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#4 優れたリーダーの条件とは──出口治明さんと読むリーダー論『貞観政要』【NHK100分de名著ブックス一挙公開】

NHK出版デジタルマガジン

#4 優れたリーダーの条件とは──出口治明さんと読むリーダー論『貞観政要』【NHK100分de名著ブックス一挙公開】

出口治明さんによる『貞観政要』読み解き#4

優れたリーダーに、優れたフォロワーになるために──。

『NHK「100分de名著」ブックス 貞観政要』では、リーダー論の最高峰ともいわれる『貞観政要』を、ライフネット生命創業者でAPU(立命館アジア太平洋大学)学長特命補佐・出口治明さんが読み解きます。

2025年7月から全国の書店とNHK出版ECサイトで開催中の「100分de名著」フェアを記念して、本書より「はじめに」と「第1章」を全文特別公開いたします(第4回/全5回)

第1章──優れたリーダーの条件 より

明君と暗君の違い

 貞観二年、太宗は諫議大夫である魏徴に、「どのような人物が明君で、どのような人物が暗君だと思うか」と質問しています。魏徴の答えは次のようなものでした。

 君が明らかである理由は、多くの人の意見を聞〔いてその良いものを用いる〕からであります。その暗い理由は、一方の人の言うことだけを信じるからであります。詩経に「昔の賢者が言っている。薪を採るような賤しい人の意見も聞く」とあります。昔、堯舜(ぎょうしゅん)の政治は、四方の門を開いて〔賢俊を来たらせ〕、四方の視聴を広め〔てふさがることがないようにし〕たのであります。ですから、その聖なることは、照らさないことはありませんでした。そのために共工(きょうこう)・鯀(こん)のやからも、聖明を塞ぐことはできなかったのであり、静かなときは能く言うが用いるときは違うという言行不一致の者も惑わすことができなかったのであります。

(巻第一 君道第一 第二章)

 中国語の原文では、多くの人の意見を聞くことを「兼聴」、一方の人の言うことだけを信じることは「偏信」とあります。「堯舜」とは伝説上の帝王で、聖人といわれる堯と舜の二帝のこと。「共工」は堯舜時代の悪人の代表で、「鯀」は治水工事に失敗して舜に殺された人物です。つまりこの部分では、そんな悪人たちといえども、四方をくまなく見て多くの人の声に耳を傾ける聡明な君主は、惑わせることができなかったと言っているのです。

 ここで魏徴が述べていることは、現代のビジネスシーンで言えば「360度評価」の大切さです。「360度評価」とは、立場が異なる複数の人が行う人事評価方法のことです。人物やものごとの見え方は、見る人や見る角度によって変わります。ですから、ものごとを公平に、客観的に評価するためには、さまざまな視点からの意見を集める必要があるのです。

 リーダーの大事な仕事のひとつは、たとえ詳しい事情がわからない中であっても、右か左かの判断をくださねばならないことです。そのとき、情報は多いほうがいいですね。だからリーダーこそ、相手を選ばずに人の話に耳を傾けるべきなのです。

 リーダーが、自分の好きな部下や、ゴマすり上手な職員の話ばかりを聞いていたら、どうなるでしょうか。彼らはリーダーが気に入るような話しかしませんから、やがてリーダーは裸の王様になります。すると、いざというときに判断を誤る確率が高まります。

 リーダーに求められるもの、それは、相性の悪い人や嫌いな人、耳の痛いことを言う人の意見にこそ耳を傾け、それを正面から受け止める姿勢なのです。

耳の痛い話こそ聞け

 太宗は、自分にとって耳の痛い話、すなわち諫言を積極的に求めました。これは太宗が優れたリーダーであるもっとも大きな理由のひとつです。『貞観政要』の中にも、太宗が臣下たちに諫言してくれとはっきり告げる一節があります。

 古来の帝王の多くは、自分の感情のままに喜んだり怒ったりし、喜べば、やたらに功績のない者に褒美をやり、怒れば、やたらに罪のない者を殺してしまう。それだから、天下の死喪や禍乱というものは、こういう〔帝王の無反省な〕行動に原因しないものはない。我は、今、朝早くから夜おそくまで、この問題について心にかけないことはなかった。だから、いつも公等の真心を尽くして遠慮なく徹底的に我を諫めてくれることを希望している。そして、公等もまた、ぜひとも他人の諫めのことばを受け納れねばならない。どうして、他人の言が自分の意見と同じでないからといって、そのまま自分の短所をかばいまもり、他人の言を受け納れないことができようか。もし、人の諫めを受けることができなければ、どうして、人を諫めることができ得ようぞ。

(巻第二 求諫第四 第四章)

 太宗はここで歴史に学んでいます。昔の王朝が滅んだ理由は何か。それは、リーダーである皇帝が自分の感情のままに振る舞ったからだ。だから国が乱れたのだと。そう結論した太宗は、自分もそうなるかもしれないから、どうかそのときには自分を諫めてくれ、と部下に言い渡したのです。そして部下にも、同じように他人の諫めを受け入れる姿勢を求めたのです。

人の器は大きくならない

 いきなり妙な言葉を持ち出すようですが、僕は「人間ちょぼちょぼ」主義者です。人間の能力はそれほど高くもないし、個人間では大差もない。そう考えています。人の意見を求める太宗も同じで、人間ちょぼちょぼ主義者だったのではないでしょうか。

