上原ひろみ Hiromi’s Sonicwonder、新たな冒険の始まりーー2ndアルバム『OUT THERE』で誘う「今ここではないどこかへ」
新たなる冒険の始まりだ。世界を駆けるピアニスト・上原ひろみが軸となり、アドリアン・フェロー(Ba)~ジーン・コイ(Dr)~アダム・オファリル(Tp)ら気鋭のミュージシャンと組んだバンド・Hiromi’s Sonicwonder。2023年5月、正式な作品発表前から活動をはじめ、その後リリースされた1stアルバム『Sonicwonderland』は、エレクトリック色の強いダイナミックなサウンド、そして何よりもメンバーが音楽を楽しんでいる姿が見ているものも虜にし、好評を博した。あれから約1年半、彼らから2ndアルバム『OUT THERE』が放たれた。前作に続き聴く者の体と心を自然と揺らすサウンド、耳を掴んで離さないそのアルバム構成など驚かされるポイントが随所にある、傑作が誕生した。上原が音楽活動で大切にしているのが「冒険」というキーワード。2ndアルバムという新たな冒険は、どのように始まったのか話を聞いた。ぜひ『OUT THERE』を再生しながら、読んでいただけたらうれしい。
――前回1stアルバム『Sonicwonderland』の取材をさせていただいた後、全国ツアーをはじめとしてHiromi's Sonicwonderの活動を活発化させている! という印象で拝見していました。中でも2024年夏、ブルーノート東京での7デイズ14セットライブはインパクトがありました。Hiromi's Sonicwonderのメンバーとの連続公演はいかがでしたか?
実はこのバンドでも結構連続公演は行っています。ただ同じ場所で7日間というのは珍しかったかもしれないですね。正直言うと、違う場所での7日間公演の方が大変なんですよ。
――そうなんですか? 同じ場所だと風景も変わらないので、その方が大変かと思っていました。
移動がないから体が楽なんです。もう最高でしたよ。ただただ楽しい7日間でした。
――その7デイズ14セット、毎日詰めてバンドのメンバーと過ごす中で新しい発見はあったのでしょうか。
基本いつも詰めてやっているので、あの公演の時が特別に詰まっていたわけではなかったですけど、一緒にいる時間が増えたことでお互いの調子を掴みやすいなとは思っていました。あとは……あの公演がレコーディングの直前だったんですよ。
――今回のアルバムの。
そうです。なので一番印象深かったのは、まだリリースしていない曲をお客さんの前で演奏できたことですね。ライブでは新しいアルバムから全曲披露しました。
――発売どころかレコーディング前のアルバムの曲を全部ですか?
そう(笑)。ライブの1曲目が終わった時に「『Sonicwonderland』を予習してくださった方には申し訳ないんですけど……今日はこのあとその作品からの曲はやりません」と。とにかくそのライブでは2セットで新曲を全てやるというコンセプトを掲げていました。自分たちのスタイルではライブで演奏することでどんどん曲が自分の体に入っていって、そして曲が完成するという感覚があります。やっぱりこの時にライブで披露してよかったなと思います。
――まだ世に出ていない曲を受け取ったお客さんの反応は……。
すごく喜んでいただけて盛り上がりました。しっかりと手応えを感じられました。
――そこで見えてきたことをレコーディングに活かしたりも?
曲の呼吸みたいなものは見えてきますね。ライブで演奏すると第三者的な目線で曲を見られるようになるんです。そういう意味ではレコーディング前に披露することにすごく意味があります。それこそバンドをやる醍醐味かなとも思うんです。『Sonicwonderland』もツアーを行ってからレコーディングをするという順番でしたし、自分の中では曲が誕生するために必要なプロセスですね。
――なるほど。前作のインタビュー時にはアドリアン・フェローさんとバンドをやりたいと思ったことが前提としてあって、どんな曲をやろうとかバンドとしての音像が掴めた頃にそれらの曲を形にするにあたって他のメンバーをスカウトしたとおっしゃっていました。今回2枚目のアルバムを前にしてメンバーはもう決まっていて、1枚目のアルバムで音像も形になったものがある。スタート前の背景が1枚目と2枚目で全く異なりますが、今回の制作はどのように始まったのでしょうか。
今回はバンドのメンバーたち……つまりキャスティングが決まっている状態なので、当て書きでした。彼らにどういうことを弾いてもらいたいかをイメージしながら書いていった感じです。
――そのやり方は作っている本人としては心地のいいものでしたか?
