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生成AIに淘汰される「漫然とホワイトカラー」の末路【ホワイトカラー消滅】

NHK出版デジタルマガジン

生成AIに淘汰される「漫然とホワイトカラー」の末路【ホワイトカラー消滅】

 深刻な人手不足と、デジタル化の進展による急激な人余りが同時進行する日本。生成AIなどの技術革新により、ホワイトカラーの仕事が急速に取って代わられていく中、組織や個人が生き残るための具体策とは? 産業再生機構、日本共創プラットフォーム(JPiX)で数多くの企業の経営改革を手掛けた冨山和彦さんの新刊『ホワイトカラー消滅 私たちは働き方をどう変えるべきか』を抜粋して公開します。

生成AIの破壊性と深まる苦悩

 これから、怒涛の勢いで押し寄せる生成AIなどによる破壊的イノベーションがホワイトカラーの仕事をさらに奪っていく。
 現状、人間でなくても対応できる、比較的間違いようのない問いに答える仕事は、世の中には案外多い。わかりやすい例は、カスタマーセンターの対応である。多数の問い合わせを分類すると、人間の判断が必要のない共通の問い合わせがほとんどだ。かなりの部分の法律相談もそうだ。法律はアルゴリズムなので、限界事案は人間の判断が入るが、通常の事案は要件事実さえインプットすれば同じ答えになる。会計、とくに簿記の処理も簡単に置き換わる。それは、ルールが決まっているからだ。
 つまり、ルールベースで動くもの、アルゴリズムベースで動く仕事は、確実に生成AIに置き換わる。ここに相当数のホワイトカラーの仕事が存在しているので、これは間違いなく減っていく。 今、簡単な原稿づくりなども初稿は生成AIでつくることが始まっている。しかし、そこから編集するのは人間にしかできない。編集においては、問いを立てる部分とディシジョン(決定)の部分は人間に残る。生成AIには問いが立てられないからだ。

 意思決定には、ある種の直感や価値判断が必ず入り込む。逆に、それが必要ないものは本当の問いではない。「ボス仕事」は残るのである。
 実際のホワイトカラーの職場は、ボス1人に対して部下が4、5人いる。だとすると、単純化すれば仕事は5分の1になる。あえて部下の仕事が残るとすれば、それは将来のボスになっていく人が、通過的にその仕事を経験する目的でしかない。言わばボスになるための教育プロセスとして、部下の仕事に取り組むという位置づけになっていく。指示された仕事をある程度やっておかないと、AIを使うときにブラックボックス化してしまうからだ。AIは人間を真似ているが、真似られる側の仕事を通過体験的に行っておくことは、どうしても必要である。それは、付加価値を生む仕事ではないので、教育コストになる。顧客からお金を取れる付加価値を生み出す仕事は、ボスになってはじめて生まれる。

「漫然とホワイトカラー」はどのように淘汰されるか

 グローバル経済における熾烈な国際競争に勝つためには、急速な進化を遂げつつある生成AIの導入は日本企業にとっても避けて通れない道である。グローバル企業のホワイトカラー、より具体的にはデスクワーカーの仕事の多くは、すでに生成AIに代替され始めている。これからも、さらに代替が進むはずだ。生成AIの恐るべきところは、従来のIT化のようにオフィスの効率化、コストサイドイノベーションの枠を超えて、顧客に提供する付加価値サイドにおいて破壊的イノベーションを起こす可能性が高いことだ。

 いわゆるネット時代の到来で、AVハードウェア産業周辺では、まさにこの付加価値シフトが起き、ネット上のソフトサービスへの付加価値シフトによってテレビやビデオ、ステレオ製造業は破壊的なダメージを被った。
 金融、会計、税務、法務、IT,広告、デザイン、コンサルティングや医療などのデスクワーク型サービス業では同様の付加価値シフトが起きる可能性が高く、産業丸ごと新しいタイプのプレーヤー、いわゆるディスラプター(既存の市場原理を破壊する可能性も秘めたベンチャー企業)、ゲームチェンジャーに取って代わられるリスクが出てくる。やられる前にやるしかない。「我が社は人間を補完するAI化を進める」などときれいごとを言っている場合ではないのだ。補完だろうが代替だろうが、どんどん導入を加速すべきなのだ。

 ところが、日本企業の終身年功制のせいで、仕事もなく成果も上げていない「漫然とホワイトカラー」、さらには肩書も給料もインフレの「なんちゃって中間管理職」がなかなか減らない。
 この破壊的変化に真剣に対応すると、「漫然とホワイトカラー」は淘汰されていき、新卒一括採用でホワイトカラーを目指す学生の採用も減っていくことになる。ホワイトカラーに残る仕事は、本当の意味でのマネジメントである。現状、いわゆる中間管理職が担っている管理業務ではなく、経営の仕事だ。これまでは数多くあったホワイトカラーの「部下仕事」は、生成AIに急速に置き換わる。

 問いのある仕事、正解がある仕事において、圧倒的な知識量、論理力、スピード、昼夜働く力に人間は勝てない。残るのは自ら経営上の問いを立て、生成AIなども使って答えの選択肢を創造し決断する仕事、すなわち「ボス仕事」だけである。言わば中間経営職ということになるが、そこで必要になる人員数は現状の中間管理職よりも一桁少なくなるはずだ。
 企業は従業員に対して、数少ない「真のボス」ポストを目指して真剣勝負をしてもらうか、部下ホワイトカラーとしてAIの圧力で下がる賃金に耐えてもらうか、それとも人手不足かつ(後述するように)AI代替が起きにくいノンデスクワーカー技能職の世界に転職するか、を問うべきだと思う。冷たいようだが、長い目では厳しい現実を伝えないほうが不誠実だ。鬼手仏心で臨むべし。

