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#3 「相対的に捉える」とは、どんなことだろう?――佐藤勝彦さんが読む、アインシュタイン『相対性理論』【NHK100分de名著ブックス一挙公開】

NHK出版デジタルマガジン

#3 「相対的に捉える」とは、どんなことだろう?――佐藤勝彦さんが読む、アインシュタイン『相対性理論』【NHK100分de名著ブックス一挙公開】

佐藤勝彦さんによる、アインシュタイン『相対性理論』読み解き

時間は、絶対ではない――。

20世紀における物理学の最大革命の一つである「相対性理論」。しかし、その有名な論文の内容を正確に知る人は多くありません。

『NHK「100分de名著」ブックス アインシュタイン 相対性理論』では、佐藤勝彦さんが、アインシュタインが得意とした「思考実験」を軸に、高度な数式を使わずしてその理論を紹介します。

今回は、本書より「はじめに」と「第1章」を全文特別公開いたします(第3回/全5回)

物質の動きを相対的に捉える

 では、ものの動きを相対的に捉えるとは、どういうことなのでしょう?

 たとえば、車を運転して道路を走っている時のことをイメージしてみてください。あなたが乗っている車のすぐ横を同じスピードで別の車が並走している場合、車の中のあなたからは、まるでその車は止まっているように見えるはずです。この時、道端に立っている人からは、どちらの車も時速五〇キロメートルで走っているように見えますが、運転中のあなたから見ると、隣の車の速度は時速〇キロメートルに見えます。そう、観察の基準をどこに置くかによって、物体の動きは違って見えるのです。

 ガリレイ以前の学者たちがこの状況を見たとしたら、速度を絶対的なものと捉えて、車の速度は時速五〇キロメートルだと主張するでしょう。しかし、ガリレイの相対性原理の考え方からすると、車の速度を相対的なものとみなし、自分の車を基準にして、相手の車の速度は時速〇キロメートルと考えることも間違ってはいない、ということになるのです。

 前進する船の上に乗っていると、まわりの陸地の風景はどんどん後ろへと流れていきますよね。でも、この時、船は止まっていて陸のほうが動いている、と捉えなおすことも、本来は可能です。駅のホームから見れば電車は動いているように見えますが、電車から見ればホームが動いているように見える。どちらの捉え方も間違ってはいないし、正しいのです。そういうと、「でも、実際は自分が移動しているのだから、それは単なる目の錯覚、思い込みに過ぎないのでは」との反論の声も聞こえてきそうですね。しかし、本当にこれは錯覚だと言い切れるのでしょうか?

 普段の生活の中で、私たちは地面が動いていることを感じることはありませんが、実際には地球は自転しながら太陽の周りを公転しています。その太陽は銀河系の周りを回っていて、さらには銀河系自体も宇宙の中を動いています。宇宙すらも止まっているのか動いているのかは分かりません。そう考えていくと、この世の中で何が静止していて、何が動いているのかを正確に把握することなど、とうてい不可能ということが分かってくるはずです。

 つまり運動(物質の動き)というものには、本当は絶対的な視点や捉え方は存在しないのです。しかし、自分を基準にして、相手が止まっているか動いているのか、動いているとすればどれくらいの速度で動いているのかならば、知ることができます。「自分が止まっているという前提で相手の動きを観察する。相手と自分との関係性(相対性)のなかで運動を見る」── それが物理学でいう「運動の相対的な捉え方」というわけです。もし地球が動いていると仮定したら、その法則性が成り立たなくなるのなら、それは法則とは呼べません。宇宙のどこに行っても通用するからこそ、それは「運動の法則だ、ものの真理だ」といえるのです。

 ガリレイの話に戻りますが、止まっている船の上でマストの上から石を落とした場合も、一定速度で走っている船のマストの上から石を落とした場合も、船上ではどちらも石は真下に落ちていく。つまりこのケースでは、動いているものと止まっているものの両方で、まったく同じことが起こっています。だからこそ、これは法則であり真理だと定義していいことになるわけです。しかし、この理論だけでは、地球が動いていることの証明にはなりません。地球が止まっていても動いていても同じことが起こるのなら、天動説と地動説、どちらの可能性も否定できないことになります。実際にはガリレイは、木星の衛星の動きや、金星の満ち欠けなど、さまざまな根拠を駆使しながら地動説を証明しました。

どうしても解けない光の謎

 次に注目したいのが、ガリレイが亡くなった年にイギリスで生まれたアイザック・ニュートンです。彼はガリレイの相対性原理を基に、万有引力の法則をはじめ、自然のなかに潜んでいるさまざまな法則性や真理を次々に発見したことで知られています。ニュートンが発見した運動法則を基本にして体系化された「ニュートン力学」は、地球上のさまざまな物質の動きの謎を解き明かしただけでなく、宇宙の中での惑星の動きの法則性にいたるまでを方程式を使って表すことに成功しました。さらにニュートンの方程式を使うことで、未来の惑星の位置はもちろんのこと、まだ発見されていない未知の惑星の存在さえも予想可能となったのです。ニュートンの出現によって、物理学の研究は飛躍的に進み、十九世紀末にはすでに物理学は成熟し、これ以上は進展することはないだろうとまで思われていました。

 しかし、この世には、どうしても説明がつかない謎がひとつだけ残されていました。それが「光」の存在です。

 それまでは「運動に絶対的な考え方は存在しない」という相対性原理を基本にして考えることで、すべての物質の動きは説明が可能でしたが、光にだけはこの理論が当てはまらなかったのです。いったい光のどこが、ほかの物質と違っていたのでしょう?

