な本能がある。しかし、人に見られしまったことで、味沢は人間に戻る。そして多くを失ったことで、彼は荒野へと帰っていく。この荒野こそが死地であり、もはやなんの感情もなく、そこに向かうことが、“かっこいい” の本質なのではないか。それすなわち “野性” である。

その後の角川映画史をたどると、野性の感覚はさらに明快に理解できる。松田優作を主演に起用した『蘇る金狼』と『野獣死すべし』(いずれも原作は大藪春彦)はタイトル自体がそれを象徴しているし、野性をハードボイルドに発展させた点も見逃せない。また、同じく自衛隊を題材にした半村良原作の『戦国自衛隊』は、『野性の証明』の変奏曲と言えなくもない。

主題歌は町田義人「戦士の休息」


もうひとつ、主題歌についても触れておこう。町田義人によるドラマチックなバラッド「戦士の休息」は、映画を観る前からCMで何度となく耳にしていたので、「♪男は誰もみな 無口な兵士 笑って死ねる人生 それさえあればいい」という歌詞は耳にこびりついた。初めてこの歌詞に触れる方がどう思うかはわからないが、当時はこれまたかっこよく思えたし、それさえもが広告上のキャッチコピーとして機能していた。

広告の点でもうひとつふれておきたいのが、角川映画の親元、角川書店による原作本の宣伝だ。“​​読んでから見るか、見てから読むか” というキャッチコピーは原作小説と映画をともに盛り上げるうえで効果的だった。筆者は当時、まず小説を読んで、その後に映画を観たのだが、この宣伝の術中にはまっていたともいえる。さらに映画のヒットを見込んだ角川書店は、映画の脚本を文庫本化した『シナリオ 野性の証明』を刊行。これがまた、映画を反芻するうえで大いに役立った。

最後に、ここまでふれなかった3番目のキャッチコピー “お父さん、こわいよ…” について。これは劇中のセリフからとられたもの。映画のスリルを伝えるナイスなコピーではあるが、これを純朴な女の子が言うと余計に引っかかってくる。これがデビュー作となった当時13歳の薬師丸ひろ子との初遭遇。この子かわいいなあ… と思ったことが、映画館に足を運ぶ理由になったことも付け加えておかないと。硬派な売りだけでなく、軟派なところにも惹かれる要素がある。その両方を刺激したという点で、『野性の証明』の映画体験の始まりは、印象に残るものとなった。

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