そうですね、1枚目のまだ知らないドキドキ感と2枚目のメンバーの密度が高くなっていく・バンドとして強くなっていくというのではまた違う高揚感があって。言うなれば真逆の作り方をした2枚だと思っています。
――当て書きをするにあたって、事前にメンバーと話などは?
いや、しないですね。監督・脚本は私という感じで「こういうふうにやってほしい!」と。ただそれぞれの個性や才能も十分に理解したうえで彼らを信じていますから、書いた後は自由に演じてください! と。
――この2年メンバーと活動を共にされて、それぞれどういう音の特徴を目立たせてあげたいという思いで書かれたのでしょうか。
それぞれが多面体なアーティストなので「これが!」と言葉で説明するのはとても難しいのですが、3人とも本当に「よく音を聴く人」なんですね。演奏していて誰かが何かをやれば必ず誰かが反応して、その反応に対してまた誰かが反応して。永遠にアドリブの応酬があるというか。ちょっかいの出し合いみたいな雰囲気の時もあって、そういう時は大体ライブに来ているお客さんも微笑むというかね。
――やってるぞ! と(笑)。
そうそう。なんかそういう時に、ユーモア溢れるバンドだなあ! と思うんです。
――前作のインタビュー時にライブ中にも筋なしの部分を作っていて、誰が行くか目配せでやり取りしていると。そういうハプニングもこのメンバーとなら怖くないとおっしゃっていました。
おそらく筋があることの方が苦手な人たちで、なおかつ自由に即興でやることが一番輝く人たちですから。本当にそこは自由にやっています。
――取材時はそういうハプニングもこのメンバーとなら怖いと思わないのだけど、それがなぜだかはわからないと続けられていました。2年ほど活動を共にされて、「怖くない理由」は見えましたか。
うーん……みんなどういう球が飛んできても捕れる人だから、ですかね。むしろちゃんとしたところでミットを構えていない人たちというか。
――そういう自由な人たちに当て書きするのは、監督・脚本担当としては難しさもあるのでは? と思うのですが……。
こちらとしては当て書きとはいえ、起承転結を書くくらいのイメージなんです。道筋を私が描いて、あとは自由! お任せします! と。そこにはここはあなたがリードして自由にやって、ここはトランペットで、ここはベースという具合に決めておいて。その代わり好きなことをやったら次に行くよと。
――地図でいうと曲がる場所だけを指定しておくというか。
そうですね。彼らに委ねる部分によって曲が長くなったり短くなったり、ライブだとその日によってすごく変化も大きいんですけど、起承転結の流れを作っていく中で、メンバーそれぞれの個性を立てられるような展開にすることを大事にしています。この人だったらこういうふうに面白くするだろうなという想像をして組み立てますね。
――それは彼らとライブを重ねたことで、「こういうふうに面白くするだろうな」という感覚の精度も上がっているという認識でしょうか。
やっぱりお互いの反応の仕方がわかってくるので、ライブ中にお互いを見てニヤリとする瞬間も増えてきますし、それが曲の呼吸がわかってくるということなのだと思います。
――4月にリリースとなった2ndアルバム『OUT THERE』は、曲単位でトピックスが満載です。まず1曲目「XYZ」は、上原ひろみとしてのデビューアルバム『アナザー・マインド』の1曲目に収録された曲をSonicwonderヴァージョンとしてリテイクされました。
この曲は名刺代わりにデビューアルバムの冒頭で弾いた曲でもあるし、これまでもトリオなりカルテットなり全てのバンドでカバーしていて、たくさんの人と演奏してきて曲が変わっていくのが面白い体験をしてきました。だからこそたまに再訪したくなる曲のひとつですね。
――この人とやるとどうなるのかという興味というか。
この人のドラムのグルーヴだったらどういう感じの曲に仕上がるのかなとか、リテイクするごとに毎回楽しませてもらっている曲ともいえます。
――そして2曲目の「Yes! Ramen!!」はラーメン愛が滲むチャーミングな曲ですね。
いつかラーメンの曲を書くだろうなと想像していましたけど、バンドにも本当にラーメンが好きな人たちが集まったのでついに書く時がきました。
――みんなでラーメンを食べに行かれるんですか?
