deadman 結成25周年記念EP『鱗翅目はシアンブルー』と意味深タイトルの全国ツアーの構想を語る
今年2025年に結成25周年を迎え、記念EP『鱗翅目はシアンブルー』のリリースと本作を携えた全国ツアー『tour 2025 to be and not to be -cyan blue-』を開催中のdeadman。2019年の再結成以降の精力的な活動が、バンドの充実ぶりに拍車をかけているようだ。最新音源となるEP『鱗翅目はシアンブルー』と、意味深なタイトルがつけられた全国ツアーについて、aie(Gt)に話を聞いた。
――結成25周年を迎えた今年は、2月の東名阪FCツアーに始まり、3月末からは全国ツアーと精力的に活動されてきましたが、一連の25周年企画というのはいつ頃から構想を進められていたんでしょうか?
25周年と言っても、真ん中はほとんど活動休止中だったので、実質25年はやってないんですけどね(苦笑)。去年のツアー中に「あれ? もしかして来年25周年かな?」ってことになり、お客さんのテンションが上がる一つの要素として、そういった周年の企画はアリなのかなと。で、じゃあ25本ライブをやろうかとか、いろんな案があった中で「やっぱり新曲を作ろう」って話したのかな。それで、ツアーをしようと。
――その幕開けとなったFCツアーは「普段のライブでは見られない眞呼のMCなども想定され、アットホームな雰囲気も」といった予告もされていましたが、実際やってみていかがでした?
アットホームというか、眞呼さんもスイッチが半分オフになって“特別な眞呼さん”にはなってましたね。「外には言わないでね」っていうのが前提になってるから、もう、1曲目から全編アンコールな感じのテンション。僕も普段のライブとは違うスイッチが入ったので、FCライブ中心の1年とかあってもいいのかな?と思ったくらいです。
――貴重なステージが繰り広げられたということですね。そして、その後の全国ツアーには『to be and not to be-act 1』という、何やら意味深なタイトルが付けられていましたが、このネーミングもやはり眞呼さんが……。
あ、いや、俺かな。ネガティブな意味ではなく、要は“いつまでも当たり前にあると思うなよ”ってことですね。25周年というのも、一つの区切りじゃないですか。過去に俺らを観ていた人に今回のニュースが届いているのなら、“まだ、やってたんだ”っていう生存確認でもいいんで、またライブに来てほしいですし。我々も……もちろん、ずっと現役のつもりではいますけど、誰がどうなるかわかんないですからね。“観ておけばよかった”と後悔しない、させないためにも、お互い元気なうちに、楽しいことを増やしていければいいなと。
――だから『to be or not to be(=生きるべきか、死ぬべきか)』ではなく、『to be“and”not to be』なんですね。
うん、そうそう。ツアー自体は、完全に去年のアルバムツアーの延長という感覚でした。そこに、第三者から“あの曲やってないですね”と言われて、じゃあ、入れようかと入れてみたり。割とラフにやってます。
■25周年のdeadmanがどんな新曲を作るだろうか?というのを客観的に考えながら、曲も作りました。
――つまり、25周年を迎えてからの新しいものを見せるのは、今回の25周年記念盤『鱗翅目のシアンブルー』のリリースからという認識でしょうか?
そうですね。25周年ということで“ザ・deadman”と言える作品にしようと、今回はかなり意図的に取り組みました。25周年のdeadmanがどんな新曲を作るだろうか?というのを客観的に考えながら、曲も作りましたね。
――だから歌詞付きの3曲は、deadmanの個性をそれぞれ凝縮したような楽曲になっているんですね。社会へのシニカルな目線、美しいロマンティシズム、爆発力満点の攻撃性と、deadmanの代表的な三つの顔がわかりやすく表現されているように感じました。
そこは狙いましたね。本気で作った……って、いつもが本気じゃないわけではないですけど(笑)、自分たちのためというよりは、deadmanに興味がある人たちに向けて作った気がします。全然まだゴールではないにしても、やっぱり25周年って一つの区切りですからね。で、1曲目に「dollhouse」を持ってきたのは、CDを再生しての一発目は4人全員の音で始めたかったからなんですよ。前回の『Genealogie der Moral』(2024年3月発売アルバム)も同じで、幕開けの「in the cabinet」は全員で同時に音を出してるから、今回もそれに倣いました。メンバーとしてクレジットされているのは2人であっても、4人で作った作品ですからね。そこは感じてくれよと。
――アーティスト写真も4人ですもんね。イントロ無しでボーカルと演奏が一気に始まる「dollhouse」はヘヴィなリズムの中にも不気味な軽やかさのある曲ですが、どんな経緯で出来上がっていったんでしょう?
