生活保護でも介護保険は利用できる? 介護保険料や自己負担額、介護事業者の対応を解説
生活保護は、生活に困窮している方の最低限度の生活を保障し、自立を支援することを目的とした制度です。2021年10月時点での生活保護受給者数は約204万人に上ります(出典:厚生労働省「被保護者調査(令和3年10月分概数)」)。生活保護受給者の中には、高齢や障害により介護を必要とする方も少なくありません。
困窮により介護保険料を払えず、「介護保険サービスを活用することはできないのではないか」とお困りの方もいらっしゃるかもしれませんが、生活保護受給者も一定条件のもとで介護保険サービスの利用は可能です。
本記事では、生活保護と介護保険のしくみや受給者の介護保険サービス利用について解説していきます。
生活保護と介護保険サービスのしくみ
生活保護を受給している方が介護保険サービスを利用する際には、一般の利用者とは異なる仕組みが適用されます。ここでは、生活保護と介護保険サービスの基本的な内容について整理しておきましょう。
生活保護とは
生活保護制度は、生活に困窮する全ての国民に対し、その困窮の程度に応じて必要な保護を行うことで、憲法第25条に定められた「健康で文化的な最低限度の生活」を保障するとともに、自立を助長することを目的とする公的扶助制度です。
生活保護の受給要件は、資産や能力その他あらゆるものを活用してもなお生活に困窮する状態にあること。つまり、年金、手当、仕送りなどの収入や、預貯金、土地、家屋などの資産を最低限度の生活のために活用しても、なお最低限度の生活を維持できない場合に、初めて生活保護の対象になるということです。そのため、親戚による支援が可能なケース等では支給対象外となります。
介護保険サービスとは
一方介護保険制度は、原則「要支援・要介護状態となった65歳以上の高齢者」が自立した日常生活を営むことができるよう、必要な保健医療サービス及び福祉サービスに係る給付を行うことを目的とする社会保険制度です(※40歳~64歳までの、加齢に起因する特定疾患のある患者も利用可)。介護保険が適用になると、自己負担額1~3割で介護保険サービスを利用することができます。
介護保険サービスは要介護者が自宅に暮らし続けながら援助を受ける「居宅サービス」、特別養護老人ホーム、介護老人保健施設などの施設に入居する「施設サービス」、そして高齢者が地元で暮らし続けられるように支援する「地域密着型サービス」の3つに分かれています。
これらの中から、要介護者の場合は居宅介護支援事業所に所属するケアマネージャーの作成したケアプランに、要支援者の場合は地域包括支援センターの担当者が作成した介護予防ケアプランに基づいてサービスが提供されます。
介護保険は保険料により成り立っている
介護保険の給付費は、半分が保険料、残り半分が公費(国・都道府県・市町村)でまかなわれています。65歳以上が第1号被保険者に、40歳から64歳までの医療保険加入者が第2号被保険者となり、保険料の支払い義務が発生するのです。
第1号被保険者(65歳以上)の場合、保険料は毎月1回、市町村が定めた基準額に所得の段階別の割合を乗じた額を支払います。なお、2021年度から適用されている基準額の全国平均は月額6014円です。
第2号被保険者(40~64歳)の場合は、働き方によって基準が変わります。会社員の場合、月額と賞与額に対して加入している公的医療保険制度で定めた保険料率をかけた額です。この保険料は勤務先と被保険者が折半し、月給や賞与額から天引きされます。
一方、自営業者などの国民健康保険加入者は、本人の給与額に応じて市町村が定め、国民健康保険料に上乗せして徴収されます。こちらの平均額は月額約6310円で、半分は公費で負担されます。
以上のように、国民皆保険制度である日本においては、原則40歳以上の方には介護保険料の支払い義務が発生します。これは生活保護受給者であっても例外ではありません。
保険料を支払えない…生活保護受給者は介護保険サービスを利用できる?
