「イネゴチ」と「ワニゴチ」の見分け方 同定の際に注目すべき3つのポイントとは?
イネゴチは日本の太平洋岸で釣れるコチ科の魚です。このイネゴチは陸からの釣り、船釣り、ボート釣りなどさまざまな釣りで釣れてきますが、よくワニゴチと誤同定されることがあります。この記事では、見た目がそっくりなイネゴチとワニゴチの見分け方をご紹介します。
(アイキャッチ画像提供:椎名まさと)
コチ科の魚たち
スズキ目・カサゴ亜目・コチ科の魚は頭部や体が平べったく、背鰭は2基あるなどの特徴を有する、口の大きな肉食性の魚です。
世界ではインドー中央太平洋、そして東大西洋(1種のみ)から83種、日本からは20数種が知られています。その20数種のうち大型になるマゴチやヨシノゴチ、イネゴチ、ワニゴチといった種は食用魚として、また釣り魚として価値が高く、よく知られている魚です。
しかしながらこれほど有名で人気のあるコチ科の魚でも同定は難しいことも多く、とくに小型の種の同定は極めて難しいものです。
一方やや大きくなるイネゴチも、ワニゴチなどと誤同定されることがあり、コチ科の同定は難しいものだと認識させられます。
イネゴチ
イネゴチ Cociella crocodila(Cuvier, 1829)はコチ科イネゴチ属の魚です。体色や斑紋に変異がありますが、概ね体側には小さな黒い斑点が多数入っています。
また、生きているときや、死後あまり時間がたっていないときなど白い帯が入ることも多くあります。
全長50cmになる大型種ですが、全長25cm以下の個体の生殖巣は精巣の背面に薄い卵巣が見られる両性生殖巣であるとされています。
一方大型個体(全長34cm~)になると雄から雌に性転換するという生活様式をもっています。
ワニゴチ
ワニゴチ Inegocia ochiaii Imamura, 2010はコチ科トカゲゴチ属の魚です。以前からその名前は知られていましたが、新種記載されたのは2010年です。
これまで本種の学名は Inegocia guttata とされていましたが、これはイネゴチの異名であることがわかり、この魚に適用される学名がないことから、新種として記載されました。イネゴチ同様全長50センチを超える大型種です。
なお、ワニゴチの含まれるトカゲゴチ属の学名は Inegocia ですが、イネゴチはその中に含まれていないので注意が必要です。
イネゴチとワニゴチの見分け方
イネゴチは釣り人にとっても、船釣り、ボートからの釣り、おかっぱりからの投げ釣り・ルアー釣り、あるいはサイマキ(クルマエビの子)などを使ったマダイ釣りなどのゲストでお馴染みの魚ですが、しかしながらしばしばワニゴチと誤同定されています。
この2種はいくつかの特徴により、比較的容易に識別することができるでしょう(少なくともマゴチとヨシノゴチよりは簡単)。
吻の長さ
まず吻の長さはワニゴチのほうがイネゴチよりも長いです。イネゴチの吻長は頭長の26.6~29.3%であるのに対し、ワニゴチでは31.7~34.9%もあります。
もっとも、これはある程度イネゴチやワニゴチを見た人でないと、この2種を見ただけでは判断しにくいところがあります。逆にある程度この2種を見たことがある人ならば、吻長や頭長を計測しなくても判断できてしまう場合もあります。
間鰓蓋部の皮弁
間鰓蓋部の皮弁の有無も、イネゴチとワニゴチを識別するポイントのひとつです。ワニゴチにはこの皮弁があるのに対し、イネゴチにはこの皮弁がありません。
ワニゴチと同属の魚で属の標準和名にもなっているトカゲゴチにもこの皮弁がありますが、イネゴチ属のミナミイネゴチにも同様な皮弁があるとされ、この皮弁は属を分ける特徴とはならないようです。
なお、ワニゴチと同様に大型になるエンマゴチという種(日本では八丈島・琉球列島に分布)にも間鰓蓋部に皮弁がありますが、エンマゴチの皮弁はワニゴチよりも幅が広く、その先端が波打っているので見分けることができます。
またワニゴチは眼後方にくぼみがなく(エンマゴチにはある)、吻に鼻棘がある(ない)などの特徴でも見分けることができます。
虹彩皮膜
眼の上にある虹彩皮膜もイネゴチとワニゴチでは大きく異なっています。
ワニゴチが新種記載された文献にはイネゴチと識別できる特徴として掲載されていませんが、ワニゴチにはよく発達し、樹枝状に枝分かれした虹彩皮膜がありますが、イネゴチではそのようになっていません。
ただしワニゴチでも幼魚の虹彩皮膜は単純で枝分かれしていないので注意が必要です。
このほかのコチ科魚類ではメゴチ、ハナメゴチなどが単純な虹彩皮膜をもち、オニゴチやアネサゴチ、セレベスゴチといったコチ科魚類が複雑な樹枝状の虹彩皮膜を持っています。
コチ科の同定については虹彩皮膜の形状は重要な同定形質となるので、しっかりと撮影しておきましょう。
分布域について
分布域はイネゴチは青森県太平洋岸・秋田県~九州南部(基産地は長崎)、瀬戸内海で、ワニゴチは房総半島以南の太平洋岸(基産地は高知県柏島)、八丈島、屋久島でまれに瀬戸内海、若狭湾以南の日本海に分布しています。
この2種においてはワニゴチのほうが南方性なのかもしれませんが、どちらの種も琉球列島には生息しない、少なくとも標本はないとされています。
イネゴチは国外ではインド-西太平洋の広域に分布しているともされますが、古い記録のものはイネゴチとミナミイネゴチが混同されている可能性があり、注意が必要ともされます。
なお、今回掲載したイネゴチとワニゴチの産地は、イネゴチは愛知県西尾市一色漁港、および長崎魚市場、ワニゴチは福岡県津屋崎漁港、および長崎魚市場となります。イネゴチもワニゴチもどちらも市場に出ており、マゴチと比べると概ね安価です。煮つけや焼き物、大きいものは刺身でも美味とされます。
コチ科魚類の同定は難しい
コチ科の魚は意外にも種が多く、また互いによく似ているものが多いこともあり、同定が難しいこともあります。
コチ科の同定は、この記事で紹介したように眼の虹彩皮膜の形状、頭部の棘の形状や数、側線鱗の棘の有無、間鰓蓋膜の皮弁の有無などによって行われることが多く、ただ背面から写真を撮影しただけでは同定は困難なことが多いのです。
また、同定に使える資料を手に持っておくことも重要です。しかし、筆者は主に「日本産魚類検索 第三版」を 使用して同定していますが、この本は現在では入手は難しく、また中古で販売されていてもかなり高額なものになってしまっています。
同定するための情報を得ることが困難という意味では、コチ科魚類の同定をすることは現状、かなり難しくなっているともいえます。
参考文献
・Imamura H. 2010. A new species of the flathead genus Inegocia(Teleostei: Platycephalidae)from East Asia. Bull. Natl. Mus. Nat. Sci.,(Ser. A)Supplement No. 4: 21-29.
・Smith M.M. and P.C. Heemstra(eds.)1986. Smiths’ sea fishes. Springer-Verlag, Berlin.ⅩⅩ+1047 pp.
・山田梅芳・時村宗春・堀川博史・中坊徹次(2007)、東シナ海・黄海の魚類誌、東海大学出版会、IXXVi+1262pp., 54pls.
<椎名まさと/サカナトライター>