「dollhouse」に関しては、いわゆるパーティーチューンというか。去年かな? 海外のドラマを見ていて流れてきた曲を聴いたときに、曲の設計図ができたんですよ。聴いた曲とは全然別物なんですけど、全員同時に始まりたいとか、イントロのビート感、頭のメロディー感も浮かんできて、なんか“ザ・deadman”って感じだなと思ったんですよね。
――そこに社会に対する痛烈なメッセージが乗せられていますが、《ぬいぐるみ》等のおもちゃに属するワードで幻想的にコーティングしているのが、さすが眞呼さん節だなと。
素晴らしいですよね。本当に、すごいなと思います。眞呼さん、歌詞を書くのも早いんですよ! 僕も別のバンドでは自分で歌詞を書いてますけど、めちゃくちゃ時間かかるんで、眞呼さんのスピードには驚かされます。初動の段階で9割できていて、あとは、レコーディングで歌い回しを変えるくらいですから。
■「黒い耳鳴り」は眞呼さんなりの応援歌のように、俺は受け止めました。眞呼さんらしい優しさを感じた。
――それは裏を返すと、aieさんの曲がインスピレーションに満ちたものだからなんじゃありませんか? だから眞呼さんも、すぐに歌詞が書けるのでは。
それもありますね。眞呼さんが何も浮かばないからという理由で、ボツになった曲も過去にはありますし。演奏していても眞呼さんがピンとこなければ外れていくので、そうでないものが残っていくんです。逆に3曲目の「黒い耳鳴り」なんかは、最初、僕とかkazuくんとか晁直のほうがしっくりきてなかったんですよ。初期のフー・ファイターズのイメージで、俺は(コールター・オブ・ザ・)ディーパーズのNARASAKIさんになるから……っていうアプローチで始めたものの、なんだか落としどころが見えなくなって。だから、俺らはボツにしようかなとも思ってたんですけど、一番早く眞呼さんがピンときてたんですよね。「これ、歌える」って言ったから、完成を目指していったんです。
――曲調的には、いわゆるアグレッシヴに加速していく激走チューンですが、制作は勢い任せではいかなかったと。
むしろ一番考えた曲かもしれない。いわゆるイントロ、Aメロ、Bメロ、サビっていう通常のJ-POPの手法を取ると、全然面白くない曲になっちゃったんですよ。そこから曲を整理して、なんとか今の形に落ち着いたから、実際にツアーでやってみて初めて楽曲を理解できるんじゃないかっていう予感がしてます。
――歌詞では、やたら《憂鬱》というワードが強調されているので、眞呼さんの中で一つ振り切りたいものが明確に見えていたような気もするんですよね。3曲の中で最も“己”について歌っている曲だからこそ、自己の葛藤を振り切って自由を求めていく力強い意志みたいなものが見えたんです。
なるほど。なんかね、眞呼さんなりの応援歌のように、俺は受け止めました。「大丈夫だよ」って言ってくれてるような、眞呼さんらしい優しさを感じた。やっぱり復活後の活動があって、この4人でツアーを回って、過去のdeadmanの曲も何曲も歌ってきたからこそ、こういうアプローチを眞呼さんもするようになったんじゃないかって感じるんです。全体像としては、結成当時からやっていてもおかしくないような曲なんですけどね。
■“鱗翅目”って、まだ漢字で書けない。俺、眞呼さんの影響で覚えた漢字も結構あるんです。
――そういう意味でも、25周年記念盤にはとても相応しい楽曲ですね。そして「dollhouse」と「黒い耳鳴り」に挟まれる形で入っているのがリード曲の「鱗翅目のシアンブルー」ですが、こちらは本当に美しいバラードで。
もう、ホント久しぶりに真面目に曲を作りました! deadmanの綺麗な部分を出そうと考えながら、音楽って自由なんだから必要ないならサビなんて無くても良くない?っていう発想のもと、いらないものはどんどん削ぎ落としていって。まず、イントロとかAメロの印象的なアルペジオで、パシン!とインパクトを残すっていう、いわゆる洋楽的なアプローチですね。結果、グワッと最後まで盛り上がっていくんだけど、サビがあるのか無いのかもわからない、下手したら何が起こったのかわかんないまま終わっていく不思議な曲になりました。でも、この流れが美しいと俺は思うんですよ。これで終わったほうがカッコいい。
――わかります。強いて言えば、ココがサビかな?と捉えられるパートもありますが、その後に《青い薔薇は深く甘く》で始まるラストのブロックが、とにかくドラマチックで惹きこまれます。
そうなんですよ! だから、取ってつけたようなサビをつけちゃうと、そこだけ浮いちゃうんですよね。それで今の形に落ち着いたんですけど、晁直は「なんでサビが無いんですか?」って、一番理解できてなかったんじゃないかな。
――逆に、その囚われなさがdeadmanらしさでもありますよね。ちなみにタイトルの“鱗翅目”って、すぐに何のことかわかりました?
