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九州にのみ生息する固有種<アリアケギバチ> 16年ぶりの再会は川のゴミの中?

サカナト

アリアケギバチ(撮影:椎名まさと)

筆者は2023年、九州・福岡県の筑後平野を訪れました。目的は、九州や西日本にのみ生息する淡水魚を探すことです。

よさそうな河川を発見し、大きなゴミを網ごとすくうと、黒光りした魚が姿を現しました。

九州にのみすむアリアケギバチです。久しぶりとなるアリアケギバチとの遭遇に筆者は感激したのでした。

九州の至宝<アリアケギバチ>

九州には固有の淡水魚が何種か知られています。九州にしか生息していない淡水魚として有名なものには、カゼトゲタナゴセボシタビラオンガスジシマドジョウアリアケスジシマドジョウなどがいます。

そして今回の主役、アリアケギバチTachysurus aurantiacus(Temminck and Schlegel,1846)。ナマズ目魚類としては唯一の九州特産種です。

アリアケギバチは昔(少なくとも90年代以前)の書籍においては「ギバチ」とされ、その分布域は関東以東の本州と九州西部に不連続的に分布する、とされていました。しかしながら、1995年にギバチとアリアケギバチはやはり別物であるとされ、再記載されました。

従来ギバチの学名とされたPseudobagrus aurantiacusはアリアケギバチの学名となり、ギバチには一度Pseudobagrus aurantiacusのシノニム(同物異名)となり消えたPseudobagrus tokiensisという学名が復活。その後、属学名はTachysurusに変更されています。

ギバチ(撮影:椎名まさと)

以上の経緯もあり、アリアケギバチとギバチはそっくりなもので、見分けるのは決して簡単とはいえません。

基本的にアリアケギバチは胸鰭棘前方を顕著な鋸歯列というのこぎりの刃のようなギザギザが覆うこと、上後頭部骨突起が幅広いこと、背鰭の高さがギバチより高いことなどでギバチと識別できます。

また体色についても、ギバチと若干の違いが見られます。

2005年に<アリアケギバチ>初遭遇!

筆者は高校時代「魚類研究同好会」なる部活動に入っており、淡水魚の採集によく出かけるようになりました。

2005年に部活動で採集を行った河川というのが素晴らしいところであり、様々な淡水魚や両生類と出会うことができたのです。

日を改めて同じ場所をもういちど訪問すると、とてもかわいいナマズのような魚が網に入りました。これが私とアリアケギバチとの初めての出会いでした。

2005年に採集したアリアケギバチ(撮影
:椎名まさと)

その後何度かこの場所を訪問し、全長30センチ近くある大型個体を採集することもできました。

同年9月には小さい幼魚を何個体か発見し、再生産もうまくいっているたいへん良好な環境だと思われました。

全長30センチ近くあるアリアケギバチの成魚(撮影:椎名まさと)

しかしながら、残念なことにこのポイントは、河川改修のためにアリアケギバチが好む環境が消失。2018年に訪れたときには、かつて見られた多くの魚種が確認されなくなっていました。

現在は再生産できているか否かどころか、そもそもこの河川にアリアケギバチが残っているかどうか、それさえも定かではありません。

16年ぶり!<アリアケギバチ>を網におさめる

筆者は2023年秋、長崎県で行われた日本魚類学会の年会に参加するために九州を訪れました。

せっかく九州へ行くなら採集や市場見学も……と考えた筆者は、年会のメインイベントともいえる研究発表の前々日、東京駅を午前6時に出発する新幹線「のぞみ」1号に飛び乗り博多入り。

博多駅でレンタカーを借りて九州自動車道を南下し、筑後平野の真ん中にまでやってきたのでした。狙いはドジョウ類やタナゴ類など、居住する関東で見られない淡水魚です。

福岡県筑後平野の河川(撮影:椎名まさと)

残念ながら当日は台風が琉球列島や中国大陸に接近しており、その影響もあり天気はよろしくなく、時々降ってくる大雨との戦いとなりましたが、幸いにも河川は増水してはおらず、また夕方には晴れ間も出てきました。

網でゴミをすくうと……出てきたのは<ドンコ>

この場所は上流に田んぼや畑などがあるらしく、底に肥料の入った袋であるとか、あるいはコンクリートブロックであるとか、農業用のシート、飲料の缶、タイヤなどのごみがよく落ちています。

川の中のゴミ(提供:PhotoAC)

あまりよくないことではありますが、このような場所においては時々、珍しい魚がそのゴミのなかに潜んでいることも。特に夜行性の魚などは昼間、このような場所に隠れてることはよくあるといいます。