 ちょぼちょぼの人間にできることは限られています。何かを成し遂げようと思っても、皇帝一人では何もできない。臣下や人民に頼るしかありません。これは職場でも、学校でも、地域の暮らしにおいてもまったく同じです。一人の人間にできることは限られているという前提に立てば、他人の力を借りる、あるいは他人に任せる以外、ビジネスを成長させたり、豊かな暮らしを営んだりする方法はないと思えるはずです。

 一方で僕は、「どんな組織もリーダーの器以上のことはできない」とも考えています。歴史を学ぶとそのことがよくわかりますね。ならば、リーダーの器を大きくすればいいと考えがちなのですが、話はそう簡単ではありません。なぜなら、そもそも人の器のおよその容量は決まっていて、簡単に大きくすることはできないからです。

 人間には持って生まれた器(能力)があります。「努力すれば人の器は大きくなる」という発想は、根拠なき精神論に過ぎません。ひたすら練習すれば誰でも百メートルを九秒台で走れるかというと、そんなことはあり得ませんね。スプリンターとしての器は先天的なものだからです。

 自分の器を劇的に大きくすることはできない。しかし、器が大きくならなくても、自分の器の容量を増やす方法はあります。それは、器の中身を捨てることです。器に入っているものを全部捨てて、空っぽの状態にする。言い換えれば、自分の好みや価値観など、こだわっている部分をすべて消してしまうのです。自分が築きあげたと自負する仕事観や人生観、自分は正しいという思い込みなどを、いったんすべて捨てて、無にしてしまう。頭の中をゼロの状態に戻すことができれば、器が大きくならなくても、新しい考え方を吸収し、自分を正しく律することができるはずです。

 すでに述べたように、太宗は積極的な諫言を部下に奨励しました。彼がその諫言を受け入れることができたのは、自分の器の中身を空っぽにしたからです。自分がそれまで持っていた価値観を捨て、新しい価値観を受け入れる。このことができたからこそ、太宗は「偏信」に陥ることはなかったのです。

リーダーとは「機能」である

 リーダーというと、ぼんやりと「組織の中で一番偉い人」と、とらえている人がいるようですが、リーダーは決して人間として偉いわけではありません。ここを誤解してはいけないと思います。リーダーは、組織を運営するための機能のひとつにすぎません。とあるチームで仕事を回すために割り当てられた役割がたまたまリーダーであっただけで、その意味では、リーダーとフォロワー、あるいは上司と部下は、チームにおいて単に違う機能を担っているだけという関係にあります。

 この機能の違いを十分に認識した上で、リーダーがフォロワーの仕事を奪わない、必要以上に干渉しないということも非常に重要です。僕はこれを「権限の感覚」と呼んでいます。『貞観政要』にも次のようなエピソードがあります。

 太宗の言行が、史官によって日々記録されていることはすでに述べました。ある日、太宗は諫議大夫の褚遂良(ちょすいりょう)に対して、内容に口出しすることはないから、その記録を見せてくれないかと持ちかけます。この太宗の求めに対して、褚遂良が答える場面です。

 今の起居の職は、古昔の左史右史であり、人君の言行を記録するのが職責であります。〔ですから、君主の言行は〕善悪にかかわらず必ず書きしるし、〔悪いこともそのままに書きますから〕人主が法にはずれた行為をなされないようにと願うものであります。帝王が御自身で記録を御覧になるという例は古来から聞いたことがございません。

(巻第七 論文史第二十八 第四章)

 褚遂良が伝えたかったのは、まさに「権限の感覚」ではないでしょうか。

 皇帝の権限はあまりに強大です。もし太宗が記録を見るようになったら、史官は太宗に忖度して、ありのままの言行を記録しない可能性すらある。それでは本末転倒です。太宗自身は、記録の内容に干渉しないと付け加えていましたが、権限を飛び越えようとしたこと自体が問題なのです。

 太宗の仕事は、国をよく治めることです。広い視野に立ち、国の内外が今どのような状況にあるのかを見極め、進むべき方向性を示して適材適所に人材を配置する。そんな仕事をするべき人が、自分がどのように書かれているかを気にかけてはならない。そのようなことを、褚遂良は伝えたかったのだと思います。

 なお、この問答を聞いていた別の臣下は、次のように述べて太宗を諫めています。

 人君に過失があるのは、それは、日食や月食と同様で、万民が皆それを見ております。仮りに褚遂良にその過失を記録させないとしても、天下の万民が皆それを心に記憶しておりましょう。

(同前)

 たとえ記録をさせなくても、人民たちは見ている。皇帝にこんなことを直言できる臣下がいたことに、あらためて驚かされます。

著者

出口治明(でぐち・はるあき)
ライフネット生命創業者。APU(立命館アジア太平洋大学)学長特命補佐。自身の経験と豊富な読書にもとづき、旺盛な執筆活動を続ける。おもな著書に『仕事に効く 教養としての「世界史」Ⅰ・Ⅱ』(祥伝社)、『ぼくは古典を読み続ける 珠玉の5冊を堪能する』(光文社)など多数。
※刊行時の情報です。

■『NHK「100分de名著」ブックス 貞観政要 世を革めるのはリーダーのみにあらず』(出口治明著)より抜粋
■脚注、図版、写真、ルビなどは、記事から割愛している場合があります。

※本書は、「NHK100分de名著」において、2020年1月に放送された「貞観政要」のテキストを底本として加筆・修正し、新たにブックス特別章「たくましいフォロワーとして生き抜くために」などを収載したものです。

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