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<特集>今、時代劇が熱い! 第三弾 主演北大路欣也が語る「三屋清左衛門残日録」~時代劇にはまだまだ未来がある~

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<特集>今、時代劇が熱い! 第三弾 主演北大路欣也が語る「三屋清左衛門残日録」~時代劇にはまだまだ未来がある~

時代劇専門チャンネルオリジナル時代劇の世界
第三弾
藤沢周平原作時代劇「三屋清左衛門残日録」の章 

主演北大路欣也が語る「三屋清左衛門残日録」
~時代劇にはまだまだ未来がある~

取材・文:二見屋良樹
企画協力・写真&画像提供:日本映画放送

 
 主人公・三屋清左衛門を演じる北大路欣也は「清左衛門は私の理想であり、憧れの人物」と言う。本シリーズは、俳優・北大路欣也の代表作の一つに挙げられる。70年近い芸歴を持ち、現在も第一線で活躍中の北大路欣也が、藤沢周平原作の時代劇「三屋清左衛門残日録」の魅力を語る。 

「60代半ばのころ、三屋清左衛門をやってみないかとのオファーをいただきました。仲代達矢さんが以前演じていらしたドラマ「三屋清左衛門残日録」を大変面白く拝見していて、いずれは演じてみたい役だと思っていたのですが、当時はまだ、人間としても俳優としても三屋清左衛門を演じきれる境地に私自身がいたっていないと感じ、実現はしませんでした。その5年後くらいに、今のタイミングではいかがでしょうか、と再度のオファーをいただき、これは縁だなと思い、やらせていただきたいとお返事しました」と作品との出合いを語る。
 そして、2016年、時代劇専門チャンネルオリジナル時代劇として北大路欣也主演による「三屋清左衛門残日録」の記念すべき第1作が放送された。北大路欣也73歳のときである。
「人間として、また俳優としての経験も踏まえながら、三屋清左衛門という役に入り込んで演じさせていただきました」という言葉には、まさに〝機は熟した〟という心境がうかがえる。

 俳優 北大路欣也の芸は東映の撮影所で育まれてきた。
「俳優としてのスタートは時代劇、いわゆるチャンバラで、これまでずいぶん多くの時代劇に出演し、お役を演じさせていただきましたが、「三屋清左衛門残日録」には、藤沢周平先生の世界観が見事に映し出されていて、今までにない新たな仕事に挑むのだというような心持で向き合うことができました。作品と三屋清左衛門というお役にとても新鮮な感覚を覚えました」という発言からは、新たな作品に出合う喜びと大事に取り組むみずみずしい意欲が伝わってくる。
 第1作から9年、シリーズは今作で8作を数える。
「毎回、共演者の方々、スタッフをはじめ、この作品に関わるすべての人たちが、私の思いを支えてくださっていることを感じます。大げさな表現かもしれませんが、俳優・北大路欣也に命をいただいているという思いです。そして、作品には、すべての共演者、スタッフとの関わりから生まれてくる、いい雰囲気が映し出されている。そこがこの作品が多くの方々に愛される魅力ではないでしょうか」と確かな手応えを感じている。
 北大路欣也が東映から俳優としてデビューしたのは13歳。〝東映城のプリンス〟として売り出された。
「その時代は父である市川右太衛門、片岡千恵蔵さん、中村錦之助(後に萬屋錦之介) さん、大川橋蔵さんといった大先輩たちが、東映時代劇黄金時代を築き上げるのに、日々格闘なさっている時代でした。
 そして、そんな大先輩の俳優さんたちの熱い思いを支えている、監督、照明、音響、美術など、それぞれの分野のスペシャリストといえる、撮影所の偉大なる職人の方たちがいらして、私はそんなプロフェッショナルのお仕事を見ながら育ちました。「三屋清左衛門残日録」の撮影現場には、その時代に見ていた見事なプロフェッショナルの仕事が残っています。
 匠とも言える職人さんたちの技が今に受け継がれていて、そんな現場に〝今〟いられるということが、俳優としてなんて幸せなことかと実感しています。
 一方で、若い世代にとっては、今も受け継がれる職人たちの技がしのぎを削る環境で仕事ができるというのは新鮮な体験だと思います。そういうプロフェッショナルな仕事を感じられると俳優は誰だって燃えますよ」と、作品を支える撮影所の職人たちの見事な仕事にも言及する。そして、京都で一か月ほど撮影をする中で、京都には時代劇が成立する場所が今でも多くあり、京都という土地が時代劇を守ってくれていると実感したと語った。

