午後3時で閉店!予約不可!行列必至!昭和7年から三代に渡って継承されてきた『伊万里ちゃんぽん』が愛される理由(佐賀・伊万里市)【まち歩き】
「今日はちゃんぽんの気分」と思い立っても、ここは午後3時には閉まってしまう。予約もできない。それなのに、平日でも250人が訪れる店がある。
佐賀県伊万里市の『伊万里ちゃんぽん』。丼から溢れそうなほどの野菜、スープを飲み干したくなる優しい味わい、そして女性でも完食できる絶妙なバランス。一杯900円台から楽しめるこのちゃんぽんには、昭和7年から三代に渡って受け継がれてきた、ある想いが込められている。
■「働きすぎない」という選択が、最高の結果を生んだ
「夜の営業をやめたのは、コロナの時なんです」。
多くの飲食店が苦境に立たされたコロナ禍。今村さんは、ある決断を下した。それまで昼夜営業していた店を、思い切って昼のみの4時間営業に変更したのだ。
もともと売上の多くは昼間。それなら、自分の体と、スタッフの生活を守りながら、質の高いちゃんぽんを提供できる時間に集中しよう――。
「思い切ってやったら、逆に良くて。ちゃんと4時間で利益が残るんです。2年後には税理士も『社長の言う通りでしたね』って」。
今、平日でも250人ほどのお客さんが訪れ、土日は午後3時まで途切れることなく続く。「働きすぎない」という選択が、結果的に最高のパフォーマンスを生み出した。
「一番困るのが、お客さんに『すいません、材料なくなりました』って言うことなんです」。
今村さんの悩みは、かつての「お客さんが来ない」ではなく、「愛されすぎて対応しきれない」に変わっていた。
■「自分が美味しいと思えないものは、出さない」
ちゃんぽんは、野菜を炒め、スープを入れ、一度に仕上げる。作り手の感覚が、そのまま味に表れる料理だ。
「ちゃんぽんって、作り手によって味がころっと変わるんです。一杯の時も15杯の時も、同じ味に仕上げる。この仕上げるコツが難しい」。
大きな鍋で野菜を炒め、スープを入れ、できあがったものを小分けする。一杯の時はこのくらい、三杯の時はこのくらい。その感覚を、体が覚えている。
「100点のちゃんぽんができるとは思わないんです。でもお客さんが100点と思ってくれたらいい」。
今村さんの心の支えは、お客さんが残したスープの量だという。ほとんど残さず、きれいに完食して帰る姿を見ると、何よりも嬉しい。
「自分が美味しいと思うものを提供しないと、お客さんも絶対美味しいと思わない。自分が納得できないものは、出さない」。
その信念が、リピーターを生んでいる。
■三代に渡って受け継がれる、「お腹いっぱい食べてほしい」という想い
今村さんは『井手ちゃんぽん』のルーツである『千十里食堂』を創業した井手精一郎さんの孫にあたる。昭和初期、祖父が長崎で食べたちゃんぽんを忘れられず、独学で再現したのが始まりだった。
「創業した大町町は、当時炭鉱でした。炭鉱で働く人たちにお腹いっぱい何か食べさせてあげたいという熱意から、ちゃんぽんが誕生しました」。
その熱意は母親に受け継がれ、今村さんへ。現在、福岡と東京にも姉妹店がある。
「兄弟でやってるんで、信念が一緒なんです。他人がやると仕事になっちゃう。ちゃんぽん作りじゃなくて、ちゃんぽんを作る仕事になってしまう」。
フランチャイズ化しない理由を聞くと、今村さんは即座に答えた。
「お客さんに寄り添ったちゃんぽん作りができなくなるから。利益より、美味しいって言ってもらえることが大事」。
母親が作り上げた味を、美味しいと言って食べてもらいたい。その想いで、今日も鍋を振り続ける。
■手間を惜しまない、優しいスープ
「豚骨を20数時間くらいかけて炊くんです」。
丁寧な下処理と、長時間かけたスープ作り。その手間を惜しまない姿勢が、「最後の一滴まで飲みたくなるスープ」を作り上げている。今村さんは詳細については語らないが、その味わいが全てを物語っている。
麺も、父親が何年もかかって研究した独自のもの。水分量が少なくコシが強い。お湯に入れるとすぐ浮く、それくらい弾力がある。
■野菜たっぷり、体が喜ぶランチ
丼を見た瞬間、誰もが驚く。麺が見えないほど、野菜が山盛りなのだ。
