【万博レポ】寿命がきても“アンドロイドで”生きる? 石黒浩パビリオンが問う「いのちの選択」に涙する人も
こんにちは。エンジニアtype編集部の玉城です。
ついに、大阪・関西万博が開幕しましたね。
開幕前から万博本を2冊も買ってしまう程度には万博熱が高まっている私ですが、一足先に現地を見てきました。
SNSではまだまだネガティブな声も上がっていますが、現地で体験してきた私は、声を大にして言いたい!!!
「こんな面白い場所、行かないなんてもったいない!」
中でも、特に激推ししたいのが、ロボット工学の第一人者・石黒 浩さんプロデュースするパビリオン「いのちの未来」(通称:石黒館)です。
「あのマツコ・デラックスのアンドロイドを開発した、石黒先生だよね」
「ロボットが展示されているんだと思うけど、具体的に何が面白いんだろう……」
そんな風に感じている方も多いのではないでしょうか。
そこで本記事では、(あまり報道されないがために)謎に包まれた石黒館の全貌を、実際の館内順路に合わせて紹介していこうと思います。
すでに石黒館を予約済みの人も、どのパビリオンに行こうか迷っている人も、“万博行かないキャンペーン”をしている人も、ぜひ参考にしてみてください。
ロボット工学者・石黒浩って?
ロボット工学者
石黒浩さん(@hiroshiishiguro)
大阪大学大学院基礎工学研究科教授(大阪大学栄誉教授)、ATR石黒浩特別研究所客員所長(ATRフェロー)、ムーンショット型研究開発制度プロジェクトマネージャー、 AVITA株式会社代表取締役社長。遠隔操作ロボット(アバター)や知能ロボットの研究に従事。人間酷似型ロボット(アンドロイド)研究の第一人者。2011年、大阪文化賞受賞。2015年、文部科学大臣表彰受賞およびシェイク・ムハンマド・ビン・ラーシド・アール・マクトゥーム知識賞受賞。2020年、立石賞受賞
東ゲートから、スタスタ歩けば約5分で到着
私は大阪メトロ「夢洲駅」から万博会場入りしたので、その順路で説明したいと思います。
まず、夢洲駅を出ると、もれなく万博会場の「東ゲート」から入場となります。その東ゲートから、大人の足でスタスタと一直線に目指せば、石黒館には5分くらいで到着(迷わず、周囲に目をくれず闊歩する前提です)
場所は、万博地図の紫色のシグネチャーゾーン「X02」に位置します。
真っ黒で巨大な岩のような建物が見えたら、それが石黒館です。
外壁には水が流れ落ちていて、シックな雰囲気を醸し出しているのが特徴。
その見た目から、何だか小難しい展示がされているパビリオンなのかな…と思ってしまいますが、全くもってそんなことはありません!
いや、正確に言えば、深く考えさせられる展示内容だからこそ極めて面白い石黒館なのですが、一旦ややこしくなりそうなので、ここでは否定しておきたいと思います。
この記事を最後まで読んでいただければ、何を言っているのか分かるはずです!
サルに気を取られて、まごつくイヤホン設定
石黒館に着き、アーチ状のエントランスゲートをくぐると、待ち列スペースがあります。
いのちを象徴する赤い内壁沿いに、スマホ型のイヤホンデバイスが並べられており、「一人一台受け取ってください」と、スタッフから声がかけられます。
パビリオン内で来場者が使用するイヤホンガイド端末は、京セラ製。キャリアケースは、本パビリオンのコンセプトに合わせ、人間と技術が融合した新たな「いのち」の形の一例として、50年後の未来の新しい臓器をイメージしてデザインしているそうだ(参照)
デバイスを受け取ったら、音量などの簡単な初期設定を自分たちで行うよう指示があります。
パビリオンのスタッフが丁寧に「この画面になりましたか?」「次はこのボタンを押してください」などとリードしてくれるところに、ホスピタリティーを感じました。
ただ……
ちょうどこのイヤホンを操作する場所付近で、サルが眼に入ります。
動くし、何やら2匹で会話をしているので、そちらに気を取られてしまい、イヤホンの設定がままならないのには注意が必要です。
ちなみに、このサルの名前は「aiai(アイアイ)」。カメラとマイクロホンアレイで周囲の視覚情報と聴覚情報を取り込み、その場の状況に合わせた会話をリアルタイムで生成するそう。
設定完了後は、その場でしばし待機。石黒館は、入館するタイミングで何人かのグループにまとめられ、グループごとに展示を見て回る仕組みになっています。
そのため、先に入ったグループが、次のゾーンへ移るタイミングを見計らって入館させていました。
早速、館内へ! 最初は「いのちの歩み」を知るところから
