武田砂鉄 地元・東大和市の思い出
東京の多摩地域にお住まいの方、出身の方もそれ以外の方も愛していただきたい番組「東京042~多摩もりあげ宣言~」(略して「たまもり」)。MCは土屋礼央さん(国分寺市出身)&林家つる子さん(八王子市の大学出身)。
今週のゲストは、ライターの武田砂鉄さん(東大和市出身)! 以前、土屋は仲良くしたいと思っていた砂鉄さんの番組「プレ金ナイト」に出演しボコボコにされた!?という苦い過去が、、、。今回砂鉄さん出演で、土屋には番組を乗っ取られる心配が!?
因縁の対決!? 土屋礼央×武田砂鉄さんの第2ラウンドがスタート!
土屋:さっそくゲストのご紹介です、ライターの「武田砂鉄さん」です! よろしくお願いします!
砂鉄さん:よろしくお願いします。
土屋:つる子さんは砂鉄さんは初めましてなんだよね?
つる子:初めましてです! よろしくお願いします!
砂鉄さん:初めまして、よろしくお願いします。
土屋:砂鉄さん、僕の目も見てくださいよ(笑)。
砂鉄さん:いやいや(笑)。土屋さんもよろしくお願いします。
つる子:(笑)。
土屋:つる子さん、きょうね、この番組が崩壊する可能性がある、、、
砂鉄さん:いやいや、、、
つる子:(笑)。
土屋:砂鉄さんはね、ちゃんとしてるのよ。
砂鉄さん:場合によっては乗っ取るつもりで。
つる子:(笑)。
砂鉄さんが断言!「土屋礼央は国分寺中心主義」!
土屋:それはね、この番組が始まってから、砂鉄さんの番組を聴いてると<なんでオレじゃないんだ!?>というのをちゃんと正論で言ってくるのよ(笑)。
砂鉄さん:そうですね。僕がずっと気になっているのは、土屋さんが「国分寺」中心主義のところ(笑)。基本、国分寺は中央線で自由にセンターに出られますから。多摩のことを語りながらも、どこか自分はすぐにセンターに行けるぞという余裕の持ち方というか(笑)。
つる子:(笑)。
土屋:まあまあ、言われてみればそういう部分はあるかもしれません。自分の中で認識は無いけど、多摩の中で無意識に薄らとマウンティングしている気が(笑)。今思うと。
砂鉄さん:ありますよね。この放送の何回目かに、<砂鉄さんも多摩出身だ。砂鉄さんを外務大臣にしておきたい!>みたいなことをおっしゃっていて。なんで、僕が“土屋政権”に入っているんだ、と。土屋首相に、、、
土屋:ちょっと待ってくださいよ! 我々は多摩の仲間じゃないですか!
砂鉄さん:次の首相を作らないために、政権の中に取り込んでおくというのは政治の世界である話と聞きますから。僕は外務大臣を引き受けたつもりはないな、と。
土屋:いやいや、良い国になりますよ! つる子さん、聞いて! 僕は全国民が土屋礼央になれば幸せになると思ってるの。でも、全部が土屋礼央の国って大変でしょ。逆に言うと、全部武田砂鉄さんの国も大変ですよ。
砂鉄さん:大変。
土屋:ヤでしょ!? ということは両方いた方が良い、そういう政権なんですよ!
砂鉄さん:そういうことなんですよ。
土屋:同じ意見の人だけを集めてはいけないでしょ。
砂鉄さん:なんか、この数分で疲れた気がする(笑)。この土屋政権語りが(笑)。
土屋:ちょっと待ってよ(笑)。
武田砂鉄さんは「東大和市」のご出身
土屋:今日は僕と砂鉄さんの個人的なことではなく、砂鉄さんのご出身地である「東大和市」について興味があるので。正直、立川・八王子を拠点に「国分寺」中心主義でやってきた部分があるので。そこにリスナーの興味が多くあったのもあって。僕ら、「東大和市」をよくわかってなくて。
砂鉄さん:この番組が始まってからまだ「東大和市」に言及されていないという状況というのをプロデューサーの方に聞いたんですけど。
土屋:荻上チキさんじゃないんだから(笑)。僕らはチキさん要素ゼロでやっているんですから。リスナーさんも何やっても笑ってくれるから! 文字起こしをしちゃいけない番組なの(笑)!
砂鉄さん:なるほどね。
土屋:でも、「東大和市」について知りたいというのはウソ無い気持ちで。砂鉄さん、「東大和市」出身ということで偽装はしてないですか?
砂鉄さん:やだやだ(笑)。0歳から22歳くらいまで住んでいますから。本当ですよ。生まれたのはお茶の水の病院ですけど。これ、しまおまほさんと辛酸なめ子さんと同じ病院という(笑)。原監督も一緒ですね。
つる子:(笑)。
土屋:「東大和市」にはどれくらいいらっしゃいました?
