市街地中心部で上昇し続ける新築マンション価格 市場がシュリンクする可能性は~時事解説
地価、人件費、資材価格のトリプル・コストプッシュが新築マンション価格を押し上げ続ける
新築マンションの価格高騰が止まらない。2024年には2億ドル(約300億円超)という物件が麻布台ヒルズ内の「アマンレジデンス東京」に複数戸分譲され、東京都心での突出した価格高騰の象徴的存在として話題となったことは記憶に新しい。
もちろんこれは極端な一例ではあるが、LIFULL HOME’Sが今年調査した東京23区の新築マンション価格(2025年1~5月平均)は、平均で1億4,402万円、平均坪単価685.6万円となり、2023~24年に続き3年連続の“平均億超え”を記録し、前年の1億1,862万円からさらに21.4%もの大幅上昇となった。
なかでも港区は平均価格3億5,080万円、坪単価は1,402.7万円となり、平均価格も坪単価1990年代初頭のバブル期を大きく上回る水準にまで達している。
このように東京都心部では新築マンションの価格はもはや1億円が当たり前といった市況感を形成しているのだが、対照的に、例えば東京市部の2025年同期の平均価格は6,793万円、平均坪単価355.8万円と東京23区平均の半額の水準で、上昇率も11.4%と低くはないが東京23区の上昇率20.1%の約半分にとどまっており、エリアの違い、および需要の多寡によって価格水準にも上昇率にも大きな違いがあることが浮き彫りになっている。
また、“億ション開発”の波は東京にとどまらず、横浜、大阪、名古屋、福岡といった各都市圏の中心部以外にも旭川、札幌、仙台、新潟、大津、松山、高松、松江、熊本、那覇ほか全国に拡散しており、これまで億ション分譲が皆無だったエリアでも次々とプロジェクトが立ち上がったから、日本全体の景況感とは異なり、金融資産残高2,212兆円を保有する家計の現状や、富裕者層の増加による消費の拡大、さらにはインバウンド需要(投資&投機)の拡大といった図式も垣間見える状況にある。
一方、価格の上昇によるマーケットの縮小や変化を懸念する声も徐々に高まっている。首都圏ではコロナ禍で2020年に2万6,964戸の新規分譲に留まったが、2024年はそれを下回る2万3,003戸と1973年の調査開始以来最低水準まで減少しており、漸減の主要因は価格上昇とほぼ断じられる状況にある。
各都市圏での地価の安定的な上昇、2024年問題で顕在化した建設業・運輸業の人手不足による人件費の高騰、そして円安に起因する建設資材価格の上昇はいずれも短期的に解消・解決できる術はないから、新築マンションは一般的な所得者層には手の届かない“高嶺の花”となりつつある。
東京都では一般的な所得者層でも購入可能な“アフォーダブル住宅(※)”の供給を構想しているとの報道もある通り、様々な要因が重なり合って住宅が購入困難な状況が今後も続けば、日本の景況感や社会構造にも影響することは必至だから、これ以上の住宅価格の高騰はデメリットしかないとの声も聞こえ始めている。
果たして新築マンション価格高騰はいつ頃収まるのか、収まるとすれば何が要因となるのか、市場動向に詳しい専門家の見解を聞いた。
※アメリカでは中低所得者向けに“手頃な価格で購入・賃貸できる住宅”と定義される
東京都でも昨年“相場賃料の8割程度で居住可能な賃貸住宅”の提供を構想し2026年度から供給開始予定
分譲マンション市況に影響を与える市場動向や経済環境だけでなく政策等にも注視すべき局面~菅田 修氏
消費税や手取りなど国民生活に直結する様々な論点も争点となっていた参院選も終わり、いよいよ夏本番の様相を呈している。衆参共に少数与党となり、国政に変化の兆しが生じている。ここ数年、経済環境や政局に変化が生じているものの、首都圏の分譲マンション価格は、高止まり局面が長期化している。
価格が高騰すると市況の悪化を懸念する声も出てくるが、供給サイドからすると、計画の範囲内で販売できているからこそ、今の状況が継続できる。いうならば、需要はついてきている局面とも言える。また、基調記事にあるように、直近の平均価格は極端な高額物件がつり上げている可能性が指摘される。これまでにない高額な価格帯の物件が出てきて、平均価格はつり上げられているものの、それが需要層の多様化や二極化につながっているとも捉えられる。そうなると、多様な需要が弱含まない限り、価格を下げるインセンティブは働きにくい。
