コスパ重視のIT社長が通う、コスパで語り尽くせぬ名店。三ノ輪のバー『Lyphard(リファール)』
時間とお金はなく、情報がありすぎる。そんな現代を生き抜くためコスパ(コストパフォーマンス)を気にするのはもはや当たり前の仕草かもしれないが、どういうときにコスパを重視するか、コスパをどう捉えるかは、人によってかなり幅があるようだ。今回は、自称「コスパ中毒」のIT社長・沢辺敦志(さわべあつし)さんが行きつけのバーを教えてくれる。おいしい酒と食事をいただきながら、飲み食い語らう場におけるコスパとはいったい何かを考えさせられる夜になった。
旬のフルーツを使ったカクテルが絶品
正直なところ、私はコスパ的な考え方からわりと離れたところにいる。カードのポイント還元率には疎いし節税対策とかもよくわかっていない。沢辺さんは、そんな私に“損しないコツ”をいろいろと教えてくれる親切な人だ。
18時半頃『Lyphard』に着くとハッピーアワーの看板が。やったー! 500円でバーのカクテルが飲める! バーで飲むカクテルって本当においしいんですよね。さっそく得する予感でルンルンする。
店に入ると一面が大きな窓になっていて開放的。バーカウンターのほかにテーブル席もあり、ムーディーながら緊張させない空間だ。これならバー初心者でも入りやすいし、さらに20時まで500円で飲めるとわかっているのだから、ハードルはぐんと下がる。
沢辺さんは席についてさっそく、フルーツカクテルを注文した。
「黒板のなかからフルーツを選ぶと、オーナーの保坂さんが好みに合わせていい感じにカクテルにしてくれます。フルーツカクテルからはじめて、ウイスキーに移行するのが僕のいつもの流れですかね。じゃあまずは……スイカでお願いします」
私も追随して注文。白桃を選ぶと、オーナーの保坂公一(ほさかこういち)さんは「ワインお好きですか?」と確認してからベリーニを作ってくれた。自分好みに作ってもらった本格カクテルが500円で飲めるとは、あらためてお得すぎる。
おいしそう……美しい……と写真を撮っているあいだに、沢辺さんはもう1杯目を飲み干していた。は、はや! 2杯目はマンゴーを使ったカクテルを注文。スイカにマンゴー、もうすぐ夏が来ますね!
フルーツは地球がくれる宝物。それをこんなふうに味わえるなんてものすごい贅沢だ。仕事が終わってなくても無理やりハッピーアワーに来たい。
世の中から不毛や理不尽をなくしたい
さて、沢辺さんはユナイテッドリバーズというIT企業の代表取締役社長を務めている。自称「コスパ中毒」とのことですが、ビジネスマンとして効率を求めるだけでなく、コスパ好きを自認しているのでしょうか?
「そうですね。生活面でもお得を目指すのが好きですし、仕事面では、世の中から不毛なことや理不尽なことをなくしていきたいと思っていて。うちの会社はクライアントが運営するWEBサイトの集客代行をしてるんですが、もともとはコンサルティング料をもらう契約形態がメインでした」と沢辺さん。しかしこの契約形態だと、新しい提案のたびに大量の資料を作り、やらないとわからないのに何回もシミュレーションを出し……と、まずクライアントに納得してもらう作業が必要になってしまう。
「でもそこに費用や時間をかけるのって、お互いに不毛じゃないですか。その分、施策を打ったほうがいい。なので今はほとんど、成果が出たときにだけ報酬をいただく契約に切り替えました」
たしかにクライアント側からしても、成果が出るかどうかわからない施策に金を払うのは不安だし、金だけ払って結果が出なかったら不毛そのもの。そういう懸念をまるっと背負ってくれるのはありがたい。
「自腹を切っていろいろ試しながらやっているので、効率のいいやり方をハックできたときにはなんとも言えない高揚感があります。そういう意味ではコスパ中毒かな(笑)」
「ほかにも近年『イエフリ』という不動産売買の仲介サービスをはじめました。これも不動産業界に特有の、お客様にとってもスタッフにとっても理不尽なシステムをなんとかしたかったからです。やり方を工夫することでお客様の支払う仲介手数料は最大無料にできましたし、IT化で効率を上げて業務負担も大幅に減らしました。まだまだ改善は必要ですけどね」
なるほど。コスパ好きでもあり、世直しの人でもある。冒頭のくり返しになるが、今は時間とお金が足りず、情報ばかりがあふれている。そんな時代に絡めとられ損してしまう人を助けたいし、その方法を模索するのが(それはもうギャンブル並に)楽しくてしょうがないらしい。
