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【倉敷市】第41代倉敷小町 〜 倉敷の魅力を知って伝えたい。大学生3名の活動記録

倉敷とことこ

第41代倉敷小町 〜 倉敷の魅力を知って伝えたい。大学生3名の活動記録

倉敷美観地区など観光地が多い倉敷市では、「ハートランド倉敷」など多くのイベントが開催されます。

倉敷市内のイベントに足を運ぶと、高確率で目にするのが倉敷市の観光大使「倉敷小町」です。今風にいえば「ローカルアイドル」のような印象もありますが、人となりは意外に知られていません。

倉敷小町はどのような人が、どのような想いを持って活動しているのか。

2023年7月〜2024年7月まで活動した、第41代倉敷小町の竹垣並惠さん、亀鷹杏彩さん、山野井みのりさんに、応募のきっかけや活動終了後の今感じていることを聞きました。

倉敷小町とは

第42代倉敷小町募集チラシ(募集期間は終了)

「倉敷小町」は倉敷市の魅力をPRする観光大使です。
倉敷小町の歴史は古く、1983年(昭和58年)にさかのぼります。

毎年夏に開催されている「倉敷天領夏祭り」に華を添えることを目的に、第13回倉敷天領夏祭り(1983年)の開催に合わせて初代倉敷小町が募集されました

以来、倉敷小町は毎年選出され、2025年1月現在は第42代倉敷小町(2024年7月〜2025年7月)が活動中です。任期は初代から変わらず「1年間」

一般公募で募集されており、いくつかの条件はありますが、基本的には倉敷市在住または倉敷市内へ通勤・通学の18歳以上のかたなら誰でも応募可能です。
また、「小町」という名前から女性のみを対象としていると思われがちですが、現在は性別問わず応募できます

当初はいわゆる「ミスコン」の雰囲気が強く、女性のみ応募可能でした

倉敷小町の活動内容

活動中の倉敷小町(写真提供:倉敷観光コンベンションビューロー)

観光大使であるため、観光系のイベント出演が中心となります。

イベントは時季によって変動するため、定例業務のようなものは少ないそうですが、この記事で紹介する第41代倉敷小町(2023年7月〜2024年7月)の、おもな活動実績は以下のとおりです。

・第72回玉島まつり
・ハートランド倉敷オープニングセレモニー
・月刊くらしき情報局(スタジオ)出演
・玉島ハーバーフェスティバル
・倉敷警察署交通安全イベント司会
・〜至極の逸品~くらしきフェア
・倉敷警察署1日署長
・ツーリズムEXPOジャパン
・サンセットフェスタ in こじま
・東京倉敷ふるさと会
・倉敷警察署地域防犯ポスター撮影
・JTサンダーズ広島ホームゲーム始球式
・プロ野球オープン戦セレモニー
・第37回瀬戸内倉敷ツーデーマーチ
・瀬戸内海国立公園指定90周年記念式典

第41代倉敷小町について

第41代倉敷小町(写真提供:倉敷観光コンベンションビューロー)

では、この記事の主役である第41代倉敷小町を紹介しましょう。以下の3名です。

・竹垣並惠(たけがき なみえ)さん(21歳)
・亀鷹杏彩(かめたか あずさ)さん(19歳)
・山野井みのり(やまのい みのり)さん(18歳)

年齢は選出当時
いずれも倉敷市内在住の大学生

書類選考、一次審査、最終審査を経て、応募総数53名のなかから選出され、2023年7月22日から2024年7月15日まで活動しました。

活動終了後2名は就職活動をおこなうなど、各々忙しく過ごしていたそうですが、活動終了から数か月経って、倉敷小町の活動を改めて振り返ってもらいました。

第41代倉敷小町にインタビュー

左から亀鷹杏彩(かめたか あずさ)さん、山野井みのりさん、竹垣並惠(たけがき なみえ)さん

第41代倉敷小町の竹垣並惠(たけがき なみえ)さん、亀鷹杏彩(かめたか あずさ)さん、山野井みのり(やまのい みのり)さんに話を聞きました。

応募の経緯

──倉敷小町に応募した理由を教えてください。

竹垣(敬称略)──

天領夏祭りで知ったことがきっかけです。
自分の笑顔と倉敷への愛を生かして、生まれ育った倉敷の魅力を自分自身が知って、それを多くの人に発信したいと思いました。

あとは、貴重な経験に挑戦することで自分自身を成長させたいと思い応募しました。

亀鷹(敬称略)──

私も天領夏祭りで知ったことがきっかけです。
その後、テレビで過去の先輩がたを拝見して、本当に倉敷が好きなんだなっていうのが伝わって来ました。私も倉敷に生まれたので、魅力をもっと広げて伝えられたらと思いました。

山野井(敬称略)──

幼い頃から祖母と天領夏祭りに足を運んでいて、そのときに見かけた倉敷小町の皆さまがすごくキラキラしていてキレイで、「私もああいうお姉さんになりたいな」という想いがありました。

その後、高校生のときに、そういえばなりたいなっていうのを思い出してWebサイトを見たら、応募条件が18歳以上からだったので、大学生になってやってみようと思いました。

それで、大学1年生の夏、応募できる年になったので応募したんです。
私は短大生だったのでチャンスは1回しかありませんでした。だから、絶対受かってやろうと思って気合いを入れて臨みました。

選ばれたときに感じたこと

最終選考(写真提供:倉敷観光コンベンションビューロー)

──最終審査はプレゼンテーションだったそうですが、選出されたときにはどのように感じましたか?