 確かに光というのは不思議な存在です。どんなに距離が離れていても一瞬にして届くように見えるし、重さもないように感じられます。古代ギリシャの時代から、光の正体に関しては多く議論が交わされてきましたが、ようやくその正体がおぼろげながらも分かってきたのが十七世紀後半です。これにもニュートンが関係しています。

 ニュートンは、太陽光をプリズムに通す実験を行なうなかで、光は無色透明や白ではなく、赤や紫など屈折率の異なる色の混合体であることを発見しました。さらに同じ頃、デンマークの天文学者オーレ・レーマーが、それまで誰も測ることができなかった光の速さの測定に成功しました。彼は木星の周りを回っている衛星が木星の影に隠れる「食」の時間に注目し、木星と地球の距離によって食の時間に変化がみられるのは、光に速度が存在するからだと考え、ついには光の速度を「秒速二二万キロメートル」と導き出したのです。その後の研究で、光の速度(真空中)は「秒速約三〇万キロメートル」と分かり、レーマーが示した速度は正確ではなかったことが判明しましたが、それまで誰も注目しなかった光の速度を数字に表したという点では、彼の功績は大きいと思います。

 こうして光がさまざまな色の集合であることや、光の速度については分かったものの、まだまだ根本的な謎は解き明かされずにいました。それは「光の正体とはなにか?」という根本的な疑問です。

 光には「粒子説」と「波動説」の二つの説が古くから存在していましたが、ニュートンは光の正体を、小さな粒子の集合体であると考えました。彼が注目したのは、光が物体に遮(さえぎ)られた時にできる「影」です。もし光が波だとすれば、物体に遮られたとしても裏側に回り込んで進む「回折(かいせつ)」という現象が起きるため、影ができない場合もあるし、影の輪郭もぼやけてしまうはずです。それなのに影は、いつもはっきりとしています。このことを根拠にニュートンは「粒子説」を唱えました。

 一方、「波動説」を唱えたオランダの物理学者クリスティアーン・ホイヘンスは、以下のようにニュートンの「粒子説」を否定しました。

「光と光はお互いにぶつかりあっても進路を変えることなく、まっすぐに進む。もし光が粒子であるとすれば、必ずや衝突の影響を受けるはずだ。しかし光を波動と考えれば、お互いに影響を受けずに伝わっていくことの説明がつく」と。

 ニュートンが粒子説の根拠とした物質の後ろにできる影についても、光の波は波長が非常に小さいため、大きな物質に対しては回折が起こらないので影ができるのだ、という説で応戦しました。しかし、結局は結論までは導き出せずに、約二百年の月日が過ぎていくことになります。

 長きに渡る論争にほぼ決着がついたのは、一八五〇年。フランスの物理学者レオン・フーコーが行なった光に関する実験が決め手となりました。これは水中での光の速度を測る実験で、波動説派が「水中で空気中よりは光の速度は遅くなる」と主張したのに対して、粒子説派は、もう一つ説得力はなかったものの、「逆に速くなるはず」と主張。結局、実験では波動説派の主張の通り、水中では光の速度が遅くなることが確認できたため、粒子説が否定されたことで、その後は、光の正体は波である── という説に落ち着いたというわけです。

 しかし、一応は「波動説」が正しいという結論には至ったものの、光にはまだ解明できないことが残っていました。「光の正体が波であるとすれば、媒質はなにか?」という疑問です。媒質とは、波の振動を伝えるもののことです。たとえば、水があるからこそ海の波は伝わり、空気があるからこそ音は伝わります。太陽から地球まで光が届いているのを見ると、真空の宇宙の中を光が伝わっていると考えられますが、真空とは何も存在していない空間。本来ならば波動は伝わるはずがないのです。波動説を支持する学者たちは、まだ見つかってもいない媒質を勝手に「エーテル」と名付けて、血眼(ちまなこ)になってエーテル探しを始めました。

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著者

佐藤勝彦(さとう・かつひこ)
宇宙物理学者。理学博士。専攻は宇宙論・宇宙物理学で、インフレーション宇宙論の提唱者として知られる。北欧理論原子物理学研究所(コペンハーゲン)客員教授、東京大学理学部助教授、同大学大学院理学系研究科教授などを経て、現在は東京大学名誉教授、大学共同利用機関法人自然科学研究機構機構長、明星大学客員教授。90年仁科記念賞受賞、2002年紫綬褒章受章、2010年学士院賞受賞。著書に『岩波基礎物理シリーズ9 相対性理論』(岩波書店)、『宇宙は無数にあるのか』(集英社新書)、『眠れなくなる宇宙のはなし』(宝島社)など多数。
※著者略歴は全て刊行当時の情報です。

■「100分de名著ブックス アインシュタイン『相対性理論』」(佐藤勝彦著)より抜粋
■書籍に掲載の脚注、図版、写真、ルビなどは、記事から割愛しております。

*本書は、「NHK100分de名著」において、2012年11月に放送された「アインシュタイン 相対性理論」のテキストを底本として一部加筆・修正し、新たにブックス特別章「相対性理論が切り拓いた「現代宇宙論」」、読書案内、年譜などを収載したものです。

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