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服が語る映画『リプリー』:トムとディッキーの対照的なスタイル

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服が語る映画『リプリー』:トムとディッキーの対照的なスタイル

映画史上最高のワードローブを誇る『リプリー』ほど、リヴィエラの酔わせるロマンスを凝縮した映画はない。

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 映画『リプリー』(1999年)の冒頭は、3つのジャケットの物語から始まる。物語の冒頭で、主人公のトム・リプリーは、ニューヨークの屋上パーティでプリンストン大学の紋章が入ったネイビーブレザーを着てピアノを弾いている。このブレザーは、上流社会の一員としてのシンボルだ。しかし、すぐにわかるように、その威光はリプリー自身のものではない。彼はこのクラスの人間ではないのだ。

 ブレザーを交換したピアニストに返した後、トムはホテルの地下に降りていき、赤い襟と金ボタンがついた白いジャケットに着替える。彼はバスルームのアテンダントとして働き、客が手を洗う際にタキシードをブラッシングし、チップをもらっている。

 翌日の彼はコーデュロイのジャケットを着ている。このジャケットは、彼の保守的な性格を象徴するもので、彼が変身して別の人間になるまで着続けられることになる。

 アンソニー・ミンゲラ監督の1999年の映画『リプリー』において、ファッションは非常に重要な役割を果たしている。マット・デイモンとジュード・ロウが主演するこの映画では、服装の変化、指輪の交換、イタリアとアメリカのスタイルの対比が鋭く描かれている。この作品の中で描かれる服装は物語と密接に結びついており、過去20年間のどの映画よりも多くの衣装分析が行われている。

 衣装のすべてを手がけたのは、舞台やスクリーンの衣装デザイナーとして有名なアン・ロスだ。ロスは、ミンゲラの前作『イングリッシュ・ペイシェント』(1996年)での仕事によりアカデミー賞を受賞した後、『リプリー』に参加した。『リプリー』には彼女にとって特別な魅力があった。それは彼女自身がよく覚えている時代であったからだ。

「1950年代は、視覚的には退屈な時代でした」とロスは語った。

「40年代前半には戦争によって生地やデザインが制約されていました。戦後、ディオールがニュー・ルックを発表し、より多くの布地を使ったり、男性の服が大きくなったり、ダブルブレストのジャケットが流行しました。50年代に入ると、堅実な市民のように見える服が好まれました。その後、(この物語の設定でもある1958年あたりに入ると)ジェットセットの時代が始まり、ブリジット・バルドーやマンボ・キングスなどが登場しました。イタリアやリビエラには、マーロン・ブランドやアンナ・マニャーニが踊り明かす街のような雰囲気がありました。そして私はその場にいたのです」

 トム・リプリーは、ジェットセットの対極に位置する人物だ。彼の四角い眼鏡、ニットタイ、チノ・トラウザーズは、今ではアイビーリーグ風のスタイルとして評価されるかもしれないが、当時の南イタリアでは少し場違いで滑稽に見えたことだろう。

 彼がディッキー・グリーンリーフを追跡するために南イタリアに向かうシーンでは、その違和感が随所に見られる。特に際立っているのは、ビーチでのディッキーとの偶然の出会いのシーンだ。トムが注意深く計画したこの出会いの場面で、彼はビーチの砂の上で茶色のブローグシューズを裸足に履いている。これはどう考えても場違いだ。

 彼の他の衣服は、ネオングリーンの水着だけだ。ロスによれば、トムのスタイルは「アメリカの東海岸風で、シアーズ(アメリカの大衆百貨店)で買ったもの」という設定で、フィット感がイマイチなのは安物であるからだという。

 コーデュロイのジャケットは、ロスの共同デザイナーであるゲイリー・ジョーンズの言葉を借りれば「一つの作品」であり、チノパン同様にかなりゆったりとしている。一方金持ちであるディッキーは、エッジが少しほつれた美しく仕立てられた服を着ている。

「僕の服を着てみろよ。好きなものを何でも着ていいよ。ほとんどが古いものだけどね」とディッキーはトムに言う。ディッキーの服はすべて、ニューヨークのジョン・テューダーによって仕立てられた。彼は知る人ぞ知るテーラーで、映画界に多くの衣装を提供している。

「私の仕事は、非常に裕福な少年ディッキーが、気楽な一人暮らしをするヨーロッパで、お小遣いをやりくりしつつ、素晴らしいライフスタイルを送っていることを示すことでした」とロスは説明した。

「彼にはジャケットとショーツ、あるいはジャケットとリネンのトラウザーズを着せ、そのジャケットが非常に裕福な背景を反映している必要がありました。そのうちのいくつかは、ローマで仕立てたように見せました」

 一方、トムの服はヴィンテージのもので、イタリアやニューヨークのテーラーによってリメイクされ、わざと完全にフィットしないようにされた。

 トムがディッキーに成りすました際に着るスーツはオーダーメイドだった。イタリアのテーラーが使われたかどうかは不明だが、ディッキーはナポリからローマに向かう途中で、1946年に設立され、現在もヴィア・コンドッティ61Aで営業しているテーラー、バッティストーニを訪れるようにトムに勧める。ディッキーは「ローマに行くよ、トムをローマに連れて行くんだ!」と歌いながら、強いイタリアン・アクセントで「バッティストーニ」という言葉を繰り返す。

 トムやディッキーのスタイルを再現するのは比較的簡単だ。スタイルは一貫しており、アイテムの数は限られているからだ。ディッキーは、短い袖の尖った襟のシャツ、ロールアップしたリネンのトラウザーズ、キャンバススニーカーがお気に入りだ。トムの短い袖のシャツはスクエアでギンガムチェック柄、彼のチノパンは典型的なアメリカ風のサックスタイルで、大きくダブルプリーツが入っている。スーツに関しては、ディッキーはトムよりもパターンとテクスチャーに対する好みが強い。

 ナポリのジャズクラブのシーンでは、トムは黒いジャケットに白いシャツとタイを着用しているのに対し、ディッキーはベージュのブレザーに大胆なストライプのタイとポークパイハットを合わせている。

 ディッキーの華やかさは帽子、リング、時計などアクセサリーを多用しているからだ。一方、トムはほとんど飾り気がない。この対比は、ふたりがサンレモからアパートを探しに出かけるボートに乗るシーンで最も強調されている。両者とも黒い短袖のシャツを着ているが、ディッキーのシャツは透け感があり、トムのシャツはしっかりとしたポロシャツだ。ディッキーは白いリネントラウザーズを穿いており、トムはブラウンのウールトラウザーズだ。

 トムはハリントンジャケットを着用し、ディッキーは白いプレススタッド付きのジャケット姿を披露する。白いジャケットはトムのネオンの水着と同様に着こなしが難しいアイテムだが、スタイルよりも重要なのはその象徴性だ。

 トムがボートを降りてサンレモのホテルに戻るとき、彼はディッキーのジャケットを肩に掛けている。これは、彼が切望する贅沢で魅惑的な生活に包まれることを象徴している。このジャケットは物語の暗く、恐ろしい展開を予感させるものとなっているのだ。

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