 今作のゲストには藤岡真威人、大友花恋といった、若手の俳優たちが迎えられた。

 
「藤岡真威人さん、大友花恋さんといった若い俳優さんたちをゲストに迎えることができて、とても新鮮でした。新鮮さの中にも、若い方たちには鋭い感性や、若さから生まれる美しいリズムなどもあって、芝居をする上での心地よい緊張感もありました。役を演じる間合い、リズムなど若いからこそ生まれるそんな魅力は、この作品は必ずいいものに仕上がるという確信をもたらしてくれました」と、8作目まで続けられているからこその若い俳優との出会いを、劇中の台詞にたとえ「得難い宝物」だったと言う。

 ここで、今回ゲストに迎えられた若い2人の俳優の言葉も紹介しておこう。清左衛門と心を通い合わせることになる青年剣士・信次郎を演じた藤岡真威人は、「世界観がすでにできあがっている作品の中に、どう溶け込んでいけるのかと思っていましたが、1シーン、1シーン、共演者の方々と僕が自由にキャッチボールできるように、北大路欣也さんや、スタッフの方々がムードを作ってくださいました。俳優としての今後の成長につながるはずだと実感できた京都での一か月間でした」と語った。

 
 藤岡演じる青年剣士が心を奪われる巫女・照日を演じた大友花恋は、「長く愛され続けている作品の世界に飛び込むのは、背筋が伸びる思いで緊張する中、北大路欣也さんには、初対面のときから守っていただいている、育てていただいていることを実感する日々でした。未熟な私に、一役者として真正面から向き合ってたいただき、俳優としての自信につながる責重な時間を過ごさせていただきました」と語った。大先輩から学べることがいかに大切かを実感できる、俳優として幸せな撮影だったという若い2人。言葉だけではなく、現場での佇まいなどからも、学ぶことの多い、やはり〝 得難い宝物〟のような時間だったと言う。いい作品を作り上げるという志を一つにしたスタッフたちが常にディスカッションを重ねながら、作品を仕上げていく「三屋清左衛門残日録」の撮影がいかに幸せな現場だったかが伝わってくる。

 若いころから撮影所で見てきた、時代劇のプロフェッショナルによる見事な仕事が今なお感じられる「三屋清左衛門残日録」の撮影現場を通して、感動を覚えるとともに、時代劇には、まだまだ未来があるとしみじみと語る北大路欣也。時代劇「三屋清左衛門残日録」は、観終わった後に、涼風のようなすがしがしさと、陽だまりのような温もりを感じさせてくれる人間ドラマとしての魅力がある。

 ◆ 3月8日(土) よる7:00 ほか時代劇専門チャンネルにてチャンネル初放送
シリーズ最新第8作「三屋清左衛門残日録 春を待つこころ」(2024年:オリジナル時代劇)

シリーズ待望の最新第8作が、いよいよ時代劇専門チャンネルでチャンネル初放送される。主人公の三屋清左衛門を演じるのは、もちろん北大路欣也。今作では、清左衛門が固い絆で結ばれた若い武士を時に見守り、時に一緒に戦いながら、「人生とは?」、そして「大切なものを守る武士の生き方」を見いだしていく。さらに、過酷な運命に翻弄されながらも惹かれ合うふたりの若者の恋心という、これまでのシリーズにない物語も描かれる。シリーズに新たな息吹を吹き込む「残日録」の誕生となった。清左衛門は、権力の闇に翻弄される若き恋を守ることができるのか。優香、麻生祐未、伊東四朗などお馴染みのキャストに加え、今作には、藤岡真威人、大友花恋、大貫勇輔ら若手俳優たちが参加し、シリーズの新たな味わいとなっている。