砂鉄さん:もう20数年いました。
土屋:群馬出身のつる子さん、「東大和市」の場所がどこかわかります?
つる子:「東大和市」、、、ご説明いただきたいです!
土屋:さ基本的には「立川市」の北側に位置して、東側が「東村山市」、西側が「武蔵村山市」ということで。なかなか目的を持って「東大和市」に行くということは無い気がするんですが、、、
砂鉄さん:ちょっと引っ掛かる発言が(笑)。
土屋:え? それはどういうことですか?
砂鉄さん:よく言われるのが、<「志村けんさん」が出身のところでしょ!>と。これは「東村山市」、と。<電車が通ってないところでしょ!>というのが「武蔵村山市」という。その間ということなんですよ。だから、あまりピンポイントで<「東大和市」はココ!>と言ってくれる人はいない。
土屋:そうなんですよ。駅はちょっとあって「志村けんさん」もいない(笑)。
ご実家の住所は「東大和市湖畔」
土屋:特徴がつかみづらい部分があるんですが、改めて、「東大和市」の魅力を教えていただけますか? ご実家は今も「東大和市」ですか?
砂鉄さん:もちろんでございます。「東大和市」の一番のポイントといえば、「多摩湖」という大きな湖が市の北部にありまして。
土屋:「東大和市」にあったんですね。僕はそれをわかってなかった。
砂鉄さん:やだやだ。僕の実家は<東大和市湖畔>というところにあるんですよ。だから、湖のほとりにあるんです。道を挟めば湖の周りの自転車道に辿りつくと。
土屋:上流階級みたいな発言ですね。湖畔だって。
砂鉄さん:湖畔です。「東大和市湖畔」という住所なんです。風景が思い浮かびますね。
つる子:へえ。
土屋:埼玉西武ライオンズのファンをやっていると、ベルーナドームの横が「多摩湖」だから埼玉県だと思っている人もい多いと思うんですよ。
砂鉄さん:そうなんですよ。そこがまた違うんですよね。「西武山口線」に乗ることがありますよね。乗って左側に見えるのは「東大和市」。
土屋:あ、そういうことなんですね。もともと、「多摩湖」を観光地にしようとしていたんですよね?
砂鉄さん:西武グループが絶好調の時に、あのあたりを一大エンターテイメント施設にしようとしていて。
土屋:つる子さんは「多摩湖」に行ったことある?
つる子:私は無いですねえ。
土屋:「多摩湖」の大きさや特徴は?
砂鉄さん:「東大和市」の北部が全面的に湖になっているくらいの大きな存在感を持っていますので。「東大和市」に暮らしている人からすると、上の方に行くと湖だなというイメージがあるんですけど。「立川」や「国分寺」で暮らしている人からすると、市の南部に「東大和市駅」があるので栄えている、「東大和市」の中では。
土屋:「東大和」といえば、たしかにあそこの印象ですよ。
砂鉄さん:そうなんです。「アイススケートリンク」があるとか、ゲームセンターだったりボウリング場があったりと。
土屋:そう! 僕はそこに行っていたんですよ。あそこに行っていたんで、<「東大和市」に行ったことあります>みたいな顔して今まで喋ってたんですよ(笑)。
砂鉄さん:いやいや、そんな顔しないでよ(笑)。
つる子:(笑)。
砂鉄さん:まだ「東大和」のさわりですよ。
土屋:そうか、まだ入り口だったんだ。僕も西武ライオンズの試合を見にベルーナドームに行く時にクルマで通りますけど、水源なんですか?
砂鉄さん:水源なんですよ。場合によっては、止めますよ? 今後の23区の対応によっては(笑)。
つる子:(笑)。
土屋:ここらへんの発想は僕と似ているんですよ。
砂鉄さん:これを“土屋政権”の目玉にしましょうよ(笑)。
つる子:(笑)。
土屋:ただね、砂鉄さんの<止めますよ>の顔が怖いんですよ(笑)。
つる子:ほんとにやるぞ!って感じますね!
砂鉄さん:水を持ってるのは大きですよ。
土屋:さ「多摩湖」って半分、水が貯まってなかったりしますけど、なんかやってるんですか?
砂鉄さん:「多摩湖」と近くに狭山湖があるんですけど、水を増減させているみたいですね。
土屋:そうか、「多摩湖」と狭山湖は別か! そこもわからなくなっているな。狭山湖はどこにあるんですか?