では、需要サイドは足元の住宅関連コストをどのように捉えているのだろうか?三井住友トラスト基礎研究所では2025年2月に東京23区に居住する方を対象にしたWebアンケート(関連レポート「住宅補助金が若年層の住居選択に与える影響」を当社HPに掲載)で、「家賃・ローンの支払いを減らすために転居の必要性を感じているか?」と質問したところ、「転居の必要性を感じている」との回答は約40%にのぼった。所有形態別にみると、持ち家世帯よりも賃貸世帯の方が「転居の必要性を感じている」回答割合が高かったが、分譲マンション居住者の約2割も「転居の必要性を感じている」と回答している。このままインフレ傾向が長期化し金利がさらに上昇すると、生活コストの上昇に直結する。近年は変動金利で住宅ローンを組んでいる世帯が大半であることを鑑みると、生活コストの上昇が原因となり、現在の住居を維持することが難しくなる持ち家層が出てくることも懸念される。そうならないためにも、実質賃金の上昇などによって住宅関連も含めた生活コストの増加に負けない水準以上に“手取りが増えること”が必要となるだろう。需要動向に影響を与える金利水準や手取り等に関する動向については、これまで以上に留意が必要である。
また、住宅は社会インフラの一つと捉えることもできる。狭い居住面積しか確保できないような状況下では、多子を育てることが難しいと考える若年層が増えることは自然のことだろう。二極化が鮮明となりつつある住宅取得環境下では、公平かつ公正な市場競争環境を十分に確保した上で、少子化につながらない住宅政策、子育て政策が取られることが重要となる。直近では、アフォーダブル住宅の供給や外国人政策など、住宅市場に影響を与える政策が取り沙汰されている。市場動向や経済環境だけでなく、適切に住宅関連政策を実行できるかも価格動向に大きな影響を与えるため、政府や行政の動向も注視すべきタイミングを迎えている。
都心と郊外で異なるマンション価格の形成。都心では、1泊300万円超のホテルが開業~岡本 郁雄氏
新築マンションの価格構成で大きな比率を占めるのが土地価格と建築費。新築マンション価格の上昇が顕著なのは、土地価格も建築費もともに上がり続けているからだ。令和 7 年地価公示では、三大都市圏平均で、全用途平均・住宅地・商業地すべて4 年連続で上昇し、上昇幅が拡大。地方圏平均でも、全用途平均・住宅地・商業地のいずれも 4 年連続で上昇している。建築費も上昇を続けており、マンション価格が下がる状況にはない。
マンション用地の仕入れから販売までには時間差があり市場に出てくるのは、土地の取得から数年先となる。再開発など事業規模の大きなプロジェクトは、計画段階から引き渡しまで長い期間を要するので、これからマンション用地を取得し数年先に販売されるマンションの価格は、さらに高くなるはずだ。地価を押し上げているのは、ここ数年の円安トレンドによるインバウンド需要。2025年上半期の訪日外客数は、21,51万8,100人となり前年同期を370万人超上回り、過去最速で2,000万人を突破した。
欧州最大手のホテルグループ・アコーによるラグジュアリーホテル「フェアモント東京」が、「ブルーフロント芝浦」内に7月に開業した。プレジデンシャルスイートの宿泊費は、1泊300万円超。昨年夏に大阪・堂島に誕生したラグジュアリーホテル「フォーシーズンズホテル大阪」も一泊10万円を超える宿泊費でスイートルームは、200万円を超えるものもある。外国人向けのホテルニーズは堅調で、上野や浅草などのホテル適地は、地価上昇が続いている。世界の旅行需要は今後も拡大が見込まれており大阪、京都など観光需要の高い街のマンション価格は、供給制約要因から今後も高止まりする可能性が高い。
都心と郊外では、マーケット構造の違いがあり価格の動きも異なる。千代田区、港区、中央区の都心3区は、オフィスやホテルなどの需要に加えて、住宅に占めるマンション比率が極めて高い。いっぽう郊外は、一戸建て住宅の比率が高くなっており、マンション価格の上昇にともない一戸建てを選ぶ人が増えている地域もある。外国人需要の有無も都心と郊外で大きく異なる点だ。地政学リスクの高まりと大幅な円安で、東京都心の不動産へ注目が集まっている。円の価値は、香港ドルや台湾ドルなどアジアの通貨に対しても大きく下落しており周辺諸国から見れば、値頃感がまだある。