原作:藤沢周平『三屋清左衛門残日録』(文春文庫刊)/ 「三月の脆」(文春文庫『玄鳥』所収)
出演:北大路欣也
優香 松田悟志 小林綾子 藤岡真威人 大友花恋 大貫勇輔
谷田歩 天宮良 金山一彦 マギー 春海四方 菅原大吉
栗塚旭 伊東孝明 田井克幸 田根楽子 伊藤麻実子 小宮有紗 本郷弦 佐藤流司
金田明夫 麻生祐未 伊東四朗
監督:山下智彦 脚本:いずみ玲 音楽:栗山和樹
©日本映画放送/J:COM/BS フジ 藤沢周平®

時代劇専門チャンネルにてシリーズ第1作~第7作を連続放送!

◆2月15日(土)よる7:00/3月16日(日)ひる12:30 
「三屋清左衛門残日録」(2016年:オリジナル時代劇)

2015年、藤沢周平の時代小説を映像化する一大プロジェクト〝藤沢周平新ドラマシリーズ〟の一篇として製作された北大路欣也主演「三屋清左衛門残日録」の記念すべき第1作。東北の小藩で用人を務めた三屋清左衛門は、仕えた藩主の死とともに職を辞し、息子に家督を譲って隠居生活を始める。悠々自適な日々を思い描いていたものの、得も知れぬ空白感に襲われ、それを埋めるべく日記「残日録」を記すことにする。そんな中、清左衛門のもとに様々な事件が持ち込まれ、解決に奔走することになる。そして、いつしか藩を二分する政争に巻き込まれてゆく。親友の町奉行・佐伯熊太役の伊東四朗、息子の妻・里江役の優香、小料理屋「涌井」の女将・みな役の麻生祐未ら豪華レギュラー陣が揃った。

原作:藤沢周平『三屋清左衛門残日録』(文春文庫刊) 監督:山下智彦 出演:北大路欣也/優香/渡辺大/中村敦夫/麻生祐未/伊東四朗 ほか

◆2月15日(土)よる9:00/3月16日(日)午後2:30
「三屋清左衛門残日録 完結篇」(2017年:オリジナル時代劇)

隠居生活にも慣れ日々の暮らしを楽しみ始めた清左衛門だったが、幼馴染から家老への仲介を頼まれたり、零落してしまった旧友との再会があったり、小料理屋「涌井」の女将の窮地を救ったりと、多忙な日々を過ごしている。そんなとき現藩主の弟が急死したとの報に、どこかきな臭さを感じとる清左衛門のもとを用人が訪れたことから、用人とともに藩政を牛耳る一派の所業を糾弾するべく筆頭家老と 対峙する。前作からのお家騒動の結末を描く待望の完結篇。
原作:藤沢周平『三屋清左衛門残日録』(文春文庫刊)
監督:山下智彦 
出演:北大路欣也/優香/渡辺大/鶴見辰吾/金田明夫/小林綾子/寺田農/笹野高史/麻生祐未/
伊東四朗 ほか

◆2月22日(土)よる7:00/3月23日(日)ひる12:30
『三屋清左衛門残日録 三十年ぶりの再会』(2018年:オリジナル時代劇)

