訪日外国人の増加にあわせて国内の医療機関が検討すべきこと
コロナ禍以降、足元で急速にインバウンドが回復している。それに伴い、医療機関でも訪日外国人患者の受入れが増加しており、医療機関ごとに訪日外国人患者の受入れ体制の整備が求められるようになっている。本稿では訪日外国人患者の特徴を踏まえ、医療機関で検討すべき事項について記載する。
訪日外国人の増加・多国籍化が進んでいる
出所:日本観光局(JNTO)「訪日外客統計」(https://www.jnto.go.jp/news/_files/20241120_1615.pdf)、観光立国推進閣僚会議「第24回観光立国推進閣僚会議」(https://www.kantei.go.jp/jp/singi/kankorikkoku/dai24/siryou1.pdf)に基づきFMI作成
2024年10月16日に日本政府観光局(JNTO)が発表した報道資料※1によると、2024年9月の訪日外国人数は2,872,200人だった。これは前年同月比で31.5%増、2019年同月比では26.4%増となり、8カ月連続で過去同月最高を記録している。訪日外国人の多国籍化も進んでおり、訪日外国人数の約9割を韓国・中国・台湾・アメリカ・香港などの14カ国・地域で占めている。
また、観光庁の推定※2では2024年には過去最高を大きく更新する訪日外国人数3,500万人を視野に入れており、政府目標でも2030年には2024年の推定値から約1.7倍となる訪日外国人数6,000万人を掲げている。2030年の目標達成に向けて、日本政府は地方への誘客促進に取り組むことを示しており、施策を検討している段階だ。
※1 日本政府観光局(JNTO)訪日外客数(2024年9月推計値)(https://www.jnto.go.jp/news/_files/20241016_1615.pdf)
※2 第24回観光立国推進閣僚会議議事要旨(https://www.kantei.go.jp/jp/singi/kankorikkoku/dai24/gijiyousi.pdf)
医療機関における訪日外国人患者の受け入れ状況
訪日外国人の増加に伴い、外国人患者を受入れた医療機関も増加している。2023年度に厚生労働省が実施したアンケート調査※3によると、外来で訪日外国人患者(医療渡航を除く)※4を受入れたと回答した病院は16.2%(n=2,813)で前年度調査比7.3ポイント増。入院で訪日外国人患者(医療渡航を除く)を受入れたと回答した病院は3.3%(n=2,813)で、前年度調査比1.1ポイント増だった。
また、2023年度に観光庁が実施した調査※5では訪日旅行中に病気・けがになったと回答した割合は全体の4%(n=3,069)で、うち60%が風邪・熱だった。今後も訪日外国人の増加が予想される中、訪日外国人患者は増加し、さらに、今まで訪日外国人患者を受入れていなかった医療機関でも対応が発生すると見込まれる。今後日本で人口減少が進んだ場合には、医療機関が受入れる患者全体における訪日外国人患者の割合は増えていくと考えられる。
※3 厚生労働省「医療機関における外国人患者の受入に係る実態調査」(https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_41976.html)
※4 厚生労働省「医療機関における外国人患者の受入に係る実態調査」(https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_41976.html):3. 訪日外国人患者(医療渡航を除く)の受入れ実績について
※5 観光庁「訪日外国人旅行者の医療に関する実態調査」(https://www.mlit.go.jp/kankocho/content/001751352.pdf)
訪日外国人患者の受入れで医療機関が検討すべきこと
訪日外国人患者の特徴を踏まえ、医療機関で検討すべき事項としては、次の3点が挙げられる。
1. 医療費の設定2. 言語対応3. 文化や風習の違い
以下で詳しく見ていきたい。
1.医療費の設定訪日外国人患者は日本の公的保険に加入しておらず、自由診療扱いとなるため、医療機関ごとで自由に診療報酬を設定できる。日本の公的保険の診療では診療報酬が1点=10円で一律に定められているが、前出の2023年度に厚生労働省が実施した調査※6によると、病院で自由診療における診療報酬を1点あたり10円を超える価格で設定している割合は、14.6%(n=5,424)だった。
1点あたり10円を超える診療報酬の価格ごとの内訳は、「1点あたり10円より大きく15円以下」が7.3%、「1点あたり15円より大きく20円以下」が4.8%、「1点あたり20円より大きい」のが2.5%。一部の医療機関では、訪日外国人に対する診療報酬を自由に設定していることがわかる。
外国人患者の受入れを円滑に行うには後述のような通訳体制や院内環境の整備が必要であり、特に訪日外国人患者の場合は保険会社や医療アシスタンス会社とのやり取りなど、公的保険加入の患者では生じえない対応コストが発生する。医療機関が経営的に安定して、外国人患者を円滑に受入れるためには、適切な診療価格を設計することが必要だ。
※6 厚生労働省「医療機関における外国人患者の受入に係る実態調査」(https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_41976.html)2.言語対応訪日外国人患者の多国籍化に伴い、英語や中国語といった主要言語だけではなく、それ以外の様々な言語に対応しなければならない場合がある。通訳手法には、対面通訳(院内雇用)、対面通訳(外部派遣)、電話通訳・映像通訳、翻訳デバイスなどがある。特に訪日外国人患者は救急対応を要するケースが多く想定されるため、それぞれの通訳手法の特徴を踏まえて導入を検討すべきだ。
また、訪日外国人患者に対して円滑に医療を提供するには、院内環境の整備も重要になる。患者説明資料・同意書や院内案内図、院内表示を多言語で行うことで、コミュニケーションがスムーズになるだろう。3.文化や風習の違い海外の医療機関では医療費の概算額が診察前に提示される場合が多いが、日本の医療機関では、検査や治療の前に医療費の概算を示す慣習や仕組みがない。さらに訪日外国人患者の場合は海外旅行保険や民間の医療保険にも加入しておらず、その医療費が全額自己負担になることがある。
そのため、医療費未払いやトラブルを防止するには、事前に医療費の概算提示や治療内容を説明する体制が必要になる。また、訪日外国人患者の中には、多様な宗教や習慣上の考えをもった人がいる。その宗教や習慣の情報を収集して学ぶことは、訪日外国人患者対応を円滑にする取り組みとして有意義であると考えられる。
一方、すべての宗教や習慣に対応することは現実的とは言えない。訪日外国人患者の受診があった際には、宗教上・習慣上の要望がないか確認して、医療機関で対応できるものであれば対応するが、対応ができない場合は訪日外国人患者に事前に説明をし、同意を得たうえで、治療を行うことがトラブル防止の観点から重要だ。
まとめ
訪日外国人の増加に伴い、医療機関でも対応が求められるようになっている。訪日外国人患者を受入れる際には、その特徴や注意点を踏まえて体制を検討する必要があるだろう。少子高齢化が進む日本の医療機関では、新たなターゲットとなる患者層として、訪日外国人患者を捉えることもできるのではないかと思料する。今後の医療機関の経営を考えるうえで、院内外の現状を適切に把握して体制を検討していくことが求められる。
参考資料
厚生労働省外国人患者の受入れのための医療機関向けマニュアル(第4.0版)(https://www.mhlw.go.jp/content/10800000/000795505.pdf)
執筆者:フロンティア・マネジメント株式会社 加藤 雅己、フロンティア・マネジメント株式会社 栁田 睦仁