電車の中でkazuくんといるときに眞呼さんからタイトルが送られてきて、もちろん、その場で検索かけました(笑)。読めもしなかったんで、文字をコピーして、貼り付けて、「リンシモクって、どうやら蛾とか蝶々のことらしいっすよ」って。よく、こんな言葉を知ってるな!と。
――私も思いました。さすが眞呼さんです。
まだ俺、漢字で書けないっすね。パソコンが普及する前は手でセットリストを書いてたんです、俺、眞呼さんの影響で覚えた漢字も結構あるんです。でも“鱗翅目”は、書けるようになるまで……ちょっと時間かかりそうっすね。もう、全然ピンともきてないっすもん。
――歌詞の内容的には、とても切ないラブソングとも言えるもので、音と相まって幻想的な余韻を感じられましたね。
10曲入りのアルバムに1曲あるかな?っていうイメージの、眞呼さんのラブソングですよね。あんまりこういうことを書かない人だとは思っているけれど、この25年で我々のイメージの中に育った、眞呼さんのソッチサイドのA面という捉え方を僕はしてます。ボーカルも素晴らしくて、ホントにカラオケじゃ歌えないなと。
――では3曲のうち、この「鱗翅目のシアンブルー」をタイトル曲にした理由って何だったんでしょう? deadmanのリードとしては、むしろ「dollhouse」のような楽曲のほうが選ばれがちな気もするのですが。
もし、今回の曲の中から1曲MVを撮るのであれば、たぶん「dollhouse」を選んだと思うんです。MVの画が見えるし、前回の『Genealogie der Moral』で撮った「静かな口づけ」もバラードだったから、きっと「鱗翅目のシアンブルー」は外してた。でも、今回はMVを撮らないことになって、そこで「dollhouse」か「鱗翅目のシアンブルー」の二択で悩んだときに、じゃあ、どっちがより自信あるのか?と考えると後者だったんですよね。例えば、車のラジオから流れてきたときに、どちらの曲でも“おっ”と惹かれる人はいるでしょうけど、バンド側として今回は「鱗翅目のシアンブルー」でそうなってほしかった。だから「dollhouse」を選んで、「鱗翅目のシアンブルー」がB面のように捉えられるのが嫌だったんです。
■機械で音楽を作るのは60歳、70歳になっても1人で趣味でやれると思うから、仲間がいるうちは仲間の力を借りて、人力で作るほうに魅力を感じます。
――なるほど。そんな3曲のあとにインストの「to be and not to be」で締めくくられる本作は、MVが無い代わりに4人のソロインタビューと集合インタビューが掲載されたブックレット付きの豪華記念盤。しかも、ライブ会場と通販限定での販売ということですが、なぜ、このような形態に?