親友の佐伯熊太をはじめ、かつての道場仲間を集めて三十年ぶりの旧交を温める清左衛門。若かりしころの話に花を咲かせ楽しい一夜を過ごす清左衛門たちの姿は、老いを感じつつも老境ならではの交友に、現代のシニア世代もわが身と重ね合わせてしまうのではないだろうか。藤沢周平作品の魅力の一つには、時を超えて今に通じる変わらない人の想いという普遍的な感情を共有できるところにある。その一方で、藩を揺るがす大事件が起きようとしていた。伊武雅刀、原田大二郎、高橋長英といったベテラン俳優の共演に味わいがある。前2作では描けなかったエピソードを集めた本作は、時系列的には第1作と第2作の間に位置する。人間愛にあふれる本作は、第8回衛星放送協会オリジナル番組アワードにて、大賞とドラマ部門最優秀賞を受賞。
原作:藤沢周平『三屋清左衛門残日録』(文春文庫刊)
監督:山下智彦 
出演:北大路欣也/優香/渡辺大/戸田菜穂/田中幸太朗/伊武雅刀/原田大二郎/高橋長英/麻生祐未/伊東四朗 ほか

◆2月22日(土)よる9:00/3月23日(日)午後2:30
「三屋清左衛門残日録 新たなしあわせ」 (2020年:オリジナル時代劇)

趣味の川釣りと道場通いに隠居の日々を費やす清左衛門のもとを、嫁いだ娘が、ある日子どもを連れて訪れる。娘の様子に些か気がかりを感じたそんな折、先代藩主の側室だったおうめが父親知らずの子を身ごもったという話が耳に入ってきた。奥を仕切っていた滝野がそのことに立腹しているため、なだめてほしいと佐伯から頼まれる清左衛門は、かねてより清左衛門を疎ましく思っている筆頭家老が関わっていることを知る。北大路と同じ東映出身の三田佳子がゲスト出演。
原作:藤沢周平 『三屋清左衛門残日録』(文春文庫刊) /『静かな木』(新潮文庫『静かな木』所収)
監督:山下智彦 
出演:北大路欣也/優香/美村里江/金田明夫/三田佳子/小林稔侍/麻生祐未/伊東四朗 ほか

◆3月1日(土)よる7:00/3月30日(日)ひる12:30
『三屋清左衛門残日録 陽のあたる道』 (2021年:オリジナル時代劇)

藤沢周平のハードボイルドな短篇「闇討ち」と『三屋清左衛門残日録』の世界を融合させたシリーズ第5作。生まれたばかりの孫との時間を何よりの楽しみとして穏やかな日々を過ごしている清左衛門を江戸詰めの近習頭取が訪ねてくる。十年前に御納戸頭が起こした収賄事件が、実は濡れ衣だった可能性があると聞かされた清左衛門は、調べるうちに、思いもよらぬ事実を知ることになる。同じころ、過去の失態により不遇のまま隠居となったかつての道場仲間と再会し、道場の同輩も交えて、酒を酌み交わし、剣の手合わせをして旧交を温める時を楽しんでもいた。勝野洋、木場勝己、小野武彦、西岡德馬らベテラン俳優がゲスト出演。
原作:藤沢周平『三屋清左衛門残日録』(文春文庫刊)/「闇討ち」(文春文庫『玄鳥』所収)
監督:山下智彦 
出演:北大路欣也/優香/松田悟志/小林綾子/宮川一朗太/高橋和也/勝野洋/木場勝己/金田明夫/小野武彦/西岡德馬/麻生祐未/伊東四朗 ほか

◆3月1日(土)よる9:00/3月30(日)午後2:30
『三屋清左衛門残日録 あの日の声』 (2022年:オリジナル時代劇)

