80年代の anan モデルといえば【甲田益也子】透明感あふれる dip in the pool のボーカル!
最先端のファッション誌だった80年代anan。人気モデルも輩出
今や芸能誌のようになってしまったが、1980年代の『anan』(アンアン)は、それはそれはオシャレなファッション誌だった。
白のGジャン、黒のタートルネック、ミニスカート、赤リップ、フラッパーヘア… などなど、『anan』が特集したことで、私が購入したり真似したりしたアイテムは数知れず。当時の『anan』の発売日は、毎週金曜日。次の号は何を取り上げるんだろうと金曜日が楽しみだった。
誌面に登場したモデルたちも忘れ難い。外国人モデルも数多く登場したが、大いなるあこがれとほんの少しの親しみの対象となったのは、日本人モデルたちだ。80年代前半の “ananモデル御三家” といえば、くればやし美子、林マヤ、甲田益也子だろう。
ananモデル人気No.1は甲田益也子。dip in the poolでも活躍
中でも人気が高く、この頃のananの顔ともいえるのが甲田益也子。初めて見たとき、中原淳一の美少女イラストや、竹久夢二の美人画を思い出した。
華やかでピンクハウスがよく似合っていたくればやし美子や、シャープな顔立ちでマニッシュなファッションが得意な林マヤほど強い個性の持ち主というわけではない。だが、それまでのananモデルにはいなかった、少女のような愛らしい面立ちや、どこか儚げな感じが新鮮に映った。ときにたおやかに、ときに力強く、ときに少年のようにと、服によってガラリと印象が変わるのも魅力だった。
ある時、甲田さんが髪を切った。それはもう、anan的にも、私たち読者的にも大ニュース。ヘアスタイルを変える経緯が紹介された数ページを、どれほど熱心に見つめたものか。
さらに、『anan』のモデルとして活躍していた83年に、音楽ユニットdip in the poolを結成。あの甲田さんがミュージシャンに? 一体どんな音? と思ったら、まあ本人のイメージにあまりにもぴったり、歌声までも肌のように透き通っている。
85年、dip in the poolは英国のインディーズレーベル、ラフ・トレード・レコードと契約。ラフ・トレードといえば、 ザ・スミスが所属していたことで、当時のUKロック好きには有名だった。そんなレーベルと契約するなんて、さすが甲田さん。モデルとしてこんなに売れっ子なのに、さらなる境地にいこうとしている甲田益也子が、私にはひたすらまぶしかった。
資生堂85年夏のキャンペーンCMに登場。近影はグレイヘア
ラフ・トレードとの契約年には、資生堂夏のキャンペーンCMにも登場。それまで化粧品メーカーの夏キャンといえば、小麦色の肌が主流だったが、甲田さんは透けるような白い肌のままだった。
さらに画期的だったのが、『サンズ』というファンデーションのカラーバリエーション。なんと22色展開で、グリーン、イエロー、レッド、ブルーなどもある。肌の色に合わせるだけでなく “メイクの差し色としてもファンデーションを使おう” という提案だったのだろう。ただ、一般人には、グリーンのファンデーションはハードルが高い。どうやって使い切れというのか。
でも、CMに登場したグリーンやレッドのファンデーションを差した甲田さんは美しかった。CMソングは石川セリが歌う「いろ、なつ、ゆめ ~ 彩 夏 夢」。憂いのある声で、淡々と歌われる幻想的なCMソングをバックに、夏の日差しに揺れる甲田さんは妖精のよう。
ⓒdip in the pool
今、甲田益也子は64歳。近影を見たが、グレイヘアが似合っていて、相変わらず美しい。グレイヘアによって老けるどころか、妖精感が増している。白髪が目立ち始めると、あせってカラーリングする自分にはとても真似できない。
80年代、一般人の私たちからは遠い境地にいた甲田さん。今も、自分にはいけない境地にいる人だとしみじみ思う。