落ちているゴミを掬った後、それを揺さぶることで様々な生物が出てくることがあります。

河川の中にあった空き缶から姿を現したのは、茶色と黒の模様が特徴的な淡水魚のドンコでした。

ドンコ(撮影:椎名まさと)

ドンコは西日本に広く見られる淡水魚でハゼの仲間なのですが、国内で見られるハゼの仲間(スズキ目ハゼ亜目、ないしはハゼ目)としては数少ない、一生を淡水で過ごす種類(ほかは一部のヨシノボリ類、琵琶湖産のウキゴリ、イサザなど)。

塩ビのシートの下からもドンコ……コンクリートブロックの下にもドンコ……と、ドンコだらけでした。ドンコは肉食性が強く、待ち伏せして小魚を捕食する習性があります。

この河川は三面が護岸されているわけではなく、川底は砂と小石まじり、河川の両方の岸は護岸されているものの、河川とコンクリートの間にヨシなどの植物や水草が見られ、その合間にはオイカワカワムツといった魚の幼魚やヌマエビの類が多数生息していました。エサとなる魚が豊富であり、ドンコもたくさん生息しているのでしょう。

大きなタイヤの内側を探すと……<アリアケギバチ>発見

河川の中に沈む大きなタイヤについてはまるごと網におさめるのは難しいのですが、何とか網の中へ。

タイヤについてはタイヤの下というよりも、内側の部分にあるすきまに魚が潜んでいることが多いので、それを考慮して網にタイヤをおさめていくと……。

黒くて可愛い魚が網の中に入っていました。その正体はなんと、久しぶりのアリアケギバチ。しかも黒い体に黄色い模様が入る美しい幼魚でした。

ついに出会えたアリアケギバチ(撮影:椎名まさと)

私にとってアリアケギバチというのは2007年に採集して以来であり、16年ぶりの出会い。この種との出会いに、筆者の顔はにっこり。

このアリアケギバチが獲れたのでもう帰ってもいい……それほどの素晴らしい出会いであり、その後は魚を生かして運搬するための準備にとりかかりました。

<アリアケギバチ>の運搬

採集したアリアケギバチを水草(オオカナダモ)やほかに採集した魚(アブラボテ)と一緒にバケツに入れて、一路長崎へ。

運搬中はバケツ内の水が揺れ、それによって水が空気をとりこむため、きれいな水を少な目にいれ、車内のエアコンを効かせれば「ぶくぶく」の出番はありません。

もちろん、安全運転は絶対条件です。

採集したアリアケギバチとアブラボテ(撮影:椎名まさと)

そして、翌日には友人とまた別の場所で採集したあと、魚類学会年会の会場へ移動しました。

会場はクーラーがよく効いているため、魚にとっては締め切ったレンタカー内やホテルよりは快適な環境になると思い、周囲の人たちからの奇異な目に耐え忍びながらバケツを持ち込むなどしました。

ちなみに、魚類学会の年会会場に参加者が採集した魚を持ち込むというのは、「よくあること」なのだそうです。

その後、学会も終わり、無事にアリアケギバチを1000キロ以上離れた自宅に持ち帰ることができました。

アリアケギバチの飼育の注意点

ギギ科を含むナマズ目の魚たちは、背鰭や胸鰭に大きな棘を有していますが、アリアケギバチではこの棘に毒があり、刺されると激しい痛みを伴います。

絶対に素手では扱わず、網やプラケースなどで掬うようにしましょう。

アリアケギバチの背鰭や胸鰭にある棘に注意、胸鰭は左右に1対(提供:椎名まさと)

筆者も、以前に不注意で刺されてしまったことがありました。採集した個体をバケツに移すときにはとくに注意したほうがよいでしょう。

水槽は60センチ規格水槽がおすすめ

アリアケギバチは、成魚では全長40センチを超えることもあります。できるだけ大きな水槽で飼育したいところです。

2005年にアリアケギバチを飼育していた当時の60センチ水槽(撮影:椎名まさと)

筆者が2005年に採集していたものを飼育していた際には、60センチ規格水槽で飼育していました。もともと熱帯魚(ゴールデングラミーやエンゼルフィッシュなど)を飼育していたものをそのまま利用したもので、水草も熱帯性のアマゾンソードなどが入っています。

岩の隙間に隠れるアリアケギバチ(撮影:椎名まさと)

先述のように、アリアケギバチはタイヤなどのゴミや空き缶の中、流木や岩の隙間に隠れる習性がありますので、飼育する水槽においても流木などを入れてあげると落ち着きます。殺風景になってしまいますが、塩ビパイプでもかまいません。

