【千葉郁太郎さんの「アニメ聖地移住」】アニメがきっかけで移住する。その実態をつぶさに分析。自治体向けの提言も
静岡新聞論説委員がお届けするアートやカルチャーに関するコラム。今回は8月12日初版発行(奥付)のアニメ聖地巡礼・聖地移住研究者の千葉郁太郎さんが書いた「アニメ聖地移住」(集英社インターナショナル)を題材に。
2016年にヒットした「君の名は。」をきっかけに世間に定着したとされる「アニメ聖地巡礼」のさらに先、土地の魅力に引かれて「聖地」に移り住む「アニメ聖地移住」の実態とバックグラウンドを分析する一冊。
本書によると、日本には5000カ所以上の「アニメ聖地」が存在すると言われているが、そのどれもがアニメきっかけでいわゆる「活性化」を果たしたかというと、そうではない。本書は数少ない「成功例」に依拠していることを自ら明らかにした上で、「アニメ聖地」が果たしうる「地域変革」のありようを探ろうとする。
好きなアニメの舞台になった土地に移住する人々とそれを受け入れる地域社会を、「関係人口」「シビックプライド」「コミュニティ再生」といった社会学的キーワードをもとに議論した後、実際に「アニメ聖地移住」を果たした人々のケーススタディーを列挙する。
前段で印象に残るのは、「コアなアニメファンがニッチな趣味として始めた聖地巡礼」が「国家戦略の一つに組み込まれるほどの注目を浴びるまでに成長」するまでの道のりである。本書では「嚆矢」の例として長野県大町市が舞台の「おねがい☆ティーチャー」(2002年)と「おねがい☆ツインズ」(2003年)を挙げている。
もう一つ印象的なのは聖地巡礼のファンが「関係人口が想定する人物像にぴったり当てはまる」という指摘だ。つまり、「よそ者」なのに地域のファンであり、頻繁にその地域を訪れて地元住民と交流し、地域の祭事やイベントにも関わっていく、そんな存在である。
これを踏まえて千葉さんは、「聖地移住は関係人口から定住人口への移行という最も望ましい姿の一つではないか」とする。筆者は2015年から2019年まで沼津市で勤務し、「ラブライブ!サンシャイン!!」のファンたちをつぶさに観察したが、この分析は全面的に同意できる。
第4章「『アニメ聖地移住』を実現したひとびと」には「ラブライブ!サンシャイン!!」をきっかけに沼津に移住した事例が二つ挙げられているが、まさにそれを裏付けるような成り行きだ。
重要なのは、聖地巡礼と聖地移住を同一視しないことである。千葉さんの取材によると、聖地巡礼から移住までにかけた時間はおおむね2~4年。それなりに準備期間が必要だということだろう。
幸いにして沼津はアニメツーリズム、アニメ聖地移住の成功例として全国に知られるようになった。本書に掲載された移住者のコメントに「移住者の集まりに百人規模で参加者がいる」とのくだりがあって、驚愕した。
ただ、沼津の方法論が他の市町にそのまま置き換え可能かといえば、もちろん答えは「否」。千葉さんは最終章で、アニメをてこに移住者を増やせばたちどころに地域の課題解決につながる、という青写真を否定する。
「『もとからある良さ』を武器にしていくことを考えるべき」とする自治体に向けた提言に、重みが感じられた。
(は)