Yahoo! JAPAN

札幌で一日あたり770円?世界中のアーティストが集まるアトリエって? 【アートと暮らす・前編】

Sitakke

Sitakke

お金がなかったらアートは楽しめないの?

いいや、きっと知らないだけだ。
身近な場所に隠れているアートを見つけに行こう。

Sitakkeで開催中の学生ライター講座に参加する、ライター・わっかが取材しました。

つくる場所がない!!

こんにちは。学生ライターの「わっか」です。(※2024年1月時点)
普段は、札幌の大学でアートやデザインについて学んでいます。

版画の授業で、重石になる「わっか」

先日、無事に卒業制作展を終え、残りは卒業を待つのみの私です。
そんな私ですが、2020年にコロナと共に入学し、せっかく美術の大学に入ったにも関わらず、実は多くの作品を、実家で制作してきました。

油絵を描くと布団は臭くなるし、ドリルで誤って開けた床の穴とはたまに目が合います。

ぶちまけたスライムや巨大なおはぎの掃除は中々に大変です。
そんな部屋で過ごしていると、重大な問題があることに気づきました。

「これからはどこで作品を作ればいいのか…」

「わっか」の作品

卒業後も、作品作りは続けたいと思っています。

でも、実家を出る私に、アトリエなんて大層なものを用意する余裕はありません。
かといって、賃貸では大きな音も出せないし、床を労ってあげる必要もあります。
うーん、どうしたものか…。

そんなことをぼやいていると、大学の教授が「アーティスト・イン・レジデンス」という制度を教えてくれました。

なんぞや?その横文字。

アーティスト・イン・レジデンスってなに?

「アーティスト・イン・レジデンス(Artist in Residence 通称AIR)は、アーティストが一定期間、異なる場所に滞在し、芸術活動を行うこと、またその支援の仕組みのこと。日常とは異なる場所に行くことで、作業に没頭することができるし、様々な交流や体験を通して、発想や表現の幅が広がるんだよ」と、教授が説明してくれました。

……私のシンプルな脳で翻訳すると、「アーティストにとって旅をすることは良いらしい。だから、旅をさせて現地で制作ができるように、場所とか滞在費とか色々と支援してあげるよ」という制度のようだ。なにそれ美味しすぎる。

AIRの拠点は世界中にあって、なんと私の住む札幌にもあるとのこと。

え!行ってみたい。

ということで、行ってみることにしました。一体どんなところなんだろう?

森の中にひっそりと佇むアートスタジオ。

今回、向かったのは「さっぽろ天神山アートスタジオ」。

札幌の地下鉄南北線・澄川駅を出て、南に向かうと、突如大きな森が現れます。

その森の中をグネグネと登っていくと、落ち着いた面持ちの建物が見えてきました。

笑顔で迎えてくれたのは 、AIR ディレクターの小田井真美(おだい・まみ)さんです。

「さっぽろ天神山アートスタジオ」の立ち上げから、仕組みづくりに携わったという小田井さん。現在は、イベントの企画や運営を行っています。

「このスタジオは、札幌市におけるAIR(アーティスト・イン・レジデンス)の拠点です。国内外で創作活動を行うアーティストはもちろん、市内、道内在住の方も低料金で利用することのできる施設なんですよ」と小田井さん。

AIRの特徴について、お話をお聞きしました。

小田井さんと「わっか」。

時代と共に変化し続けてきた「AIR」の在り方

アートスタジオは公園の中にあり、自然環境に恵まれた立地のようだ

アーティストの芸術活動を支援するための仕組み、AIR(アーティスト・イン・レジデンス)。
時代と共に変化し続けてきたという、AIRの在り方について、小田井さんは次のように話します。

「日本でAIRの制度が始まった当時は、海外のアーティストを日本に呼ぶ形式がメジャーだったんですよ。時代が進むにつれて、国外だけではなく、日本国内の移動の場合も、AIRと呼ぶようになってきました。たとえば、東京を拠点とするアーティストが、青森へ旅行して、そのまま現地で創作活動をするような形です」

「さっぽろ天神山アートスタジオ」は、全国的に見ても“個性的”なスタジオ

「ちなみにこの施設は、もともと市営のホテルだったんです」と小田井さん。
「現在は、創作活動と滞在を格安で利用できる施設として運営しています。海外のアーティストはもちろん、国内や道内、市内の方も利用できるのは、全国を見ても、天神山アートスタジオぐらいです。地元の作家も利用できるのがうちの特徴ですね」

どうして、地元の作家も利用できるような仕組みづくりを?

「AIRの目的を紐解いていくと、“いつもと違うところで作業すると、刺激になって捗(はかど)る”ということに辿り着くと思うんですよね。学生や会社員が、家にいて煮詰まってきたから、スタバで作業しよう、みたいな。そういう利用の仕方が、AIRにあってもいいと思うんです。地元の人だって活動できるスペースがあったらいいんじゃないかなって思ったんですよ」

なるほど!

