新潟あっさり醤油ラーメンのおいしさを、東京で伝えたい。板橋区役所前『中華そば うめ川』梅川幹人さん【上京店主のふるさと噺】
地方から上京し、故郷の味を東京で伝えるべく奮闘する店主たちに聞く「上京店主のふるさと噺」シリーズ。第4回は、新潟5大ラーメンのひとつを味わえる店『中華そば うめ川』だ。新潟県新潟市出身の店主・梅川幹人さんが、惚(ほ)れ込んだ味を広めるべく上京した物語を聞いた。
新潟5大ラーメンとは?
ラーメン消費量が日本一の自治体は山形県山形市、というのはラーメン好きならばよく知るところだろう。では、2位はどこでしょう? 2024年の総務省家計調査によると、正解は新潟県新潟市。1位の山形がダントツではあるものの、新潟も正真正銘のラーメン大国であり名店ひしめく激戦区なのだ。
その証拠というべきか、新潟5大ラーメンと呼ばれているものがある。長岡生姜醤油・燕背脂・新潟濃厚味噌・新潟あっさり醤油・三条カレーの5つで、ラーメン評論家の石神秀幸氏が定義し名付けたそう。ご当地ラーメンといえばなにか1つというのが一般的だと思うが、5つもあるというのがさすがは全国2位の貫禄! それぞれに誕生の経緯や浸透するまでの物語があり、新潟県のラーメン愛の深さがうかがえる。
新潟市にある『中華そば 来味(らいみ)』は、そんな5大ラーメンの1つ「新潟あっさり醤油」が看板メニューの店。メディアにもしばしば登場する人気店だが、その味を受け継いだ店が実は東京にもある。それが、板橋に店舗を構える『中華そば うめ川』だ。
「こんなにおいしいものを、ここで終わらせていいのか」
地下鉄三田線の板橋区役所前駅から王子新道を東へ。石神井川に向かって下り坂になっているあたりに『中華そば うめ川』はある。ここはもともとは2014年に『来味』の板橋店としてオープンし、店長の梅川幹人さんが2020年に独立し『うめ川』となった店だ。
新潟市出身の梅川さんは、バーテンダーとして働いていた20代半ばのとき、『来味』が人手を求めていることを知った。「どうせ雇われて働くなら、尊敬できる人のところで働きたいと思ったんです」と梅川さん。『来味』の創業者である社長には人として憧れを持っていたこともあって、ラーメンの世界へ飛び込んだ。もちろん『来味』の味には長らく親しんできて、好きなラーメンはやっぱり「新潟あっさり醤油」。「自分が『来味』の一番のファンだと思います」と胸を張る。
やがて、「こんなにおいしいものを、ここだけで終わらせていいのか?」という思いが募りはじめる。それを社長に伝えたところ、奇しくもその店舗が立ち退きを迫られて新たな展開を模索するタイミングだった。
「どこへでも行きますよ!と言いました」と梅川さん。それまで個人的に上京を考えたことはあまりなかったというが、「新潟市内でやるのと東京でやるのとでは、影響力が違う。広めたい、伝えたい、という思いでした」。『来味』の東京出店が決まり、梅川さんはその店長として新潟を飛び出すことに。40代にして新天地での挑戦が始まった。
そうして「中華そば 来味 板橋店」が2018年にオープン。東京に来たら来たで難しさもあったが、地域に根付く店になるべく試行錯誤を重ねた。やがて、お客さんの反応を見ながら柔軟にハンドリングできるようにしたいという考えが生まれ、2020年に独立。同じ場所で『中華そば うめ川』として再スタートを切ったのだ。
透き通ったスープと“ラーチャン”文化を堪能すべし
そんな『中華そば うめ川』の看板メニューは、なんといっても中華そば。正真正銘の「新潟あっさり醤油」で、透き通った琥珀色のスープが美しい無化調の一杯だ。
風味を重視するスープは、千葉県産のイワシの煮干し出汁がメインで少し昆布出汁を足している。タレには新潟県産の生醤油を使用。ひと口すすると、その淡い色合いからは想像もつかないほどの豊かな香りと旨味に驚かされる。「あっさり醤油」と呼ばれてはいるけれど、その土台を確固たるコクが支えていて、全くもって単純ではない「あっさり」なのだ。
麺は『来味』の自家製麺を新潟から直送してもらっている。独立直後は別の製麺所の麺を使っていたこともあったが、納得がいかず『来味』の麺に戻したのだとか。「あれこれ試したのですが、やっぱり『来味』の麺は香りも食感も違います」。
このラーメンとセットで味わいたいのがチャーハン。新潟名物の、いわゆる“ラーチャン”である。
「ラーメンとチャーハンのセットって普通じゃん」と思うかもしれないが、ラーチャンは少々感覚が違う。ラーメンにプラスでチャーハンがつくのではなく、セットで食べることを前提に味付けしているのだ。だからチャーハン単品のメニューはなく、中華そば系以外のものにチャーハンをつけることもできない。
チャーハンを頬張っていると、その香ばしさとパラパラ具合が汁物を欲して思わずスープに手がのびる。「ラーメンだけでは足りないからチャーハンも」ではなく、組み合わせ自体を楽しみたいと思える相性のよさだ。
ここ東京の地で、挑戦はまだまだ続く
上京してラーメン店を営むことに関して「自信しかありませんでした。失敗することは考えていなかった」と話す梅川さんだが、もちろんラーメン以外の東京のことは右も左もわからない状態。東京では、野菜や米、日本酒の値段の高さに驚いたという。「地元では農作物のおすそわけをもらうことが多く、自分で買う機会が少なかったんです」。
一方で、東京だからこその魅力もしみじみと実感している。「店の営業後に東京ドームへライブを観に行くことができて感激しました。いろんな国や地域の人がいて、そういう人の話が聞けるので、知識も増やせるのがいいですよね」。
そんな梅川さんが心がけているのは、日々の仕込みに手を抜かないこと。そしていずれは、豚骨や貝出汁など他のジャンルにも挑戦してみたいという。
この店にやってくるのは近所の住民からラーメン好きまでさまざまだが、新潟の『来味』に通ってくれていたお客さんがわざわざ食べに来てくれたこともあるとか!「出張や旅行ですかと聞いたら、『これを食べに来た』と言っていました。そういう方がいると、がんばってきてよかったなと思いますね」。
新潟市が誇る一杯を携え、ラーチャン文化も引き連れてきた梅川さんの上京は、人を呼ぶ力をも持ったものなのかもしれない。
中華そば うめ川(ちゅうかそば うめかわ)
住所:東京都板橋区板橋3-44-6/営業時間:6:00〜9:00・11:00〜14:00LO・17:30〜19:30LO(なくなり次第終了)/定休日:月の朝・夜、火/アクセス:地下鉄三田線板橋区役所前駅から徒歩6分
取材・文・撮影=中村こより
中村こより
もの書き・もの描き
1993年東京生まれ、北海道育ち。中央線沿線に憧れて三鷹で暮らした後、坂のある街に憧れて現在は谷中在住。好きなものは凸凹地形、地図、路上観察、夕立。挑戦したいことは測量と東海道踏破。