竹垣──

正直自分が選ばれるとは思っていなかったので、今自分ができる最大限のことをしようと思って、最終審査に臨みました

その結果選んでいただいた瞬間は……
喜びと驚きと不安が入り混じって、これから自分が倉敷を代表する立場になるんだっていう責任を感じたこと覚えています。

それと同時に1年間の活動、これからの活動が楽しみでした。

亀鷹──

無理に自分を良く見せるっていう必要はないのかなと思い、自分にできること・ありのままを出して、このメンバーのなかで私は倉敷が一番好きなんだぐらいの気持ちを持って臨みました

選ばれたときはうれしいのと、これから1年間やっていけるかなっていう不安は正直ありました。
先代(第40代)のかたにたすきをかけていただいたんですけど、そのときに「頑張ってね」と声をかけていただいたのがうれしくて。

それで、倉敷小町になったんだっていう実感も湧きましたし、頑張ろうと思いました。

最終選考でプレゼンする山野井さん(写真提供:倉敷観光コンベンションビューロー)

山野井──

私は最終審査のときプレゼン資料をはじめて作ったんですけど、上手にできるわけないよなって最終選考前から思っていました。
でも、倉敷のなかの自分が好きなところを入れたものにしようとか、あとは自分らしさとか、何より一番大事にしたのは、ずっと笑顔でいようってことで一生懸命発表しました

なので選ばれたときは、「本当に!?」って感じで信じられなくて。
発表されたのはステージだったんですけど、観客席に家族とかいろいろな来賓のかたがたがいらっしゃって、その景色が忘れられないです。

倉敷小町の活動について

倉敷市長への表敬訪問(写真提供:倉敷観光コンベンションビューロー)

──倉敷小町として活動開始した頃はどうでしたか?慣れないことも多かったと思いますが。

竹垣──

本当にはじめての経験ばかりで、事前に原稿をもらって覚えて、限られた準備期間でベストを尽くすっていうのに最初は苦労しました。

亀鷹──

毎月私たち一人ずつでテレビ番組の担当をしていたんですが、私が最初の8月担当で慣れない浴衣&草履で美観地区を走り回って撮影しました。

暑いし、はじめてのテレビで緊張するし、もう精神的にはボロボロだったんですけど、最初は本当に失敗できないっていうプレッシャーを感じました。

山野井──

一人での仕事がすごい不安でした。
名刺を渡す練習とかをみんなでしていたんですけど、誰かと一緒の仕事だと確認しながらできて安心できるけど、一人での仕事は本当に上手くいけるかなって感じでした。

あと私、盛大にこけたことがありまして……
決まっているヒールがあるんですが、普段あまりヒールを履かないので、急いで移動しなきゃいけないときに転んで荷物とか全部広がって迷惑かけたことがあります(笑)

印象に残った活動

JTサンダーズの広島ホームゲーム(写真提供:倉敷観光コンベンションビューロー)

──印象に残っている活動はありますか?

竹垣──

私は3人でのお仕事が印象に残っていて、バレーボールチーム「JTサンダース」の試合で始球式をしたのが印象に残っています。

サインをもらったり、ハイタッチしたりさせていただきました。

亀鷹──

ニコニコ動画のお仕事が印象に残っています。
生放送で倉敷の見どころを巡っていくみたいな番組だったんですけど、途中から出演させていただいて鷲羽山ハイランドでワニの足を食べたんですけど、なかなか見た目も衝撃的で……

あとで動画を見返したらだいぶ引きつった顔をしていたので、もっと笑顔でできたら良かったなと思っています。

山野井──

防災フェアで現役の消防士さんの服を借りて、着させていただいて一緒にお写真を撮らせてもらったんですが、重くてすごい服を着てお仕事しているんだなってびっくりしました。

大変だったこと

竹垣並惠さん

──活動で苦労したことはありますか?

竹垣──

今までの学生生活で、大勢の前で話す経験はあまりありませんでした。
ところが、倉敷小町に就任したあとは、大勢の前で話す場面がたくさんあって、緊張で頭が真っ白になって言葉が詰まってしまうことがよくありました。

毎回活動が終わった後、今日も言葉詰まって失敗したな……と反省する経験が最初はたくさんありました。

──最後は成長を実感できた?

