ロイヤル・オペラ『ワルキューレ』ブリュンヒルデ役エリザベート・ストリッドに聞く~「英国ロイヤル・バレエ&オペラ in シネマ 2024/25」
ワーグナーの《ニーベルングの指環》(以下《指環》)4部作は、上演に合計で15時間以上を要するオペラ史上の超大作。新しい演出で舞台にかかる(新制作)時は、大きな話題になる作品でもある。ヨーロッパを代表する名門歌劇場であるロンドンのロイヤル・オペラ・ハウスでは、2023年から20年ぶりの新制作がスタートしている。第1作の《ラインの黄金》に続き、今年5月には第2作の《ワルキューレ》が上演され、バリー・コスキーの印象的な演出と新鮮なキャスト、名匠アントニオ・パッパーノの指揮で大成功を収めた。
ヒロインのブリュンヒルデを歌ったエリザベート・ストリッドは、従来のワーグナー・ソプラノの硬質な声とは一線を画すフレッシュでリリカルな歌唱で評判になっているドラマティック・ソプラノだが、なんと今回が役柄デビュー。今年(2025年)1月には新国立劇場の《さまよえるオランダ人》のゼンタ役で日本デビューを果たし、清新で若々しい演唱で絶賛されている。今回、幸運なことにストリッドにメールでのインタビューがかなった。ロイヤル・オペラ・ハウスという名門でワーグナーの大役デビューを果たした注目のソプラノの声をお届けする。
―― ロイヤル・オペラでの《ワルキューレ》のご成功おめでとうございます。歌も演技も、とても感動的なブリュンヒルデでした。しかもロールデビューだったのですね。演出家と指揮者、両方の推薦があったと伺いました。
ロイヤル・オペラで新制作されている《ニーベルングの指環》でマエストロ・パッパーノさんと演出のコスキーさんと共に自分ならではのブリュンヒルデを作り上げることができたのは、本当にファンタスティックなことでした! お二人は、この役をまだ歌ったことがなく、声が新鮮で、外見も若々しく、演出的な要求が厳しい場面でもスムーズに動き回れる歌手を探していました。ロイヤル・オペラのキャスティング・ディレクターは2019年にシュトゥットガルトで私が歌ったワーグナーの《さまよえるオランダ人》ゼンタを観て、すぐに「新しいブリュンヒルデは彼女だ」と思ってくださったそうです。
その後パッパーノさんと2回ワークセッションを行い、ブリュンヒルデが出演する《ワルキューレ》以降の3作のいくつかの場面を試しました。最後のセッションではバリー・コスキーさんにもお会いしました。そして出演が決まったのです。とてもハードな道のりでしたが、それ以上の報いがあった経験でした。2026年春に始まる次作の《ジークフリート》の稽古が今から楽しみです。
―― ワーグナーを歌うソプラノというと強靭で硬質な声の歌手が少なくないように思いますが、ストリッドさんは繊細でリリックで明るい声をお持ちです。そのような自分の声をどのように意識されていますか?
はい、私はリリカルなブリュンヒルデです。この役は年齢を重ね、声の美しさが失われてしまった歌手によって歌われることがよくありますが、それは残念なことです。《ワルキューレ》のブリュンヒルデは若い女性であり、彼女が出る3作全てに数多くの美しくリリカルな瞬間があります。この役を叫ぶように歌うのは残念なことですし、ワーグナーも望んではいなかったのではないでしょうか。
とはいえ、この長大なオペラを歌い抜くためには高い声楽的な技術と持久力が必要です。これはイゾルデも同じです。私はそのためにとても努力してきましたし、体幹を鍛えるためにピラティスもよくします。過去15年の間にソプラノのために書かれたワーグナーのほぼ全ての役を歌ってきましたが、その経験はとても役に立っています。
―― あなたのキャリアにおいて、ブリュンヒルデはどんな位置を占めますか?
ブリュンヒルデはもちろん夢見た役ですし、まだ声が新鮮で良い状態のうちに歌えることをとても嬉しく思っています。《神々の黄昏》までこの役を歌い切れれば、ドイツ・オペラのレパートリーで自分が歌いたかった役は全て歌ったことになります。私は本当に幸運です。
―― ブリュンヒルデ登場の第一声を歌うのはかなり大変ですよね?今回は演技もずいぶんありました。どんな準備をされていますか?
