勝利への貪欲さがチームを変え、マダガスカルの子どもに夢を届けた。JICAラグビー隊員が成し遂げた「行動変革」
今回インタビューを行ったのは、JICA海外協力隊スポーツ隊員の今井明男さん(以下、今井)。
7人制ラグビー女子・マダガスカル代表チーム、通称「マキレディース」(マキ:マダガスカル語でワオキツネザル)のコーチといった、スポーツを通した国際協力を現在進行形で行っています。
「スポーツを通じて自己形成とアイデンティティが芽生えた。それくらいスポーツの力は僕にとって大きい。」と、スポーツが人にもたらす力を強く感じていると話す今井さんが、スポーツを通して、JICA海外協力隊を通じて、マダガスカルでどんなことを成し遂げたのか。ラグビーチームを、そしてマダガスカルという国を変えた今井さんの熱い想いをぜひご一読ください。
28歳の新たな挑戦。JICA海外協力隊
ーーJICA海外協力隊に参加したきっかけを教えてください。
今井)海外協力隊に応募する前、私は10年間エネルギー関連の会社で働きながらラグビーをプレーしていました。28歳になって、ようやく自分の時間をつくることができて未来のことを考えるようになり、やりたいことをひたすら紙に書いてみた結果「海外で子どもたちと一緒にラグビーをする」という1つの目標ができました。
その後、会社を退職してすぐにセブ島へ半年間留学。週末にセブのメンバーとラグビーをする機会もあり、その経験によって夢がさらに具体的になりました。
そんな想いをもってセブでの生活をしている中で、「国際協力 ラグビー」とインターネットで検索したところ、JICA海外協力隊の募集を見つけたのがきっかけです。いくつか募集している国はありましたが、ラグビー隊員の歴史の浅いマダガスカルを希望しました。
ーー実際に訪れてみて、マダガスカルという国に対してどんな印象を受けましたか?
今井)生きる環境の厳しさを感じました。首都には一人では危険すぎて歩けない場所がたくさんあり、率直に「すごいところに来たな」と思いましたね。
ーーそんな環境の中、マダガスカルの女子ラグビー代表チーム、『マキレディース』の指導を行うことになります。チームの印象はいかがでしたか?
今井)まず、練習環境が非常に厳しかったことに驚きました。チームにはラグビーボールが2球しかなく、そのボールも何年も使ったようなグリップのないツルツルのボール。そんなボールで練習していて、よく公式戦でそれなりの成果を残してきたなと逆に感心するぐらいでした。事前に日本ラグビー協会さんにご協力をいただいて、寄付頂いたラグビーボールが役に立ちましたね。
ーーマキレディースではどのようなメンバーがプレーされていたのでしょうか。
今井)セレクションで選ばれた18歳から37歳までの幅広い年代のメンバーで構成されていました。日本との大きな違いでいうと、ほとんどの選手が子どもを持つ母親だということ。
午前中の練習が終わったら、午後は自宅へ戻り子育てや家事をする、そうやってラグビーと両立している選手が多くいました。
ーーJICA海外協力隊員として活動する期間の中で、どんなことを成し遂げたいと思われていましたか?
今井)指導する上での目標はオリンピック出場でした。隊員として活動が始まったのが、2022年4月に開催された7人制ラグビーワールドカップのアフリカ予選を史上最高の2位で勝ち抜き、ワールドカップに向けてチームが再始動した6月のタイミングで、「ワールドカップに行けるほどのチームならば、オリンピック出場も狙えるだろう」と考えていました。
また、オリンピックに行くことでマダガスカルが世界からの注目を集めるきっかけになったり、ラグビー環境が改善されるきっかけに繋がればという想いもありました。さまざまな付加価値がチームに付いてきてくれればと活動していましたが、実際はオリンピック予選敗退と、現実はそんなに甘くはありませんでした。
すべては勝つために
ーーコーチとして、マキレディースでどのような取り組みをされていたのでしょうか。
今井)勝つため、トライをとるための基礎的なスキルの向上だけでなく、精神面についても力を入れて指導しました。時間通りに練習が始まることがまずなかったので、時間管理がどれだけ重要かを徹底的に教えていきました。
時間のマネジメントができないチームが勝てるわけないんです。力の差がある相手にだったらいくらでも勝てますが、実力が均衡している試合では少しの意識の差が結果を左右します。
しかし、ワールドカップ出場を決めたチームなので、現状に満足している選手たちの意識を変えるのはとても大変でした。「日頃の練習の取り組み方から変えていかないか」「練習開始時刻の9時にしっかりと100%の状態で練習ができる環境づくりをしよう」と1年半ほどかけて丁寧に伝えていきました。
ーーチームの技術面や精神面が大きく変わったなと感じる瞬間はありましたか?