孫の成長に喜びを感じながら平穏な日々を送る清左衛門だが、その周囲では、不条理な死の連鎖という悲劇が起こる。己の矜持をかけ正義を貫こうとする男に訪れる悲劇、そして、悪の根源を暴くために事件解決に奔走する清左衛門。小野寺昭、伊吹吾郎らベテラン俳優のいぶし銀の演技が、ドラマの感動を一層深めてくれる。本作はドイツ ワールド メディア フェスティバル2023のエンターテインメント部門で金賞を受賞。日本が誇る文化である時代劇が世界にも通じることを証明した一作。
原作:藤沢周平『三屋清左衛門残日録』(文春文庫刊)/「闇の顔」(新潮文庫『時雨のあと』所収)/「桃の木の下で」(新潮文庫『神隠し』所収)
監督:山下智彦 
出演:北大路欣也/優香/小林綾子/松田悟志/黒川智花/内田朝陽/小野寺昭/駿河太郎/中村育二/伊吹吾郎/金田明夫/麻生祐未/伊東四朗 ほか

◆3月8日(土)午後5:00
『三屋清左衛門残日録 ふたたび咲く花』 (2023年:オリジナル時代劇)

闇の思惑に翻弄された家族と関わり、複雑に絡まった事件の謎を紐解く清左衛門の姿を描いたシリーズ第7作。道場の少年たちの仲裁に入ったことから、事の起こりとなった少年の父が、8年前に要人の護衛を任されるも刺客に襲われて任務に失敗し、さらには妻とも離縁し、心に大きな傷を抱えていることを知る 清左衛門。そして、家族のそれぞれの思いを汲み取り、8年前の事件の真相を明らかにするべく清左衛門が調べ始めた矢先、新たな事件が起こる。少年の父を甲本雅裕、母を清水美砂が演じる。信じるべきものは何かを見つめ直す本作は、先進映像協会 ルミエール・ジャパン・アワード2024の4K部門で、特別賞を受賞した。

原作:藤沢周平『三屋清左衛門残日録』(文春文庫刊)/「山姥橋夜五ツ」(文春文庫『麦屋町昼下がり』所収)
監督:山下智彦 
出演:北大路欣也/優香/松田悟志/小林綾子/勝村政信/堀部圭亮/国広富之/石井正則/甲本雅裕/清水美砂/銀粉蝶/大和田伸也/金田明夫/麻生祐未/伊東四朗 ほか

 今から30年ほど前、まだ50歳になる手前の二代目中村吉右衛門にインタビューをしたことがある。そのときの言葉は今も記憶に残っている。

「すでに完成された総合芸術である歌舞伎が大きく飛躍するためには、天才が必要です。次の天才が現れるためにも、歌舞伎のこれまでの流れを絶やしてはいけない。歌舞伎を絶滅してしまった恐竜にしないためにも、ぼくはその伝統をいじらず、次へとつなげたい」(『JAPAN AVENUE』1993年6月号より)

 この発言の「歌舞伎」という言葉を「時代劇」に置き換えても、違和感はない。時代劇もまたその伝統を受け継ぐことで飛躍を遂げてきたのである。中村吉右衛門は自身の役割を「つなぎ」と謙虚に語ったが、歌舞伎においては天才と評された初代吉右衛門をしのぐ演技を見せ、人間国宝(2011年)にも認定された。そして、時代劇においても大きな足跡を残した。

 そう、池波正太郎原作の『鬼平犯科帳』の主人公・長谷川平蔵役である。

 インタビューをしたのは中村吉右衛門がテレビで鬼平を演じるようになって4年が過ぎようとしていた頃。ここから2016年12月まで全150本を演じきった。それまで鬼平は初代松本白鸚(当時は松本幸四郎)、丹波哲郎、萬屋錦之介が演じてきたが、中村吉右衛門によって完成されたというのは衆目一致する見方だった。

 鬼平は身を挺して悪と徹底的に闘う。しかし、ただの善玉ヒーローではない。若い頃には放蕩無頼の日々を過ごし、市井の人たちの人情の機微に通じた繊細な優しさを持ち併せている。洒脱で、食道楽でもある。部下や密偵、ときには盗賊にも慕われる。そんな鬼平に扮した吉右衛門は絶品だった。「長谷川平蔵=中村吉右衛門」は時代劇ファンの共通認識となった。だから、彼が鬼籍に入ったことで、もう2度と新しい鬼平作品は見られないものと多くの人が思ったものだ。