しかし、生活保護受給者の場合、保険料の支払いが困難なケースが少なくありません。生活保護を受給するということは、そもそも最低限度の生活すら営めない状態にあるということです。そのような中で、毎月約6000円の介護保険料を負担することは容易ではありません。
生活保護受給者の半数以上が高齢者
実は、介護を必要とする高齢者こそ、生活保護を受給しているケースが多いです。
これまでの勤務先を定年で退職すると、収入も減少します。再就職するとしても、体調を崩してこれまでのように働けなくなったり、給与水準が低下することは当然見込まれます。また、自身や家族が病気になり治療費がかさむこともあるはずです。
高齢者の所得状況を見ると、貯蓄のある人とない人で大きく差がついている状況です。
1世帯当たりの平均貯蓄額が約1600万円と余裕があるように見えますが、「貯蓄がない」世帯が11.3%、「貯蓄がある」場合でも100万円以下と回答した世帯が6.4%にものぼります。
貯蓄がないままに働くこともできない場合、生活保護を受給せざるを得ないことになるでしょう。
実際、生活保護被保護者を年齢階級別に確認してみると、65歳以上が52.0%、50~59歳が13.5%。次いで19歳以下と40~49歳が9.6%、60~64歳が7.9%、30~39歳が4.9%、20~29歳が2.6%となっています(厚労省「被保険者調査」[2020年])。生活保護被保護者の実に半数以上が高齢者なのです。
これでは、介護を必要としながらも困窮し、どうしても保険料を支払えないケースも多いはずです。
とはいえ、介護保険は保険料によって成り立つ制度です。保険料を払えない生活保護受給者は、必要な介護サービスを受けられなくなるのでしょうか。
結論としては、介護保険制度では生活保護受給者に対する特例措置が設けられています。具体的には、生活保護受給者の介護保険料は、生活保護の生活扶助費の中から支払われることになっているのです。さらに、サービス利用の際の自己負担分についても、生活保護制度の介護扶助費により全額が補填されます。
以下で詳しく見ていきましょう。
65歳以上の生活保護受給者は第1号被保険者として介護保険に加入
65歳以上の場合、生活保護受給者であっても介護保険の第1号被保険者として介護保険制度に加入することになります。
介護保険の被保険者となるためには介護保険料を支払う義務があり、これは生活保護受給者も例外ではありません。ですが、こちらは生活保護受給者の場合は生活保護の「生活扶助費」に含まれる形で支給されるため、介護保険料を捻出する必要はないのです。
また、サービス利用時には1割の自己負担分が発生するものの、こちらも生活保護の「介護扶助費」として補填されます。
なお、介護扶助の請求に際しては、「介護券」の発行が必要です。これは、福祉事務所がケアプランに基づいて発行する利用者証のようなもので、1カ月ごとに更新されます。サービス提供者は介護券に記載された内容に基づいてサービス提供と請求を行うことになります。
40-64歳の生活保護受給者は特定疾病なら「みなし2号」に
なお、40歳以上65歳未満の場合は若干状況が異なります。
そもそも、介護保険の第2号被保険者となるのは40~65歳未満かつ「医療保険加入者」でした。ですが、生活保護受給者は生活保護の「医療扶助」の対象となる代わりに国民健康保険などの医療保険から除外されるため、介護保険の第2号被保険者にはなれません。したがって介護保険料の支払いももともと発生しないのです。
ただし、初老期における認知症や脳血管疾患など、老化に起因する16種類の特定疾病(介護保険法施行令第2条)により介護が必要となった場合には、「みなし2号被保険者」として介護保険サービスを利用できます。
その場合、サービス料1割の自己負担はあるものの、生活保護の「介護扶助費」として補填されるため問題なく利用できるでしょう。
介護保険料の納付方法
なお、生活保護受給者の介護保険料は、原則生活保護費から天引きされます。
かつては現金での納付が一般的であった介護保険料ですが、滞納されるケースが多発。そのため、2016年からは生活保護を受給する福祉事務所が代理で市区町村に対し直接支払うことができるようになりました。
そのため、受給者が別途納付のために手続きをする必要はありません。
生活保護受給者ではない場合「境界層制度」の活用も
先述した通り、生活保護の認定には厳格な基準がもうけられているため、生活に困窮していたとしても必ず受給できるとは限りません。そのため、受給者でなくても保険料の納付が難しいケースもあるでしょう。
その場合に利用を検討したいのが「境界層措置制度」です。
「境界層措置制度」とは、介護保険のサービス費用や介護保険料について、本来の所得段階における負担額や保険料を支払うと生活保護を必要とするが、「より負担の低い基準等を適用すれば生活保護を必要としない状態」となる場合に、より低い基準を適用して負担を軽減する制度のこと。
