「本を読んでも身に付かない」はどう解消する? 七つの“読書術”を岩瀬義昌が伝授
書店を覗いたりSNSを眺めたりすると、目に飛び込んでくる技術書の数々。周りのエンジニアたちの「読了」ポストに刺激されて、読書に勤しんでいる人もいるだろう。
「一生勉強」と言われるエンジニアにとって、技術書は取り入れやすいインプット手法の一つ。しかし「頑張って読んでるのに、いまいち身になっている気がしない」「本の内容が頭に入ってこない」という事象に悩まされてはいないだろうか?
せっかく読んだ本の内容をしっかりと身に付けるためにはどうすればいいのかーー。
そんな疑問に「記憶力の問題じゃなくて、本の読み方に工夫が必要」と答えるのが、技術書の翻訳に数多く携わり、読書の達人として知られるiwashiさんこと岩瀬義昌さんだ。
本を読む「工夫」とは一体何か。岩瀬さんに聞いた。
NTTコミュニケーションズ株式会社
『Generative AI プロジェクト』リードエンジニア | エバンジェリスト
ポッドキャスト『fukabori.fm』運営者
岩瀬義昌さん(
)
東京大学大学院修士課程修了後、2009年にNTT東日本に入社。大規模IP電話システムの開発などに従事したのち、内製、アジャイル開発に携わりたいという思いから14年にNTTコミュニケーションズSkyWay開発チームに転籍する。 20年には組織改善に尽力すべく、ヒューマンリソース部に異動。22年からは再び開発部に戻り、全社のアジャイル開発・プロダクトマネジメントを支援。現在は、同社のイノベーションセンター テクノロジー部門 担当課長として活躍。『エンジニアのためのドキュメントライティング』(日本能率協会マネジメントセンター)『エレガントパズル エンジニアのマネジメントという難問にあなたはどう立ち向かうのか』(日経BP)など、数多くの技術書の翻訳に携わる。エンジニアに人気のポッドキャスト『fukabori.fm』を運営
本の内容は、忘れて当たり前
ーー「本の内容が身に付いた気がしない」と感じてしまうのは、なぜなのでしょうか。
人間の脳の容量、記憶力には限度があるからです。いくら本を頑張って読んだとしても、その内容を徐々に忘れてしまうのは仕方のないことだと思います。
私は仕事柄いろいろな本とふれあう機会が多いのですが、何もしないとだいたい1年後には、ほとんどの内容は覚えていません(笑)。自分の仕事との関連が薄いテーマを扱っている本なら、なおさらです。
この「イマイチ身に付いた気がしない」を防ぐには、読んだ本の振り返りが必須です。読書に限った話ではありませんが、記憶に定着させるためには反復作業が不可欠ですね。
ーーでも、本を読み返す作業って、結構大変じゃないですか・・・・・・?
そうですね。それに、全ての本を読み返すことも現実的ではありません。
そのため、要点だけを効率的に振り返りできるように、本を読みながらメモを取ることがおすすめです。僕自身、本を読む時には必ず気になった部分を記録し、Notionにメモとしてまとめた上で、定期的に振り返っています。
ーー具体的に、どうやってメモをとればいいのでしょうか?
電子書籍と紙の書籍で異なるので、それぞれ説明します。
まず電子書籍の場合、私はKindleユーザーなので、Kindleの機能にあるハイライトを活用しています。特に重要だと思う箇所、重点的に覚えておきたい箇所をハイライトして、読み終えた後にNotionで管理している個人用のメモに転記する。必要に応じて、「なぜそう思ったのか?」「どういう思いでハイライトしたのか?」「何に使えそうか?」など、その時に思ったことを書き留めていきます。
物理書籍の場合は、本を読み進めながら気になるフレーズがあったら読み上げて、音声入力でiPadに記録。読み終えた後は、Kindleと同じように記録した部分を転記し、Notionにまとめます。
ーー読書メモであれば、本を丸一冊読み返す手間が掛かりませんし、覚えておきたい内容を重点的に振り返れますね。
はい。ただ気を付けて欲しいのが、メモを取ることで満足して、振り返る習慣を忘れてしまうことです。
私はそれを防ぐために、Notionにメモをまとめると同時に、3カ月後や6カ月後にリマインダーが鳴るように設定しています。その通知が鳴ったらメモを見る。必要であれば、またリマインダーを設定する。この流れを習慣化しています。
全てのページを読む必要はない
ーーiwashiさんは多くの本を読まれてきたと思うのですが、読む本を選ぶ基準はあるのですか?
