【佐橋佳幸の40曲】いきものがかり「風が吹いている」日本中に響いたNHKロンドン五輪テーマ
連載【佐橋佳幸の40曲】vol.25
風が吹いている / いきものがかり
作詞:水野良樹
作曲:水野良樹
編曲:亀田誠治
“Live EPIC 25” の音楽監督を務めた佐橋佳幸
2003年、大阪・東京で伝説のビッグイベントが開催された。エピックレコードジャパン(旧 EPIC・ソニー)の創立25周年を祝う記念イベント “Live EPIC 25” 。鈴木雅之、佐野元春、渡辺美里、大沢誉志幸、大江千里、THE MODS、BARBEE BOYS、TM NETWORKら、EPIC・ソニーの歴史を作り上げてきた新旧アーティストたちが一同に会した豪華なコンサートだった。
そんなビッグイベントの音楽監督として、佐橋佳幸はハウスバンドを率いてステージに立った。誰よりもEPIC・ソニー所属のアーティストたちに信頼されるギタリストで、アレンジャーで、プロデューサー。このイベントの音楽監督を務めることができるのは佐橋以外には考えられないだろうと誰もが思っていた。UGUISSのデビューから20年。バンドは解散したけれど、そこから始まった新たな道は思いがけない未来へとつながっていた。レーベル創設以来の歴史と功績を総括するイベントではあったけれど、佐橋にとっては、このレコード会社との出会いから始まった自身の旅路を振り返る機会にもなった。
J-POPシーンを牽引するスーパーグループへと成長していった いきものがかり
その翌年、EPICレーベルは “Live EPIC 25” の続編ともいえる形で次世代アーティストを紹介するライブシリーズを始動。“EPIC26”(2004年)、”EPIC27”(2005年)と続いたライブハウス・イベントでも佐橋は引き続き音楽監督を務めた。
「Live EPIC 25 は、これまで出会ってきたアーティストとの共演だったわけですけど。この “26” と “27” では、新しい世代の人たちとたくさん出会えた。その中にまだデビュー前の新人だった “いきものがかり” がいたんです。意外に思われるかもしれないけど、そんなわけで彼らとはけっこう昔から面識があって。まぁ、スタッフにもよく知ってる人たちが多かったし、すぐ仲良くなってね。(吉岡)聖恵ちゃんが実家から送ってきたトマトをリハーサルに持ってきてくれたり。懐かしいなぁ。トマト、めちゃくちゃ美味しかったなー(笑)」
吉岡聖恵、水野良樹、そして2021年に脱退した創設メンバーのひとり、山下穂尊との3人組グループ、いきものがかり。2006年3月にシングル「SAKURA」でメジャーデビューした後、瞬く間にJ-POPシーンを牽引するスーパーグループへと成長していったことは今さら説明の必要もないだろう。デビュー前に出会った佐橋とは、小田和正のTVスペシャル『クリスマスの約束』で共演するなど折々で交流が続いていた。本間昭光や亀田誠治ら、佐橋にとって旧知のクリエイターたちが関わっていた縁もあり、レコーディングにもちょこちょこと呼ばれていた。
ロック好きの佐橋はニヤリとせずにはいられないデモ音源とは?
「そんなある日、亀ちゃん(亀田誠治)に呼ばれていきものがかりのギターダビングに行ったら、今回の曲はNHKのロンドン・オリンピック中継のテーマ曲だっていうの。“おおっ、それはすごい” と、さっそく曲を聴かせてもらった。亀ちゃんのセッションではよくあることなんですけど、スタジオに行くと亀ちゃんがコツコツとプログラマーの人と作ったデモと “ここは絶対にどうしても弾いてほしいんだ…” くらいの、本当に最小限のことだけが書いてある譜面があったんです。あくまでデモはイメージなので、こういう感じをみんなでやりたいんだということを、いつも亀ちゃんは言うんだよね。で、一応ギターのフレーズも入っているんだけど、それも佐橋さんが好きに弾いてください、と。頼まれる側としてはすごく自由度も高いし、頼まれていることもわかりやすいんです」
その日、亀田が用意していたアレンジのデモ音源を聴いて、ロック好きの佐橋はニヤリとせずにはいられなかったという。
「もう、水野くんも亀ちゃんも狙いは完全にロンドン。ロンドン・オリンピックにふさわしく、ロンドンネタがみっちり。それはもう、オタクの僕としても受けて立たないわけにはいかないぞ、と。まずこの曲、聴いての通り、最後は「ヘイ・ジュード」で… あ、いや、「ヘイ・ジュード」ふうで終わるじゃないですか(笑)。ロンドンだけに。ならば、やっぱりギターはグレッチじゃないとね。ということで、メインのギターは昔からよく弾いているグレッチのテネシアンにしました。グレッチ以外にベーシックでずっとアコギも入っているんですけど、そちらはもちろんギブソンのJ-50で。もう、超サハシぃーな、お里が知れるような音色でやってます(笑)」