好きなバンドの記念盤がリリースされるとして、自分だったらMVのDVDが付いているよりも、それこそFCライブのようなノリで、酒を飲みながら本音を語ってるようなトークがあったほうが嬉しいなと思ったんです。だから、久しぶりに酒飲みながら取材を受けましたけど、いつ録音が止まったのかも覚えてないし、メンバーで笑って喋ってただけで、はたして何の取材だったのかも今いち覚えてない(笑)。だけど完成したものは、とても素晴らしい作品になっていて、読み応えはバッチリですよ! ライブ会場と通販でしか手に入らないから、ちょっとハードルは高いですけど、そこまでして手に取る人には、面白くて素晴らしいものが届くんじゃないかなと思います。
――「シリアスな中にも抱腹絶倒な笑いも含まれるメンバー集合インタビュー」も収録ということですが、それでdeadmanのイメージが壊れるなんてことも、一定のハードルを超えてくるファンならあり得ないでしょうからね。
そうそう。俺らのことがわかってるはず。
――ですよね。ちなみに今作が出来上がって、客観的に聴いたときに、特に“カッコいい”と思ったのは、どんなところでしょう?
kazuくんのベースはすごいですね。攻めてるというか、さすが主張してきている。もうサポートベーシストの枠には収まってない感じがするし、もはや彼のベース無しで作品は成立しない。だから、聴いたとき嬉しかったです。すごく感動した。
――先ほども「4人で作った」とおっしゃっていましたし、気持ちとしては完全に4人バンドで、改めて今、バンドの素晴らしさや魅力というものを実感されていませんか?
うん、もちろん。機械に頼らずに人力で全部やっているし、バンド名がdeadmanだからなんとも言えませんけど(苦笑)、やっぱり人間であることにはこだわってるかな。だって機械で音楽を作るのは、俺が60歳、70歳になっても趣味でやれると思うんですよ。それこそ仲間がいなくなっても1人でやれるから、仲間がいるうちは仲間の力を借りて、人力で作るほうに魅力を感じますね。
――つまり、aieさんにとっては“仲間と一緒にやる”ということが、バンドの最大の醍醐味なんでしょうか?
そうですね。ずっとニルヴァーナとかレッチリのレコーディング風景を(雑誌や映像などで)見て、憧れてきたし、カッコいいなと思ってきたから、そこから離れられないんです。だからレコーディングも、いつも全パート立ち会っているんですよ。そういえば1回だけ、時間の都合で晁直が1人で録らなきゃいけなくなったとき、「曲のサイズとか間違えたらどうしよう」って不安がっていたんで、「もし間違えたら、間違えたやつに合わせるから大丈夫だよ」って言ったら、「間違えてもOKって、どういうことですか!?」ってビックリしてました。たぶん、それってlynch.ではあり得ないことなんでしょうね。
――そこが生音で演奏する人力の良さですね。あらかじめプログラムされているわけではないから、いかようにもできるという。
そうそう。何か起こったときのリカバリーは、俺、ものすごく上手いから。そこは唯一キャリアで育ったものかなと思ってます。予定が狂ってもプランB、プランCは、すぐに用意できる。
――そんな実に人間らしいやり方で音楽を作っているバンドの名前が“deadman”というのも、逆説的で興味深いです。
それこそメンバーが初めて集まって飲んだりしていて……だから、2000年頃ですよね。バンド名をどうするか?という話になったとき、やっぱり当時はまだ美しくいたい若い少年だったから、バンド名に“マン”が付くことに“えっ?”とはなったんです。なんかバッドマンとかスーパーマン的な、ちょっとコミカルなイメージを感じてしまって、若干の抵抗があったんですよね。でも、いやいや、待てよ、と。「モーニング娘。だって、もう違和感なく受け入れちゃってるんだから、きっとdeadmanも大丈夫になるよ」って、メンバー同士で話していた記憶はあります。あと、眞呼さんいわく“deadman”は死人ではなくて、別の意味合いのイメージだというから、それで納得したところもありますね。ただ、バンド名が決まって最初のリリースをするとき、当時、所属していた会社が“DEADMAN”って大文字で出したんですよ。それを見たときに「いや、ちょっと、これはメタル要素強くないですか?」と伝えて。2枚目で小文字になったあたりから、やっとdeadmanという名前が自分たちに入ってきて、音楽性も見えてきた気がします。ただ、自分たちの音楽性がやっと許されたように感じたのは、2019年に復活してからですね。
――2006年の活動休止前は、そうではなかったということですか?