待機すること数分、館内の扉が開き、入場を促されると、そこには縄文時代の土偶から、埴輪、仏像、そして現代のアンドロイドなどが一堂に会するスペースが広がっていました。
太古の昔から現代に至るまで、日本人が「モノ」にいのちを宿してきた歴史を知ることができる「いのちの歩み」ゾーンです。
西洋では「単なるモノ」と捉えられがちな道具や機械。しかし、アニミズム思想が根付く日本では、山、川、木、岩などの自然物はもちろん、生活に根差した道具や機械など、あらゆるものには魂が宿ると考え、大切にする文化が育まれてきたことが分かります。
そういえば、落合館のプロデューサーを務める落合陽一さんが「国や文化によって、いのちの捉え方は全く違う」と話していたことも思い出しました。
落合陽一:海外と日本の、いのちに対する考え方の違い。万博に来ればこの違いがよく分かりますし、西洋の人がなぜあんなにもAIに恐怖を感じているのかもよく分かる。それは技術者にとってもきっと「面白い」んじゃないでしょうか。
日本の技術者は万博を楽しむ知力が残っているか? 落合陽一に聞く、逆風ムードでも「万博に行くべき理由」https://type.jp/et/feature/28116/
ちなみに、このゾーンでは顔が画面になったサルのロボットが案内してくれます。そのユニークな井出立ちに、これまた気を取られてしまい、説明に集中できなくなるので注意です。
いざ、50年後の未来へ!
1階を一通り見終わると、2階へ。ここから「50年後の未来社会」を描いたゾーンに入っていきます。
2階へと向かうエスカレーターで移動する間、壁沿いに飾られたおばあちゃんと孫の温かい家族写真に目が留まります。
イヤホンからはゆったりとした音楽と、おばあちゃんと孫の声と思われる声が聞こえ、「ここから先は世界観が変わるよ」「おばあちゃんと孫の物語が始まるよ」という合図を感じました。
2階へ着くとそこは2075年、50年後の未来の設定です。
そこでは、人間とアンドロイドが共存し、日々のあらゆる場面で高度なテクノロジーを駆使した製品が活用されていました。
単調な説明で紹介していくのではなく、終始、「おばあちゃんと孫の物語」を軸に展開(説明)されていきます。
来場者は、二人の間でなされる対話や出来事を見聞きしながら、いくつかの部屋を移動し、物語を追体験していくスタイルが特徴。そのため、まるで自分が物語の中にいるかのような没入感があり、「説明を聞いている」という感覚は一切ありません。
二人の記憶や物語を追体験していくうちに、高度な技術がどのように社会実装され、私たちの生活に活かされていくのかが、いい意味で“考えることなく”スッと理解できるようになっていました。
孫は小学生の設定なので、同年代の子どもたちも十分に楽しめる内容だと思います。何なら保育園児でも視覚的には楽しめるかも?
ストーリーの深い意味まで理解できずとも、「ロボットやアンドロイドが溶け込む社会や生活」とは一体どういうものなのか、断片的・感覚的にはキャッチアップできる気がします。そういう点でも、かなり考え込まれた展示設計だと感じました。
おばあちゃん:「今日はどんなおうちがいい?」
孫:「●●な家がいい!」
といった会話を交わしたかと思うと、プロジェクションマッピングのように家の内装が一瞬にして切り替わります。
「まじかー、こんな未来がくるのかー」と、心の中でたまげる私。
それ以外にも、色々な未来のプロダクトや生活ぶりが描かれ、何度かたまげました。
そして、物語が進むにつれ、幼かった孫も成長し、大学生くらいの年頃に。
未来の大学の講義は、左右にホログラムで映し出された遠隔の先生や友人らしき人と学ぶようです。
一方のおばあちゃんは年老いていき、物語後半は「いのちの選択」という深く重いテーマへ……。
描かれたのは、人間がアンドロイドになって「寿命を超えて生きられるようになっている未来」でした。
下記は、身体の寿命を迎えつつあるおばあちゃんが、愛する孫との別れを前に「寿命を全うするのか、それともアンドロイド(に記憶を引き継ぎ)となって生き続けるのか」という選択を迫られるシーンです。
おばあちゃんの深く静かな苦悩に、心が締め付けられます。周囲から鼻をすする音も聞こえてきたりして……。
そして、おばあちゃんを愛する孫もまた、同じように「いのちの選択」に悩み苦しみます。
愛する人の命の選択に、どう向き合うのか。ここまで追体験してきた来場者もまた、登場人物たちとともに、その答えを探すことになるでしょう。
ラストは「1000年後の人間」が見れるゾーンへ!