 ところが、である。

 
 長谷川平蔵は颯爽と帰ってきた。演じるのは十代目松本幸四郎。これがすこぶるいいのだ。快活で、色気があって、声に艶がある。凄みや迫力という分かりやすい個性だけでなく、とっぽくてお茶目な気配も画面から立ちのぼってくる。

 幸四郎版のSEASON1第1弾となったテレビスペシャル「鬼平犯科帳 本所・桜屋敷」では、火付盗賊改方長官に就いたばかりの平蔵が「本所の銕」と呼ばれた青春期の思い出とつながる事件に向き合う。若き日の鬼平を演じるのは幸四郎の長男・市川染五郎。言うまでもなく幸四郎の祖父は松本白鸚であり、中村吉右衛門は叔父。冒頭の吉右衛門の言葉を借りれば、『鬼平犯科帳』の伝統は4つの世代に渡ってつながったのである。

 鬼平の周辺に配されたおなじみの人物も、演じる役者は様変わりした。本宮泰風(筆頭与力・佐嶋忠介)、浅利陽介(同心・木村忠吾)、火野正平(密偵・相模の彦十)、中村ゆり(密偵・おまさ)ら、個性も実力もある脇役が鬼平の周辺を惑星のように動き、話は重層的に展開する。第2弾の劇場版『鬼平犯科帳 血闘』では屈指の人気キャラクター、おまさの存在がクローズアップされる。色香の奥に一途さや切実さを漂わせ、中村ゆりの当たり役になりそうだ。

『血闘』では鬼平を激しく憎む残忍な悪役、網切の甚五郎(北村有起哉)が現れ、鬼平を罠にはめようと暗躍する。物語は前作以上に緊迫し、鬼平の感情も揺れる。躊躇と果断。憂慮と豪胆。冷徹と慈愛。対立する要素が瞬時に入れ替わりながら、鬼平は鬼平らしさを増していく。

 山下智彦監督以下、撮影、照明、美術、小道具に至るまで、時代劇をつくるうえで最高水準の職人が揃い、見事な映像を紡いでいるのも本シリーズの美点だ。とりわけ障子や襖を生かした日本家屋の端正な構図。差し込む光や影が画面に陰翳をもたらし、軍鶏鍋から立つ湯気一つにも風情が漂い、物語に深みを運び込む。

 もちろん、クライマックスには時代劇の醍醐味である殺陣が待っている。精緻な構図を壊さんばかりに剣と剣が激しく交わり、活劇の血管が脈を打ち始めるのだ。その中心にいる松本幸四郎のしなやかな剣さばきを見ていると、新しい鬼平による、新しい時代劇が幕を開けたことをあらためて実感させられる。

 そもそも日本映画は時代劇とともに始まり、1920年代に最初のブームが訪れた。現代劇の巨匠・小津安二郎でさえ1927年の監督デビュー作『懺悔の刃』(フィルムは焼失)は時代劇だった。2度目の時代劇ブームは1950年代。終戦後しばらくはGHQの封建的忠誠心を礼賛する映画は禁止するという方針により、時代劇の製作は事実上不可能になった。しかし占領体制が終わると、時代劇は瞬く間に娯楽の王道となり、萬屋錦之介、大川橋蔵、市川雷蔵ら多くの時代劇スターが誕生する。1960年代に入るとテレビの台頭とともに映画産業は衰退するが、時代劇は銀幕からブラウン管へと主戦場を移し、ここから「水戸黄門」、「銭形平次」、「大岡越前」、「遠山の金さん」など国民的な人気コンテンツが次々に生まれた。そして、テレビ時代劇にもターニングポイントが訪れる。2011年、「水戸黄門」の終了とともに、時代劇は地上波における民放のレギュラー枠から姿を消してしまう。