砂鉄さん:埼玉ですよ。位置的には北部にありますね。
土屋:湖に灯台のような建物を写真で見ますけど、、、
砂鉄さん:あれは「多摩湖」です。今、ホームページでブックカバーがダウンロードできるようになっています(笑)。
つる子:めちゃ詳しい(笑)。
土屋:こういう下調べはどれくらいしているんですか?
砂鉄さん:いやいや、下調べは不要ですよね。我が「東大和市」ですから(笑)。
5、6歳の砂鉄少年「どういう顔をすれば良い子供だなと思ってもらえるかというプレッシャーが」
土屋:子供の頃、砂鉄少年はどういうお子さんだったんですか?
砂鉄さん:「東大和市」内で1回、引っ越してまして。引越した所に実家があるんですけど。その前は「武蔵大和駅」という駅がありまして。
土屋:ああ、「西武多摩湖線」だ。
砂鉄さん:線路沿いのアパートに住んでいたんですね。アパートから顔を出すと線路に電車が入ってくるカーブのところで。ホーム、線路、自分の住んでるアパートといった感じで。
土屋:へえ。あそこ、ちょっと勾配があって、坂を登ってるっぽいですよね。
砂鉄さん:カーブして電車が入ってくるんですけど、アパートから顔を出して斜めに入ってくる電車の絵をよく描いていたんですよ。
つる子:へえ。
砂鉄さん:僕が自分を素直だなと思ったのは、アパートから顔を出して父親を<いってらっしゃい!>って見送っていたんですよ。すごく良い光景じゃないですか。いつからか、通勤電車に乗ってる人に、どういう顔をすれば良い子供だなと思ってもらえるだろうかって(笑)。そういうプレッシャーというか(笑)。
つる子:プレッシャー(笑)。
土屋:そういう気持ちが芽生えたのは何歳くらいですか?
砂鉄さん:5、6歳じゃないですか。
土屋:はやっ! 5、6歳で周りにどう見られるかとプレッシャーを感じて(笑)。
砂鉄さん:父親として見たら、良い光景じゃないですか。息子が小さな窓から手を振ってね。
土屋:車内で他の乗客も見てますもんね。
砂鉄さん:<お父さんに毎朝手を振ってかわいい子だな>って、こっちはプレッシャーですよね。
つる子:毎朝は(笑)。
土屋:それは、、、素直な子と言えないのでは(笑)。
砂鉄さん:あ、言えないですか。
珍しい!? 武田砂鉄さんの地元・「西武ライオンズ」トーク
土屋:「東大和市」ということで、すぐ近くに西武ライオンズが存在していたわけじゃないですか。砂鉄さんからあまりライオンズの話を聞かないような、、、
砂鉄さん:僕も1982年生まれなんで、小学校時代が1990年代。その頃は西武ライオンズは強かったですよね。秋山、清原、デストラーデ。そして、「西武線」の中にも西武ライオンズ速報のチラシがいっぱい入っていて。
土屋:そう。それを見てみんな西武ライオンズを好きになっちゃうのよ。
砂鉄さん:そして、ファンクラブ「西武ライオンズ友の会」に全員が入っていましたよ。
つる子:全員?
土屋:ほんと入るのよ。
砂鉄さん:「西武ライオンズ友の会」に入ると、西武の帽子とバッグがもらえて。それは小学校はみんな西武ライオンズファンが多かったので。遠足の集合写真を見ると、西武、西武、たまに巨人、西武の帽子を被っていて。
土屋:そう、それくらい! 砂鉄さんも西武ライオンズ友の会に入っていて?
砂鉄さん:けっこう西武球場には行ってましたよ。「多摩湖」湖畔に住んでいたので西武球場も近かったので。
土屋:僕の時代のファンクラブは、内野席・外野席を行き放題だったんですよ。砂鉄さんの時代は?
砂鉄さん:外野のみだったと思います。
土屋:友の会が破格で、年2000円くらいで。信じられないくらい安い!
砂鉄さん:そうそう。当時の代打の切り札、安部理選手のエンタイトルツーベースのボールが自分の所に飛び込んできて、ボールをゲットして。今はわからないですけど、当時はエンタイトルツーベースはボールをくれなかったんですよ。
土屋:ホームランボールはくれたけど!
砂鉄さん:僕は涙しましたよ、ほんとに。
つる子:(笑)。
砂鉄さん:あと、今は違うけど、勝ったら選手たちが階段を上がっていくんですよね。それをバックネット裏の指定席で見ていると、選手を間近で見られるというのがありましたよね。その時に清原選手を間近で見て<ほんとにオケツがデカいな!>って。体のサイズがデカいことに圧倒されたのを覚えてますね。
土屋:砂鉄さんはライオンズファンなんですか? それとも近くに住んでいたから見に行っていただけですか?