新築マンション価格の高騰が収まるためには、建築費が下がることが必要だが建設業界は高齢化による人材不足で人件費の上昇が続いている。補うために、外国人材の活用が進むが円安は外国人材の確保にもマイナスに働く。また、マンションに使う設備・機器についてもメーカーからさらなる値上げの動きが出ているという。為替レートの円安傾向が続くのであれば、マンション価格を抑えることは今後も難しいだろう。需要の面では、日本国内も海外でも富裕層の数や資産規模が拡大を続けている。超高額マンションの需要は、一定数見込めるため価格が大きく崩れる状況ではない。
いっぽう、世界経済の不透明感や金利の上昇、外国人投資家の動向など需要面での不安要素もある。外国人の不動産購入に規制がかかれば、都心のマンションの売れ行きに変化が出るかもしれない。また、リーマンショックのような世界経済の悪化や金利上昇は、都心のマンションマーケットにおいてもマイナス要因になる。政策金利は、低いままだが長期金利は上昇を続けている。今後、急激な金利上昇や円高が起きれば、マンション価格の上昇トレンドが止まるかもしれない。
周辺部では価格上昇は既に頭打ち。利上げ判断を契機にピークアウトが鮮明に~吉田 資氏
ニッセイ基礎研究所の推計によれば、2024 年下期の新築マンション価格(東京23区・エリア別)は、2005年上期を100とした場合、都心「334.0」>東部「226.8」>南西部「224.4」> 北部「214.6」となった。東京23区の新築マンション価格は、いずれのエリアも高い水準にある。
しかし、2024 年の上昇率を上期と下期に分けて確認すると、都心(上期13%/下期16%)は下期にかけて上昇率が拡大した一方、南西部(上期8%/下期3%)は下期に上昇率が縮小し、北部(上期5%/下期▲ 1%)と東部(上期11%/下期▲1%」は下期に下落に転じる結果となった。
国土交通省「令和6年度住宅市場動向調査」によれば、分譲集合住宅に住み替えた世帯に、住宅選びの際に妥協した点を質問したところ、「価格(予定より高くなった)」(42%)との回答が最も多く、約4割を占めた。また、スタイルアクト「マンション購入に関する意識調査」(2025年2月時点)によれば、東京23区でマンション購入を検討している層に、現在のマンション価格に関する認識を質問したところ、「購入をためらうほど高い」(57%)との回答が最も多く、次いで「購入を諦めるほど高い」(27%)が多かった。
新築マンション購入の実需層が、価格高騰に追随することが難しくなり、投資目的での購入を多く含む「都心」を除き、周辺エリアでは価格上昇が頭打ちとなった可能性が考えられる。
不動産投資の動向に関して、ニッセイ基礎研究所が今年1月に、不動産分野の実務家・専門家を対象に実施したアンケート調査によれば、不動産投資市場への影響が懸念されるリスク要因について、「国内金利」との回答が最も多く、次いで、「建築コスト」、「米国政治・外交」との回答が多かった。また、前回調査と比較して「国内金利」と「米国政治・外交」に対する懸念が高まった。
不動産投資への影響が大きい「国内金利」に関して、日本銀行は、段階的な利上げを経て、金融政策の正常化を目指しており、これまで低下基調にあった不動産キャップレートが反転に向かう可能性が出てきており、金利上昇への警戒が高まっている。
また、東京23区では、ローン借入を前提にマンション購入を検討する消費者が多いなか、住宅ローン金利の水準は、新築マンション実需層の購入判断に影響を及ぼしている。長期固定金利住宅ローンである「フラット35」の金利は、2022年以降上昇傾向で推移し2%の水準に迫っている。
今後、国内金利が大幅に上昇した場合、資産効果の剥落等に伴い、価格上昇を支えてきた国内外の富裕層等による投資目的でのマンション購入意欲が後退する可能性がある。
日本銀行は、アメリカの関税措置等に伴い、経済や物価の不確実性は極めて高いと判断し、2025年3月以降、金融政策を維持(政策金利を据え置き)している。しかし、今後は「利上げ」の判断等が契機となり、マンション価格上昇のピークアウトが鮮明になる可能性があり、金融政策の動向を注視する必要性が一層高まっているだろう。