みんなで行くどころか、私の目を盗んでライブ会場近くのラーメン屋さんに行ったりしているんですよ! 私の準備中にこっそり抜けがけラーメンをするメンバーたちなので、これはきっとラーメンの曲を書いたら同じ気持ちで演奏してくれるだろうなというか、気持ちが揃うなと思いました。なんでラーメンの曲を弾いているんだろう? と思われるよりは、やっぱラーメンだよね! という気持ちで演奏してほしいなと思って。
――ラーメンは最近特に日本食だというイメージになってきているので、サウンドにチャイニーズテイストが漂っていたところに「あ、そもそも中国のものだったっけ」と気付かされる一面もありました。
私が子供の頃はラーメン専門店は少なくて、ラーメンといえば町中華でした。ラーメン! 炒飯! 餃子! みたいな。そのイメージが自分の中ではとても強いんです。自分の原点にあるラーメンをサウンドで表現しました。
――メンバーたちとはラーメンの原点が少し違う感じですよね、きっと。
彼らもはじめは、とんこつしか知らなかったんです。やっぱり彼らの国だとあまりラーメンの選択肢はなくて、日本にツアーで来た時にいろいろあるよ! と教えて。ツアーで街が変わるごとにご当地ラーメンに連れて行ったことでとんこつ以外もあると知ったようでした。奥が深い食べ物だと感銘を受けたとは言っていましたね(笑)。
――ツアーでは必ず食べるものだと。
行きたいと思っていたラーメン屋さんのある街に行けて興奮していたのに定休日だったりすると……もう残念で残念で! でもツアーでご当地ラーメンを食べるのは本当に楽しみです。
――やっぱりその感覚が共有できるメンバーとラーメンの曲を奏でるグルーヴは違いますか?
ちょっと何言ってるかわかんないと思われているのとは全然違いますよね。ひろみがあれほど好きなんだから、曲を書くのもわかるよ! と。まぁ彼らもラーメンは日本が誇るべき文化だと思ってくれているので、それはよかったなと思います。
――続くのが「Pendulum」という楽曲で、今回のアルバム内でボーカル入りヴァージョンと、ピアノソロヴァージョンの2曲が収録されています。まずボーカル入りヴァージョンにシンガーソングライターのミシェル・ウィリスさんを招聘した経緯は?
単純に私が彼女のファンで。これまで関係性は何もなかったけど、彼女の歌声が合うと思って「すごくあなたの声で歌ってほしい曲があるんです」とメールを書きました。うれしいことに快諾してもらえて、一緒にスタジオに入りました。
――彼女の声で表現してほしかったことを伺えますか。
彼女の声自体がすごく好きなんです。そしてこの曲自体が持っている振り子のスイング感は、すごく彼女の歌声に合うだろうとわかっていました。そしてピアノソロを入れたのは、元々ピアノソロのために書いた曲だったのでオリジナルも入れたいという思いからです。
――なるほど。そしてこのアルバムの基軸にもなっているのが「OUT THERE」という楽曲です。これは4曲からなる組曲という形で成り立っていますが、この形になった理由を教えてください。
まず大前提として組曲を書くのが好きなんです。これまでもいろいろなプロジェクトで組曲を発表していますが、そもそも今の時代的にアルバムという形式も合っていないような感じになってきていますよね。でもまだ一定数、ちゃんとアルバムとして聴いてくださる方もいらっしゃって。だからこそアルバムとして聴いてくださる方にしか体験できない、思いがだんだん連なって、最後にその思いを遂げるようなストーリーを描きたいと思うんです。それはCDでもライブでもそうなのですが、聴く方もすごくエネルギーが要るんですよ。
――4曲トータルで聴くと完成する曲ですし、それに20分くらいはかかります。
今はドラマでもショートドラマがいいと言われたり、音楽もとにかく尺が短くなっていますよね。そういう意味ではライブに来て、久しぶりにこんな長尺のものを集中して見た・体験したとおっしゃる方もいて。気づいたら泣いていたという方もいらっしゃるんです。
