『けいおん!』シリーズに『映画 聲の形』。数々の話題作を手掛ける山田尚子監督の魅力
SBSラジオ「TOROアニメーション総研」のイチオシコーナー、人気アニメ評論家の藤津さんが語る『藤津亮太のアニメラボ』。今回は山田尚子監督の作品についてお話を伺いました。※以下語り、藤津亮太さん
山田尚子監督を語る上で欠かせないキーマンは2人
山田尚子監督はこれまで『けいおん!』シリーズや『たまこまーけっと』とその劇場版『たまこラブストーリー』、『映画 聲の形』『リズと青い鳥』『平家物語』とさまざまな作品を撮られているのですが、基本的に狭い環境の、閉じられたサークルの中での細やかな心情を描くタイプの監督さんです。またそれがときにコミカルに、ときにシリアスにといろいろ展開するので、題材だけ見ると狭いようで奥行きは深いという印象です。狭い世界をじっと、ずっと見せていく力を感じる作家さんです。
山田監督を理解する上で忘れていけないのは、重要なパートナーでありキーマンでもある、脚本の吉田玲子さんと音楽の牛尾憲輔さんです。
『けいおん!』シリーズからずっと脚本は吉田玲子さんが担当しています。山田監督はあるインタビューでも、吉田さんが書くキャラクターをちゃんと映像にしたいと思って演出をしていると言っていました。
取材のときに聞いたお話だと、吉田さんが一度脚本として出してくれることで、作品やキャラクターに対して距離がちゃんと取れ、尊敬を持って向き合うことができるようになっている部分があると。吉田さんが一度“他人”として書き上げているキャラクターがいるから、そこに客観性や距離感が生まれて、それが山田作品のあの独特な世界観が生まれているのだと思います。
もうひとりのキーマンは音楽監督の牛尾憲輔さんです。牛尾さんとは『映画 聲の形』で初めてコンビを組み、その後も『リズと青い鳥』『平家物語』『きみの色』と続きます。
牛尾さんに取材で聞いたお話だと、音楽は、まず2人でブレーンストーミングをして、そこから出てきたキーワードをもとに、山田監督は絵コンテを描き、牛尾さんはラフにいくつか楽曲を作ります。その後、しばらく経ってから制作途中のフィルムにどういう風にはまるか、ふたりで実際に試しながら、音楽をつけていく部分を決めていくそうです。単純に「ここにこういう音楽をつけてください」ではなく、どういうコンセプトでこの映画を貫いたらいいか、その音楽も含めてのやり取りが山田作品の一部になっているわけです。
牛尾さんは個人のプロジェクトのほうでは、実験的なアプローチでの音楽制作をしている方です。そこで考えた実験的なコンセプトを、映画音楽の中にどう落とし入れるか独特の思考法でアプローチをしています。今回、『きみの色』の取材で牛尾さんにお話をうかがって面白かったのは、今回の作品は「場所が大事だ」と考えたというエピソード。『きみの色』では、作中に島の教会が出てくるのですが、牛尾さんは実際にモデルの教会へ行って音響測定をしたそうです。そこの残響をいろんな音に反映させているんです。
この2人の存在が山田監督を支えているというのを意識して、映画を見るといいんじゃないかと思います。
カメラを覗いているような映像美を作り上げる山田尚子監督
山田作品の特徴としてもう一つあるのが「画面の感覚」です。一般的に「キラキラしてる」という言われ方をするんですが、これはカメラで撮ったような光感のある画面をアニメーションで作っているのがポイント。
山田監督のちょうどデビュー直前か学生時代に「ガーリーフォト」というワードが注目された時期がありました。山田監督もカメラが好きな方なので、その頃の影響がまずあったのではないかなと思われます。
一方で、もう少し後になるとトイカメラブームが来ます。トイカメラのポイントはレンズの性能がよくないことで、いいカメラなら出ないはずの色収差が出たりするんです。色収差とは、写真を撮ると、画面の端っこの方が虹色になって分離したりすることです。こういった質感をアニメーションに入れることで、逆に表現として豊かな、美的緊張感を持った画面を作ることができます。
さらに、被写界深度(ピントが合っているゾーンと合ってないゾーン)を意識しているので、被写体が動くとピントがずれたり、フレーム全体が少し揺れていたりということも駆使しています。
なので、私たちはある種カメラを通じて、そのときの演出のコンセプトに合わせてキャラクターを見ているという状態になっています。この辺の細かい情報量の質感のコントロールが、シンプルな物語でもすごく豊かな印象を作品に与えてるんですね。
あとおまけですが、山田作品はキャラのおマヌケ感もいいですよね。シリアスな作品もあるのですが『たまこまーけっと』のたまこが、幼馴染に告白されたらテンションがヘンになって「かたじけねぇ」なんて言い出したり、『けいおん!』の唯というキャラクターもかなりおマヌケな言動をしています。『きみの色』でもトツ子がおもしろい行動をとっていて、それがストーリーの展開ポイントになっています。このへんも実は山田監督のキャラクターへの愛情というか、こういう子がいてほしいなとか、こういう子が魅力的でいてほしいということを表しているのかなと思いました。