 これより10年ほど前に、衛星放送で始まったのが「時代劇専門チャンネル」である。開局以来、往年のテレビや映画の人気時代劇、隠れた名作を放送してきたが、「水戸黄門」が幕を閉じた2011年からは、新作のオリジナル時代劇を制作・放映するようになった。この意味は大きい。

 時代劇と現代劇とではセリフはもちろん、衣装やセット、アクション(殺陣)に至るまでまるで違う。見せ方も撮影方法も異なる。日本の文化ともいえるこうした技術やノウハウを次の時代へ継承していくためにも、新作の制作は不可欠だ。役者も同様で、刀の扱いや足の運びなど立ち振る舞いは一朝一夕に身に付くものではない。数々の時代劇に出演した仲代達矢も、時代劇初出演の『七人の侍』では黒澤明監督から「刀の差し方が違う」「歩き方がなってない」と怒鳴られ、歩くだけのわずか数秒のカットの撮影に6時間を要した。そういう世界なのだ。

 
 オリジナル時代劇で描かれるのは分かりやすい勧善懲悪の世界ではない。第1作の「鬼平外伝 夜兎の角右衛門」から「熊五郎の顔」、「正月四日の客」、「老盗流転」、「四度目の女房」と続いた外伝シリーズ5作の主人公は盗賊やその周辺人物。江戸の闇がノワールタッチで描かれる。同じ池波正太郎原作で、劇場公開もされた『仕掛人・藤枝梅安』2部作は人気のピカレスク作品を梅安と彦次郎、2人の友情物語に仕立てたところが新鮮だ。バディ映画の趣きに味がある。

 オリジナル時代劇の一方の柱が池波正太郎作品なら、もう一つの柱は藤沢周平原作の作品だ。藤沢周平は社会の底辺にいる下級武士や町人の哀歓や葛藤を描くことを真骨頂としたが、「果し合い」は老いた武士の最後のひと働きをハードボイルドに描いた一作。ここで渾身の力を込めた演技を見せた仲代達矢は、続く「帰郷」では30年間待望した主人公を演じ、老境の悲哀に迫った。さらに「闇の歯車」は現代にも通じるサスペンス劇の秀作。北大路欣也の「三屋清左衛門残日録」シリーズは、窮屈な武士社会にあっても自分の生きる流儀を失うことのない侍の清廉が気持ちいい。

 こうしてオリジナル時代劇の一連の作品を俯瞰すると、時代劇がいかに豊潤で可能性に富んだジャンルかが分かる。

 再び二代目中村吉右衛門のインタビューでの言葉を引用したい。

「歌舞伎は日本人が長い時間をかけ、経験や感覚の中でじっくり培ってできたものです。歌舞伎が追いかけてきたのは、かなわぬ〝夢″のようなものかもしれない。でも、そんな夢ばかり追いかけるところが僕には合っている」

 これも「歌舞伎」を「時代劇」に置き換えていいだろう。時代劇は日本人が追い求めてきた夢であり、エンタテインメントである。日本人が夢を忘れない限り、その世界は存在し続けるはずだ。

米谷紳之介(こめたに しんのすけ)
1957年、愛知県蒲郡市生まれ。立教大学法学部卒業後、新聞社、出版社勤務を経て、1984年、ライター・編集者集団「鉄人ハウス」を主宰。2020年に解散。現在は文筆業を中心に編集業や講師も行なう。守備範囲は映画、スポーツ、人。著書に『小津安二郎 老いの流儀』(4月19日発売・双葉社)、『プロ野球 奇跡の逆転名勝負33』(彩図社)、『銀幕を舞うコトバたち』(本の研究社)他。構成・執筆を務めた書籍は関根潤三『いいかげんがちょうどいい』(ベースボール・マガジン社)、野村克也『短期決戦の勝ち方』(祥伝社)、千葉真一『侍役者道』(双葉社)など30冊に及ぶ

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