いま知っておきたい名曲!佐野元春「CHRISTMAS TIME IN BLUE」は永遠のスタンダード
博愛的精神と現実的な本音の両方が描かれている「ドゥ・ゼイ・ノウ・イッツ・クリスマス?」
クリスマスソングが平和や博愛的な観点で歌われるようになったのは、いつの頃からだろうか。
名高いのは、1971年に発表されたジョン・レノンとオノ・ヨーコの「ハッピー・クリスマス(戦争は終った)」だろうか。これは同年にジョン・レノンが発表した「イマジン」が、政治的メッセージを含んだポップミュージックのあり方を示し、結果大ヒットしたことを受け、同じ方法論でクリスマスソングを作ったものである。
これに続くのが1984年のバンド・エイド「ドゥ・ゼイ・ノウ・イッツ・クリスマス?」。ボブ・ゲルドフの声かけにより、イギリスとアイルランドのアーティストが集結し、エチオピアの飢餓対策支援のためのチャリティプロジェクトとして立ち上げられた。歌詞の一部に "彼ら(アフリカの人々)が味わう苦しみから君たちは逃れられている。今夜は神に感謝せよ" といった内容があり、アフリカの負のイメージが植え付けられたという批判もあったものの、そこに込められたメッセージには、博愛的精神と現実的な本音の両方が描かれている、いささか特異なメッセージソングでありクリスマスソングだった。
元春ならではの博愛精神が表現された「CHRISTMAS TIME IN BLUE」
佐野元春の「CHRISTMAS TIME IN BLUE -聖なる夜に口笛吹いて-」が発表されたのはその1年後、1985年11月21日に12インチシングルとして発表されている。冒頭、イントロなしにいきなり「♪雪のメリークリスマスタイム」と始まるその歌詞は、レゲエのリズムを伴って、街は賑やかにクリスマスの装飾をしているが、その輝きの中で孤独な僕はこのまま歩き続ける、といった内容が歌われていく。
「♪いつの日も君は 輝きもそのままに」と、ここで歌われる "君" は "君たち" でもある。歌詞の内容は聴き手の "個" に訴えていながら、同時に不特定多数の人々へのメッセージともなっている。なぜならサビの後に「♪お金のない人も ありあまってる人も 古い人達も 新しい人達も」といった具合に延々と "○○な人も" が続いていくからだ。
後半には "世界中のチルドレン" というワードも登場する。佐野元春は、孤独な "個" である主人公と、世界中のあらゆる人々の存在を並列させ、どんな者にも等しくクリスマスはやってくる、と歌う。終盤には「♪平和な街で 闘ってる街で」と視点のスケールも大きくなっていく。感傷や孤独といったパーソナルな感情と、多くの人々への幸福を希求する、祈りにも近い思いが同時に現れている。「Do They Know It’s Chrismas?」のシニカルで批評的な視点ではなく、元春ならではの博愛精神が表現された楽曲といえよう。
不特定多数の若者への熱いメッセージともなっている「Young Bloods」
こういった "個" の視点から始まり、不特定多数の人々の思いまでを受け入れていくメッセージを込めた歌は、1982年のアルバム『SOMEDAY』あたりから少しずつ現れ始めているが、決定的な作品は「Young Bloods」ではなかろうか。「CHRISTMAS TIME IN BLUE -聖なる夜に口笛吹いて-」の約10ヶ月前、1985年2月1日にリリースされたこの曲は、新年の朝が舞台で、クリスマスの夜とは対照的なシチュエーションながら、"個" の視点から現れる決意表明が、不特定多数の若者への熱いメッセージともなっている。
ここに分け合いたい
Let’s stay together
ひとりだけの夜にさよなら
と訴えるのだ。メロディーもサウンドも異なるが、「Young Bloods」と「CHRISTMAS TIME IN BLUE -聖なる夜に口笛吹いて-」は、どちらも訴えかけているメッセージは同質のもの、対になった楽曲なのである。1985年の佐野元春は「Young Bloods」のスリリングな攻撃性で新年のスタートを切り、「CHRISTMAS TIME IN BLUE -聖なる夜に口笛吹いて-」の穏やかな決意表明で幕を閉じたのだ。
佐野元春がレゲエを用いた最大の効果とは?
佐野元春は都市の風景とそこに生きる人々のマインドを描き続けてきたアーティストで、その特性はこの曲でも顕著に現れている。曲調はミディアムテンポのレゲエで、主人公が煌びやかな夜の都会(そこがニューヨークでもロンドンでも表参道でもいいのだが)を、まるでスキップしながら口ずさんでいるかのように聴こえてくる。冬のクールさと、心ときめく感情、穏やかだが熱いマインドが同時に立ち昇ってくる点が、レゲエを用いた最大の効果と言えるだろう。
クリスマスソングにレゲエをチョイスしたことが、リリース当時は異色に捉えられる向きもあったが、実のところレゲエ精神の根幹にあるラスタファリアニズムは、1930年代のジャマイカで誕生したもの。宗教活動の側面もあり、キリスト教のプロテスタントと汎アフリカ主義的な思想がない交ぜになったもので、その意味では佐野元春がレゲエのクリスマスソングを書いたというのも、あながちミスマッチなことでもないのだ。
日本の音楽シーンでは、かつては人気があるシンガーほどクリスマスソングのレコードを発売していた。美空ひばりや江利チエミの時代からザ・ピーナッツも加山雄三も、天地真理もフィンガー5も松田聖子も。クリスマスのレコードが出るのは人気歌手の証でもあった。歌われる楽曲は「ジングル・ベル」や「ホワイト・クリスマス」などいわゆる、有名なクリスマスソングのカバーである。
その後、自作自演者の作品が音楽シーンの中核に躍り出る頃には、作者自らが作るクリスマスソングナンバーが定着する。その多くはラブソングであり、それこそクリスマスシーズンはカップルが愛を確かめ合う特別な日として定着していったことと並行している。こういった流れを考えると、佐野元春の「CHRISTMAS TIME IN BLUE -聖なる夜に口笛吹いて-」の異色さがわかるだろう。
日本のポップミュージックで、ここまで博愛的で、メッセージ性の強いクリスマスソングもあまり例がない。だが、ここで歌われる言葉は、いつの時代でもリアルに聴くものの心を透過させる普遍性がある。まさしく "Happiness & Rest"。佐野元春の温かい眼差しと現在の安寧、そして未来への希望は、きっと我々に幸福と休息を約束してくれるだろう。嫌な空気の時代にこそ、この曲の持つメッセージがビビッドに刺さる。心豊かになれる永遠のクリスマスソングなのだ。