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『東西の奇怪な人魚伝承』食されたザン、予言する神社姫、皮を奪われたセルキー

草の実堂

画像 : 葛飾北斎画『椿説弓張月』より「人魚図」。人魚の下に描かれている生物が、沖縄のジュゴンと解釈されている。public domain

「人魚」とはその名の通り、人間と魚をかけ合わせたような怪物であり、神話や幻想の世界においてポピュラーな存在の一つだ。

同類の「半魚人」と違い、人としての要素が前面に出ており、美しい姿をした者が多い傾向がある。
特に上半身は人間、下半身は魚のものを、人魚と呼ぶことが多い。

今回は、世界各国に伝わる「奇怪な人魚伝承」をいくつか紹介したい。

1. ザン

画像 : 葛飾北斎画『椿説弓張月』より「人魚図」。人魚の下に描かれている生物が、沖縄のジュゴンと解釈されている。public domain

ザンは、沖縄県などに伝わる人魚である。

沖縄では、たまに獲れる珍味として、ザンが食されていたそうだ。
しかし「漁師がザンを家に持って帰ると、家族が不幸に遭う」と信じられていたので、浜で食べなければならないという掟があったとされる。

その正体は、水生哺乳類である「ジュゴン」ではないかと考えられている。
かつて沖縄ではジュゴンの肉を食べる習慣があり、その味は非常に美味であったとのことだ。

また、石垣島では次のようなエピソードが伝わっている。

(意訳・要約)

昔、若い漁師たちが浜辺にいたところ、海の向こうから女の声が聞こえてきた。
そこで舟を出して声のなる方へ赴き、網を放ってみたところ、なんとも美しいザンが掛かったではないか。

漁師たちは大喜びで、ザンを食うため家に持って帰ろうとした。
するとザンは涙を流し命乞いをしてきたので、漁師たちは不憫に思い、海へと帰すことに決めた。
ザンは去り際に、「まもなく津波が来るであろう。高台へ逃げるがよい」と漁師たちに言い残し、海中に消えていった。

こいつは大変だと、漁師たちは急いで集落に戻り、人々にこの事を伝えた。
やがて、今まで見たことがないほどの巨大な津波が、石垣島を襲った。
ザンの言うとおりに山へと逃れた人々だけは、なんとか命拾いすることができたという。

2. セルキー

画像 : あざらしの皮を脱ぐ海辺のセルキー wiki c Carolyn Emerick

セルキー(Selkie)は、スコットランドのオークニー諸島やシェトランド諸島に伝わる、人魚のような妖精である。

その姿はアザラシそのものであるが、陸地に上がるときは皮を脱ぎ、人間の姿になるとされる。

セルキーの雄はとてつもない美男子であるが、救いがたき好色家であり、特に他人の妻を寝取ることを好むとされている。

一方、セルキーの雌は、これまた絶世の美女であるが、積極的に男を漁るようなことはしない。
むしろ人間の男の方がセルキーの美貌の虜になり、何とか肉体関係を持とうと躍起になるという。

典型的なセルキーの伝説として「人間の男が、雌のセルキーの皮を奪う」というものがある。

皮がなければ、セルキーはアザラシの姿に戻ることができず、海へと帰れなくなる。
皮を質草にとられたセルキーは男の言いなりになるしかなく、なすすべなく体を許したり、嫌々結婚させられたりするという。

当然そこに愛など存在しないので、セルキーは皮を見つけ次第、すみやかに海へと帰るそうだ。

3. 神社姫

画像 : 神社姫 public domain

神社姫(じんじゃひめ)は、肥前国(現在の長崎・佐賀)に出現したとされる、人魚のような怪物である。

江戸時代の医師、加藤曳尾庵(1763~?)が著した『我衣』にて、その存在が言及されている。

文政2年(1819年)、肥前のとある浜辺に、奇妙な魚が現れたという。
その姿は全長が6メートルほどもあり、深紅の腹と、二本の角を生やした人間の顔を持つ、異形であった。
怪魚は、目撃者である漁師の八兵衛に向かって、次のように語りかけた。

「私は竜宮城から来た神社姫と申す者です。これから7年ほど豊作が続くでしょう。ですがその後は、コロリという奇病が流行ります。しかし、私の写し絵を見ればコロリに感染しなくて済みます。ついでに長寿も得られるでしょう」

コロリとはコレラを指しているようにも思えるが、コレラが日本で初流行したのは3年後の文政5年(1822年)だとされているので、赤痢という説もある。

コレラも赤痢も、当時は極めて致死率の高い病気であり、非常に恐れられていた。

現在の日本では、ほとんど感染することはなくなったが、海外ではいまだに猛威を振るっている場所もあるので、旅行の際には注意が必要である。

4. トリトン

画像 : トリトンの図 public domain

トリトン(Triton)は、ギリシャ神話に登場する神のごとき人魚である。

父である海の神「ポセイドン」は、好色で破壊的な恐ろしい神であり、荒ぶる海そのものの象徴であった。
一方、息子のトリトンは暗く重苦しい、海の深淵をつかさどる神だとされる。

波を自在にコントロールする力を有し、手にした法螺貝を吹くことで、どんな高波をも即座に鎮めることができたという。
また、法螺貝は「獣の咆哮」のような、悍ましい音色を上げるとされる。

かつて、神々と巨人族との間で勃発した大戦争「ギガントマキア」の際、トリトンは法螺貝をけたたましく吹き鳴らし、巨人たちを戦慄させたという伝説が残っている。

トリトンは後年、神というよりは、一つの「種族」として扱われることが多くなり、次第に男の人魚=トリトンだと解釈されるようになった。

画像 : 下半身がエビのトリトン public domain

その姿も次第に変化を遂げ、翼を持つものや馬の脚を備えるもの、さらには下半身がもはや魚ではないものなど、さまざまな形態のトリトンが描かれるようになっていった。

このように「人魚」という存在は、洋の東西を問わず、時代や文化によって異なる姿と物語を纏いながら、今もなお人々の想像力をかき立て続けているのである。

参考 : 『我衣』『本朝世事談綺』他
文 / 草の実堂編集部

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