なんと頼もしい……と聞いていたら彼はもう3杯目をぐびりと飲み干していた。テンポよくたくさん飲む人を横で見ているのは気持ちがいい。
ドリンクに劣らぬフードの満足度
ここで注文してあったフードメニューがぞくぞく登場。バーといえば酒を飲むところで、料理にはあまり期待できないイメージがあるのだが、『Lyphard』では酒のつまみから一品料理、パスタやリゾットなどご飯ものまでとても豊富に取り揃えている。
よく飲みよく食べる沢辺さん。料理もたくさん注文してくれたので、ここではいくつかピックアップして紹介したい。
専門店から取り寄せているというソーセージの盛り合わせは、どれも味わいしっかりで酒が進む。食べ切れるかな? ってくらいボリュームたっぷりだけれど、酒に助けられて食べられちゃいます。
沢辺さんのおすすめはスパニッシュオムレツ。たまごのなかに具材がごろごろ隠れていて大満足! 「ほかにプレーンオムレツもあって、それもめちゃくちゃおいしいんですよ」とのこと。そっちも気になるな……。
そして私が感動したのは食後に注文したレーズンバター。お店で手作りされているそうだ。バターの油分とレーズンのちょうどいい甘さ。ふんだんにナッツが入っていて食感もよく、ウイスキーと合わせるのにぴったり。本当においしくて、家にも持ち帰りたいほどだった。
オーナーの保坂さんは料理もいろいろと手を広げすぎちゃいました、と言うが、どのメニューも「バーは2軒目に寄るところ」という常識を軽々と超えてゆく妥協ないおいしさ。飲みはじめから飲み終わりまで飽きることなく居られちゃうなこれはー!
沢辺さん、もうどんどん飲むもんだから、私は途中で彼の空けたグラスを数えるのをやめてしまいました。
コスパで語り尽くせない価値
『Lyphard』は2024年現在で創業26年を迎えたという。東京で飲食店を長く続けることの難しさは、コロナ禍を経ていることを踏まえるとますます計り知れない。
「最近はもう、店より年下の子たちが飲みに来るようになって。お父さん扱いを受けることも出てきちゃったくらいですよ」と保坂さんは笑う。
沢辺さんが初めて訪れたのは2009年、まだ新卒で採用された会社で働いていたときのこと。それからもう15年以上、『Lyphard』に通っている。
「ウイスキーが好きになって、仕事の飲み会帰りに立ち寄ったのがきっかけで。手に入りづらいウイスキーが飲めたり、僕の知らない銘柄を教えてくれたりもするし、カクテルも料理も手頃でおいしいからコスパ的にもいいんですけど……やっぱりお店の方と話していて楽しいのが大きいです」
沢辺さんは、以前ここで働いていたスタッフの方が独立して浅草にオープンしたバーにもよく足を運んでいるらしい。こうして彼の話を聞いていると、人付き合いには効率を求めていないことがよくわかる。
飲み食いしながら誰かと語らう場を共有する。今、そこに自分の時間を割き金を払うことにコスパ思想を当てはめる人は少なくない。突き詰めれば、バーより家で飲んだほうが、いやそもそも酒なんて飲まないほうがお得、食事は必要な栄養がとれればいい……という話になっていく。
それでも人がわざわざ飲食店に足を運ぶのは、飲み食いのための飲み食い、会話のための会話、目的から放たれた行為それ自体の楽しさを味わうことに人間らしい自由を感じるからではないか。コロナ禍で外食を失ったとき急にぐんと心が重く、そして貧しくなった気がしたのは、その自由を奪われたからではないか。
コスパ重視の沢辺さんは、コスパで語り尽くせない価値をきっと心でよく理解している。さまざまな土地からやってきた酒の瓶がずらりと並び美しくライトアップされ、自分に合った方法で丁寧にサーブしてもらいながらおしゃべりできるバーの空間というのは、そういうコスパの外にあるよろこびをそっと教えてくれる場所なのかもしれない。
沢辺さんは最後にウイスキーのストレートへ移行し、飲み干してもしゃんとしていた。このあと浅草のバーにも顔を出そうかな……と悩む彼と店前で別れたとき、私のなかで「コスパの人」という印象はもうすっかり溶けてなくなっていた。
Lyphard(リファール)
住所:東京都台東区三ノ輪2-14-10 ハーモニーベル3F/営業時間:18:00~翌2:30/定休日:日/アクセス:地下鉄日比谷線三ノ輪駅から徒歩1分
取材・文・撮影=サトーカンナ
サトーカンナ
ボーカリスト、文筆家
バンドのボーカル、ナレーションやラジオMC、文筆など、声や言葉にかかわる分野で幅広く活動している。