「晩酌」じゃなくて「晩ごはん」。独身呑兵衛の明るい食卓、富士見台『宮ちゃん』へ
何十年も独身を続けていて、最近ふと気が付いたことがあった。“〇ごはん”ってものを意識していない。どういうことかというと、いつのまにか朝ごはん、昼ごはん、そして夜ごはんを食べるという意識が無くなっているのだ。もちろん、朝昼晩は何かしら食べているが、独り身のせいでその食事が一体“〇ごはん”なのか考えなくなったのだ。
子供の頃だったら「朝ごはんよ~」と親に言われることもあれば、「今夜の晩ごはんは唐揚げよ」なんて会話があり、食事というものに意識を感じるだろう。さらに呑兵衛になってしまっただけに、もはや晩ごはんなんてものは完全に“晩酌”に置き換わっている。しかも、完全な独酌だ。
だからなんだという話なのだが、ふと、そんなのが寂しく思えてきた今日この頃。まあ、歳のせいだろう。
酒呑みの私が使うことはほとんどない、運転免許の更新を石神井公園駅で済ませて帰る途中。晩酌……いや、晩ごはんを食べようと二つ隣の『富士見台駅』へ立ち寄った。駅自体はどこにでもある普通の駅。控えめな商店街を進み、晩ごはんの場を探していると……おや?
ほほう、私の好きな炉端焼きですか。炉端焼きの店名といえば大抵は“お堅めの漢字”の場合が多いが、こちらは『宮ちゃん』と庶民的。いくつもテナントの入る古い雑居ビルの奥に階段があるが、そこが店の入り口のようだ。よし、ここにしよう。
階段を下り、さらに奥へと進むと……。
なるほど、ここが本殿か。雰囲気的にはスナックのイメージ。思ってたより入りづらいが……思い切って入ってみよう。
おおっ、いい雰囲気! 店の半分は焼き場を中心に半円のカウンター席が囲み、そこへザルに乗せられた食材が並ぶ、まさに炉端焼きの店そのもの。そもそも、地下空間にこれだけの炉端焼き設備があるのに驚きだ。
客はまだ私だけだったので、ステージ(焼き場)がしっかり見える特等席に座ろう。炉端焼きの店は何度も訪れているが、もうね、座るだけでテンションが上がる。おっしゃ、まずは酒で気持ちを落ち着かせよう。
市販品タイプの「ホッピー」と「氷彩」ラベルのグラスがやってきた。この組み合わせは、我が家の晩酌と同じなので落ち着く。
ごくんっ……ごくんっ……ごくんっ……、わはっ、うんまい! 絶対に中身は同じだと思うが、市販用と業務用のホッピーはちょっと味が違う気がする。市販用の方が、若干酸味があるような気がするが、気のせいだろう。
さっそく炉端焼きを……は野暮である。まずはザルの食材を吟味しながら、チビチビと飲(や)るのがいいのだ。
まずは「煮込み(辛口)」から。少し赤みのかかった煮込みに、つんもりと白色のネギが美しい。
モツは柔らかく炊かれ、そこにピリッとした刺激がたまらない。闇雲に辛くしたわけではない、洗練された辛さだ。
続いて「馬刺し」がやってきた。カチカチに凍ったままのものではなく、少し白みがかったミルキーなビジュアルの馬刺し。
箸でデロンと持ち上げ、そのまま舌に乗せる──ウマいっ! ネットリとした歯触りと赤身肉の鋭い旨味。馬刺しは柔らかすぎず、これくらいの弾力がある方が断然ウマい。
さて……時は来た。焼き場には火が入り、じわじわと私の顔面も熱くなってきた。赤外線は食材の表面を短時間で高温に加熱するため、旨味を閉じ込めるからおいしいらしい。それと、目の前でじんわりと焼かれているところを見ることもおいしさの付加価値になるのだろう。
焼きあがった順に、バケツリレーのようにいただくのが正解。先発の「焼き鳥タレ」は、正肉とネギのいわゆるネギマ。あふれる肉汁とネギのコラボがたまらず、“丹精込めました”がよく似合う一品。
30歳くらいまで苦手だった「ピーマン」の美しきことよ。今では生でもバリバリ食べれるくらいだが、やはり火を入れるとさらに旨い。絶妙な火加減で、こんがりと焼かれた焦げ目がおいしい。
これはある意味“問題作”な「納豆焼き」ですよ。滅茶苦茶ウマい! ひと口食べると、誇張抜きで「パリッ」という衣の弾ける快音が店内に鳴り響き、中のコモコモとした温かい納豆がべらぼうに旨い。これが赤外線の力なのか……いよいよ、自宅にも焼き場を設置したくなってきた。
しばらく楽しんでいたが、客はまだ私だけ。地下炉端焼きの静かな雰囲気──こんな素敵な空間を独り占めしているみたいで、うれしくなっちゃう。
無論、まだまだ続く。ここで「うるめいわし」のナイスチョイス。塩っぱい! ……が、これがイイ!
カミカミしていると、どんどんイワシからグルタミン酸の旨味成分が染み出してきて、文字通りいい塩梅(あんばい)になる。
これぞ“和の美”と言わんばかりの「ささみシソ巻き」に惚れ惚れする。鶯色にさらりとかかった黄金色のタレが、とにかく美しい。
淡白だが上品なささみの旨味と、ツンと鼻を抜ける紫蘇葉が抜群に合う。毎度ながら、ささみとシソの組み合わせを最初に考えた人はノーベル グルメ学賞だと思っている。
最後に試したかった、大好物の「レバ」をいただく。角の立ったレバは新鮮な証。これまでで一番焦げ目が強いが、これがまた素晴らしいのひと言。カリッとした表面から、ポクポクとしたレバの仕上がり。焼き鳥やささみシソ巻きといい、どの串にも合うタレが秀逸だ。
いやあ、炉端焼きって最高だ。
「お会計をお願いします」
結局、1時間ほど居て最初から最後まで客は自分だけだった。せっかくなのでマスターとも話してみたいな……と、思っていると、マスターがお釣りを持ってくるついでに言った。
「晩ごはんですか?」
咄嗟に「そうです」と答える。酒場でこんな言葉をかけられたのは、おそらく最初で最後かもしれない。その瞬間、酒場へ酒を飲みに来ていただけが、酒場へ晩ごはんを食べに来たに気持ちが変わった。
うれしいような、懐かしいような、でもちょっと切ないような……この感じ、なんだか悪くない。これからは、晩ごはんや昼ごはんを食べに行く感覚で酒場へ訪れてみよう。
私の心は、炉端焼きのようにじんわりと温められたのだ。
宮ちゃん(みやちゃん)
住所: 東京都練馬区富士見台2-18-9
TEL: 03-3926-3938
営業時間: 17:00~24:00
※文章や写真は著者が取材をした当時の内容ですので、最新の情報とは異なる可能性があります。
取材・文・撮影=味論(酒場ナビ)
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