「自然派」に沼っていた私の過去
ライター仲間の山田ノジルさんが原作を手がけた「ママ友は『自然』の人」というコミックを読んだ。
単行本は一冊で話が完結しているが、すくパラ倶楽部という育児サイトで、話の途中まで読むことができる。
漫画の主人公である歩美は、義実家で孤独な子育てをしていて、とあるママサークルに参加したことをきっかけに、どんどん自然派と呼ばれる思想に染まっていく。
食品添加物は悪者だと決めつけ、市販のお菓子を子供に与えないようにしたり、子供のアトピーに医薬品を使わず、体質改善のため「国産」で「オーガニック」な食品にこだわるようになったり...。
読みながら、胸がチクチク傷んだ。私にも身に覚えがある内容だったからだ。
すでに成人しているうちの子たちがまだ幼かった頃、私は育児に懸命になるあまり、「自然派」の沼にハマっていた。
自然派は、一度傾倒すると、どんどん深みにハマってしまう。なぜなら体にも環境にも「よいこと」「正しいこと」をしているはずだから。何より、「子供を思って」の行動なのだから。
沼にはまるきっかけは、息子のアトピーを生後3ヶ月目の乳児検診で相談したことだった。
季節は冬で、実家の母が手編みしてくれたウールのセーターを息子に着せていたところ、チクチクしてかゆかったのか、毛糸が当たるあご周辺の肌が赤くなってしまった。ベビーオイルや低刺激制の乳液を塗ってみたが、良くならず、肌の赤みは広がるばかり。
医師は特に何も言わなかったが、横にいた看護師さんが
「市販のスキンケアグッズは肌に悪いから、使わないほうがいい」
と言ったのだ。その一言を、私は真に受けた。医療従事者の言葉なのだから、間違いないと疑わなかったのだ。
今にして思えば、その看護師さん自身が自然派だったのだろう。医療の世界にもそういう人はいる。
とはいえ、「市販のスキンケアグッズを使ってはいけない」のであれば、どうやって息子の肌をケアすれば良いのか分からず、肌荒れはひどくなっていった。幸い父が医師だったので、実家に帰省したタイミングでステロイドを塗ってもらい、あっという間に息子の肌はキレイになった。
けれど、その時にも「ステロイドはなるべく使わないほうが良い」と父に注意されたことで、かえって「医薬品に頼ってはいけない」という思いを強くしてしまったのだ。
また、結局のところステロイドは対症療法でしかなく、根本的な解決にならない。息子の肌は敏感で、ちょっと汗をかいただけでもかぶれ、首や腕の関節、膝の裏側がいつも荒れていた。
私が息子のアトピーに悩んでいた頃、親しかった友人たちも、程度の差はあれ自然派に傾倒していた。
当時は『経皮毒』という本がベストセラーになり、世界的ポップスターのマドンナがマクロビオティックで体調管理をしていることも話題になっていたので、それが世の中全体の流行りだったのだろうか。
そういう時代の空気の中で、親しい友人の一人が私に薦めてくれたのは『お風呂の愉しみ』という書籍だった。本で紹介されているレシピを参考に石鹸やスキンケアを手作りしていると聞き、私も真似をすることにした。
オリーブオイル石鹸やラベンダークリーム、はちみつローション、コーンスターチをベースにしたベビーパウダーを手作りし、「天然のものこそ肌にいい。口に入れてもよいものなら、肌に塗っても安心」だと信じて、せっせと息子に塗っていた。
今ふりかえると、「なんて危険なことをしていたのだろう」と冷や汗が出る。食品を肌に塗るのは、重篤なアレルギーを発症するリスクがある危険な行為なのだ。
でも当時の私は、危険どころか「安全で良いこと」だと思い込んでいた。
さらに、同じ社宅に住んでいたママたちがみんな生協の宅配を利用していたので、私も仲間に入り、自然派食品を取り入れるようになっていった。
その生協のカタログで紹介されていたのが『食品の裏側』という本だ。本の内容に衝撃を受けた私は「食品添加物は悪! 食品添加物がアトピーを悪化させる!」と思い込んで、子供から市販のお菓子を取り上げ、「無添加」のオヤツを手作りした。
自然派を追い求める私の周りには、さらに強烈な人たちもいた。
「ワクチンを打たず、自然に感染させるのがいい」と言い、感染症の子どもとわざと遊ばせるママ集団。
「高分子吸収体が使われている生理ナプキンは体を冷やすから、オーガニックコットンの布ナプキンじゃないとダメ」と声高に言う人。
「経皮毒が怖いから、 ミネラルファンデーションじゃないと危険」と断じる人。
「市販のシャンプーやボディソープを使っていると、化学物質が体内に蓄積して、羊水からシャンプーの匂いがするようになる」
などというキテレツな都市伝説も、何人もの友人たちから聞かされた。
みんな、何がそんなに不安だったのだろうと思うけれど、根っこにあったのは「家族への気づかい」なのではないだろうか。
「大切な家族に健康であってもらいたい」「自分自身も健康を維持して、家族のために尽くしたい」という思いが原動力なのだ。
私も、食事とおやつは手作りして、にんじんジュースに玄米食…と頑張った。
そうしたエスカレートが止まったきっかけは、3歳になった娘から「白いご飯が食べたい」「白いご飯の方がおいしい」と言われたことだ。
ひょっとしたら息子もそう思っていたのかもしれないが、「自分のためにやってくれてる」と思うと、母親である私のすることに不満があっても、言い出せなかったのかもしれない。後から生まれた娘は、「嫌なものは嫌」だと素直に主張する子だった。
また、時を同じくして夫の転職で生活が苦しくなり、私も働き始めたことも、自然派から遠ざかった理由だ。
ほぼワンオペでの家事育児に、週5日勤務の仕事まで加わると、石鹸もおやつも手作りなんてしていられない。「ていねいな暮らし」を続ける余裕はなくなり、自然派へのこだわりも次第に薄れていった。
あの頃は、健康よりも経済的な不安が先にたち、地球環境よりも目の前の暮らしで頭がいっぱいになっていた。
肝心の息子のアトピーは、自然派で頑張っていたころも、自然派をやめてからも、良くなったり悪くなったりを繰り返した。何をしても抜本的な解決にはつながらず、あまりひどくなる時はステロイドに頼って、年齢を重ねていった。
今や25歳になった息子の肌は、すっかり綺麗になっている。アトピーは大人になると治るというが、結局、息子の場合も成長とともに改善していったように思う。
私が自然派に傾倒していた頃は、まだSNSがなかった。
漫画に登場するママたちのように承認欲求をこじらせ、大炎上することもなく、ただ閉じた世界で信じ込み、こだわり続けていただけだった。 それは、きっとラッキーなことだったのだろう。
今では、私はすっかり自然派から遠ざかっている。
それでも、化学調味料を使わないご飯は今も好きだし、天然素材の服も好きだ。自然派そのものを完全否定するつもりはない。大切なのは、現実と折り合いをつけるバランス感覚だと思う。
真面目で一生懸命な母親ほど、ズレた方向にも一直線に突っ走ってしまう。
その気持ちは痛いほどわかるし、責める気にもなれない。
かつての私のようなお母さんは、今もきっと日本中にいる。そして、心のどこかで「これでいいのだろうか」と悩みながらも、子どものことを思い、家族の健康を願って、今日も頑張っているのだろう。
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【著者プロフィール】
マダムユキ
ブロガー&ライター。
「Flat 9 〜マダムユキの部屋」管理人。最近noteに引っ越しました。
Twitter:@flat9_yuki
Photo by :Kawin Harasai