“建築家 松岡恭子 まなざしの彼方へ” vol.4 ワンビルを通した天神の時間の旅(第一回)
ワンビルを通した天神の時間の旅(第一回)
福岡市の商業の中心、天神では大規模再開発「天神ビッグバン」が進行中だが、そのなかで最大級の建物になるワンフクオカビル(以下ワンビル)が2025年4月に開業した。これからシリーズで、この建物のデザイン、まちづくりとの関わりなどについての私なりの読み取りをお伝えしていこうと思う。今回はその第一回目。
建物が建て替わると「え?以前はなんだったっけ」と首をかしげることが多い。でもこの敷地には福岡ビル、天神コア、天神ビブレの三つの施設があったことを、福岡市民なら忘れていないだろう。馴染みの、身体に染み込んだ、暮らしの一部のような存在だった。閉館から約6年を経てオープンした新しい建物は、天神一丁目一番地が住所のこともあって「ワン」を名乗ることになった。この名前には、みんなで一つになろう、とか地域の一番でありたいとか、いろいろな覚悟が込められているんだろう。
まずはどうやってこの建物に入るかについてお伝えすると、ワンビルは街区全体に建っているから、東西南北の4面すべてに入り口がある。南側は車寄せだが、それ以外の3面からはどこから入っても風通しの良い、誰でもウェルカムなプロムナード(正式な呼称はグランドロビー)に引き込まれていく。そこは3階までの吹き抜けのおかげで開放感があり、ふんだんに光が入っていて明るい。
一番間口の広い入り口は西側の渡辺通りにあるが、福岡ビルの入り口もそうだったことを思い出す。福岡ビルには北側の明治通り、東側の因幡町通りにも入り口があってよく通り抜けたものだった。雨宿りに駆け込んだり、隙間時間に福岡ビルの1階の「とうじ」「風月」「大賀薬局」をのぞいたり、地下の食堂街でのランチなどの思い出は産経新聞コラム「松岡恭子の一筆両断」にも書いたことがある。
そもそもビルの1階は一番家賃を稼ぐ場所なので店舗をぎっしり入れるのが定番なのに、ワンビルでは店舗面積が極端に少ないのは驚きだ。
さらに、このプロムナードには素敵な椅子が各所に気前よく設けてある。天神には一休みのための座る場所が少ない、という声にしっかり応えている。
各入り口からの水平移動に加えて、エスカレーターで人々が上下階へと自由に動く様子も福岡ビルでの思い出につながる。もちろんスケールは比べるべくもなく大きいが、ワンビルのコンセプト「創造交差点」が福岡ビルのDNAを宿しながら、この1階にもしっかり展開されていると感じる。
建築設計者は建物の「角(コーナー)のデザイン」にはとくに気を配るものだが、ワンビルの「一番の角」は北西、つまり明治通りと渡辺通りの角だ。天神の交差点にどんな入り口を設けるのか、天神ビッグバン再開発で設置が条件とされている「100㎡以上の広場」をどんな公共空間にするのかは最も力を注ぐ箇所だっただろう。
この広場は、4階までオープンでその上に屋根がかかっている構成になっている。以前から、天神ビッグバンで広場が増えるのは良いことだが、屋外だと利用が気候に左右されるのが心配だった。ワンビルでは半屋外になっているだけでなく、大きなガラス扉を解放すれば室内のプロムナードとも一体的に利用できるようになっている。そんな風に広がるかたちでイベントを開催できたら、天神の交差点と、ワンビルの吹き抜けまでが一体化するとてもダイナミックな空間活用になる。これも「創造交差点」だなと解釈した。
1階で感心したことのもう一つは、明治通り側にできたオープンカフェTHE CAFE by ONE FUKUOKA HOTELだ。
最上階にあるワンフクオカホテルの運営で、飲み物やスイーツを気軽に楽しめる。以前も明治通り側に入り口はあったものの、店舗もなく、ちょっと殺風景な感じだったが、カフェのおかげで寄りつきやすい一角になった。
ビル内外の空気が通じ合う感じで、初夏のティータイムにはもってこいの場所だ。テラス席もあって、床が歩道より少し高くなっているおかげでカフェに座った時の目線にも開放感がある。北向きの席になるので、直射日光を避けたい女性にも嬉しい。天神ビッグバンのルールによって建物は歩道から2メートルセットバックしているので、明治通りの歩道も広くなったし、さらにカフェが登場したおかげですごく気持ちが良い場所になった。
因幡町通りにあったジュンク堂の隣のスターバックスやその向かい側にあった天神ビブレの1階もカフェだったが、再開発で天神全体に1階のカフェが少なくなっていたから、因幡町通りのPIERRE MARCOLINIもうれしい。THE CONTINENTAL ROYAL & Gohも、かつて福岡ビルに1962年に開店し長年愛されたロイヤル福岡ビル店のメニューや内装を受け継いでいるし、向かい側には天神ビジネスセンターのイタリアンレストランDA BOCCIANO!もあるし、因幡町通りは工事が終わったら素敵なストリートになるに違いない。
NPO法人福岡建築ファウンデーション(FAF)のウェブサイトでは、福岡ビル閉館間際に、メンバーの一人である建築写真家・針金洋介さんが撮影した懐かしい福岡ビルの内外の写真を紹介しているのでご覧ください。