キャベツ、もやし、玉ねぎ、人参、きくらげ――。シャキシャキとした食感が心地よく、スープと絡めて食べると止まらない。しかも、野菜は全て国産。玉ねぎは北海道産か佐賀県白石町産にこだわっている。
「野菜は全部国産です。外国産だと味が全然違います」。
そして、最も重要なのが炒め方だ。
「うちは3万8000キロカロリーの高火力ガスで炊いてるんです。だからバッて炒めて、水分が野菜からあまり出ないようにしています」。
よくある野菜炒めは水分が出てベチャッとするが、ここの野菜はシャキシャキ。野菜本来の甘みと旨味が、スープと溶け合う。
先日、親戚に野菜炒めを振る舞ったところ、「こんな野菜炒め食べたことない」と驚かれたという。ちゃんぽん一杯で、たくさんの野菜が摂れる、体が喜ぶランチ。女性客がスープまで完食して帰る理由が、ここにある。
■海鮮好きには堪らない「特製ちゃんぽん」
通常のちゃんぽんも絶品だが、ぜひ試してほしいのが「特製ちゃんぽん」だ。
エビ、イカ、ホタテといった海鮮がたっぷり入り、さらに甘く煮た椎茸が絶妙なアクセントになっている。椎茸から出る優しい甘みが、豚骨スープと溶け合い、まろやかで奥深い味わいを生み出す。
「スープは茶色がかっていて、少し甘味を感じる」と訪れた人が語るのは、この椎茸の旨味と甘みのおかげだ。長崎ちゃんぽんとはまた違う、伊万里ちゃんぽんならではの個性がここにある。
海鮮の旨味、野菜のシャキシャキ感、椎茸の甘み、そして豚骨スープのコク。一杯の中に、様々な味わいが重なり合う贅沢さ。特別な日のランチや、自分へのご褒美に選びたい一品だ。
※写真は「ミニ特製ちゃんぽん」( 税込1,140円)
■「ここにしかない」が、特別な体験を生む
「伊万里という地域でやり続ける意味」を聞くと、今村さんは即答した。
「ここしかないっていう方がいいと思うんです。コンビニみたいに、右にも左にもあったら、どっちでもいいじゃないですか。でも右しかなかったら、絶対右に戻ってくる」。
希少性。それが、特別な体験を生む。
「ここしかない。午後3時までしか開いてない。今日どうしてもちゃんぽんが食べたくなったら、ここに来るしかない」。
わざわざ足を運ぶ。行列に並ぶ。午後3時前に滑り込む。その体験そのものが、思い出になる。
東京の新橋店は、佐賀県人会の集まる場所になっている。故郷を懐かしむ人たちが集い、佐賀弁で語り合う空間。
伊万里という名前が、故郷への想いを呼び起こす。食べることは、誰かとつながること。
■いつか、全国の食卓に届けたい
「これからの展開」について聞くと、今村さんの表情が和らいだ。
「冷凍食品の今、クオリティがものすごく高くなっていて。自分が作った味をそのまま冷凍にできて、それが全国のスーパーに並んだらなぁって」。
支店を増やすと味がばらつき、お客さんに迷惑をかける。でも冷凍食品なら、一つ一つ丁寧に作られた味を、そのまま届けられる。
「来れない人も、家で自分の好みで楽しめる。350円くらいでコスパもいい」。
すでに『宮島醤油』と協力して、ちゃんぽんスープを開発し販売している。現在4作目で、ようやく満足できる味になったという。
「支店を増やそうなんて思ってないんです。でも、いつか全国の人に届けたい」。
午前11時から午後3時まで。たった4時間の営業時間に、250人以上のお客さんが訪れる。スープを完食するお客さんの姿が、今村さんの誇りだ。
地域の子ども会で焼きそばを食べる際に、麺ともやしを提供したエピソードを、今村さんは嬉しそうに話してくれた。
「子どもたちが『伊万里ちゃんぽんの麺で作った焼きそば、美味しかった』って。小さい頃に食べた味が、20年後、30年後の記憶に残る。それが嬉しい」。
昭和7年、炭鉱労働者にお腹いっぱい食べさせたいという想いから生まれたちゃんぽん。三代に渡って受け継がれた味は、今日も伊万里の地で、多くの人々を幸せにしている。
あなたも、午後3時までに間に合うように、伊万里を訪れてみてはいかがだろうか。
________________________________________
■『伊万里ちゃんぽん 伊万里本店』
住所:佐賀県伊万里市大坪町丙2075
電話:0955-23-8477
営業時間:11:00〜15:00(材料がなくなり次第終了)
定休日:火曜
________________________________________