おばあちゃんと孫の物語が幕を閉じると、次のゾーンへ。石黒館のラストとなる「1000年後の人間」と出会えるゾーンです。
まるで異世界へ誘うようなアロマが香る暗いルートを進むと、「1000年後の世界をイメージした」という、音と光が織りなす幻想的な空間が広がっていました。
そこに浮かび上がる、3体のアンドロイド。
石黒館で描かれる「1000年後の人間」は、アンドロイドのような姿で表現されていました。
そこには、科学技術と融合し、「身体の制約から解放された人間の姿との出会い」というテーマが込められているそうです。
幻想的な音楽と光に包まれた空間で、まるで生命を宿したかのように滑らかに動く3体は、足を持たず、下半身は花びらのようなもので包まれていました。
指先まで繊細に動く様子を見ていると、現実と非現実の境界線が曖昧になるような、不思議な感覚になります。
そして、この「1000年後の人の姿」を見終えると、石黒館の見学は終了です。
余韻に浸りながら出口へ進むと、石黒さんのこんなメッセージが目に入ります。
万博公式ガイドブックには、このメッセージの補完になるような説明もありました。
「未来において、ロボットと人間の境界線はなくなっていく」
「アンドロイド、ロボット、CGキャラクターなどのアバター(人間の意図に応じて活動する遠隔操作型のロボットやCGキャラクター)を用いることで、人は時間や空間などのさまざまな制約から解放されて社会で自由に活躍できるようになります。技術の力で人間の可能性、いのちの可能性が『拡がる』のです」(万博公式ガイドブック)
アンドロイド「Yui」がお見送り
最後のゾーンを見終えて、館外に出るとアンドロイドの「Yui(ユイ)」が来場者たちを見送ってくれていました。
「あれ、アンドロイド?」「え、話かけられる系?」と状況がつかめないまま、Yuiの目の前に来てしまったため、アンドロイドに対して「アンドロイドって本当にいるんですか?」と、と聞いてしまったポンコツぶりにはご容赦を(笑)。
Yuiは「憑依」するように自在に動かせる、人間らしい外見の移動型CA(サイバネティック・アバター)だそう。Yuiを操作している人が遠隔にいるのですが、操作者の視線、表情、発話にYuiの顔がリアルタイムに変化します。
顔の筋肉や目線もかなり精巧。会話のタイミングもかなり自然でした。
結論、「おそるべし万博」だった
正直、石黒館に入るまでは、「ロボットと人間が共生する未来」という言葉は、どこか抽象的で現実味のないものでした。
それが、どうでしょう!
パビリオンを体験した約60分の間に、その言葉が驚くほど具体的で、リアルなイメージとして掴めているではないですか!!!
ロボットやアンドロイドたちを「愛おしい」とすら思えており、「早く一緒に過ごせる未来が来たらいいのに」と期待している自分がいました。おそるべし万博。こんなわずかな時間で、いとも簡単に知識をアップデートしてしまうとは……。
ちなみに、今回の大阪・関西万博全体の主題は「いのち輝く未来社会のデザイン」です。時に「いのちを問う万博」とも表現されます。
158の国と地域、そして国内企業が、独自の視点から「いのち」をテーマに、多様な表現と仕掛けで、来場者が楽しみながら「いのち」について考え、学べるような工夫を凝らしています。
「いのちを問う」と言われても、言葉だけではなかなかその核心を捉えにくいかもしれません。
しかし、石黒館をはじめとする八つのシグネチャーパビリオン(※)を巡ることで、なぜ今、「いのちを問う万博」なのか、その深い意味が分かるはずです。
この問いかけに対する自分なりの答えを、たとえ漠然としたものであっても見つけることができれば、万博体験はきっと、より豊かなものになるのではないかな、と思いました。
未来をつくるエンジニアの皆さん、万博でインスピレーションを得て、仕事と技術に活かしてみてはいかがでしょうか!……と、エンジニアでもないただの編集者が偉そうにすみません。しかし! 万博は、自分の目で見て体感して分かるものが沢山あります! 百聞は一見にしかずです!(笑)
【シグネチャーパビリオンとは?】
いのちが輝くとはどういうことか? 人間中心ではなく、多様な“いのち”のために、私たちはどんな未来をつくっていくのか? 日本を代表する各界のトップクリエイター8人が、それぞれの視点で「いのち」をテーマに、これまでにないユニークな展示や体験をつくり出したのが「シグネチャーパビリオン」です。
参照:万博公式ガイドブック
文・撮影/玉城智子(編集部)