チープ・トリック、フェアウェル・ツアーat武道館! 2025.10.1
フェアウェルでありながら、今も新しい試みを見せようとする姿勢
2022年に予定されていたジャパン・ツアーが延期→中止となり、そこから予想外に待たされて、ようやく実現したチープ・トリックの来日公演。さらに“フェアウェル・ツアー”と告知されたこともあり、10月1日(水)の日本武道館は開場前からファンが集合、異様な熱気に包まれていた。物販エリアには長蛇の列ができ、Tシャツを購入できなかった人も少なくなかったと聞く。
人波をかき分けて入場すると、場内でBGMとして流れていたのはセンセーショナル・アレックス・ハーヴェイ・バンドの「スワンプスネイク」! リック・ニールセンが愛して止まない70sブリティッシュ・ロックの濃ゆいところが聞こえてきて、ニヤリとさせられた。評論家顔負けのロックマニアが率いるバンドというチープ・トリックならではの側面を思い出し、俄然気持ちが引き締まる。
そして暗転。注目の1曲目は、いきなりフルスロットルの「ハロー・ゼア」だ。そこから「カモン・カモン」、「ルックアウト」、「ビッグ・アイズ」、そして「ニード・ユア・ラヴ」と、『チープ・トリックat武道館』のA面を曲順通りに演ってくれるからたまらない。現在のバンドを引っ張るのは、バンドに加わって10年になる2代目ドラマー、ダックス・ニールセンの一糸乱れぬビート。前任のバン・E・カルロスを見て育ち、チープ・トリック・サウンドを隅々まで知り尽くしたリックの息子が、彼らの命であるリズムの手綱をしっかり握っている。オリジナル・ヴァージョンの質感を守りながら、パワーをグッと底上げした感じのプレイに、父リックも身を委ねて余裕の表情でリズムを刻む。独特なグルーヴを持つ「ルックアウト」や、長尺曲「ニード・ユア・ラヴ」での緩急をつけた叩きっぷりに、ダックス抜きのチープ・トリックなどもはやあり得ない…と、しみじみ実感させられた。
そして同じく『チープ・トリックat武道館』から「今夜は帰さない」と「エイント・ザット・ア・シェイム」が続き、展開の速さに驚かされる。ロビン・ザンダーの声は序盤から絶好調、トム・ピーターソンの12弦ベースも、聴き慣れた豪快な鳴りにまったく変わりはない。最高齢のリック・ニールセンは御年76歳、ステージ上を歩く足取りこそさすがに重くなったものの、出音の切れ味は往時のままなのがうれしい。
近年のツアーに同行していたギタリストでロビンの息子、ロビン・テイラー・ザンダーは今回欠席。サポートキーボーディストも入れず、原点である4ピースの演奏に集中することにしたのは、『at武道館』の世界をじっくり見せたいという狙いがあったのかもしれない…と、ふと思った。
見事にてっぺんまで場内を埋め尽くしたファンの多くは、「甘い罠」や「永遠の愛の炎」といった代表的なヒット曲を持つ彼らのポップサイドに魅了され、ここへ来たはず。大衆に支持され続けてきたアメリカン・バンドであることは間違いないのだが、初期のアルバムではむしろコマーシャリズムに背を向けた、クセの強い詞・曲で強烈な個性を発揮していた。この二面性こそが、チープ・トリックならではの妙味とも言える。ゲイリー・グリッターのビートを拝借した「エロ・キディーズ」は、退屈な学校生活に飽き飽きしたキッズを煽り、宗教(テレビ伝道師)をおちょくるティーン賛歌。享楽的な歌詞の「ハイ・ローラー」は、実在するドラッグディーラーにヒントを得て生まれた曲だ。この2曲に続いて、大量殺人事件の犯人であるリチャード・スペックについて歌った「ザ・バラッド・オブ・TV・ヴァイオレンス」まで演ってしまう。“表の顔”ばかりでなく、本来の持ち味であった元祖オルタナティヴな側面まできっちり見せてくれるセットリストなのだ。
チープ・トリックはロイ・ウッド率いるザ・ムーヴの熱烈なファンとしても知られる。この日も「ブロントザウルス」のヘヴィなリフから始まるアレンジで「カリフォルニア・マン」をカバー。クラブ回りを続けていた時代から変わらぬ、“永遠のバー・バンド”的な気質を武道館で再確認させてくれるなんて、粋ではないか。