今井)決定的に変わったなと感じた瞬間があります。2023年4月に行われたHSBCチャレンジャーシリーズという大きな世界大会に出場するために行った南アフリカの1ヶ月間遠征です。この大会は、自分たちの力を100%出し切れば上位を狙える見込みがあったのですが、マキレディースは立て続けに、しかも僅差で負けてしまいました。
「この1点、2点の差はどこにあるのか?」ということを、選手全員が真剣に考える機会になり、自主練習をする選手が増えるなど、少しずつ選手の意識が変わっていったと感じました。
ーー2023年には、インド洋大会で優勝するなど、結果も残されました。
今井)私たちの目的はこの大会に優勝することだけではなく、その後にあるオリンピック予選を勝ち抜くことでした。そこにつなげるためにと考えたときに、「ディフェンスを強化し、全試合無失点に抑えて優勝する」ことを目標に掲げ、見事その通りに達成することができました。
目標から逆算し、達成に向けて努力を積み上げるような考え方は、マダガスカルではまだまだないものでしたし、言葉で表現することも難しいものでした。大会前、日本から3名の短期ボランティアが来て手伝ってくれた期間で、「しっかり階段を上っていこう」と説明してなんとかチームの理解ができあがった印象です。
異文化で育ったメンバーと、考え方の違いを埋めることの難しさを感じましたし、指導者側がこのように目標に対して計画を立てることも残していかなければならないと感じています。
マキレディースが、子どもたちの新たな夢に
ーー今井さんが隊員として関わったからこそ、マダガスカルにおけるラグビーの立ち位置や国民へ与えた影響など、国としての変化を感じた部分はありますか?
今井)勝利を掴むたびに、マダガスカルラグビーの認知度は上がっていると感じていますし、ラグビー人口も実際に増えています。
マキレディースが子どもたちの憧れの対象になったことは嬉しい変化でした。現在、私は地方の子どもたちに向けてラグビーの普及育成活動をしていますが、子どもたちはマキレディースという存在を認知していますし、女の子はマキレディースのメンバーになることを目指しています。
人生の目標にしたい存在として子どもたちに夢を届けてあげられたことは、本当に嬉しく思います。
また、勝利を重ねるにつれて報道されることも多くなりました。マダガスカルの新聞記事や大統領のSNSに掲載されることもありました。大統領に関心を持ってもらえるほどに、ラグビーの注目度を上げることに貢献でき、大きな影響を与えることができたのかなと感じています。
ーー隊員としての派遣期間は残り数か月です。今井さんは残りの期間でどのようなことに取り組む予定ですか?
今井)「地方のラグビーチームを強くすること」に取り組みます。そして、彼らに新しい景色を見せてあげたいと思っています。
具体的には、今年の8月末に首都のアンタナナリボで実施される全国大会で優勝すること。
その大会には首都のクラブチームはもちろん地方の選抜チームも参加をする大きな大会なので、そこで結果を残し地方の若者をナショナルチームに入れることが目標です。ナショナルチームに選ばれることでパスポートを所持し、海外に行くこともできますし、知らない世界をたくさん見ることができる。自分たちの未来に可能性を感じてくれたら嬉しいなと思っています。
行動変革が、人生を豊かにするきっかけに
ーーJICA海外協力隊として現地に行ったからこそ実現した取り組みはありますか?
今井)ラグビー強化のための活動はもちろんですが、ラグビーの練習以外も選手と触れ合う時間が作れているのは、JICA海外協力隊だからこそできていることだと感じています。
事例でいうと、国際女性デーを活用した若年層の女性選手を対象とした性教育の実施などです。マダガスカルでは若年層の妊娠が重大な社会課題になっていて、私自身も身近な選手でそのような事例を見てきました。自分の幸せのための計画的妊娠であれば祝福できますが、そうでない妊娠は選手としてのキャリアにも関わることです。選手に対して、こうした発信ができたのはマダガスカルにとって大きな一歩だと思っています。
また、日本の企業様やマダガスカルのコミュニティ開発の栄養に関わる皆様にご協力をいただいて「栄養セミナー」を今年8月に実施しようと計画を立てています。
ーー勝つために必要な食や性などの教育面にも介入されているんですね。
今井)そうですね。すべての目的は勝つためなんです。やはり目標や夢を叶えるためには、練習だけではない部分の「行動変革」を起こしていかないと本当に大事な試合で勝てないと考えています。プレー面が上達することに関しては時間がかかりますが、食や性などの教育に関することは、意識や知識で行動を変えることができるので、私にできることは何でもやろうと力を入れて行っています。
ーーラグビーを通じて自分の人生を切り開いた、ロールモデルになるような教え子はいらっしゃいますか?
今井)正直社会的に女性の地位が向上した選手はほとんどいないのが現状です。私が介入したことで意識や行動は少し変えられましたが、社会課題の解決にはまだまだ時間がかかる印象です。
しかし直接的に教えた選手ではないんですが、1人「ラグビーアフリカ」という地域統轄団体が間に入ってくださり、ラグビーを通じてフランスのクラブチームで活躍している選手がいます。
やはり皆羨ましがっていましたし、全員ラグビーに本気で取り組んでいるからこそ海外でプレーをしたいんだなという熱意が伝わってきました。このようなチャンスをしっかりと掴み取ることができる選手が増えて行くことを願っています。スポーツの力で、人生を豊かにしていってほしいですね。
ーーありがとうございました。