大好きな音楽で心からワクワクできるかどうか
NHKのオリンピック中継といえば、4年に1度の国民的テレビ番組だ。そのテーマ曲として日本中に流れる作品を託されたアーティストや制作陣の緊張感は想像を絶する。が、そこは百戦錬磨のアルチザンにして、無二の音楽好きである亀田と佐橋。スタジオで “ロンドンといえば?” とブリティッシュロックをお題にした “ロック大喜利” よろしく、次々とアイディアを出し合っていたのであろう光景が目に浮かぶ。アスリートが “ゾーン” に入った瞬間、最大の力を発揮できるのと同様、彼らにとっては大好きな音楽で心からワクワクできるかどうかが “ヒットの極意” なのかもしれない。
「イントロのちょっと雄々しいフレーズ、あれは亀ちゃんに “これ、やりたいことはクイーンだよね” って言ったら、“もちろんです” と即答された。なので、そこはちょっとブライアン・メイになりきってストラト弾いときました(笑)。レコーディングメンバーはいつものようにカースケ(河村智康)さんと、(斎藤)有太と、僕と、亀ちゃん。すごくいいセッションだったな」
インストゥルメンタル・バージョンがほしい
が、実は本題はここからなのだ。無事にレコーディングも終わり、いよいよオリンピック開催も近づいてきた頃の話。いきものがかりがテーマソングを担当することも発表となり、世間は大いに盛り上がりつつあった。そんな時、亀田から “この前付き合ってもらった曲について、ちょっとお願いがあるんですけど…” と電話がかかってきた。
「いわゆるインストゥルメンタル・バージョンが必要だというの。要するにオリンピック中継の間、アナウンサーが喋ったり、その日のハイライト映像が流れたりするバックでかかるインスト版がほしいと言われたんですと。それでみんなで相談して、聖恵ちゃんが歌ったメロディをギターで弾いたやつを僕に作ってもらえないかってことになったらしい。ただね、問題は、“とにかく時間がない。めちゃめちゃ急いでいる” と」
仕事の早い亀田が急いでいると言うのだから、かなり急な話だったのだろう。
「亀ちゃんが “今からカラオケと譜面を送りますので、ギター弾いて戻してください” と(笑)。当時の僕の仕事場には小さなスタジオがあったんです。で、その日の仕事を終えた後、夜、仕事場に帰ってきて。ひとりでギターのセッティングして、マイク立てて。しーんとした夜中にひとりで、 “♪風が吹〜いている…” って弾いてた(笑)」
ロンドン・オリンピック中継を思い返してみると、テレビからは1日中「風が吹いている」が流れていた記憶がある。が、たしかに吉岡聖恵の歌声が流れるのは番組の最初や最後、あるいは何度もリプレイされる最高のクライマックスの場面でのみ。中継の間に流れていたのはほとんどがインストゥルメンタル・バージョンだった。つまり、2012年のロンドン・オリンピック期間中は毎日、朝から晩まで日本中が佐橋佳幸のギターを聴いていたことになる。
「ベンチャーズに歌唱印税が入るならば、この時のギターにも歌唱印税が欲しいです。って、それは冗談ですけど(笑)。僕、聖恵ちゃんの歌を聴きながら、自分でメロディを譜面に書き起こして弾いた記憶があるな。だからインストと言っても、CDに入っているカラオケバージョンとはちょっと違う。譜割りとかメロディの歌い方は、実際に聖恵ちゃんが歌っている歌の感じを活かして弾いているんです」
歌心あふれる佐橋のギターを信じて
亀田は学生時代、貸しレコード屋で借りてきた飯島真理のアルバム『midori』を聴いて、佐橋が弾く「Girl Friend」のギターソロに大衝撃を受けた… というエピソードは以前にも紹介した。そんな記憶に裏打ちされた確信があったからこそ、歌心あふれる佐橋のギターを信じて、この “急な” 重大ミッションを託したのかもしれない。
ちなみに佐橋と亀田は、森俊之を加えた3人組プロデューサーユニット “森亀橋” としても活動。元ル・クプルの藤田恵美の洋楽カバーアルバム『camomile』(2001年)、『camomile blend』(2003年)を森亀橋名義でプロデュース、2005年にEmi with MKBとしてリリースした『Rembrandt Sky』はマレーシアではプラチナディスクを獲得するなど、アジア各国で高い評価を得た。