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お城ライブラリー vol.34 門井慶喜著『江戸一新』

城びと

お城ライブラリー vol.34 門井慶喜著『江戸一新』

お城・戦国時代の解説本や小説はもちろん、マンガから映画まで、さまざまなメディアを幅広くピックアップする城びとの連載「お城ライブラリー」。第34回は、江戸を襲った前代未聞の大火事「明暦の大火」からの復興に奔走する人々を描いた『江戸一新』をご紹介。江戸の大半を焼き尽くした災害を乗り越え、100万人超えの大都市へと発展を遂げる江戸復興物語を体感せよ!

江戸城天守再建をめぐる知られざる論争

江戸幕府の政庁であり、将軍の住まいであった江戸城(東京都千代田区)。歴史好きの皆様なら、江戸城の天守が明暦の大火により焼失してしまったことをご存知だろうが、この出来事は同時代の人々にとってどれほど衝撃的な事件だったのだろうか。大火は江戸市街地の大半を焼き尽くし、数多くの命を奪い、江戸の象徴であった天守をも奪った。そんな物語を綴ったのが、今回紹介する門井慶喜氏の『江戸一新』である。

『銀河鉄道の父』で直木賞を受賞したことでも有名な著者だが、関東平野に江戸を作った家康の物語『家康、江戸を建てる』、近代建築を先導した辰野金吾の物語『東京、はじまる』をはじめ、江戸や東京の発展を数多く描いてきた。氏が次なる小説の舞台に選んだのが、江戸を襲った前代未聞の大火事に立ち向かい、復興を目指す人々の姿であった。

物語は老中・松平信綱の視点を中心に語られていく。氏の描写は各人物の人と成りを巧妙に表現している。中でも、大火によって失われた江戸城天守の再建を議論する場面は印象深い。大火後、人心の安寧のため、信綱をはじめ老中たちは、天守再建を優先すべきという結論にいたっていた。何といっても天守は幕府の象徴であり、天守再建は復興のシンボルになるからだ。

ところが、この状況に「天守はいらん」と反対したのが大老・保科正之だ。彼は、天守再建に使うお金があるなら人々の救済を優先するべきだと老中らを説得した。一見すると、この保科正之の言葉は民を優先する素晴らしい言葉に思えるが、信綱たち老中の目には煩わしく映った。徳川家光の異母兄弟であり、お偉い立場である「大老」の意見を拒めない、その心理描写が組織のリアルな事情を再現していた。幕府の威信を守るために天守は必要不可欠だったが、議論の末に保科正之の意見にも一理あるとし、天守の再建は後回しにされた。

こうして信綱を中心とした江戸の建て直しが始まり、防火対策として数多くの改築がされた。その中でも、隅田川に橋を架けるかどうかという問題は最後まで幕府を悩ませた。大火発生時、橋がなかったことで向こう岸に人々が避難できず焼け死んでしまったのだ。しかし、隅田川は幕府にとっては重要な防衛の要であり、そこに橋を架ければ、江戸の守りが脆弱になってしまう。悩んだ末に西の武蔵国と東の下総国の間に両国橋が架けられ、やがて両国は屋台や芝居小屋の立ち並ぶ江戸有数の盛り場に発展していく。このような復興を経て江戸市街地は拡大し、人が集まり、働き口も増え、人々は豊かに暮らしていけるようになった。大火により江戸は一新されたのである。

明暦の大火はまた、天守のない光景を江戸の日常へと変えた。信綱らは天守を「幕府の威光を示す」ものとして再建を急いだが、結果的に保科正之の天守不要論が時勢に合っていたことは歴史が証明している。現在でも江戸城天守再建プロジェクトが度々話題に上るが、ディスカッションの一助として、本書で書かれた再建をめぐる討論に立ち返ってみるのも良いだろう。

[著者]門井慶喜

[書名]『江戸一新』

[版元]中央公論社

[刊行]2022年12月

執筆/かみゆ歴史編集部(小林 優)

「歴史はエンタテインメント!」をモットーに、ポップな媒体から専門書まで編集制作を手がける歴史コンテンツメーカー。手がける主なジャンルは日本史、世界史、美術史、宗教・神話、観光ガイドなど歴史全般。最近の編集制作物に『イラストでサクッと理解 流れが見えてくる日本史図鑑』(ナツメ社)『まる見え!日本史超図鑑』(ワン・パブリッシング)、『13歳から考える戦争入門』(旬報社)など。


<お城情報WEBメディア 城びと>

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