水はカルキ抜きをした水道水を2週間に1回交換。この水槽では一度に15リットルほどを交換していました。

短期間なら28℃でも飼えていましたが、できれば25℃以下で飼育してあげましょう。

動物食性のアリアケギバチに合わせた餌を

アリアケギバチは動物食性が強いため、餌も甲殻類、小魚などを与えることになります。冷凍の餌は単品だと栄養のバランスを崩すことがあるため、できれば複数種の餌を用意しておき、ある程度のローテーションで与えることができれば理想といえます。

エビを食べるアリアケギバチ(撮影:椎名まさと)

配合飼料も慣らせばよく食べます。以前飼育していた際はアユ用の配合飼料もよく食べていましたが、基本的にナマズ向けの配合飼料を与えるようにします。ただしナマズ目の中でも藻類を中心に食するプレコ・ロリカリア向けの配合飼料はあまり興味を示しませんでした。

なお、我が家ではヌマエビ類・テナガエビの幼体・ヒメダカ・ナマズ用の配合飼料(ペレット状)を与えています。ギギ科魚類は基本的に夜行性ではありますが、なれると昼でも餌を落としてやると水槽内をそわそわと動き回り、捕食します。

ほかの魚との混泳は?

ギギ科の魚は基本的に夜行性かつ動物食性であり、ほかの魚との混泳はあまり適していないところがあるように思います。

口に入るような魚は捕食されてしまいますし(とくに夜間、魚が底の方でじっとしているところを襲われることが多い)、ある程度の大きさのある魚でも鰭をかじられることもあります。

ムギツクの稚魚はアリアケギバチとの混泳ではすぐ食べられてしまった(撮影:椎名まさと)

混泳させるなら、60センチ以上の水槽で、隠れ家を多くすることが大事です。もちろん、魚の種類によっても混泳できるかどうかが決まってきます。

イトモロコやムギツク、ヨシノボリ類など細くて水槽の底をゆったり泳ぐような魚は食べられやすいといえます。

飼育者の健康管理も大事!

なお、魚をうまく飼育するには、飼育者の体調管理というのも重要な要素になります。

2023年にアリアケギバチを採集した際、魚たちと一緒によからぬことに新型コロナまでお持ち帰りしてしまった筆者。家族全員が1週間、家の中で引きこもることに……。

その結果、アリアケギバチに適した餌の準備が間に合わず、アブラボテはアリアケギバチに捕食されてしまい、ムギツクも尾鰭をかじられてしまったのでした。

アリアケギバチの保全

アリアケギバチは現在(2025年4月10日時点)では国の絶滅危惧Ⅱ類とされていますが、福岡県における絶滅危惧のカテゴリにおいては絶滅危惧IA類に選定されています。

福岡県のレッドデータブック(2024年版)による絶滅危惧カテゴリの説明(提供:椎名まさと)

その減少の理由としては河川の改修があげられており、2025年3月に改訂された福岡県レッドデータブックによれば、「昼間は重なり合った礫の間隙や水際の植生の根本などに隠れている。瀬・淵・砂州のそろった河川中流域の自然環境の維持がその生息場を保全する上で重要である」と書かれていますが、最近の福岡県内の河川を見る限りでは、開発によりそのような場所はどんどん減っているという現状があります。

それゆえ絶滅危惧IAカテゴリに含有されてしまったのでしょう。なお、アリアケギバチはかつて長崎県壱岐にも生息していましたが、壱岐の個体群はもうすでに滅びてしまったようです。

このような状況ですから、乱獲は避けるようにし、ペットショップなどで販売されている個体も購入は避けたほうが賢明でしょう。

アリアケギバチとギギの競合

本種の場合、もうひとつの減少理由として、同じ科・属の魚であるギギとの競合もあげられます。

ギギは福岡県においては主として響灘流入河川など北東部に分布していましたが、移植されたのか、アリアケギバチが生息する筑後川水系にも見られるようになり、定着。現在は筑後川水系に産するアリアケギバチを脅かしているようです。

飼育している魚を放つと、このように在来生物に大きな悪影響を及ぼすおそれがあるため、飼育魚を河川や海に放つということはつつしまなければなりません。

(サカナトライター:椎名まさと)

参考文献

中坊徹次編(2013)、日本産魚類検索 全種の同定 第三版.東海大学出版会

Watanabe K. and H. Maeda. 1995. Redescription of two ambiguous Japanese bagrids, Pseudobagrus aurantiacus(Temminck and Schlegel)and Pseudobagrus tokiensis Dordelein. Japan J. Ichthyol.,41:409‐420.

福岡県レッドデータブック(2024年版、DLページ)

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