「ホヨトホー」を歌いながら走り回り、飛び跳ね、踊るなんて、たいていのソプラノなら絶対に「ノー」と言うでしょう。でも私は、自分の限界に挑戦してみたかったのです。この場面に慣れるまでには、少し時間がかかりました。
―― バリー・コスキーによるこの演出ではヴォータンとブリュンヒルデの「父娘の愛」がとても強調されているように感じます。ヴォータンもとても人間的でした。その辺りはどうお感じになりましたか?
第三幕の父娘の場面を作り上げるのは本当に楽しかったです。バリーの演出は素晴らしく、とてもリアルで胸を打ちます。この場面はオペラ全体の中で私の一番のお気に入りになりました。
―― あなたが考えるブリュンヒルデのキャラクターについて教えてください。
《ワルキューレ》では、ブリュンヒルデは初めて父の意志ではなく自分の心に従い、異母兄でもあるジークムントを守ろうとするティーンエイジャーの女性として描かれます。これからの3作で彼女は一作ごとに強くなっていきますが、それは素晴らしい旅になるだろうと感じています。
―― 今回の演出では、ブリュンヒルデの母であるエルダが成り行きを見守っています。この点はどうお感じになりましたか?
「死の告知」の場面と最終幕の両方でエルダが舞台上にいるのは、とても興味深いことでした。まるで母親に見守られているようでしたし、彼女を見つめると愛情のこもったまなざしを返してくれるように感じて勇気づけられました。決断を求められる全ての瞬間で、彼女が寄り添ってくれるように感じられたのです。
―― ロイヤル・オペラ・ハウスの特徴を教えてください。
ロイヤル・オペラ・ハウスはとてもフレンドリーな雰囲気で、ここでの仕事を心地よく感じています。事務所の人から舞台スタッフまで、皆さんが本当に自分の仕事を愛していて、大きな家族のようです。楽屋の廊下の壁には過去の公演の写真が飾られており、歴史に名前を残している最高のオペラ歌手たちの姿があります。自分が今そこにいることに、とても感謝しています。
―― 伝説的なマエストロであるアントニオ・パッパーノの指揮はいかがでしたか? 共演者で印象に残った方についてもお聞かせいただけると嬉しいです。
パッパーノさんは素晴らしい音楽家で、いつも歌手のことを考えてくれています。彼はリリカルで美しい瞬間を私と一緒に作ることに力を注いでくれました。マエストロは「この役を叫んで歌える歌手はたくさんいるけれど、美しい音楽として歌える人はほとんどいない」とおっしゃっていました。彼には生まれ持ったベルカントの伝統があり、それをワーグナーの世界にも持ち込んでいます。私は彼と仕事をするのが大好きです。
素晴らしい歌手であり俳優でもあるクリストファー・マルトマンさんと共演できたのも素晴らしい経験でした。彼と一緒に舞台にいる一瞬一瞬が楽しかったです。彼以外のキャストの皆さんも歌にも演技にも優れており、だからこそ《ワルキューレ》が生き生きとした舞台になったのだと思います。
―― ストリッドさんはこの1月、やはりワーグナー作品である《さまよえるオランダ人》のゼンタを歌って日本の新国立劇場にデビューなさいました。その時のご感想をいただけますか。
日本での仕事は大好きですし、東京の新国立劇場で歌うことは夢が叶った瞬間でした。またぜひ日本で歌いたいです。温かい人々、美しい文化、そしてお寿司が大好きです。
―― ロイヤル・オペラの《ワルキューレ》はまもなく日本の映画館で公開されます。日本のファンへのメッセージをいただけますか?
私たちの《ワルキューレ》を見るために映画館にお運びくださってありがとうございます。私たちの公演を楽しんでいただけること、どこかで皆さんの心に響くこと、そしてこの傑作の美しさとパワーを堪能していただけることを願っています。
インタビュアー:加藤浩子(音楽評論家)