――それだけ没入されたのでしょうね。
まるで自分も演奏していたかのようにお話されるんです。何かに集中するというのは、自分も並走しているんですよね。その体験時間が長ければ長いほど、その並走感は強くなる。だから組曲の3曲目くらいからは、お客さんもオンステージなんですよ。そこからどんどん没入感が強くなって、終わったら全員で「私たちもやったよ!」みたいな雰囲気があるんですよね。あの一体感は……私もいつもあの瞬間、あの4曲を一緒に並走しないと味わえないものだと思っているんです。終わった瞬間にスタンディングオベーションをしてくださるんですけど、お客さんはまるで自分にも拍手しているような感じで。あの瞬間、私もそうですけど誰もが「生きていてよかった!」というような表情をされるのが印象的です。
――それを一緒に体験しようという誘いでもあり、アルバムをトータルで聴いてもらいたいという意思表示でもあるんですね。
はい。ライブに来てくれたことがある人には通して聴いてもらえると思います。あの瞬間を覚えているから。
――それもありますけど、組曲をバラバラに聴こうということにどこか無理が生じる気がします。
ですよね? 私も組曲を聴きにくいと思うのは、途中から聴いても最終章に辿り着いた感動は味わえないんです。デートでもなんでも待ち合わせをしてそこに行くまでの気持ちの高鳴り、そして会えた! という喜びみたいなものも全て物語じゃないですか。今は本当になんでも簡単に出会えてしまうけれども、そこまで気持ちをためるというのもすごく大事なのかなと思うんです」
――しかもそれをライブで見るって、視覚と聴覚を捧げるからより没入できるのかもしれないですね。
それに音源で聴くのと違ってライブは止められないですから。もうジェットコースターに乗らされてしまっているから付き合うしかない。なので曲が始まれば没入するしかないんです。
――ジェットコースターという意味でいうと、アルバムのラストソング「Balloon Pop」はまるでジェットコースターに乗っているかのような世界を描き出していると感じました。ゲームの世界に迷い込んだような感覚にもなりましたし。これがリード曲ということは、今のSonicwonderを象徴する曲ということで間違いないでしょうか。
そうですね。すごくポップで、このメロディーが浮かんだ時にライブ後のお客さんが帰り道でこのフレーズを歌っているイメージが浮かんだんですけど、実際本当に歌って帰る人が多いらしくて。 メロディーが頭から離れないって言いながら。
――特に曲の冒頭は印象的なサウンドでした。
ライブでこの曲を披露したら盛り上がって、アンコールも終わって片付けをしているのにお客さんがずっと歌い続けてくれたこともありました。
――ちなみに組曲のタイトル「OUT THERE」がそのままアルバムのタイトルにもなっています。これはどういう意味で受け取るのが正解でしょうか。「未知の世界」という訳は正しいですか?
どちらかというと「今ここではないどこかへ」という意味合いが強いですかね。好奇心というものが自分を連れていくままにどこへでも行けるということを表現したかったのかな。それは自分が大事にしていることでもあるし、そういう気持ちになってもらえるようなアルバムだったらいいなと思いました。行ってみよう、やってみようみたいな。
――そういう冒険の精神は、バンドの軸としてずっとあるものですしね。
はい。冒険というのはSonicwonderだけでなく、本当に私の音楽人生の中でのキーワードでもあって、ずっと冒険していきたいなと思っています。ちょっとでもやってみたいなと思うならやる方を選ぶ。それは音楽を続ける中で意識していることですね。
――なるほど。最後にもうひとつ質問をさせてください。ここからSonicwonderの冒険はどんな方向へと進んでいきそうでしょうか。
そうですね……まずはこのアルバムの楽曲がどんな方向に進んでいくかによって変わると思うのですが、飛び立つ時には飛び立っていく。そんな気がしています。
取材・文=桃井麻依子 撮影=河上良