上手くいけたではないんですけど、それとなく話せたというか、良い感じに終われたなっていうのは回数を重ねていくごとに増えましたね。

亀鷹──

大阪であったツーリズムEXPOジャパンのときに、倉敷のことについて聞かれたんですけど、私は勉強不足で知らなくて……。

倉敷小町だから倉敷のことは何でも知っているよねっていう前提で、見られる・聞かれることが多かったので、もっと倉敷について勉強しなきゃなっていう意識は強くなりました。

山野井──

RSK山陽放送の番組に出演させていただいたときに、緊張してしまって、上手に喋れませんでした。
地域のかたと話すシーンもあったんですが、詰まってしまうとカットで撮り直しになってしまい、私がちゃんと覚えて言えないと撮影がずっと終わらない状況になってしまって……

私向いていないのかなって落ち込んだんですが、そこからは絶対ちゃんと覚えなきゃって心を入れ替えて、原稿を数日前にいただいたらしっかり覚えて臨むようにしました。

最後のロケが玉島だったんですが、お話も自然にできたと思うし、食レポも上手にできた感じがして、今まで積み重ねたものが発揮できたかなって思いました。

活動で得たこと

亀鷹杏彩さん

──倉敷小町の活動で得たことはありますか?

竹垣──

就職活動に小町の経験が生かせたなっていうのは感じました。

亀鷹──

最初は人前で話すことに緊張していただんですけど、小町の活動を通じて、喋ることが楽しいなって思うようになりました。

知り合いにさぬき市のケーブルテレビで働いているかたがいて、お声がけいただきニュースを読む機会をいただきました。

すごい緊張したんですけど楽しかったです。小町として活動していなかったら、挑戦できなかったと思います。

山野井──

私は1年活動してみて、初対面の人と話すことが多かったので、コミュニケーション能力が身についたかなと感じています。

あと、人前にでたり、生放送に出演したり、いろいろ経験したので、自分に自信がついた気がしました。
なので、就職活動とかしていても、今までしてきたことに比べたらあまり緊張しなくて、そういう部分でも活動が生きているなと感じました。

活動を終えて感じたこと

山野井みのりさん

──活動を終えてしばらく経ちますが、「まだ続けたかった」など、今の気持ちを聞かせてください。

竹垣──

1年という短い期間ならではの良さもあると思っています。
でも、終わった後の自分の気持ちとしては、やっぱりもうちょっとしたかったな、合計で2年したかったなぐらいの気持ちはありますね。

慣れてきた頃に終わってしまうので、自分に自信がついた頃にいろいろな活動をまたしたらまた変わったのかなっていう思いはあります。

亀鷹──

私ももう1年やりたいなっていう思いで、最後の6月・7月ぐらいは活動していました。

でも、1年で終わるからこそ、終わりを意識して最後まで背筋を伸ばして堂々とお仕事ができたのかなっていう思いもありますね。

山野井──

決められた時間だから忙しくて月に何度もお仕事があっても、やりきろう・頑張ろうって思えたところはあると思うんです。

でも、やっぱりもう1年やりかたったですね。

これから倉敷小町を目指すかたにメッセージ

──最後にこれから倉敷小町を目指すかたにメッセージをお願いします。

竹垣──

倉敷小町の活動を通しての出会い・経験の一つ一つが、自分自身を成長させる大きな糧になると思います。

なので、迷っているかたがいたらぜひ勇気を出して挑戦してみてほしいです。

亀鷹──

倉敷小町にならなければ行くことのなかった場所や、知ることのなかった情報がたくさんありましたし、1年間の活動を通して、今まで知らなかった倉敷の魅力をたくさん発見することができました。

また、自分自身も1年間小町として活動できたっていう自信にもつながると思うので、ぜひ多くのかたに応募していただけたらなと思います。

山野井──

倉敷小町として知らないたくさんの人とお話できたり、いろいろなことを教えたりすることを通して、自分自身が成長できたり、知識が増えたり、自信を持てたりしました。

あと、いろいろな場所で、いろいろなものを食べさせていただきました。
倉敷の魅力をどんどん知られたので、倉敷が好きな子はぜひやってみてほしいです。

おわりに

取材時のオフショット(語らい座大原本邸)

倉敷の魅力を伝えたいと思って応募し、活動を通じて倉敷により詳しくなり、自分自身としても成長できた

という風に、第41代倉敷小町は活動を振り返っていたと感じました。

観光PRがピックアップされがちですが、倉敷小町には倉敷のことを知り・好きだと言える人を増やすという側面もあるのかもしれません。

竹垣さん、山野井さんは2025年4月からは倉敷市内での就職が決まっているそうで、倉敷市内での就職を決めたのは小町の活動が大きかったと語っていました。

倉敷小町の経験を生かし、今後も何らかの形で倉敷の魅力を発信する活動に関わってほしいなと思います。

取材協力・撮影:佐々木敏行

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