やっぱり“変な曲をやってるバンド”という見られ方をされたり、同年代のバンドからすると「客増やそうとしてないでしょ」って言われたり。確かに、最優先はダサくないこと、自分たちがカッコいいと思う音楽だけをやることだったけど、名古屋出身の名古屋系だった僕らからしてみれば、どのバンドもそうだったんですよね。黒夢にしろ、Merry Go Roundにしろ、そういうバンドに憧れて始めているから、いわばメジャーデビュー作の「for dear」が無いままの黒夢でいたかったんです。
――それが当時のシーンからすると、かなり特別なことをしているように見えたんでしょうね。
そう。だけど活動休止を経て復活したこの数年で、周囲から“deadmanはこういう曲をやっていいんですよ”っていうお墨付きをもらえてる気がするんです。やっと、認められたなって。
――確かに、deadmanの音楽性やスタンス自体は活動休止前と変わっていないのに、今、自分たちがやっているのは極一部の信者にしか受けないものではなく、もっと広い範囲に届くものだという自信のようなものは感じます。
だから、自己満足の域はもう超えたというか。メンバー4人で完結するものではなく、好きな人には“やっぱこれでしょ!”って共有してもらえるものを届けていきたいという意識は、少しだけ当時とは違う気がしてますね。
――意識が、今は外に向いているんでしょうね。表現のスタイルは変わっていなくても、その根本にあるメンタリティが変化しているから、作品として触れたときに違いを感じるんだと思います。
確かにそうかも。当時は若かったんで、もうちょっとツンとしていたというか。“知らねえよ、ほっとけよ”っていう感覚が、まったく今は無くなっている。だから、優しくなったのかもしれないですね、人として。おかげで今は楽しく活動できているし、ライブは好きだし……ただ、夏がこれだけ暑くなるとは想像してなかったから、もう、体力には気を付けなきゃいけない年齢だなとは感じてるんですけど。
■俺たち自身、すごく楽しんで音楽を作っているモードに入っているので。ファンのみんなも健康で元気に長生きしてください。
――今回のツアー『to be and not to be -cyan blue-』なんて、7月21日から8月末までの11公演と、真夏ど真ん中の開催ですからね。
そうなんですよ。でも、去年も同じ時期にツアーをやって、なんとかなったから、ちょっと飲む酒の量を減らせば大丈夫かなと。飲みすぎると脱水症状が出やすくなるんで、やっぱり適量というのは心がけようと、特に今年は考えてますね。
――でも、最近は眞呼さんも交えてメンバーで飲むことが増えていると、前回のインタビューでもおっしゃっていませんでしたか?
増えているぶん、昔より1時間早く終わろうという気持ちを持って、ツアーに挑むつもりです。もちろんお客さんのほうは、遠慮なく打ち上がって、美味しいものをいっぱい食べて、飲んでいただければ。
――ちなみに今回の収録曲は、まだどれもライブでは披露していないんでしょうか?
いや、この前のツアーファイナルの最後に「鱗翅目のシアンブルー」はやりました。難しいから緊張しましたよ! 「黒い耳鳴り」も体力勝負で大変ですけど、筋トレさえすれば弾けるので、演奏の繊細さという意味で大変なのは「鱗翅目のシアンブルー」のほうですね。
――でも「鱗翅目のシアンブルー」がライブの最後に来たら、かなり良い気持ちで帰れそうです。
なんか、そんな感じはしてます。今、ツアーのセットリストを組んでいても、やっぱり最後のほうにやりたいなって。
――現状のツアーファイナルは8月31日の京都MOJOとなっていますが、25周年のアニバーサリー企画は当然まだまだ続くんですよね?
あると思いますね。たぶん最後は東京に帰ってきて、長かった1年のツアーが締めくくられる流れになるんじゃないでしょうか。今は、そこに向けての夏が始まるぞ!という感じですね。この前、眞呼さんと「もう1曲くらい作りましょうか」っていう話もしたんで、どういう形態で発表するかは決めてないですけど、また新しいものを生もうとはしてます。
――その新しいものを、バンドもファンも純粋に「楽しみ」と言える今の状況が、とても素敵ですよね。
それこそ「25周年を締めくくる新曲で、あのバンドの、あのイントロから始めてみようか?」「え、マジっすか!?」「いや、でも、それ誰もやってないから面白いかも」とかって“ミュージシャンあるある”な会話をしてたりもするんですよ。俺たち自身、すごく楽しんで音楽を作っているモードに、今、入っているので、25周年が終わったら、とりあえず30周年ぐらいまでは頑張りたいですね。50周年……はちょっとキツいんで、配信限定とかになるかもしれないですけど(笑)。なのでファンのみんなも、必ず健康で元気に長生きしてください。
取材・文=清水素子