砂鉄さん:当時はライオンズファンでしたけど、、、
土屋:当時は!? 今はどうなんですか?
砂鉄さん:今はまったく追ってない。松坂大輔選手以降は追ってないですね。
土屋:ウソなく言うところが砂鉄さん。僕だったら<ずっと追ってます!毎試合見てますよ!>って。砂鉄さんみたいな人は後で批判されないタイプ。僕は埋めないと不安で、つい言っちゃうんですよ。
砂鉄さん:で、後でバランスが崩れる。<実際見てないじゃないか>って。
つる子:(笑)。
土屋:そうなんですよ。ラジオをやってらっしゃって、どうしてこんなに間を空けられるのですか? 怖くないですか?
砂鉄さん:僕、土屋さんのラジオを聴いていて、<どうしてこの人は間が無いんだろう>って(笑)。間を怖がり過ぎるんだろうと。
つる子:(笑)。
砂鉄さん:ラジオではよく、間を空けてはいけないと言いますけど、別に1秒2秒開けようがそれで放送事故になることはないので。
土屋:そうなのよ。そこは真逆なのよ。
砂鉄さん:それは「こねくと」をYouTubeで見ていると、よく思う(笑)。間を空けられない感じがよく出ている(笑)。
土屋:怖いのよ(笑)。
砂鉄さん「“あっち”は<渋谷系、知ってる?>。こっちは<T-BOLANだ!>という戦い方(笑)」
土屋:さて、そんな砂鉄さんは、学業では「明治学院中学校・明治学院東村山高等学校」に通われて。僕も受験の候補に入れてましたね。
砂鉄さん:受けなかったんですか?
土屋:ちょっと近いところがいいなと思って。
砂鉄さん:僕は「明治学院中学校・明治学院東村山高等学校」には自転車が通っていたんですけど、けっこう珍しくて。いろんな所から通学している人が多くて。
土屋:私立の学校ですからね。
砂鉄さん:だから、多摩の学校に都会からも生徒が来るんですよね、池袋や渋谷などから。けっこう“あっち”で流行っている文化をこっちに持ち込むんだけど、、、
土屋:今、23区を“あっち”と。ここらへん、我々の多摩イズムですね!
砂鉄さん:そうですね。“あっち”の最新の文化を持ってくるんだけど、こっちは自転車通学だから。たとえば、タワーレコードとか無いし、CD屋さんも本屋さんも行けない。そうなると、僕は自転車でブックオフに行ったり、「ブックセンターいとう」という多摩地域に強い、、、
つる子:あ、「ブックセンターいとう」!
土屋:え、それ有名なの?
砂鉄さん:古本屋さん。そういう所に通って、安い文庫本やCDを買っていたから、カルチャーの時代に差が出るんですよね。古い本を買うわけだから。そうやって戦っていくしかないというか。“あっち”は<渋谷系っていう音楽、知ってる?>って。こっちは<T-BOLANだよ!>という戦い方(笑)。
土屋:なるほどね。そこで新しい文化を取り入れようという気持ちにならなかったんですか?
砂鉄さん:それって、どんな人でも中高時代を振り返ってみると、繊細なものだと思うんだけど。そういうものに追いかけていこうと思うか、まったく正反対なものにアクセスしようかって微妙なところですよね。
土屋:僕が23区に対して悔しいと思ったのは、<市外局番の東京03と略した電話番号で言われた時>と<都民の日ってあるの?>って言われたのと、新幹線の切符が西荻窪より西が使えないというのがきっかけで。そこまで23区への悔しい気持ちは無かったんですけど、砂鉄さんは23区に対する悔しい気持ちはどういうものがあるんですか?
砂鉄さん:今の土屋さんの言い方は「国分寺」の余裕っていうのかな(笑)。
つる子:(笑)。
土屋:まあまあ、新幹線の切符の話を常にするけど、それはJRを使っている人の話よね(笑)。そうだよね、それは申し訳ない。
砂鉄さん:僕は「国分寺」に出るにしても新宿に出るにしても、なかなか平日に出るってことは難しかったので。そういう方面に行こうと思っても行けなかったので。
つる子:ああ、ここにちょっと差がありますね(笑)。
砂鉄さん「何週でも行きましょうよ!」土屋「番組が乗っ取られる!」
土屋:ヤバい、もう時間だって(笑)。ええ、まだ台本の1ページしか開いてないよ!? 砂鉄さん、続きは来週ってことで。
砂鉄さん:行きましょう、来週! 何週でも行きましょうよ!
土屋:いや、2週で終わらせたい(笑)。化けの皮が剥がされるから(笑)。番組を乗っ取られるから(笑)。なので、来週までよろしくお願いします!
砂鉄さん:よろしくお願いします。