発達障害・発達特性のある子を育てる親や家族のストレス 〔言語聴覚士/社会福祉士〕が解説
発達障害の特性のある子どもの母親のうつ病と睡眠障害の発生率は、そうでない母親にくらべて、格段に高いことがわかっています。どんなストレスに苦しんでいるのか、言語聴覚士・社会福祉士で、発達障害の特性のある子の療育に長く関わっている原哲也先生が解説します。
「スマホを3時間以上使う子ども」成績は平均以下? スマホ利用が学力に与える悪影響を脳科学者が解説発達障害や発達特性のあるお子さんと保護者の方の関わりについて、言語聴覚士・社会福祉士であり、発達障害のお子さんの療育とご家族の支援に長く携わってきた原哲也先生が解説します。
発達障害の特性のある子どもの親やその他の家族について、今回から数回にわたってお話しします。
支援者の中には「子どものために親や家族は頑張りましょう!」というスタンスの方がおられます。しかし、発達障害の特性のある子どもを育てる親や家族は、もうすでに十分「頑張って」おられるのです。とはいえ、多くの不安やストレスを抱えながら、ずっと「頑張り続ける」ことは、たとえ親や家族でも難しいことです。
だとすれば、我々、支援者や関係者の役割は「頑張って」と言うことではなく、親や家族の不安やストレスを理解し、適切な「応援」(支援)をすることであるはずです。
療育の対象は子どもだけではありません。親も療育の対象です。特に幼い子どもの療育は、「親への応援」が主であることは、長年臨床をする中での私の実感です。ですからこの連載で、発達障害の特性のある子どもを育てる親や家族のことを改めて考えることは、今後の私の臨床にとっても、大切だと感じています。
さて、今回は、発達障害の特性のある子どもの子育てにおいて中心的役割を果たすことが多い「母親」の不安やストレスについてです。
乳幼児を育てる母親の育児ストレス
現在、働く母親の割合は77.8%と過去最高、一方、子育て世帯の65%が生活状況が「苦しい」といいます(国民生活基礎調査 2023年 厚生労働省)。
また、乳幼児をもつ母親の育児ストレスについて言及しているいくつかの論文によると、母親の育児ストレスについて次のようなことが言われています。
1.生活・意識の変化によるストレス
・言うことを聞かない、癇癪を起こす、大人の理屈が通らない、ぐずるとなだめにくいなどの子どもの行動への対処の難しさから子どもを否定的に見てしまうことによるストレス
・自分の時間がなく、行動を制限されることによるストレス
2.生活環境からのストレス
・夫の無理解や非協力によるストレス
・経済苦や経済的負担感、収入への不満
3.専業主婦の場合
・子どもとだけ過ごす時間が長く、社会から隔絶された孤立感、閉塞感を感じる
4.就労している場合
・育児・家事と職場での業務と、多重の役割を担うことの負担
・子どもの急な体調不良の際、調整が大変
・専業主婦に比べて、夫の家事分担や育児への非協力などから夫に対してネガティブな感情を持つ傾向がみられる
(主な参考文献 『乳幼児をもつ母親の育児ストレスの要因に関する文献検討』前田 薫ら〈三重県立看護大学紀要,21,97~108,2017年〉)
『子育てをしながら就労する母親が感じる困難とその関連要因の文献検討』岡崎草代夏ら(仙台青葉学院短期大学 研究紀要青葉 Seiyo 第14巻第1号 2022年)
発達障害の特性のある子どもの母親のストレス
上記の定型発達の子どもの育児における母親のストレスに比べて、障害のある子どもの母親の育児ストレスが大変大きいことは、多くの研究でも明らかです。
そのストレスは具体的にどんなものか、私が直接、母親から聞いたことばを中心に挙げてみます。
●他児との比較からくる焦り
・家では「子どもってこんなものかな」と思っていたが、子育てセンターや保育園で、わが子の落ち着かない様子が目立ち、他の子どもの落ち着いた振る舞いにショックを受けた。
・みんなは踊っているのに、なんであなただけ先生に抱っこされているの? と思った。
・運動会の日は親子共々憂鬱。
●社会適応への不安
・普段とは違った場所、人、食べ物に対して抵抗や困難を示し、切り替えが難しい。
・お友だちが近づいて挨拶してくれているのに、私の後ろに隠れてしまう。
・公共の場や園などでの環境の変化に対して適応できない。
●育児・生活の負担感
・外出すると子どもの動きが激しかったり、癇癪を起こしたりするので家にいるが、怒ってばかりになってしまう。
・子どもの療育のため、福祉施設、相談、病院などの予定に追われる毎日で、ほっとする時間がない。
・睡眠のリズムが乱れやすいので親子共々いつも睡眠不足。
●子どもの特性の理解の難しさ
・なんでぶつぶつ独り言をいうのか、なんで私が言っていることはわかっているみたいなのにしゃべらないのかわからない。
・なんで叱られていてもニヤニヤしていられるのか。
・なんでつま先立ちしたり、奇声を発するのか。
・なんで突然、パニックになるのか。
・なんで名前を呼んでも振り向かないのか。
・なんで積み木が倒れただけで、私のおなかにパンチするのか。
・正直、見ているとイライラする。
・他の子どもたちは成長して、人がやっているのを見るだけで学んでいけるのに、なんでうちの子はそうはいかないのかわからない。
●育児に対する不安
・不安なことはたくさんあるのに、どこに相談していいのかわからない。
・わが子が何をしたいのか、望んでいることを瞬時に理解してあげられないのが辛い。
・私はおこりんぼうなので、すぐ怒ってしまって、後で自己嫌悪になる。
・強い偏食があって、今日は食べてくれるのかがいつも心配。
・遊ぼうとすると嫌がられるし、じゃあ一人で遊べばってすると手を引っ張るしどうしたらいいの?