 きわめて高度にクリエイティブなデスクワークも残るだろう。クリエイティブなデスクワークとは、例えばデザイナーであればチーフデザイナーの仕事である。プログラマーであれば、プログラムを書く人ではなく、ソフトウェアの基本アーキテクチャを構築できる人である。文章を書くにしても、生成AIで事足りるウェブライターなどの仕事は代替され、記事としてのテーマを企画し、編集する人が担当する。アカデミー賞を取るような脚本を書く人もそうだ。誰もができる仕事ではなく、世界で戦える仕事に純化されていく。言わば「プロ」の世界のボスたちだ。これらの仕事で食べていける人は、これまたかなり限られた人だけである。

 そうなると、社会全体として、ボス仕事を担うアッパーホワイトカラーだけがグローバル産業で生き残ることになり、ロウワーホワイトカラーは消滅していく、あるいは賃金水準は下がっていく。その人たちは、ノンデスクワーカーの世界に移動せざるを得なくなる。しんどい話にも聞こえるが、実はそれがグローバル企業の競争力を高め、ローカル経済の深刻な人手不足を埋めるために効果的な方法だ。
 加えて日本の大学教育、特に文系学科は「漫然とホワイトカラー予備軍」を想定した教育を行っているので、これまた大きな変容を迫られざるを得ない。この点、日本の文系ヒエラルキーの頂点にいる東京大学法学部さえも例外ではない。

AI革命でホワイトカラーの仕事がブルシットジョブ化する

 2018年、デヴィッド・グレーバーの著書『ブルシット・ジョブ クソどうでもいい仕事の理論』(岩波書店)が話題になった。グレーバーは、ホワイトカラーの5種類の無意味な仕事を挙げ、働き手は自分の仕事が無意味ではないふりをすると喝破した。アメリカは、日本よりはるかに高度なIT化を推進したため、ブルシットジョブが顕在化した。日本でも、いよいよブルシットジョブがあぶり出される時代になった。現在は「漫然とホワイトカラー」が最後の抵抗をしている状態かもしれない。

 さまざまな時代で起こった産業革命は、必ずブルシットジョブを生み出す。
 動力革命によって、筋肉の置き換えが起こった。労働者が農業から工業にシフトし、農作業の多くがブルシットジョブになった。
 情報通信革命によって、目と耳と口の置き換えが起こった。自動化の進展により工場で働くブルーカラーがオフィスで働くホワイトカラーにシフトし、ブルーカラーの仕事の多くがブルシットジョブになった。
 現在進行中のAI革命によって、脳の置き換えが起こっている。オフィスで働くホワイトカラーの仕事がブルシットジョブになり、ホワイトカラーが行き場を失いつつある。

 もちろん、すべての仕事がブルシットジョブになるわけではない。完全代替はしない。非定型な仕事や複合的な仕事は人間の手に残る。とはいえ、従来の仕事のかなりの部分を機械やAIがやってくれるようになるので、置き換わる部分に関しては間違いなくブルシットジョブになる。IT化、デジタル化の最終形態であるAI化には、やはり革命性があり、産業的、社会的に大きな構造転換とジョブシフトをもたらす可能性が高い。
 第一次産業革命時に起こった「ラッダイト運動」のように、仕事を奪われる恐怖や不安に駆られた労働者が、新たに導入された機械を打ち壊したい気持ちもわかる。同様に、現在のホワイトカラーが自分の仕事にしがみつきたい気持ちもわかる。少し前までは、ホワイトカラーの仕事はブルシットジョブにはなっていなかった。懸命に勉強して少しでも偏差値の高い大学を目指し、誰もが知っている有名企業に入り、ホワイトカラーの仕事に颯爽と取り組むことを目指してきたのだから、その仕事がブルシットジョブになってしまうのは、つらい。この認知的不協和は時代の変化に対する抵抗感、反発心の温床になる。
 でも、それに同情して現状維持を図っても時代は止まってくれない。どのような時代でも、既存の仕組み(その多くはかつては新しい仕組みだった)に適応してその地位を確立して既得権を持つ人が必ず生まれる。仕組みが変わるときには、どの段階で変えても既得権を持つ人は抵抗する。これは、明治維新のときの士族と同様だ。明治当時、士族階級が不要になったのは、農民でも兵隊をやるように仕組みが変わったからだ。
 では、グローバル産業で行き場を失ったホワイトカラーは、いったいどこへ向かえばいいのだろうか。

 次に起こるシフトは、グローバル産業のホワイトカラーから、ローカル産業のエッセンシャルワーカーへのシフトである。そのとき、エッセンシャルワーカーが生産性の高いアドバンスト・エッセンシャルワーカーに変容できるか、その反射としてホワイトカラーがどう変容すれば新しい時代の新しいゲームの中で生きていけるか、が日本社会全体の安定的成長のカギとなる。いずれも本書の後半でさらに議論を掘り下げていきたい。

冨山和彦(とやま・かずひこ)
IGPIグループ会長。日本共創プラットフォーム代表取締役社長。1960年生まれ。東京大学法学部卒。在学中に司法試験合格。スタンフォード大学でMBA取得。2003年、産業再生機構設立時に参画しCOOに就任。解散後、2007年、経営共創基盤(IGPI)を設立し代表取締役CEO就任。2020年10月よりIGPIグループ会長。2020年、日本共創プラットフォーム(JPiX)を設立し代表取締役社長就任。パナソニックホールディングス社外取締役、メルカリ社外取締役。

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