YouTube投稿者・菊池久登さん(71) いきいきシニア「元気の源」は
「じいじです。それではよい子のみんな、きょうは磯の生き物を観察しよう」――。辻堂在住の菊池久登さん(71)が手にしたスマホ画面の中から、船長の帽子をかぶったキャラクターが落ち着いた声で呼びかける。2年半ほど前から投稿しているYouTube動画は、いつもこのお決まりのセリフから始まる。
水面に映る童心の笑み
初夏の日差しが照らす江の島。鳥居や仲見世を通り過ぎて防波堤の方へ進むと、穏やかな磯の風景が広がっている。観光客でにぎわう島内とはガラリと雰囲気が変わり、優しい波音が響く。ゆったりとした時間を過ごす釣り人や散策に訪れたカップルに交じり、菊池さんは真剣なまなざしで磯をのぞき込む。
もったいない
もともとは山育ち。長野県の農家に生まれ、少年時代は山や川を遊び場にして過ごした。休日も家族と田植えや野菜の収穫をするなど、故郷の記憶はいつも自然や生き物と共にある。「海にはずっと憧れていた」といい、25歳で理科教師として辻堂に移住。以来、中高生に生き物の魅力や自然環境を記録することの大切さを伝え続けてきた。
動画投稿を始めたのは定年退職後。自宅から15分ほどの江の島の海。展望台や水族館に遊びに来る人、ハヤブサを撮影に来る人は大勢いるが、磯へ足を運ぶ人は多くないことが気になった。生き物はたくさんいるが、磯遊びをする子どもは少ない。「こんなにいいところがあるのに、もったいない」。自分に何かできないか考え、たどり着いたのがYouTubeだった。
面白く誰でも分かる動画に
菊池さんのYouTubeチャンネル「磯の生きもの図鑑アッ君・イッ君・じいじの観察日記」では、江の島の磯に生息する魚や生き物を紹介。「アッ君」「イッ君」と名乗る子どもと「じいじ」と呼ばれる男性キャラクターが掛け合いながら観察のポイントや生態の特徴を分かりやすく解説していくのが特徴だ。
「目指すのは面白くて誰でも分かるコンテンツ。教科書を読むだけの授業はつまらない」。専門用語を使わず、名前の由来や食べられるのかどうかなど、身近な生活に結び付く情報を盛り込む。会話形式でメリハリをつけ、興味を持ってもらえるような動画にするのがこだわりだ。
撮影から動画の編集、アップロードまでの作業は全て自分の手で行う。これまで投稿してきた動画は約1分間の縦型と約10分間の横型を合わせて、およそ230本。当初は職場でYouTube投稿を担当している息子の手を借りることもあったが、今では1分間の動画であれば、撮影してからアップロードまで3時間ほどで完了する。
満潮と干潮の差が大きく観察しやすくなる大潮の日が、絶好の撮影日和。春には麦わら帽子に長靴、夏には短パンにマリンシューズ、水中ゴーグルという出で立ちで、年間70回ほど磯に足を運ぶ。目当ては決めずに、その日、その場にいた生き物を撮影するスタイルで、「1日いても飽きないね」と少年のような笑みを浮かべる。
孫と楽しむ
動画に登場するアッ君とイッ君は、自身の7歳と4歳の孫をモデルに作成したキャラクター。動画ではいつも一緒に磯観察をしているが、現実の孫2人は磯に出かけたことはまだない。「今年の夏は2人を連れて行って、実際に磯遊びができたら」。”じいじ”は顔をほころばせた。