●孤独
・夫に話しても心配のしすぎと言われてしまう。
・夫も大きい子どもみたいで何もしてくれない。
・子どもが嫌がっているのにすぐ夫がおちょくる。
・おばあちゃんがこの子は変だから病院に連れていけと言う。
●疲れや抑うつ
・何が起こるかわからないので、決してリラックスできない。この前はいつの間にか家から出て、一人で車の通りが激しい道に出ていた。
・声がすごく大きいし、コントロールができなくてうるさいから、う~んとなってしまう。
・過敏になり精神的に参る。
・同じ質問ばかりを繰り返すので、気がどうにかなりそうになる。
・夜中に電気をつけたり、消したりするので、昨日は全く眠れなかった。
・この子が騒ぐと認知症のおじいちゃんが同じように騒ぎ出す。
●周囲の目からのストレス
・ショッピングモールや公共の場へ行ったときに、自閉症だと外見ではわからないので、何かがきっかけでパニックになると、「親としてのしつけができていないね、あなた」という目で見られるのがたまらない。
・電車で、注意してもどうしても子どもの独り言が止まらなかったら、すごく冷たい目で見られた。
●終わりのない不安
・少し落ち着いたと思ったら就園、就学、就労と、その時期、その時期に多くの不安とストレスに襲われる。
・将来私たちが死んだらどうなるかと思うと、心配で心配で仕方がない。
●支援者から追いつめられる
・保健師さんがめちゃくちゃ怖くって健診に行くのが嫌になった。
・学校の先生から、「私の教育方針に従わなかったのは、お子さんが初めてです」と言われてしまった。
・学校の先生から「たいてい、長い休みの後に行動が荒れるから、ご家庭の問題だと考えています」と言われた。
発達障害の特性のある子どもの母親のうつ病と睡眠障害
大きなストレスがかかり続ける結果、発達障害の特性のある子どもの母親の4割が軽度、1割が重度の抑うつ症状が認められたといいます。重度のうつ病についていえば、一般の発生率1%の実に10倍の出現率です。
また抑うつとの関連が強い睡眠障害は、同年代の女性26%に対して、自閉症スペクトラム障害の子どもの母親は36%ということでした。
(参考文献:野邑健二,金子一史,本城秀次他〈2010年〉:高機能広汎性発達障害児の母親の抑うつについて,小児の精神と神経,50(3).259-267.)
母親への支援の必要性
このように、発達障害の特性のある子どもの母親は、慢性的に特徴的なストレスにさらされています。抑うつ症状や睡眠障害の発生率の高さをみても、かなり大変な生活であることが容易に想像できます。
子どもの成長とともに、子どもとの関係に喜びや楽しさを感じたり、母親としての存在意義を感じることはあるでしょう。しかし、少なくとも、乳幼児期の発達障害の特性のある子どもの子育てにおいては、周囲の多くの人の理解と支援によって、母親が心理的な支えを得、疲労を減らしてもらうこと、子どもとの関わり方を教えてもらうことが必要です。
親であっても、母親もまた、唯一無二の尊い一度きりの人生を歩む一人の人です。
発達障害の特性のある子どもを育てる母親が、時に見失いがちな「自分の人生」を取り戻し、自分らしく生きるためには何が必要か? そのためには、どんな支援が必要か。
第12回は、この点について考えてみたいと思います。
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今回は、「発達障害の特性のある子どもを育てる母親のストレス」について原哲也先生に解説していただきました。先生が実際に聞いたお母さんたちのコメントから、その苦しい実状が伝わってきました。次回は、お母さんに必要な支援やその受け方について、原先生にうかがいます。
原哲也
一般社団法人WAKUWAKU PROJECT JAPAN代表理事・言語聴覚士・社会福祉士。
1966年生まれ、明治学院大学社会学部福祉学科卒業後、国立身体障害者リハビリテーションセンター学院・聴能言語専門職員養成課程修了。カナダ、東京、長野の障害児施設などで勤務。
2015年10月に、「発達障害のある子の家族を幸せにする」ことを志し、長野県諏訪市に、一般社団法人WAKUWAKU PROJECT JAPAN、児童発達支援事業所WAKUWAKUすたじおを設立。幼児期の療育、家族の相談に携わり、これまでに5000件以上の相談に対応。
著書に『発達障害の子の療育が全部わかる本』(講談社)、『発達障害のある子と家族が幸せになる方法~コミュニケーションが変わると子どもが育つ』(学苑社)などがある。
「発達障害の子の療育が全部わかる本」原哲也/著
わが子が発達障害かもしれないと知ったとき、多くの方は「何をどうしたらいいのかわからない」と戸惑います。この本は、そうした保護者に向けて、18歳までの療育期を中心に、乳幼児期から生涯にわたって発達障害のある子に必要な情報を掲載しています。必要な支援を受けるためにも参考になる一冊です。