フェアウェル・ツアーと言いながらも、11月には会心の新作『オール・ウォッシュド・アップ』が控えている彼ら。佳曲揃いのアルバムからリード・トラックに選ばれた「トゥエルヴ・ゲイツ」を、本国に先駆けて9月29日(月)の大阪公演と武道館で披露してくれたのはうれしい驚きだった。ミドルテンポで少しサイケデリックなムードをまとった同曲は、聖書に出てくる「十二の門」に触れながら、未来への希望を示唆する歌詞が新鮮。ほぼ半世紀のキャリアを持つ大ベテランが、今も新しい試みを見せようとする姿勢につくづく惚れ直した。
もちろん、トムの見せ場もハズさない。12弦ベースの強烈なサウンドが唸りを上げるイントロを経て、トムが歌う「アイ・ノウ・ホワット・アイ・ウォント」に突入。リックのバックコーラスとのコンビネーションは鉄壁で、ロビンとは異なるワイルドなヴォーカルが危険な色気を振りまいていた。75歳にしてこのかっこよさ、いったいどうなっているのか。
『天国の罠』の人気曲、「オン・トップ・オブ・ザ・ワールド」で忘れられないのは、トム復帰後、1988年の武道館公演。一度は辛酸を舐めたバンドが、「永遠の愛の炎」の全米No.1ヒットによって文字通りトップに立ってからの来日で、この曲を演ってくれた時の感動が今も胸の中にある。その曲を再び、同じ武道館で聴けるとは。きっと自分と同じような心境で見守っていたファンは多いのではないか。
『蒼ざめたハイウェイ』の隠れた名曲、「オー・キャロライン」にも仰天した。MCでリックがコードの少なさを指摘して笑わせたが、ロビンのヴォーカルにフィットしたやるせないメロディが抜群。リックが愛するヤードバーズ「ハートせつなく」のイントロで締めるアレンジは、彼らと同じく武道館のステージに何度も立ったジェフ・ベックを思い出させた。
「永遠の愛の炎」では観客が次々とスマホのライトを点灯、白い光に囲まれてロビンが切々と歌う。作家の曲を押し付けられたことにリックが愚痴り続けたいわくつきのヒット曲でもあるが、もはやそんな過去も遠い昔。“渾身の”という形容が大げさでない、ロビンの情感豊かな歌唱にただただ圧倒された。この曲を苦手に思っていた人でも、心を揺さぶられるハイライトになったはず、と思う。
日本で彼らの人気を決定づけたヒットシングル、「甘い罠」と「サレンダー」は、『at武道館』に欠かせない名演中の名演でもある。再びチープ・トリックが武道館に戻ってくる日を誰より楽しみにしていた初代担当ディレクター、故・野中規雄氏の顔を思い浮かべながら、本編ラストの2曲を見届けた。今さら言うまでもなく、日本での大ブレイクなくして現在のチープ・トリックは無い。思わずシングアロングを誘うメロディのマジックを広く世界に伝えた『at武道館』の偉大さを、改めて感じずにはいられなかった。
アンコールは、チープ・トリックのハードネスを凝縮した名曲中の名曲、「サヨナラ・グッバイ」でスタート。ニルヴァーナなどグランジ/オルタナティヴ勢から、この曲をカバーしたアンスラックスに至るまで、“その後のロック”の源流に位置する狂おしい演奏、のどをつぶさんばかりのロビンの激唱が壮絶だ。これが本当にフェアウェル・ツアー中のバンドなのか?と目を疑わずにはいられなかった。
続く「ドリーム・ポリス」での張り切りっぷりを見ても、リックはまだまだ元気。冗談なのかマジなのか、弦を押さえる指が痛そうな素振りをする場面もあったが、4年前のオンライン取材時に彼が言った「絶対に引退しないぞ!」という言葉を信じたい気分、というのが正直なところ。長いツアーが無理になっても、ステージで倒れる瞬間までギターを手放さない男のはず…と思いながら、この曲でお馴染みのピックばらまき儀式を眺めていた。
ラストは当然、「グッドナイト」で全力疾走して終了。ロビンはMCで惜別の言葉でも言うのかと思ったら、「僕らが再び来るかどうかは…君たち次第だ!」と、少しだけ希望を残してくれた。熱烈なファンの声が届いたら、もう一度奇跡が起こる可能性があるのではないか。
振り返ってみると、リックの5ネックギターや、ド派手ギターへの持ち替えも、「サレンダー」でのピック付きレコードぶん投げも無し。スクリーンの演出も必要最小限で、本当に4人の演奏のみで駆け抜けた一夜だった。ギミック抜きで、一切手抜きなく真剣勝負を見せてくれた正真正銘のリヴィング・レジェンド。彼らのファンでいられたことを、これほど誇りに思った夜はない。これぞチープ・トリック!と言い切れる最高のショウを作り上げてくれた4人とクルーに、惜しみなく拍手を送りたい。
(レポート:荒野政寿(シンコーミュージック) pics: Yuki Kuroyanagi)