役所に申請し、認定されると「境界層該当措置証明書」が発行され、介護保険料の変更、高額介護サービス費の上限額変更等がおこなわれます。
生活保護受給の場合、介護サービスの利用制限がある
ただし、生活保護受給者の場合、介護保険サービスの利用に制限が設けられることがあります。というのも、生活保護はあくまでも「健康で文化的な最低限度の生活」の保護であるため、そこからはみ出ると判断される部分に関しては利用ができないのです。
生活保護受給者が介護サービスを利用する場合、サービス料が介護扶助として給付されますが、この介護扶助には支給限度額が設けられており、限度額を超える利用は、原則不可となります。したがって、ケアマネージャーがケアプランを作成する際には、支給限度額の範囲内でサービス内容を組み立て、自治体のケースワーカーの許可を得る必要があります。
例えば、仮にケアマネージャーが「訪問介護を週2回、訪問看護を週1回」が適切なのではないかと考えたとしても、支給限度額を超える場合「回数が多すぎるのではないか」と許可が出ない場合などもあるのです。また、デイサービスの利用も、一般的には週数回ですが、予算の都合から月に数回しか利用できないことがあります。
さらに、ご本人の体調が悪化した場合などの要介護度の見直しも、都度ケースワーカーの許可が必要になるため、十分なサービスを受けられない可能性もあるのです。
また、福祉用具の利用制限もあります。車椅子や基本的な歩行器など、最低限の福祉用具は支給される場合がありますが、電動車いすなど、より高度な機能を持つ福祉用具の支給は承認されにくい傾向にあります。
生活保護受給者の老人ホーム利用
生活保護を受けていても、老人ホームを利用することが可能です。
生活保護受給者の場合、まずは費用が特別養護老人ホームから探すのがおすすめです。
ただし、特養は順番待ちとなる可能性が非常に高いため、有料老人ホームの利用も合わせて検討しましょう。有料老人ホームには高額なイメージがありますが、中には低価格帯で入居できる施設もあります。
公益社団法人「全国有料老人ホーム協会」の調査によると、生活保護受給者向けに料金プランを設定している老人ホームは、介護付き有料老人ホームで9.5%、住宅型有料老人ホームで28.4%、サービス付き高齢者向け住宅で23.9%にも及びます。
「生活保護を受けているから、老人ホームは利用できない」とあきらめてしまうのは早計です。
介護事業者による生活保護受給者の受け入れ体制の整備と留意点
生活保護受給者が安心して介護サービスを利用できる環境を整えるためには、介護事業者側の積極的な対応も不可欠です。受け入れ体制の整備と、関係機関との連携強化が重要なポイントとなります。
以下では、生活保護受給者の受け入れに向けた介護事業者の取り組みについて、いくつかの留意点を交えて解説します。
生活保護受給者の特性を踏まえたアセスメントとケアプラン作成
生活保護受給者の中には、複合的な生活課題を抱えている方が少なくありません。経済的な困窮に加え、病気や障害、社会的な孤立など、さまざまな問題が絡み合っているケースが多くみられます。
したがって、単に介護ニーズの把握にとどまらず、利用者の生活状況全般を視野に入れたアセスメントが求められます。その上で、必要なサービスを過不足なく盛り込んだケアプランを作成する必要があります。
なお、先述したように介護扶助の支給限度額を超えてサービス利用する場合や、介護保険の支給限度額を超える部分の費用については、利用者本人の自己負担となります。
利用者の希望を尊重しつつ、必要なサービスを確保するというジレンマに直面することもあるでしょう。個別のケースに応じ、福祉事務所とも連携しながら、適切な方策を検討していく必要があります。
介護扶助の申請をスムーズに進めるための福祉事務所との連携
前述のとおり、生活保護受給者のサービス利用には、介護扶助の申請が必要となります。ケアプランに基づく「介護券」の発行が、サービス提供の前提となるのです。
介護扶助の申請がスムーズに進むよう、日頃から福祉事務所との情報共有や連絡調整を密に行っておくことが大切です。申請に必要な書類の準備や提出のタイミングなど、実務的な手順を確認しておくことも重要でしょう。
生活保護受給者受け入れのための職員教育と支援体制の整備
生活保護受給者の支援には、高度な専門性とともに、深い共感性が必要とされます。生活のしづらさを抱える人々に寄り添い、その尊厳を守りながらサービスを提供していくためには、スタッフ一人ひとりの理解と意識が欠かせません。
事業所内での研修や勉強会などを通じ、生活保護制度への理解を深めるとともに、受給者の抱える困難への認識を共有していくことが求められます。加えて、日々の業務の中で直面する課題を、チームで共有し、解決につなげていくための支援体制の整備も重要な課題といえるでしょう。