学生や会社員と同様に、きっと、アーティストだって、決まった場所で作業をする人が多いはず。
たまには環境を変えてみることで、新たな刺激と出会うきっかけに繋がる。
創作活動をしている身としては、とても共感ができる話だ。

ちなみに“格安”って、おいくらなんだろう?

「スタジオの大きさにもよりますが、一番小さいスタジオだと、24h/770円ですね。24時間〜90日の間で好きな期間で滞在できます」

や、安すぎる。あまりの安さに面を食らってしまった。


海外風でおしゃれな部屋

アーティストたちが滞在する部屋を見せて頂きました。

部屋には、海外風の家具やお風呂があります。
ベッドの大きさも、海外仕様で、日本よりもひとまわり大きいサイズになっているんだとか。

洗濯機、掃除機、キッチンも自由に利用することができます。

可能な限りアーティストの都合を優先で…

「好きな時に好きな期間、自由に滞在できる仕組みも、うちならではなんです」と小田井さん。

通常、日本の一般的なAIRでは、運営側の都合に合わせ、募集の時点であらかじめ滞在期間を決めていることが多いんだとか。

たとえば、9月から3ヶ月間滞在限定といった募集をかけて、その条件に合う人だけが滞在できるような仕組みにしているところが多いそう。

でも、小田井さんは、運営側の都合ではなく、可能な限り、アーティストの都合に合わせたAIRの在り方にこだわったそう。

「創作活動だけで生計を立てられているアーティストって、本当に一握りなんです。多くのアーティストは、生活費のためにアルバイトなどを掛け持ちをしています。そうなると、運営側が限定する期間に、アーティスト側が都合を合わせるのって難しいじゃないですか」

「だから、募集期間は定めずに、ホテルみたいに、事前予約さえしておけば、好きな日を選んで自由に滞在できる方が利用しやすいかなと思ったんです。運営側じゃなくて、アーティストの都合を優先したい。そんな思いで運営方針を決めました。なかなか大変なことばかりですけどね(笑)」

週末だけ利用するのもよし、短期間に細かく何度も利用するのもよし。
数か月に渡って、長期間たっぷり利用するのもよし。

アーティストそれぞれのスタイルに合わせ、利用できる場所として、さっぽろ天神山アートスタジオの利用を希望するアーティストは毎年後を絶たないそう。

また、絵画や彫刻のような、私たちが想像するいわゆる“美術”にとどまらず、小説、ダンス、演劇など幅広い芸術分野のアーティストが利用することもあるんだそう。演劇に出演する人たちが、公演期間の滞在費を抑えるために利用するなんてこともあるようです。

アーティストと近隣住民の交流も

「この施設の一階部分は、天神山公園の無料休憩所として、どなたでも利用が可能です。公園のお散歩の途中に寄っていく方が、『ここに飲み物があるといいよね~』とおっしゃっていたので、1階に売店を開いて、コーヒーの提供も始めてみました」と、小田井さん。

意外と、気軽なノリで売店が“爆誕”してる!

アーティストと近隣の方の交流もあったりするんだろうか?

一階の無料休憩所。売店の利用や本を読んで休むことができる。

「ありますよ!滞在中のアーティストさんの作業の進捗を、公園のお散歩ついでに、見に来る一般の方などもいらっしゃいます。先日も、イタリア出身の作家さんが外で彫刻を彫っていると、犬のお散歩中の高齢者の方が来て、その後も見に来てくれたんです。作品のお披露目会にまで参加してくださったんです」

「アーティストと近隣の方々が仲良くなって、飲みに行ったりすることもあるんですよ~」

とても嬉しそうな表情でお話をしてくださいました。

「さっぽろ天神山アートスタジオ」の取材を通して

「大学卒業後も創作活動を続けたい。でも、作業する場所がないし、お金もない…」
「お金がなかったらアートは楽しめないの?」

今回、そんな個人的な悩みをきっかけに「アーティスト・イン・レジデンス(AIR)」という制度に出会い、「さっぽろ天神山アートスタジオ」の存在を知りました。

取材を通し感じたこと。それは、きっとこの場所は、アーティストにとってはもちろんのこと、市民にとっても、暮らしにいい影響を与えてくれるところだということ。

アーティストは、さっぽろ天神山アートスタジオでの滞在を経て、日常と異なる”非日常”を経験し、創作活動への新たな刺激を得ることができる。同時に、周辺に暮らす市民の日常にも、「アート」という非日常が緩やかに溶け込んでいく。

小田井さんがAIRを通して実現する、このゆるやかなアートの在り方は、アートを学ぶ学生としても、このまちで暮らす市民としても、とても心惹かれるものがあった。

お金がなかったらアートは楽しめないの?
答えは「NO」だ!

⇒後編の記事では、小田井さんの「アート」に対する思いと、施設を利用するアーティストのようすをお届けします。

***

※2024年1月時点の情報です。最新の情報は施設のHPをご確認ください。

◆さっぽろ天神山アートスタジオ
〒062-0932 札幌市豊平区平岸2条17丁目1番80号(天神山緑地内)

文・取材:Sitakke学生ライター講座受講生 わっか
編集:Sitakke編集部 ナベ子

【関連記事】

おすすめの記事