職場の同僚や、自分と同じ専門領域で働いている人に勧められた本は、とりあえず購入すると決めています。自分と似た課題を抱えていることが多く、実践に役立つ知識を得られる可能性が高いからです。同僚と同じ書籍を読んでいると、本の内容を通じて共通の語彙が増えるため、コミュニケーションが円滑になるというメリットもあります。
自発的に本を選ぶときには、気になるテーマが扱われている本を5冊ほど一気に購入しています。特に下調べを入念にするわけではなく、とにかく気になった本をピックアップするイメージですね。
数冊を横断して読むと、どの本でも触れられている共通のトピックに気が付きます。そのトピックこそ、自分のインプットしたいテーマにおける重要な要素です。基礎的かつコアな知識に手早く触れられるので、インプットの効率も格段に上がるでしょう。
ーー5冊もの本を読み進めるのには、かなりの時間と労力が掛かる気がするのですが。
一回の読書で、本の内容を全て理解しようとする必要はありません。私は基本的に、初めて読む本はまず高速でざっくりと読み流しています。
高速で読んでいると完全に理解できないこともあります。本当に自分に役立つ書籍は「こんなことが書いてあったな」と読み返すことが多くあります。最初は読み流したとしても、何度も読むうちに理解できますし、記憶にも定着していきます。
ただ「高速に」といっても、いわゆる「フォトリーディング」のような速読術を使っているわけではありません。段落の論理構成がしっかりしている本の場合は、トピックセンテンスを読んだ段階で続きの文章を読み飛ばすこともあります。
例えばある書籍で、「A」という抽象的な概念を伝えるために「X・Y・Z」という具体例を挙げているとします。このとき、A(もしくはXまで)を読んでしっくりきたら、YとZは読み飛ばしています。
ついつい本に書かれている全ての文章を理解しようとしがちですが、知識やノウハウを学ぶことが本来の目的のはず。本の主旨を理解することを優先しましょう。
最近はAIツールの活用もおすすめです。理解に時間がかかりそうな用語や概念が出てきたら、ClaudeやChatGPTなどの生成AIの手助けを上手に借りると良いと思います。
ーー先ほど伺った「読書メモ」と「振り返り」の他にも、本の内容を定着させる上で有効な手段はありますか?
読んだ本について、自分の言葉で発信することがおすすめです。経験上、自分で実践したり、講演で発表したりしたときが、一番記憶に残っているように感じています。
なので「本当に良い本だな」「この考え方は覚えておきたいな」と思った場合は、社内勉強会などで発表の機会を無理やりにでも作って講演するようにしています。
つい先日翻訳に携わった『エレガントパズル エンジニアのマネジメントという難問にあなたはどう立ち向かうのか』(日経BP)の原著を読んだ際も、その内容があまりにも素晴らしすぎたので、少しでも理解を深めようとスライドに起こして発表しました。
ただ、そこまでの時間が取れない方も多いでしょうし、自分のメモに読書した内容を残して振り返ることができれば十分だと思います。自分の言葉で記録を残すだけでも、本に対する理解度は大きく変わります。
無理して読むより「積読」を
ーーちなみに、知識を学ぶ方法には「動画」や「音声配信」もありますよね。本を活用するメリットはどの点にあると思いますか?
本で学ぶメリットは、大きく二つあると思います。
まず一つは、短時間で多くの知識を学べること。本は、情報が論理的に構成されていることが多いので、流し読みで概要を捉えるのに適しているんです。つまり、時間対効果が高い。
ただ動画や音声配信の場合、コンテンツの再生時間に理解速度を合わせなければいけません。速く理解したいと考えても、スピードアップできるのは2倍程度ですよね。本の場合、ロジックさえ理解できればもっと早く内容をインプットしていけます。この点は大きなメリットですね。
そして二つ目のメリットは、情報の網羅性です。技術書の多くは、入門的な知識から応用技術まで、その分野の内容が体系的にカバーされている。特に名著は、時間が経っても変わらない知識・考えが多くカバーされています。
一方の動画や音声配信サービスは、テーマによっては一つのコンテンツ内にまとまりきっていないケースも多く、自分が知りたいテーマを扱っている回を探す時間もかかります。身に付けられる知識の内容が、断片的になってしまうケースが多いように感じます。
体系的に集中して知識を学べることは、書籍ならではの良さだと思います。
ーー動画や音声配信に比べて、本を読む行為を面倒に感じる人もいそうです。読書へのハードルを下げるためには、どうすればいいのでしょうか。
まずは、本を読むことへの心理的な負担を和らげるのがいいかなと思います。
私も、少し読んで「今の自分には必要ないな」と思った本は、一旦読むのをやめて、次の本に移行することがよくあります。必ず全部を読もうとすると、ある一冊で本を読む行為にとても苦労した場合に、読書の習慣自体が続かなくなる恐れがある。それよりも、別の本でも良いのでどんどん読み進めたほうが良いと考えています。
そういった気軽な気持ちで読書に臨むことが、本を読むための第一歩ではないでしょうか。
ーー途中で読み進めることを辞めてしまっても問題ではないと?
そうですね。私自身、買っただけで読んでいない本は何冊もあります。
ただ不思議なことに、5年ほどたってから以前スキップした書籍を手に取ると、「なんて良いことが書いてあったんだ」と思うことがたまにあるんですよ。
自分の置かれている環境や携わる仕事内容が変化すると、文脈の印象がガラッと変わることがある。「昔の自分には必要なかったけど、今の自分には必要」になっていることが多々ありました。
こうした経験があるからこそ、全部読み切らなくても「あとで役立つかもしれないからいいや」と思うようになったんです。本は読まずに買って積んでいてもいいと思います。
ーー今回の話を聞いて、本を読むことに前向きな気持ちになった方も多そうです。
本は、少し読むだけでも得られるものは多いです。それこそ、後になってから役に立つことだってたくさんある。今回の話が、今後の読書の参考になれば幸いです。
文/中たんぺい 撮影/桑原美樹 取材・編集/今中康達(編集部)